第7話 不穏な気配
5限目の授業は魔法陣に関する授業だった。
とはいえ、この世界でも魔法陣は実戦的では無いらしく、みな退屈そうにしていた。
確かに魔法陣は様々な事に応用出来、自身の魔導能力以上のことが出来る上に8属性のどれかを選ばされる訳でもないので、便利ではあるものの戦闘向きではない。
これが後方支援科や魔法研究科なら授業の人気も高いらしいが、魔法戦闘科であるこの教室では、そんなに人気は無かった。
とはいえ、魔法陣や魔術陣というのは黒音にとっては貴重なもの。この世界の魔法とやらに興味のある黒音はマジメに授業内容を聞いていく。
(なるほどな、概念としてはあまり俺の使ってるものとは変わらないな。式というか、使う文字や形が少々異なるだけか。)
勇者召喚システムなんてものがあるのだし、8属性に縛られない魔法陣の方がこの世界は発展してそうだ。
帰還の手段を考えるためにもこの世界の魔法陣は学ぶ価値がある。
放課後に図書館でも覗いて見て色々調べるか、と黒音は考える。
(………しかし、この教師。)
黒音は魔法陣理論の教師、リザ・サーラと名乗った女性教師に違和感を覚えていた。
あらゆる物事の本質、情報を見て書き換える目、『世界の右目』を使えば簡単にその違和感に気づくんだろうがあまりこの目は使いたくない。
と言うのは、この世界では『世界の右目』は一日に5分から10分程度しか使えないからだった。
まぁ、それは当然といえば当然だった。
『世界の目』は元の世界における、世界に干渉するための権限のようなものだ。
この世界に干渉する為の権限とはまた別物なんだろう。
そんなに自由に使えないのは当たり前だった。
一瞬だけ使う分には問題ないだろうが、いざ必要な時に使えないのはまずい。
違和感とやらがもっとハッキリしてから使った方がいいか、と思って黒音は『右目』を使用せずにその教師を観察していた。
そして、何事もなく授業が終わり、これにて一日の授業が全て終わる。
基本的に5限、多くても6限というのがこの学園らしい。
生徒達の自由な行動を基本的な理念としており、自律した行動を促しているのだそうだ。
「暇だな、図書館にでも行くか………。クロエはどうするんだ?」
「私も図書館に行こうかしら。魔法に関して調べたいこともあるし……。アリスやアルはどうする?」
「私達もそうしようかな……。でも、クロネさんはさっきマリア先生が呼んでましたよ?」
「む?そうか、なら先に行っててくれ。」
そう言って、黒音は職員室に赴く。
今日一日をかけて薄く伸ばした見えにくい『影』を学園内のあらゆる所に張り巡らせたおかげで学園内の構造は一通り理解している。
迷うことなく職員室にたどり着き、廊下で生徒となにやら話していたマリア先生に声をかける。
「自分を呼んでいた、と聞いたんだが………。」
「あ、呼んでいたのは私じゃなくて校長先生よ。校長室で待ってるらしいわ。」
というわけで、今度は校長室だ。
職員室の隣にあるその部屋に、ノックをして入室する。
中を開けると、少しだけ豪華な部屋だった。
シックな感じの調度品が派手すぎず地味すぎず、といったちょうど良い雰囲気を醸し出している。
「あぁ、クロネくん。そこにかけてくれないかな?」
対面に座るように置かれたソファに促され、黒音は腰をかける。
これもなかなかの代物のようで、座った途端にふわりとまるで雲の上にでも座っている心地だった。
(雲に座っているかのような座り心地ってなんだよ。)
心の中で自分で自分の感想にツッコミを入れていると、校長先生と他にも数名の人間達が黒音の対面に座る。
「それで、要件とは?」
「あぁ、君の強さについてだよ。」
そう言いながら、校長は何枚かの書類を黒音に手渡す。
「軍部や他のところからもいくつか声がかかっていてね。あれほどの強さをもつ人はそうそう居ない。マモノに手をこまねいている軍部としては、君のような人材はすぐにでも欲しいのさ。」
「まぁ、元々はそのために召喚されたんですから、当然といえば当然と言えますね。」
「まぁ、そうだね。そして、要件というのはもうひとつある。」
ここからが本題、といったように校長は表情をより一層引き締める。
「君は、魔法が使えているね?」
「まぁ、使えるようにしている、と言った方が正しい。俺には魔術も魔法も使えるものは無いに等しいので。」
「そこはさして重要では無いよ。重要なのは、君は最初から魔法が使えた、というところだ。僕らに何も教わることは無く。」
それを聞いて、黒音は一番最初にこの国の首相であるアイザックが言っていたことを思い出す。
「ふむ、なるほど。確か王国では勇者の召喚に成功している、だったか?」
「鋭いね。そうだよ。勇者に関してある程度のことは王国と連携は取っている。もちろん、彼らからもたらされた情報は全てでは無いだろうが嘘ではないだろう。……曰く、勇者の世界に魔法は無い。」
「別その勇者とやらとはまた別世界の人間だとは思わないのですか?」
とはいえ、なんの根拠もなしに断定しているはずがないだろう。なにを根拠としたのか。
「それは違う。君は地球の日本から来たと言っていただろう?彼らもまたそこから来たらしい。」
なるほど、アイザックは最初に聞いた質問の答えをよく覚えていたらしい。記憶力のいい事だな、と黒音は関心する。
しかし、平行世界という考えを持っていないあたり、そういった概念がこの世界には無いのか、あるいは平行世界という線も違うと考えりるだけの根拠があったのか。
と、同時にひとつ引っかかりを覚えた。
「………む、彼ら?」
「そう彼ら、勇者は1人だが、召喚されたのは3人のようだ。」
「なるほど。」
「話を戻そう。彼等いわく、彼らの世界に魔法なるものはなかったようだ。ならば、君はどうして魔法を使える?」
魔法なるものが無い、というのはおかしな話だな、と黒音は首を傾げる。
2036年の世界では、異能や魔術と言ったものは、詳しくは知らずともそれそのものは『ある』というように世間には認識されている。
それに、2027年に世界が1度崩壊してからは、どんな人間でも異能や魔術を見聞きもせずに生きている、ということは無いはずだ。
考えられる可能性としては、世界が崩壊しない並行世界から呼び出されている可能性。
しかし、これはありえない。あらゆる世界において、2030年に世界は必ず終焉を迎える。
終焉を乗り越えたり、退けたり、遅らせることは出来ても、それ自体を回避することはどの世界においても無い。
ならば、次に考えられる可能性は、
(2027年より前の世界に生きていた人間が呼び出された場合、か。)
有り得なくは無い。
とはいえ、そんな細かな事情を逐一話すのは面倒だし、ここでは論点がズレているだろう。
「我々は君に期待している。この世界が今抱えている問題とその謎、それらを解決し攻勢に打って出れるだけの情報を、君が持っている事を。そして、その期待は今、ほぼほぼ確信に変わっている。」
「………いいだろう。………何故、無いはずの魔術を俺が使えるのか、と聞いていたな?」
口調を変え、なるべく自分が有利な立ち位置に存在できるようになるにはどうすればいいのかを少し考え、間を置いてから黒音は順を追って説明をしていく。
「異能や魔術はあの世界には無いのではなく、無いことにされいた、していたからだ。一般人には隠され、伏せられた情報、世界の闇、裏の世界。普段は目を向けられることの無い場所、そこに俺は立っていた。だから、私はそれらを知っている。」
遺物、異能、組織、そして向こうの世界で起きていた奈落を巡る戦争について、まずは一通り説明する。
「………そんな世界が、あるのですか。」
「とはいえ、戦闘能力には期待しないで貰いたいな。この世界では俺は十全に力を発揮出来ない。」
嘘をつくな、と言ったように校長がこちらをジト目で見てくる。実際に戦ってみたから黒音の強さが規格外だということを知っているんだろう。だが、弱くなっているのは実際そうだ。
元が強すぎるせいで弱くなってもこの世界の基準では強いのだろうが。
「まぁ、私のことなど些事だろう。私の世界のことも些事に過ぎない。それよりも貴様らが聞きたいのは、マモノの事だろう?」
「…………っ!あれがなにか知っているのですか!?」
「むろん、知っている。」
その言葉に、校長とその両隣にいる男が息を飲む。
自分たちを今なお苦しませ続けている魔物の正体、それが今からわかるのだ。
「人類の殺戮兵器、負の感情を元にして世界から生み出されし魔のモノだ。」
自分たちのいた世界のそのさらに前の世界、終焉によって終えた世界における魂の在り方とは、エネルギーへの変換だった。
死した魂は、今まで生きてきた時に感じた感情の分だけのエネルギーが世界へと還元される。
だが、そのエネルギーはやがて世界そのものを滅ぼすことになった。
必ずしも、良いエネルギーだけが生まれる訳では無いからだ。
負の感情は負のエネルギーに、正の感情は正のエネルギーへと変換される。
そして、自身の終わりを悟った世界は、負の感情を消すための手段として人類の滅亡という強硬手段に出る。
その結果として、負の感情により生まれたのが魔物だ。
当然、人類は抵抗する。
その中でいくつもの惨劇が生まれ、負の感情はつのり、そして惨劇の中で人は死に、その魂から負の感情がエネルギーに変換されマモノが生まれる。
そういう負のサイクルがそこにはあった。
マモノとは、世界が生み出した人類滅亡のための手段。
「だが、この世界になぜあんなものが生み出されているのかは分からない。俺はこの世界に対して権限がないからだ。」
「分からない?負のエネルギーから産み出されると、さっき君が………。」
「それは私の世界での話だ。この世界は違う。この世界には負のエネルギーを消費する手段があるからな。身近なものだろう?」
「まさか、魔法………!」
「そうだ。この世界の魔法が常に8属性に縛られ続けるのは、恐らくそのためだ。」
自身の周囲の魔力を自身の魔力に変換する、それがこの世界における魔法だが、実際にはそうでは無い。
周囲の負のエネルギーを取り出し、それを自身の体内にて魔力に変換しているのだ。
そして、負のエネルギーを無理やり変換するために8属性に縛られてしまうのだろう。そして、負のエネルギーを魔力に変換できないものは魔法を使えない。
本来は誰でも使えるはずの魔法が、なぜか使える人と使えない人に分けられている理由がこれだ。
細かい仕組みまでは検証して居ないので分からないが、この仮説は正しいはずだ。
「なら、マモノは一体なぜ……?」
「それは分からない。しかし、何かしらの原因、あるいは意図があるのは確かだ。マモノは自然発生だとか、ただの偶然だとかで生まれる代物ではない。何度も言うが、俺にはこの世界に権限がないから分からない。」
そう、確実に誰かの意図で生まれるものだ。
世界そのものか、はたまた世界を利用しようとするものか。
だが、マモノが出た以上は強大な何かが動いているのは違いない。
「しかし、こうとも言える。俺に権限がないということは、別の誰かが権限を持っているという事だ。そうだな、仮に『管理者』とでも呼ぼうか、その存在を見つけたのなら、この世界の惨状のその答えを見いだせるだろう。」
「………それが我々の、目下掲げる目標になる、という事ですか。」
一通りの話を聴き終わった校長は、方の力を抜いて嘆息する。
しかし、得られた情報は大きい。
この世界の行く末を左右するものと言っても過言ではない。
「こちらからも質問だ。たしか、魔物のレートはSSSまであるんだったな?SSSレートってのは、どんな奴なんだ?」
黒音は、そのSSSレートの魔物の正体を予想していた。
そして、それが予想通りだとするならば、この世界に残それた時間は少ない。
渡された写真のようなものと資料をみて、黒音は嗚呼、と呟く。
「………まさか、もうか。」
そこに写っていたものは『タイプ・ウィデーレ』だった。
白黒写真で、画像も粗くて見づらい。
それでも、これは、たしかに。
「時間は、少ないな。」
「………どういう、意味ですか?」
「人型が現れるだろう。この街か、それとも他の国かは分からないが、それは確実に現れる。マモノの進化は留まるところを知らないからな。」
神にまで到達するものまでいるのだ、マモノの恐ろしさは進化し続けるという所にある。
しかも、元々の本質が人類の滅亡、死の執行人であることから進化の果てに自滅などしない。
プログラムされたことを忠実に行う世界の奴隷。
「人型、ですか?」
「そうだ。『ソレ』は人と何ら変わらない。人に完全に擬態できる。必ず現れる。いや、おそらくはどこかにいる。」
「………見つけ方は?」
「あるにはある。だが、時間がかかりすぎるし………ほぼほぼ不可能だ。手当り次第もいい所になる。」
今から全人類の体を隅々まで調べていくなんて不可能にも程がある。
それに、そんな怪しい動きをこちらがすれば、相手側がなにをしてくるか分からない。
「まぁ、気長に待つことだ。後手に回ってはしまうが、大きな動きを起こそうとすれば必ずどこかでソレは尻尾をだす。一瞬でも出した尻尾を逃さないようにするのが、貴様ら軍人の仕事だ。」
そのあともしばらく細かな情報を相互で交換し、一通り情報の交換が終わったところで、校長が大きくため息を吐く。
「今日一日でどっと疲れましたよ………。しかし、先が見えてきたのは良いことです。感謝します、クロネくん。」
「俺もこの世界に消えてもらっては色々困るんでな。調べたいことは多々ある。情報の共有に関してはお互い様だ。」
久しぶりですね。どこ黒です。
最近ちょっと忙しかったので更新が遅れてしまいました。
黒染めの方は書きだめがいくつかあるのでほぼ毎日更新できますが、黒白の心の方は更新までもうしばらくお待ちください。