第3話 住処決定
「ここが私の家よ。」
「ほう……なかなか広いんだな。」
屋敷、と言っても過言ではないくらいには広い。
フィーニスという家は元は貴族か何かだったのだろうか?
しかし、気になることもある。
これだけ広いのに、そんなに人が生活している気配を感じない。
「一人暮らしなのか?両親は?」
「母は私が幼い頃に病気で亡くなったわ。父は数ヶ月前に魔物と戦って死んだ。」
「そうか、すまない。」
「いいのよ。もう過ぎた事だもの。」
そう言って、クロエは微笑む。
寂しそうではあるが、割り切っている感じだ。
心が強いんだな、と黒音は少し感心する。
「今更な気もするが、大丈夫なのか?」
「何が?」
「一応、俺は男で、君は女の子な訳だが。」
「あー、相互に危害を与えられないように魔法的な契約をすれば問題ないでしょ。それに、この広い部屋に一人暮らしってのもなんだか寂しかったし。」
ちゃちゃっと契約してしまいましょ、とクロエが歯で親指を切る。
「あなたもほら、」とクロエに促されて、黒音も自分の指を切る。
クロエが何かしらの魔法を行使すると、お互いの血液が混ざりながらお互いの手の甲に紋様を描いていく。
幾何学的な模様が黒音の左手の甲に描かれると、クロエが満足そうに頷いた。
「うん、これでいいかな。」
「こんなのでいいのか?」
「うん、試しに殴ってみて。」
少し戸惑いながらも、ある程度手加減しつつ殴る。
すると、まるで見えない壁に当たったかのように、クロエの少し手前で拳が弾かれた。
「………なるほど?」
「私が許諾しない限りは貴方は私に対して一切の暴力行為は出来なくなるわ。それは逆もまた然りよ。」
それは本人の無意識下………つまり、相手がそれを攻撃だと認識できないような攻撃をすれば通じないんじゃないだろうか、と思うが黒音は黙っておくことにした。
この相互攻撃不可の契約魔法とやらも検証してみる価値はありそうだ。
「寝てる時とかでもちゃんと機能するわ。………そんなことより、ここがあなたの部屋よ。」
「ここが?いいのか?」
「まぁ、元はお父様の部屋だったけど、今は誰も使ってないもの。廃れさせとくよりかは、誰かが使ってあげた方がいいわ。」
「なるほどな。わかった。」
しかし、随分と広い部屋だ。
本棚に本とかが入っているから、後でこの世界の言語なども調べておくとしよう。
「晩御飯になったら呼ぶから、それまでここでゆっくりくつろぐといいわ。聞きたいことは色々あるし、聞きたいことも色々あるでしょうけど、詳しいお話は夜にしましょ。」
そう言って、クロエは部屋から出ていく。
この屋敷の詳しい構造もわかってないんだがなぁ、と思いつつ、黒音は部屋の中を調べる事にした。
まずは本。
「…………やっぱり、知らない言語だな。……文字が無茶苦茶だ。何とか読めなくはないが。」
一応、書かれている文字はアルファベットのような何かだ。
で、恐らくローマ字読みになっている。
魔法について書かれているようだが、生憎と黒音は魔法や魔術に関する才能は無い。
作ることは出来る、術式を構築したり、魔導理論を練るのは得意だ。
しかし、それを実際に行使、発動させることが出来ない。
魔道具や、魔術陣などの補助がないと、黒音単体では発動出来ないのだ。
「………魔法とやらについては後で考えるとして、他だ。」
魔物、これの存在が気になりすぎる。
一体いかなる存在なのか、自分の知っているものと同じだろうか。
「…………この本みたいだな。」
魔物に関する戦闘データのようなメモが書かれた手帳を見つける。
図書館やそういう所に行けばもっと詳しい事が書いてあるだろうが、今はこういう小さな情報がすぐにでも欲しい。
「やはり、終焉のマモノか………?」
書かれていたのは、魔物の種類とそれの攻撃方法や性能などだった。
軍に所属していたという話から、こういうメモをしていても珍しくはないだろう。
使い魔型
大型犬くらいの大きさの魔物で、討伐レートはD~B。
群れを成す事が多いが、1匹1匹はさして脅威にはならない。
蜘蛛型
巨大な蜘蛛。討伐レートはA~S。
全長10メートル以上にもなる巨体を持つ。
様々な攻撃手段を持ち、非常に厄介。
大蛇型
巨大な蛇の姿をした魔物。討伐レートはA~SS
討伐レートがS以上のものになると、炎や雷を身体に纏い始める。
そんな感じの魔物に関する情報が沢山乗っていた。
そして、これを見て黒音は確信する。
明らかに自分の知っているものと特徴が酷似している。
「魔物というのは、恐らくマモノだな。元々居た魔物という生物に、終焉のマモノが取りつく形で進化したか?」
前に戦ったマモノは機械生命だった。
が、今回は普通の生物だというワケだ。
見るものとかが出てきたら最悪だな、と思いながらもページをめくっていく。
「…………ん?」
手帳の最後に、写真が貼ってある。
家族写真のようだ。顔の横に、それぞれ名前が書いてあった。
男性の横には『リアム・フィーニス』
赤ちゃんを抱く女性の横には『アナスタシア・フィーニス』
男性の老人の横には『シーゲル・フィーニス』
女性の老人の横には『ソフィア・フィーニス』
そして、赤ちゃんの横には『クロエ・フィーニス』
「………フィーニス家、か。」
かなり気になる所ではあった。
フィーニス家の、その詳細について知りたい。
「いや、この世界そのものの仕組みについて、まずはきちんと把握しないとならない、か。」
考えすぎということもあるだろうが、だが実際にこの世界に終焉のマモノがいる以上、考えない訳には行かない。
マモノが存在するということは、どこかに終焉を司る存在がいるということ。
黒音から終焉の力が無くなっている事から、この世界には自分以外の終焉を司る存在がいるはずなのだ。
「情報が少なすぎるな。」
そう考えて他にも使えそうな情報の載ってる本がないかと調べていると、部屋がノックされる。
「夕飯よ。」
「作ってくれたのか?」
「………その、作ったは作ったんだけど。」
「………?」
首を傾げながらも、黒音はクロエの後ろをついて言って食堂に着く。
すると、その鋭い嗅覚が名城従い何かを捉えた。
「……oh。」
食堂に着くと、まず奥のキッチンから何か変な煙が出ている。
さらに、並べられた夕食は……
「驚いた。まさか魔女の料理が実在したとは。」
紫色の毒々しい料理が食卓には並べられていた。
正しく魔女の鍋だ。あれはシェイクスピアだったか………いや、マクベスか。
何はともあれ、正しくフィーニスの名に恥じぬ『終わっている』料理だな、と黒音は苦笑する。
「魔女とはまた失礼な。」
「いや、すまん。………だけど、これでどうやって今まで生活してたんだ?」
「いやぁ……食えなくはないのよ?その、味覚に深刻な支障をきたすかもしれないけれど……それに今まではアリスに作って貰ってたし………。」
最後の方は声が小さくて聞き取りづらかったが、知人に作ってもらっていたんだろうと言うことは伺える。
「これじゃ深刻な死傷だろ。」
しかしまぁ味覚に深刻な支障をきたすものを料理と言えるのか……。
黒音は別に『影』や『肉体変化』の能力を使えば別にこれを食ったとしても問題ない。なんなら皿ごと食える。
だが、クロエがこれを食って大丈夫かと問われれば……否だろう。
健康的に宜しくない。精神衛生的にも宜しくない。
「ん、仕方ない。俺が作るか。」
この名状しがたい謎の物体Xは影で食らってしまおう。
そう思い、影で巨大な顎を作り出して食卓ごと喰らい、皿とテーブルだけ吐き出して元に戻す。
「えっ、ちょ、今のなに………?」
「あっ。」
普段は普通にやってる事なんで、特に気にしてなかったが今の光景はどう見ても化け物のそれだ。
「残しとくもなんだったから、食った。味はまぁ、刺激的だな。半年に1度くらいなら食えなくもない。」
「いや、そういうことを聞いてるんじゃなくて、今の謎の口なんだけど………。」
「俺の能力のひとつだ。確か、この世界には異能なるものがあったよな?そんな感じだと思ってくれればいい。」
この世界の異能が自分たちの世界の能力と同じようなものなのかは分からないが、概ねそんなものだろう。
それで理解したのか、クロエは「ああ………」と呟くものの、どこか納得の行かない様子だった。
「まぁ、何かしら料理作ってやるから、できるまでの間に色々と話をしようか。」
そして、黒音が自分の世界の話をする。
昔の話からだ。本当に昔の話。
軍の一員として小隊を率い、戦っていたこと。
いつの間にか特殊な任務ばかりやらされていたこと。
新しく入ってきた新人の少女がお転婆で、それはそれは手をやかされたこと。
今までにないくらい強い敵と戦い、軍の半数が甚大な被害を被ったこと。
その時に上の立場の人間が根こそぎ二階級特進したのと、民衆へのプロパガンダとして自分と少女が実質人類の代表になっていたこと。
最後の戦いには勝ったが、勝負では負けたこと。
終焉を止めることは出来ず、世界が滅んだこと。
再創造された世界で、自分は記憶をなくして生きていたこと。
死神として働いていたこと。
少女に出会ったこと。
魔女と戦ったこと。
虚無と戦ったこと。
ある少女を、救えなかったこと。
世界を繰り返したこと。
能力のこと、魔術のこと、遺物のこと、世界のこと。
終焉となり、その少女に助けて貰ったこと。
再び虚無と戦い、負けて、喝を入れてもらい、再び戦い、その少女を助け出して、虚無を打ち払い、終焉を退けたこと。
「………なんか、色々言いたいことはあるけれど。」
「これが概ね俺の世界だ。」
「ねえ、結局その女の子とはどうなったの?」
「気になるのはそこなのか……?」
「そりゃ戦いのこととか半信半疑だし、色々と聞きたいことはあるけれど、そんなことより色恋沙汰には目がないの。こっちだって、年頃の女の子なんだから。」
年頃の少女とか自分で言うか……?と思いつつも、そんなもんか、と黒音は1人納得する。
想像できないような話を聞くより、自分の興味関心のある話題に興味を抱くのは当然とはいえば当然だ。
「まぁ、そいつは今でも元気やってるよ。おれの可愛い妻だ。」
「へぇっ!?ほんとに?奥さんになったの?」
クロエのテンションがすごく高くなる。
その様子にちょっとドン引きしつつも、黒音は「あぁ。」と肯定の意を示す。
「というか、話を聞く分にはあんた、凄い強いっぽいけど?」
「この世界に来てから何故か弱体化してっからな。そこまで期待はしないでくれ。」
「ふーん………?」
「そんな事より、ほれ。出来たぞ。簡単なものだがな。」
そう言って、黒音が料理を並べていく。
簡単な野菜炒めやちょっとした焼肉、あとは唐揚げやポテトなども少し作ってみた。
「わっ、美味しい!」
料理を口に運んだクロエの表情がパッと輝く。
「気に入ってくれたならこちらとしても嬉しいな。」
「ほんとに美味しよこれ!天才!」
バクバクと次々と口の中に料理を収めていくその光景に、黒音は苦笑する。
だが、悪い気はしない。
ここまで美味しいと言って料理を食べてもらえるんだから当然だ。
(そういえば、この世界の食料自給率はどうなってんだ……?)
じゃがいもがあったという事は、かなりマシなのかもしれない。
しかし、この世界の大きさがどの程度のものかは分からないが、国が4つしかないという所から人口はそこまで多くないように思える。
食料自給率が割とまともで、医療技術は魔法があと考えると、なぜこんなに人口が少ないのか分からない。
(今度、そこん所も図書館にでも行って調べてみるか。)
「ん、俺のことはだいたい話したから、クロエの事も少しは聞きたいんだが?」
「ん〜?でも、私は特に何も無いよ。」
「一応、戦闘科にいるんだろう?魔法か異能か、何かしら使えると思うんだが?」
魔法と異能、という言葉にクロエが少し反応したのを黒音は見逃さなかった。
これはやぶ蛇をつついたかな?と思いながらも話を聞く。
「魔法は普通かな。異能はね…………あるけど、役に立たないものなの。」
「役に立たない?」
「…………うん。」
何やら重苦しい雰囲気に空気が変わったので、この話はこれで終わりにする事にした。
その後も、お互いの世界の話を少し交わしてから、自分の部屋に帰る。
「明日は学校だから、明日は少し早起きしてね。」
「はーん、それは楽しみだな。」
「今日は休みましょ。あんたのこととか、私のことは明日もまた話し合えるもの。」
いきなり異世界においては連れてこられた黒音の心身を慮っての言葉なのだろうが、黒音はめったのことでは疲れないため、そこまで早く休む必要は無い。
が、せっかくの配慮を無下にするのもあれだし、それにクロエが疲れているだろうと黒音は考える。
「そうだな。おやすみクロエ。」
「おやすみ。クロネ」
次は18:00くらいに投稿します。
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