第2話 この世界について
黒音はとりあえず、クロエと名乗った少女とほか数名の兵士について行く。
別に素直に言うことを聞く必要は無い訳だが、聞かない理由もない。まずは情報収集からだ。
しばらくすると、何やら大仰な部屋に着いた。
「失礼します。」
「入りたまえ。」
クロエがノックし、部屋の扉を開ける。
中に入ると、そこは執務室のような場所だった。
1人の中年の男が、椅子から立ち上がって挨拶をする。
「君が異世界より来たりし客人だね?僕の名前はアイザック・シグイフト。一応、この国の首相をやってる。よろしく。」
「黒音という。よろしく。」
首相、ということは共和制国家か。
しかし、かなり近代的だ。
てっきり、王国だとか貴族制度とかがあると思っていたのだが。
「とりあえず、現状の説明だね。端的に言うと我々は勇者召喚というものを行い、君を呼び出した。君は、何処から来たんだい?」
「地球……日本というところだな。」
「ふむ、そのような地名はこの世界には無い……なるほど、確かに君は異世界から来たようだ。」
黒音が異世界からきた人間だと確かめたアイザックは、説明する前にいくつか質問させて欲しい、と言う。
「自分が勇者だと感じる……とはまた違うとは思うが、何かしらの自覚はあるかい?」
「無い。」
「力が強くなったりとかは?」
「全くない。」
むしろ弱体化してるんだが?と心の中で黒音は思う。
「ふむ………?では君は勇者ではないと?」
「少なくとも、そんなものになった覚えはない。」
その言葉に、アイザックは再びふむ……と考え込む。
「これは失敗かな?………あぁいや、こっちの話だけをしててもダメだね。詳しく説明しようか。」
曰く、自分は勇者召喚とやらで召喚されたらしい。
勇者召喚とは、異世界から勇者を召喚する魔法。
元々は神や精霊などもいったものを呼び出す儀式用の召喚システムを応用したもので、神性を召喚する魔法の、召喚対象のみを人に当てはめた魔法。
すなわち、人を呼ぶこと以外は神性を召喚するものと変わらず、『神性召喚で呼び出された存在は必然、神と同等である』という概念から、呼び出した人間の魂を強制的に神格まで押し上げるというもの。
天界などといったこの世ではない所にいる存在を対象にしたシステム故に、召喚する対象は異世界の人間に限られる。
そうして神格化された人間のことを、仮称『勇者』と呼称する。
召喚成功率自体も極めて低い上に、神格化できる可能性もかなり低い代物で、しかしその代わりに事故などの失敗時のリスクが少ないらしい。
なんとも胡散臭い話だが、どういう仕組みで召喚されたかはわかった。
だが、
「なんでそんなものを使うことになったか、だな。」
「それはね、この世界が危機的状況にある事と関係があるのさ。」
「危機的状況?」
「そう。この世界には何千年も昔から、魔物と呼ばれる存在がいてね。」
曰く、人に害を襲う凶暴な生き物たちをまとめて魔物、というふうに呼称していたらしい。
それは数が多く、絶滅させることは到底出来ないので、人里に出現したりしたものを狩るという形に留めていた。
しかし、近年その魔物が急速に進化をとげ、より凶暴になり力も増したそうだ。
さらには知性を有するものまで現れ始め、北方にある国がわずか数ヶ月にして呑まれたそうだ。
「事態を深刻に見た我々は早急に何かしら効力のある手を打たなければなら無くなった。そんな中で、成功確率は低いものの失敗した際のリスクが小さい『勇者召喚』というものは民衆へのプロパガンダという意味でもちょうど良かった。」
失敗してもリスクは無いから簡単にもみ消せるし、成功すれば『勇者』という存在を英雄的に祭り上げることが出来、さらには魔物に対して一応対策はとっているという建前にもなる。
「だが、残念ながら俺は『勇者』などでは無いが?」
「そのようだ。だけど問題は無いよ。既に王国の方で1人、勇者召喚に成功しているらしいからね。」
「王国?」
「あぁ、そこの説明がまだだったね。」
この世界は4つの国家が存在している。
一応、5つあったのだが、先述の通りひとつは国としての体をなしていない。いわゆる亡命政権のような形だ。
前提として、この世界には魔法を使える存在、『魔法使い』と、魔法ではないが異能を使える『能力者』、どちらも使えない『無能力者』、その他に亜人と呼ばれる種族がいて、『獣人』、『鬼人』、『エルフ』、『ドワーフ』などが居るらしい。
王国は魔法使いしか存在しない国で、魔法が発達している代わりに科学技術が発達していない。
帝国は魔法使いが存在しない国で、科学技術が発達している。
魔法使いは居ないが、異能力者はいるらしい。
連合国は亜人達が作った国家の集合体で、魔法や技術、異能力など、それぞれの分野に特化した色んな種族が集まることで、様々な方面で発達した技術を持っているらしい。
そしてここ、共和国は亜人や魔法使い、異能力者、無能力者などあらゆる人々が集まって出来た国家らしい。
「ま、だから魔法陣使いの存在する我々共和国と王国が勇者召喚をすることになったんだけどね。」
「なるほど、だいたいわかった。」
王国だけが召喚に成功した、という話だと各国のバランスが崩れるのではないのかと思うが、そこは黒音が気にするところではないだろう。
気になるのは魔物。
近年急速に進化したという言葉と、魔物という名称に思うところがある。
黒音はマモノという存在を知っているから、魔物との関連性が気になるところだった。
「それで?この後の私の処遇はどうなるんだ?僕としては、元の世界に帰してもらいたい所だが。」
「…………ん?」
アイザックが、黒音の話し方に違和感を覚えたように眉を顰める。
自分の口調がおかしくなったことに気づいて、黒音が咳払いをする。
「失礼、少々ブレた。………それより、自分の処遇だが。」
「あぁ、残念ながら帰すことは出来ない。そこまでの技術は確立されてないんだ。だから、余程のことがない限りこの魔法は使われない。」
「なら、この世界で生きることになる、か。帰還の手段を探すにしても、暫くは住むことになるな。」
「ふむ、君の年齢ならば、学園に在籍するといいだろう。学園のどこの科に所属するのか、というのもあるが……」
その言葉を聞いて黒音は一瞬首を傾げるが、あぁ、と納得する。
一応、黒音の年齢は6万歳、学園に在籍するような年齢ではない。だが、見た目は18歳程度だ。
この世界のことを知るためにも学校というのはちょうどいい場所だし、学生という身分も申し分ない。
ならば、大人しく学園に通うことにする。
「そこのクロエ・フィーニスと名乗ったお嬢様と同じ所がちょうどいいだろう。ついでに、身分もそこのお嬢様の付き添いのような形にして貰えれば助かるが。」
「彼女が承諾すればそのようにしよう。だが、彼女は戦闘科だ。君は勇者召喚でなにも力を得ていないと言っていたが?」
「何、力は得ていないが元々戦える口だ。」
「ふむ、それならいいんだが。君が今持つ情報量では選択肢はそう多くはないとはいえ、そんなに彼女のこと気に入ったのかい?」
まぁ、黒音の今の要求を聞けば当然、このような疑問が浮かぶだろう。
とはいえ、黒音が取れる選択肢は少ない。
1人で生活しようにもこの世界のことは何もわからないから、一人暮らしという選択は除外される。
彼女に関しては色々気になることもあるし、何かと任せられる人間で、しかも精神的な距離が友達感覚で近しい人間がいるといろいろ楽だ。
「まぁ、そんな所かな?」
「ふむ、クロエくん、君はそれでいいかい?君の家庭の都合上、同じ家に2人で住むことになる訳だが。」
「えっ、あっ……はい。」
クロエとしては、別に問題なかった。
新しい友達が増えるような感覚だし、黒音の見た目も格好いいのであわよくば……と思っちゃったりもしなくは無い。
襲われるかも、という考えも少しは浮かんだが、危害を相互に与えられないように魔法的な契約を結めば問題ない。
「わかった。……そういえば、君は彼女によって召喚されたね?ならば君は彼女のボディガード兼お世話係のようなものという形にして、彼女の学科に編入として無理やりねじ込んでおく。彼女の家で暮らすという点でも、これならば問題ないだろう………所詮は建前にすぎないけどね?」
「物事にはそういう建前が必要なことが何かと多い。そこの世間を知らなさそうなお嬢さんを主人にするのは少々癪ではあるが、まぁいいだろう。概ね希望通りだ。」
唐突に世間知らずのお嬢さん、と言われてクロエがムッとした表情になり、文句を言う。
「あんた、初対面の癖に失礼ね!」
「そう、それくらいの距離感がちょうどいい。変に固くならずに、軽い態度で接して貰えるとこちらも助かる。」
その言葉を聞いて、こちらの緊張を解すためのものだとわかったクロエは微妙な表情をする。
とはいえ、バカにするような発言をしたのは失礼には違いない。
フンっ、とそっぽを向いてクロエは子恥ずかしさを紛らわせる。
「気分を悪くしたなら済まなかった。………まぁ、自分が言うのもあれだが、よく俺の要求を全て呑んだな?」
「君は客人だ。僕らの勝手な都合で呼び出してしまったわけだからね。これくらいは融通をきかせてあげないと、こちらのプライドも丸潰れだよ。」
「なるほど、理知的で結構な事だ。気に入った。」
「そりゃどうも。僕としても、君とは友好的でありたいからね。今日は休みで学校は明日からだ。今のうちにここでの生活に慣れておくといい。」
「わかった。じゃあクロエさんや、案内よろしく。」
「全く、図々しいわね……こっちよ。………失礼しました。」
2人が部屋から出ていき、静かになる。
しばらく経つと、緊張の糸が途切れたようにアイザックは盛大に息を吐きながら、椅子にもたれかかる。
(あの子は一体何を呼び出したんだ……?)
アイザックは一応、若い頃は軍に務めていた頃があり、利き腕を壊すまではかなり有名な剣士として活躍していて、魔物討伐に関する業績は目を見張るものがあった。
だからこそ、クロネと名乗ったあの男を見た瞬間、全身が総毛立った。
あの目……自分の何もかもを見透かすかのような目をしており、油断なく此方を観察していた。
少しでもあの男に対して余計な真似をすれば、次の瞬間には体が粉々に爆発四散している、そんなイメージをふと考えてしまうほどには、アイザックは黒音に恐怖を抱いていた。
一見通常通りに振る舞えていたように見えるが、実際はあまりの恐怖心にむしろ感覚が麻痺したが故にあそこまで普通に振る舞えたに過ぎない。
あれほどの恐怖心は、SSSレートの魔物を目の前にした時すらも味わった事がない。
しかも、最も恐ろしいのは、そこまでの危機感を感じながらも、クロネのその強さが一切把握できなかった所だ。
今まで経験から明らかに強いのは分かるのに、その強さがまるで分からない。
むしろ弱そうにさえ見える。
その矛盾が、何よりも恐ろしかった。
「もしかしたら、勇者などというものよりもとんでもないものを呼び出したのかもしれないな、我々は。」
異世界召喚なんかもう古い?古いからこそ今投稿するんだよ。
流行りに乗っかるだけじゃダメですぜってな事を適当に言っておきますどこ黒です。
2話です。
3話も近いうちに投稿すると思います。
ま、一日に数話投稿するのは最初の数日だけです。
ではまた今度。