第6話 星空
「面倒だ。一気に片付ける。」
黒音はそう言うと、1歩前に出てゆっくりと右手を空に向かって突き出す。
急に当たりが暗くなる。
空が真っ黒に染まり、星々が光り輝く。
さっきまでは早朝だったのに、突然夜になった。
「夜、星々が流す悲しみの涙。月より滴る煌めきの雫。夜空に零れて天を潤す!月よ泣け、星よ流せ!」
夜空に輝く星々がいっそう煌めき、月が瞬いた。
そして、流星群が雨の如く地に降り注ぎ、直撃した魔物達が断末魔を上げて息絶える。
「見開け。」
黒音の背後に巨大な目玉模様が浮かび上がり、それが瞬きをする。
その目が見ていた方向が爆発し、魔物が数匹吹き飛ぶ。
さらに黒音の両腕、両足が爆ぜた。
いや、正確には四肢に侵食していた影が爆発的に広がったのだ。
その影はギョロギョロと大量の目玉を動かしながら魔物を飲み込んでいく。
「クソまずいな。リントヴルムの方がまだ美味かったぞ。」
その後も、黒音は1歩も動かずに淡々と魔物を処理していく。
そう処理だ。
これは戦いなんかじゃない。ただの処理作業。
大尉はその黒音を見て様々な感情が渦巻くのを感じた。
恐怖、畏怖、尊敬、嫉妬………本当に様々な感情が渦巻いていたが、1番強かったのは畏怖だ。
「は、はは……なんだよ、こりゃ。」
「こっちの処分は終わりました。戻りましょうか、大尉殿。」
気づけば、戦闘はいつの間にか終わっており、空も昼間のそれに戻っている。
「あ、あぁそうだな。お客人。」
「……?なんですか、その呼び方は。」
「いや、あの強さを見せつけられては、呼び方もな……。敬語も要らん要らん。むしろこっちが気まずくなる。」
「そういうものか?……いや、まぁそうなんだろうな。傭兵気質なんだな?」
「否定はできねぇな。」
そんなふうにいいながら、黒音と大尉は元の場所に帰ってくる。
クロエ達は順調のようだ。なかなか上手く戦えている。
それにあれは………Bレートか。
「おや、隊長殿。先程の妙な天候というか、空ですが……。」
「全部この方の攻撃だ。お客人と呼ぶことにしたが………相当だ。勝てる気がしねぇ。お前ら、粗相のないようにな?」
「隊長にそこまで言わせる程ですか!して、先程までどちらに?」
「Sを12、Aを58体ほど倒してきた。」
「……っ!それは………本当、なのでしょうな………。」
どこか納得したように隊員たちは頷く。
「それはともかく、お客人の連れてきた学生たち、かなり強いですぜ。俺らなんかいらないんじゃないっすかね?」
「なんだ軍曹、サボりか?」
「そう言う訳じゃねぇんすけど………。」
後方で暇になった隊員たちと黒音が談笑していると、あらかた敵を倒したクロエ達が戻ってきた。
「はぁ、はぁ………ある程度倒したから戻ってきたんだけど………クロネあんた何処に行ってたのよ?」
「ん、ちょっと池を見に行っててな。キレイな池だった。」
「アンタだけ何散歩してんのよ!?」
「A以上が70匹ほどいる池だが、そんなに行きたかったのか?」
「やっぱり遠慮しておくわ。」
軽く休んでおけ、とクロエ立ちに言って、黒音は水筒を渡す。
初陣にしてはかなり上手くやれたようだが、さすがに疲労はあるだろう。
「外側の間引きは完了、Dしか残っていないな?では、森の向こうで待機してる学生たちに通達。実弾演習を開始せよ。」
無線にそう連絡をいれたあと、黒音達も後方の森の中に帰る。
対応するのはA以上の厄介なものが出てきた時だけで、それ以外はここにいる必要がないからだ。
しばらくして、森の向こう側が喧騒に包まれる。
特に何もなければ、あと1時間ちょっとは出番がない。
今のうちに、クロエ達はなるべく休ませておく。
「体調殿は直接彼の戦闘を見たんですよね?どうでした?」
「敵に回ったらまるで勝てる気がせん。悪くいうつもりは無いが、はっきり言って化物だな。」
「隊長殿にそこまで言わせるほどですか。ぜひ見てみたいものですな。」
「なに、街の制圧作戦時に嫌でも見るハメになる。」
「やはり、街の制圧は我々で行うので?砲兵は貸し出されないのですか?」
「そうだ。上は街への砲撃を禁止してきた。結界魔法を構築するための龍脈まで壊れてしまう可能性がないとは言えないからだとか。」
「しかし、禁忌魔法は使用しないのでしょう?リヒビルクド条約には抵触しないと思われますが。」
「どうせ中で派手にやるのだから変わらんとは思うのだがな。そこは国民への建前と言うやつだろう。自国領の街を焼くというのは、なかなか批判が集まりそうだからな。」
「火災旋風で何もかも灰にしてしまえば早い話だと思うがな。」
「客人………なかなかにえぐいことを思いつきますな。」
「しかし、気になる事がある。リヒビルクド条約と禁忌魔法とはなんだ?」
「あぁ、それはですな………」
リヒビルクド条約というのは、今は魔物共に占領されている旧領土への禁忌魔法の使用を禁止する、と言ったものだ。
禁忌魔法とは、非人道的、または使用した際に多大な被害を及ぼすものを指す。
特にリヒビルクド条約が問題視しているのは、禁忌魔法の中でも特にヤバいとされる『対生物魔法』というものらしい。
その名の通り、あらゆる生物を死滅させる魔法で、範囲が広く勝つ殲滅力が高い代物だ。
しかし、その威力もさる事ながら、代償もでかく、それを使用した土地は死の土地に生まれ変わる。
生物をがまるで行きていける環境ではなくなり、ただの荒野と化して復興には数百年という年月がいるようになる。
そんな魔法、禁止されて当然だとは言える。
ただ、タイプ・ウィデーレ侵攻の時に何回か使用されたのだとか。
そのせいで、この世界には生物の住めない土地がいくつかあるらしい。
「…………俺が使おうとしてる奴も禁忌魔法に区分されたりしないよな?」
「客人、なにを使うつもりなんですか?」
「一応、その土地に後遺症みたいなのは残さない魔法だが……超高火力の魔法でな。街の半分は吹き飛ぶ。」
何分この世界の国際法なんかは全く知らないから、どこまでが許容される範囲なのか気になることではある。
共和国の法律はある程度学んでいるから、それには抵触しないはずだが……。
「それは………国際法には抵触しないでしょうが、街を必要以上に破壊するな、という命令には違反しているのでは?」
「なに、必要だから仕方の無い事だ。それにいい実験の機会でもある。」
それに、正攻法でやっていては街の制圧などいつまでかかるかわからない。
大都市ではないとはいえ、それなりの広さはあるのだ。
中にどんな魔物がいるのか分からない以上、殲滅力の高い手段ととるのは仕方が無いと言える。
「学生たちは順調のようだな。む、あれは………?」
遠くの学生たちの戦闘を見ていると、グリスとやらの姿が見えた。
なるほど、その実力は口だけではなかったようで、ある程度戦えているし、あれならばCにも遅れを取れずに戦えるだろう。
しかし、やつの内包している魔力の質が異質だ。
「おい、出雲。グリスが見えるか?」
「あぁ、見えるけど………ん?」
「気づいたか?どう思う?」
「…………こいつぁ……変異、か?」
やはり、と黒音は考える。
ろくな事にはならなさそうだ。