第6話 時計塔にぶら下がる
2限目、3限目などは魔法の詠唱に関する授業だった。
この世界でも魔法は無詠唱が基本らしいが、大魔術など威力、複雑さを追求していくとどうしても詠唱が必要になってくる。
それに、詠唱も出来ないのに無詠唱ができるはずもなし、という意図で詠唱に関して授業を行っており、詠唱を蔑ろにする生徒も居ないようだった。
こちらの魔法というものは黒音の元の世界の魔術と共通することが多々あったが、発動するための詠唱などが少し違うようだ。
黒音の世界では魔術の詠唱は大気中の魔力に自身の魔力で呼びかけて魔術を発動させるわけだが、この世界は大気中の魔力を自身の魔力に変換するらしい。
これならば魔力切れが起こらないように思えるが、大気中の魔力を変換する際に自身の魔力を少なからず消費してしまう上に、どうしても魔導回路を酷使してしまうため、結果的に使いすぎると魔力切れを起こしてしまう。
黒音の世界の魔術とどちらが良いか、ということは特になく、どちらも大して変わりのないものだった。
ただ、この世界は神話が一つだけのようで、黒音の世界ほど多くの神話がない。
伝説などは多々あるようだが、そう言った伝承や神話を魔術に応用する、という考えは無いようだった。
さらに、火、水、雷、風、土、光、闇、無といった8種類の属性に基づいた魔法しかないらしい。
基本的にはどの属性の魔法も使えるらしいが、生まれながらに得意な属性というものは決まっており、得意属性以外のものを使うと魔力を異常に消費してしまうらしい。
なので、基本的には得意属性以外の魔法を収める人は少ないし、2つ以上の魔法がつかえる魔法士はそれだけで優秀なようだ。
例外としては闇属性と光属性は希少価値の高い属性で、適性を持つもの以外は扱えないらしい。
他には、無属性はどの属性にも訴えかけないものを纏めてそのように呼んでいるらしく、身体強化魔法などがこれにあたるようだ。
(こう考えると、魔法の種類はかなり少なそうではあるが……)
神話や伝承を魔法に使わない上に、行使する魔法は8属性のどれかに縛られてしまうのなら、魔法の種類は向こうより少なそうだ。
ルーン魔術なんかも無いかもしれない。
4限目は歴史の授業。
魔法に関する歴史や、この世界の人々の軌跡などを話す授業だった。
あまり人気がないのか、皆つまらなさそうにしている。
こういう話ほど面白いんだがな、と黒音は嘆息する。
4限目が終わり、少々お昼休みを挟む。
(そういえば、時間の概念は同じか……。)
ということは、この星の大きさや速度は地球と同じ、ということだ。
そんなことを考えながら、黒音は必死に逃げていた。
そう、クラスメイト達からだ。
1限目が終わってからというものの、こちらを見る目が不穏だ。
その目には強さへの嫉妬や畏怖、羨望、等とまぁ人それぞれだが、ほとんどに共通しているのはただ一つ。
即ち、「色々話を聞いてみたい!」と言ったものだ。
そもそもが異世界からの来訪者、聞きたいことは沢山あるだろう。
さらにその上、魔法が得意ではないのにあの扱いの上手さと来た、これはもう人気が爆上がりというものだろう……本人からしたら迷惑極まりないが。
という訳で、黒音は屋上のさらに上、時計塔の針に寝転びながら気配を隠していた。
黒音が気配を隠せば気づく人は限られるし、その上こんな所に来れる人間は居ない。
いや、魔法を使えば来れるかもしれないが。
(………腹が減ったな。)
クロエの分の弁当は作ったが、自分の分を失念していた。
時計塔の1部でも頂戴するか?と思うがやめておく。
そんな化け物じみた所を見られるとさらに厄介事になる。
一応、食堂はあるらしいが今そんなところに行けば大惨事だ。
そこで、自分の『影』の中に食料がいくつか入ってることを思い出した。というか、なんならそもそもの話、別にお昼ご飯くらい食べなくても活動に支障は無いのだ。
ここ数年は当たり前のような人間の生活を送っていたから自分の人外性を失念していたようだ。
そんなことを考えていると、ふと屋上に見知った人間達の姿が見えた。
「まったく、クロネのやつ、どこに消えたのよ。せっかく4人でご飯でも食べようとしたのに。」
「ま、あれだけ追いかけ回されてたら仕方ないだろうさ。」
「でも、クロエが弁当って珍しいね。」
「あぁ、これはクロネが作ってくれたのよ。あいつ、料理上手いのよ。」
「そりゃどうも、だ。」
突然聞こえてきた声に、3人が驚く。
どこから声がするのか、とキョロキョロしていると、「こっちだこっち。」とさらに声がする。
見れば、時計塔の針に器用にぶら下がっているクロネがいた。
「ちょ!?あんたなんでそんな所にいるのよ!?」
「いや、あの集団から逃げててな。ちょうどいい。飯でも食おうか。そっちの2人も、色々聞きたいことあるだろうしな。」
そう言いながら、影から色々食材を取り出してその場で調理を始める。
常識から外れまくった黒音の行動に、クロエはため息を吐く。
「というか、今お前どっからそれ出したんだ?」
「ん?あぁ、『影』だよ。まぁ、異能みたいなもんだと思ってくれればいい。いくつかある能力のひとつだな。」
そう言いながら、黒音は『影』の説明をする。
形や大きさ、硬度などを自由に変化させることができ、色んなものを収納することも出来る。
更には肉体を影と同化させることで自分の体の構造を変化させたり、空中に影を固定して足場を作ったり、まぁなんというか便利な能力だ。
「幾つかあるってことは、他にも使えるのか?」
アルの至極当然な疑問。
アリスやクロエも聞きたそうにしている。
「んー、月詠のかんざしだろ?『世界の右目』に冴詠………あ。」
そういえば、冴詠の存在を思い出す。
『影』が使えるということはこの世界でも使えるはずだ。
「冴詠、ここに。」
『も〜、私の存在忘れてたでしょ。』
黒音が剣のような何かを出したと思った瞬間、ゾワリと影が爆発した。
全身に駆け巡る恐怖、本能的な嫌悪感。
この世のあらゆる負の感情を凝縮したこのようなおぞましさが影と共に集約していき、一人の少女の体を構築する。
「やっほー、みんな大好き、冴詠だよ☆」
「死んどけ。」
黒音にそっくりの少女がなんか言ったと思った瞬間、黒音が首をもぎつつそのまま影の中に引きずり込んだ。
一瞬で起きた出来事に、3人はポカーンと口を開いたまま見ている。
『もう、扱いが酷い!』
「はいはい、黙っておきましょーね。」
そう言って黒音は影を消した。
何事も無かったかのように一連の流れを終えて、黒音は3人の方を見る。
「スマン、見苦しいものを見せた。」
「お、おう……?」
3人は一連の出来事に困惑しているが、それを無視して黒音は色々説明していく。
すると、アリスが当然といえば当然の疑問を抱いた。
「あの、どうしてクロネさんはそんなに強いんですか?実技の時の魔法陣の使い方も凄かったですし……。」
「簡単だ。強くなきゃ死ぬ。何も守れないし何も手に入らない。そのために鍛錬し、犠牲を払い、気の遠くなるような時間を捧げた。」
でも、それはここも同じようなものだろう?と黒音は言う。
この学園は平和だ。街も平和な様子だが、ひとたびこの国を囲う結界の外に出れば、そこは命のやり取りをする戦場だ。
マモノは、人のように温情などかけてはくれない。
ただ人類を殺戮するための存在だからだ。
「………私、不安なんです。私たち、外でも上手くやれるでしょうか?ここにいる以上、近い将来必ず前線に立つことになります。その時、戦えるでしょうか……?」
「ま、初めての戦闘ではまず無理だろうな。生き残ることが先決さ。そうやって幾つもの戦場を生き抜いていけば、自然となれてくるだろう。」
なんでも最初は始めてだ。上手くできるはずなんてない。
初めての戦争というのは特にそうだ。
足でまといにならないようにするだけで精一杯だろう。
「最初に戦争に行けば、誰もが思う。なんで自分はこんなところでこんな目に合わなければいけないのか、と。英雄願望なんて早々に打ち砕かれ、自分が思い描いていたような戦場などそこにはない。」
だが、戦っているうちに人はなれる。
そして、慣れると段々思い出していく。
「そう、どれだけ弱音を吐いたって、どれだけ悪態をついたって、それでも俺たちはここにいる。いるんだよ。」
「ここに……」
「そうだ。それがなんであれ、俺たちは自分の意思でここにいる。自分の意思で戦うと決めたから、ここにいるんだ。それを忘れちゃいけない。」
黒音は、自分がまだまともな人間の範疇に収まっていた頃を思い出す。
自分は物心着いた時から孤児で、戦場しか知らなかったから初陣もなにも無かった。そして、再構築された後の世界では、最初は感情その物がなかったがために戦争に対する忌避感や、そういったものは無かった。
とはいえ、こんなのは例外もいい所、普通は初陣は誰しもゲロまみれになったり泣きべそをかいたりしながら泥まみれになって地面を這いずり回るのがほとんどだ。
「ま、元の世界に戻る目処が立つまでは俺もこの世界にいる。何かあっても助けてやるから大丈夫だ。」
「え、帰っちゃうの?」
黒音の言葉に、クロエが不安そうな、寂しそうな声音でいう。
「ん、そりゃあな。向こうに残してきたものも多いし……とはいえ、そん時は相互で行き来できるようにするさ。会えなくなるなんてことは無いからな。心配するな。」
まだ会って少ししかたっていないが、随分と懐かれたものだな………と黒音は苦笑する。
向こうに残してきたものはほんとうに多い。
とはいえ、自分は枝音1人さえ隣にいてくれるのならばそれ以外のことは些事だ。
どんな世界、どんな場所に住もうが枝音さえいれば問題は無いが………。
「この世界、気になることも少々あるしな。まぁ、かなり長い間はこの世界に留まる事になる。寂しがらなくともいいんだぞ?」
「寂しがってなんかないっ!」
顔を真っ赤にしてクロエが怒る。
それをまぁまぁ、とアリスがなだめ、アルは苦笑している。
「っと、そろそろお昼も終わるんじゃないか?」
「あ、教室に戻らなきゃ。」