第4話 異能の巨腕
「うぉおおおりゃぁぁあ!!!」
クロエが叫びながら腕を振り抜くとと同時、召喚された巨大な腕が黒音に殴りかかる。
だが、その動きはおそい。
普通の人間のパンチぐらいの速度でこの巨腕が質量を伴っておそってくるのだから、威力は相当なものだとは思う。
とはいえ、黒音からしたらそんなもの止まっているも同然だ。
もっと高速で、なおかつ敵が回避しえない状態で攻撃をしないと意味が無い。
「それ、右腕と連動させて動かしているのか?」
先程から見ていると、
「あー、うん、そう。連動させなくても動くんだけど、それだと制御が難しすぎて………。」
まぁ、手を三本同時に扱えと言っているようなものだから仕方がないのかも知れない。
普段2本の腕で生活しているものが、急に3本になってもすぐに使いこなせるものでは無い。
ある程度慣れが必要になってくる。
「慣れてもらわなきゃ困るな。今の状態だと、ただ2本の腕を振り回してるのと変わりない。片腕がただ大きくなっただけだ。もっと器用に扱え。」
そう言って、黒音は腕の形状に変化させた影を自分の周囲に30ほど出現させる。
そのどれもがそれぞれ独自の動きをしている。
「私はあんたみたいに才能がある訳じゃないの!」
クロエが苦し紛れに抗議するが、その反論は黒音には通じない。
「俺だって才能なんかないさ。努力のたまものさ。」
ならほど、確かに人間時代の自分は才能があったのかもしれない。
自画自賛ではないが、人より優れた身体能力を持っていて、ちょっとばかし機転を利かせるのもうまかった……のかもしれない。
だが、ここまで上り詰めたのは自分の努力だ。
人間では無くなり、6万年も生きて、12回も世界をやり直して。
必死に強くなることを考えた。
必死にウロを出し抜く方法を考えた。
必死に枝音を救う方法を考えた。
そうして行くうちに、ここまで上り詰めたのだ。
だが、まだ頂点は見えない。
世界を揺るがし、世界の在り方を変えれるようにぬってもまだ先がある。
「才能がいくらあっても、努力しない事には変わりないさ。才能のあるやつは人よりその努力が少なくて済むというだけの話。まぁズルだとは思うけどな。」
枝音がそうだった。
あいつだって、血反吐を吐くような努力はした。
だけど、俺のそれに比べれば全然少ない期間だ。
自分が何千年と積み重ねてきたものに、枝音はものの数年で追いついてきた。
それでも不思議と嫉妬とかは感じなかった。
「と、言うわけで言い訳は結構。こってりと絞ってやるから覚悟しとけよ?」
「勘弁してちょうだい………。」
クロエがゲンナリとするが、そうも言ってられない。
一月後には、魔物との戦いが迫ってる。
是非とも、クロエ達はそれに参加させたい。
現時点で既に参加はできる。
だが、Bレート辺りを相手にすると考えると微妙だ。
黒音はB以上の魔物を処分するために動かなければならない。
別にクロエ達をついてこさせる必要は無いが、どうせなら着いてこれるレベルにしておきたい。
「む……?」
クロエの巨腕と撃ち合っていて、疑問に感じたことがある。
少しづつ、その動きが精密なものとなっている。
あまりにも上達が早い。
クロエが天才肌という感じはしないが………?
「今日はこのくらいにするか。成長が早すぎる。まぁ、悪いことではないが、あまり無理をさせすぎるのもアレだ。」
今まであんだけ無茶苦茶な訓練を課してきたお前が言うのか、みたいな表情にクロエがなるが、やぶ蛇なので言わないことにしたようだ。
早く終わるならそれに越したことはない。
「というか、そろそろ言わなきゃ行けないことがある。」
「………何?」
「たぶん、審査は1週間後くらいだと思うが……」
そうして、黒音は『結界外実習』のことを説明した。
――――――――――――1週間後
先日、先生方から『結界外実習』なるものを聞いた彼らは今日丸一日を使って適正審査なるものを行わされていた。
そして、守備よく問題なしと判断されたクロエ、アリス、アルバート、出雲の4人は他の合格した人達とは別の場所で説明を受けていた。
そして、その説明を聴き終わった4人は、
「こんなの聞いてなかったんですけど〜?」
「一応伝えてただろ?結界外実習のことは。」
「でも、僕達がBレート以上を相手にするっていうのは聞いてないけど?」
あ、それは確かに説明してなかったかも知れない。
ま、そんなことは別にどうでもいいと思うんだが。
「どうでも良くなんかないわよ。だって、Bよ?B。わかる?」
「わかるわ、それくらい……そもそも、結局あの駄犬はSSレートに落ち着いたんだろ?あんな駄犬でSSなら、Bなんてたかがしれてるだろ。」
実際、強さ的には魔犬バスカヴィルはSレート辺りだ。
だが、再生能力があったためにSSレートになっている。
普通は数人がかりで倒すSレートぐらいな強さのやつが、再生能力を持っているというだけで絶望感は半端ない。
要するに、魔犬バスカヴィルを駄犬と称する黒音の感覚が狂っているだけである。
「それは…黒音さんは、私たちとは少々感覚が………。」
「あら、アリスも言うようになったじゃない。そういうことよ。」
「どういう事だよ。」
そう言って、黒音は肩を竦める。
「実際、僕達ってBレートと戦っても大丈夫なのかな?」
実際戦ったことの無い彼らは、やはり不安に思うところがあるのだろう。
黒音からすれば、あとは実戦経験をある程度積むだけだ。
今の強さならば、Bレートには遅れを取らないだろう。
「最悪、俺と出雲が何とかするだろ。なぁ?」
「はっ?俺も?」
「当たり前だろ。お前の魔術……『出雲大社』ならBくらい余裕もいい所のはずだ。」
「いや、まぁ、それはそうかもしれんが………そもそもBがどれくらいかわからんぞ。」
確かに、これだけ強いが出雲は人外の類と戦ったことが無いはずだ。
とはいえ、これだけ力をもってたら心配無さそうだが。
というか、
「今更だが、お前って王国では無能って立ち位置にいたはずだよな?なんでまた。」
「……この世界でおれも魔術がどう言う位置づけに当たるかわからなかったのもある、下手に打ち明けたらどうなるか分からなかったし……今更、あいつらに打ち明けれるもんか。」
そういえば、王国は出雲の他に2人呼び出したんだったか。
まぁ、神秘の秘匿というか、異能や魔術といった類は向こうの世界では伏せられていた。
それも2030年までの話だが。
2023年に『天ノ刹』が無茶苦茶な事をやり始めてからだいぶ隠し通すのも難しくなっていたが、一応2030年までは神秘は秘匿事項、出雲のいた2017年は魔術なんて言ったら鼻で笑われるレベルで荒唐無稽な話だ。
今更、友人たちに魔術に関して打ち明けるのもどうなのか、と言ったところだろう。
要するにヘタレだ。
「お前は、向こうの世界に戻ろうとは思わないのか?」
「考えなかったわけじゃない。でも、とりあえずはこの世界で生きる術を確立するのが先決だったな。帰る手段は……ゆっくりと探せばいい。」
「まぁ、戻れば突然の2036年で浦島太郎状態になるのか、それとも2017年に戻れるのかは怪しいところだが。」
「それは………確かにそうか。」
とはいえ、こちらの見立てでは浦島太郎上達になる確率の方が高いと思われる。
過去から呼び出すことはできるが……過去に戻すと言うのはかなり難しい。
過去からある人物、または物を呼び出すのは難しい話ではない。
人と物の単一個体に干渉するだけでいいからだ。
だが、それを戻すとなると過去の世界そのものに干渉することになる。
実際に過去からのやり直しという手段をとったことのある黒音だからこそより分かる。
「ま、先にやらねばならんことなん座沢山ある。」
まずは、数週間後にある結界外実習に向けてだ。
Bレートなんて言わずにAぐらいは自力で討伐できるくらいを目指そうか、と黒音は悪い笑みをうかべる。
―――――――――――――とある日の夜
「力が足りないな。」
夜遅くまで自主訓練をしていたダリスは、そうぽつりと呟く。
あの日、黒音にわざと突っかかった時、それをより大きく感じた。
黒音が強いのは知っていたし、その才能をつまらない奴らのせいで摘み取られる可能性があるのは我慢ならなかった。
だから、自ら悪役を買ってでることで、他のしょうもない連中を抑えようとした。
だが、まさか瞬殺されるとは思ってもみなかった。
まるで動きが見えなかった。
気づいた時には壁まで吹き飛ばされていたし、その後の記憶は意識が混濁としていてよく覚えていない。
しかも恐ろしいのが、あそこまで派手な攻撃をしておいて、ダリス自身が無傷だというところだ。
つまり、手加減されたのだ。
周囲には恐ろしい一撃に見えたようだが、実際にはなんともなかった。
それの、なんと恐ろしい事か。
自分の力量不足を、甚だ感じ取る。
一応、結界外実習には充分に参加できるだけの実力はあるらしいが………。
「果たして俺の力は、外の世界でも通用するのか……?」
「するわケないだろ。外を甘く見るナよ。」
ダリスの独り言に、返事がかえってきた。
驚いて後ろを振り返る。
「え、あ………?」
自身の胸に、相手の腕が突き刺さっていることに気づく。
しかし、不思議なことに血が出ない。
相手……白フードの人間は笑いながら喋る。
「お前はどうやら使えそうダ。せいぜい利用させて貰うサ。」
そう言って、白フードはどこかへと忽然と姿を消した。
対するダリスは、
「あれ?今おれ、何をしていたんだ……?」