第7話 突入。
「各員、突入準備だ。それに伴い指揮系統の変更を通達。」
各部隊長の持つ無線から突入準備の報せが入る。
学生たちの遊びの時間はどうやら終わったようだ。
つまり、突入場所付近の魔物は掃討できたらしい。
「初撃にで高威力の攻撃をこちらで行う、その後各自予定通りに任務を遂行せよ。」
その初撃を行う黒音は、木の枝で地面に魔法陣を描いていた。
その大きさは半径2mとかなり巨大なもので、中身も何がなにやら意味がわからないほどに複雑になっている。
「………で、その初撃を行うお客人はどんな攻撃を見せてくれるんだ?」
「いま魔法陣を描いてるから待ってくれ。」
かれこれ20分近くは魔法陣を描いている。
この魔法陣は、誰から見ても異常なほどによく分からないものだった。
魔法陣に重ねるように魔法陣を描いてく……まるでベン図のようだ。
しかも、ここまで巨大なものは見たことも聞いたことも無い。
「……出来たぞ。」
ニヤリと凄惨な笑みを浮かべながら黒音が言う。
そして、魔法陣に魔力を流し込み、魔力でその下書きの魔法陣のうえをなぞるように魔法陣を描く。
「総員、衝撃に備えよ。」
無線で黒音がそういった直後、魔法陣が光り輝き、さらに複雑怪奇に魔法陣が膨れ上がっていく。
そして、そこから光線が放たれた。
その光線は真っ直ぐ進むと、空中に突然現れた魔法陣によって屈折し、角度を変えた。
角度を変えた光線は街の中に突き進み、外壁ごと中を蹂躙していく。
「ビーム砲みたいなもんか………すげぇな。」
「まだまだ、こんなの序の口だ。」
地面から反射してきたのかさらに上に向かって光線が伸び、さらにそこから枝分かれしてさらに屈折していく。
光線そのものが複雑怪奇な模様を描き初め、周囲の魔力を吸い取り始めた。
「おいおい、まさかアレも魔法陣だって言うのか!?」
数々の屈折や歪曲、枝分かれをした光線はまるで魔法陣を描いているかのように複雑な模様を描き始める。
だが、その魔方陣は異様だ。
それを魔法陣と称して良いのかどうかも分からない。
「………そうだ。これこそ俺が開発した新しい魔法陣。立体魔法陣だ。」
立体的に複雑に描かれた魔法陣。
それは前の世界で黒音が考案したものだったが、平面に描く魔法陣や魔術陣を立体的に描くということの難易度の高さや、理論の理解不能さから未完成に終わった代物だ。
殺雪だけが立体魔術陣理論を理解出来ていたので、ある程度まで出来上がったものの、未完成のまま放置されていたそれを、異世界の魔法陣技術を用いることで黒音は完成させた。
「起動!」
黒音のその言葉と同時、街の上空にある魔力の全てが消費され、消えた。
そして、次の瞬間に、異質なエネルギーが大量に出現した。
突如現れたその莫大なエネルギーは、少しの指向性だけを与えられた他はなんの制御もされておらず、一気に暴走する。
青白い輝きが天を突き刺し、地を焼き焦がした。
街の外壁は余波だけで全て吹き飛び、街の中が遠目からでも見えるようになる。
建物という建物は原型を残さず吹き飛び、爆心地は吹き荒れるエネルギーの奔流で様子を見ることすら叶わない。
なかにいたであろう魔物達のその姿を見ることは叶わず、ただ焼け焦げた肉の塊となって瓦礫と共に吹き飛んでいく。
いや、まだ炭化した肉の塊が残っているだけマシなのかもしれない。
中心の方に至っては、何もかもが塵も残さず消滅している。
しばらくして爆発が収まってくると、街の中は酷い有様になっていた。
爆心地が街の西の端の方にしていたため、東川は比較的マシだが、それでも爆風でほとんどが瓦礫の山になっている。
爆発の起点となった西側は見るも無残な惨状だ。
「………なんだ、これは………。」
爆発の規模と威力を見た大尉が、愕然と呟く。
だが、これを引き起こした本人は些か不満そうだ。
「想定していた威力の7割ほどしか火力が出なかったな……色々と改善する必要がありそうだな。」
あれで、7割。
その事を聞いた周囲の人達が愕然とする。
「あの、クロエさん。あれは一体何をしたのですか?」
アリスが、恐る恐る聞いてくる。
「あぁ、召喚魔法陣の応用だ。」
「召喚魔法陣………ですか?あれが?」
「そうだ。召喚魔法陣は元は神霊や精霊といった類のものを呼び出すものだというのは知ってるな?」
それに対して、アリスが頷く。
「あの魔法陣は起動時に周囲の魔力と、少々のエネルギーを全て消費する。完全にエネルギーが枯渇した空間には、当然その空間にエネルギーを補填しようとする力が働く。その自然作用も利用して、別位相のエネルギーをそのままあの場所に召喚した。」
別位相、神霊や精霊などが存在している場所。
言うなれば天界。
そこにある神や天使、精霊などが扱う別次元のエネルギーをなんの制御も行わずに召喚した。
一応、ただ呼び出しただけでは無差別に拡散して言ってしまうだけなので少々の指向性は待たせてある。
が、それ以外は全く制御を行っていない。
制御されていないエネルギーは当然、暴走を引き起こし、大規模の爆発を引き起こす。
「別位相からの、召喚……ですが、そんな所から特定のなにかを引き出すなんて、普通の魔法陣に可能なんですか?」
「そう、普通は無理だ。だからこその立体魔法陣。今のところこの世界の別位相にしか干渉出来ないが、もう少し頑張れば別世界にも干渉出来そうだ。」
別に帰還のための魔法陣を作らなくても、向こうの世界から枝音をこっちに呼び出せば問題ない。
枝音とここで暮らしてもいいし、帰るための手段を創り出してもいい。
「半分は吹き飛ばした。突入開始。」
街の中に兵隊たちがなだれ込む。
このままある程度敵を倒した後、魔法士と学生たちが街の中に入り、結界を貼るという算段だ。
が、懸念事項が幾つかある。
グリスという男のこともそうだし、何か嫌な予感もする。
(………もう面倒だな。この世界、要るか?)
そんな思考が一瞬だけ頭の隅をよぎり、黒音は首を横に降った。
今、かなりまずい思考をした。
(………ち、枝音が居ないからか、かなりブレてきたな。)
元々、黒音に正の感情はない。
デフォルトで負の感情しかないし、ダレスと出会うまでは感情その物がなかった。
正の感情は枝音の感情から影響を受けることで理解や共感といったものを応用した形で発露させている。
だから、近くに枝音が居ないことが長期間継続されると、少し正の感情が分からなくなる。
そうでなくとも、何万年も生きてきて、いくつもの人格を内包している代償としてたまに人格がブレることがあるのだ。
向こうの世界の行き来できる手段くらいは早めに作っておいた方がいいかもしれない。
「各隊、配置準備完了、予定通り結界の起動準備にかかります。」
あとは予定通りことを成すだけだ。
懸念事項はあるが、今のところ問題なく計画は進んでいる。
「――m?―――iT―――tA?レeレ―――Uk、??」
壊れたレコードのような、意味の理解できない声が突然、聞こえた。
「――――――っ!?」
黒音が、急いで振り返る。
そこにいたのは、黒いフードで全身を覆い隠した何者かだった。
明らかに異様な気配。
しかも、いつの間に現れたというのか。
黒音ですら、コレがここにいることに気づかなかった。
警戒レベルを最大にまで引き上げると同時、『右目』を使う。
「視えない、だと………?」
あらゆる情報を見て、改竄することができる黒音の右目、『書き直し』。
だが、その力をもってしても、目の前の存在が全くわからなかった。
「………tI___uー?レgA??」
再び、目の前の存在が意味のわからない言語を話す。
何が目的でここに現れたのか。
「…………??…遂行……doレ……ki→got dust angel。」
困惑しているかのような仕草をした後、黒フードはさらに何かを喋る。
1部、聞き取れる単語はあったが知っている意味と同じとは限らない。
「じゃぁネ。」
最後に、明らかな日本語を残したあと、黒フードは空間転移で消えていった。
どこへ行ったのか、どうやって空間転移を行ったのかまるで分からなかった。
そして、周囲の空間が異質なものへと変化していくのを、黒音は感じた。
その異質さは時が経つにつれ増していき、ある1点へとエネルギーが異様に集まっていく。
「…………これは、まさか!?」
―――――――――――市街突入班
「魔物は目につき次第討伐しろ!街への被害は気にしなくて構わん!どうせゴーストタウンだ。」
街に残っていた魔物は少なく、ほとんどが雑魚ばかりだ。
滞りなく、計画は順調に進んでいる。
(正直、こんなゴーストタウンを取り戻してどうするのか、などと思っていたが……。)
この作戦の突入部隊を務める師団の師団長である男は、最初はこの作戦を無意味なものと捉えていた。
こんな街を取り返した所で、なんの旨味もないからだ。
さらには、学生達をも借り出して行うと聞いた時には、正気を疑った。
が、そのあとの計画。
失われた旧連邦領土を取り戻す作戦。
そして、そのあとに続いた世界の根幹を変えるような戦い。
それを見た時、この作戦の立案者がどんな脳ミソの構造をしているのか知りたくなった。
元々正気の沙汰とは思っていなかったが、ますます正気を疑うようになった。もちろん、最初とは真逆の意味でだが。
この戦いを終わらせるためのその最初の一手。
無意味などではないと、今は思っている。
作戦は順調、結界もはり終わり、後は点検をした後一時撤収するだけだが……。
「…………?なんだ、この揺れは………。」
嫌な予感がする。
長年戦場に居続けたからこそわかる、直感だ。
この揺れは、まずい。
「総員、警戒態勢…………っ!?」
瞬間、街の中心に光が溢れ出した。
―――――――――――――
「これは、まさか………!?」
黒音が驚きの声をあげる。
今、目の前で起きてるのは正しく予想外の出来事だった。
「おい、出雲、あれ分かるか?」
「天使…………?いや、異質だな。あれの中身は神か……?」
「あぁ、歪な存在だ。外側は天使、中身は神……纏う力は精霊の類のようだな。まるでキメラだ。」
だが、あんな存在をどうやって呼び出したかも気になる。
結界内の空気が変質している。
大気中の魔力が、違うなにかに置き変わっている。
「結界を利用されたか!」
逆なのだ。
この場所に、あの歪な天使を呼び出したのではない。
この場所が、あの天使の居るべき場所に置き変わったのだ。
しかも、あの妙な天使、見覚えがある。
(元の世界で1度みた、人工神に似てるな……。)
「お客人、俺らはアレの対処に行かなけゃならねぇんだが……」
「おれも行く。『アレ』は少々まずい。出雲、クロエ達を連れてこい。休憩は終わりだ。」
「わかった。」