第3話 出雲
「さて、今日も模擬戦だ。」
そう言って黒音は剣をとる。
更に、影を駆使して手数も増やしてある。
対魔物戦を想定した戦いしなければならいので、対人戦のような模擬戦ではダメだ、ということで黒音は影を使って戦っているのだった。
そらと、影の使い方や身体強化のレベルで強さを調整していると言った感じである。
「む、アリスの支援がだいぶ上手くなったな。とくに回復魔法が的確になった。」
アリスは無属性と水魔法の2つに適性があったが、自分が前に出て戦うタイプではなかったので支援に徹する形となる。
だが、それだけだと集中的に狙われた際に自分の身を守れなくなる恐れがある。
なので、時折黒音がクロエ達の陣形を崩して後ろ側にもちょっかいを出しに行き、アリス自身の戦闘能力も鍛えている、ら
「アルは前提条件は満たし始めたが……お前が目指すべきはもっと先だ。」
前提条件となる速度と判断能力は満たし始めている。
だが、理想とする戦闘スタイルに届くまではまだまだだ。
とはいえ、この調子なら1年もすれば要求レベルまでは行き、数年経てばその戦闘スタイルは完璧にものにできるだろう。
「クロエはそのバカ正直に立ち向かってくるところを何とかして欲しいんだが………。」
真正面からの戦闘が悪い訳では無いが、相性というのは必ず存在する。
どんな相手にでも戦えるようになって欲しいため、少し捻った
戦い方も覚えて欲しいんだが………。
あるいは、相性もなにも関係なしに真正面から全て打ち倒せるようになるか、だ。
とはいえ、剣を使った戦闘スタイルはかなり物になって来ているし、アリスからの補助を受ければ充分やって行けるレベルにはなった。
だが、アリスが必ず補助できる状況にあるとは限らない。
補助なしでも……もっと言うなら、魔法なしでもある程度戦える状態にはなってもらいたいところだ。
「出雲は……今のレベルなら言うことは無いな……。なかなか強い。」
出雲は向こうの世界でもそこそこのレベルで強かった。
今ところは言うべきことはないが……出雲が目指すべきところが何処なのか、見極める必要がある。
「……クロエ達は一旦、休憩してていいぞ。出雲、お前力を抑えてるだろ?」
「まぁ、俺だけが突出してても、チームバランスが崩れるだけだからな。」
「どこまでやれるのか見たいからな。本気でこい。」
黒音はとりあえず身体強化の割合を大幅に引き上げる。
出雲はかなり戦えるはずだ。
「起動。」
青白くスパークする剣が出雲の手のひらに現れたかと思った瞬間、青白い光が光線となって黒音を貫いた。
「なるほどこれは、想像以上にできるようだ!」
笑みを浮かべながら黒音は刀を構えて接近、刀を振り下ろすが……。
「起動。」
(………っ!?カウンター!)
手加減していたとはいえ回避は出来ないだろうと踏んでいた攻撃を容易く躱され、カウンターの一撃を貰う。
青白い閃光が黒音を周囲丸ごと消し飛ばそうと迸る。
「夕焼けの空!」
障壁が黒音の前面に展開され、閃光を全て防ぎきる。
だが、この防御能力は余程のものでない限り防ぐことのできる最高の盾ではあるが、発動してからコンマ数秒ほど硬直時間が生まれるという欠点がある。
その隙を出雲が逃すはずもなく、炎を見に纏わせながら接近する。
「ヒノカグツチ。」
高火力の炎が大きな渦となって黒音を覆い尽くす。
荒れ狂う炎の波は、その熱波だけでも普通の人間には致命傷になりうる。
パンッ―――――!
柏手ひとつで炎が吹き散らされ、荒れ狂う炎の波は静けさを取り戻す。
出雲はその事に驚きつつも、一瞬にして原因を理解する。
魔力の操作を奪われた………いや、自身の魔力を払われたのだ。
魔術によって生み出された炎は魔力の炎だ。
元は魔力、大元を吹き散らされてしまえば炎も吹き散らされてしまう。
だが、『大元』となる魔力を把握することなどできるものなのか、いや、できるからこうなったのだ。
なるべく自身から離れないタイプの、それも魔力を凝縮したものでないとまた吹き散らされてしまうだろう。
「タケミカヅチ。」
稲妻が出雲の身体を多い、電磁バリアのようなものを貼りつつ、出雲の肉体の筋肉を刺激、無理やり速度を引き上げる。
「アマテラス」
日光が一際強く輝きを放ち、太陽光がレーザーの如く天より発射される。
日光の柱を避けつつ、黒音は出雲の姿を探すが、その速度は凄まじいものがある。
捉えることは容易いが、いまの身体強化の割合では肉体が追いつけない。
(稲妻で速度を上げているだけでないな。他にも幾つか術式を使っているのか。)
だが、神の名を呼んだだけで魔術が行使されるとはどういう仕組みなのか。
あるいは、そこにやつの使う魔術のヒントがあるか。
「オオヤマツミ、オオワタツミ、シオツチノヲヂ。」
更に攻撃は苛烈を極めていき、黒音は身体強化を最大まで引き上げることにする。
更に、冴詠の形状を大鎌に変化させる。
ある程度本気で挑む、ということだ。
「なるほど、思ったよりはよくやるようだが………」
出雲が稲妻のごとき速度で駆け抜ける。
黒音の雰囲気が変わった。
なにかされる前に倒す。
「遅いな。」
「――――ッ!!!?」
稲妻の如き速度をもってしてもまだ足りぬ。
そう黒音は言ってのけ、正面から出雲を蹴り飛ばす。
出雲はイナバウアーのように姿勢を低くしてその蹴りを回避、バク転しながら距離をと………れない。
食らいつくように黒音は距離を離そうとせず、大鎌を曲芸のように巧みに振り回しながら攻撃する。
「起動!」
青白い閃光が爆発し、半ば無理やり距離を離す。
こちらの体勢は崩れてしまったが、それはあちらも同じはず。
その間に、こちらの体勢を立て直す。
「相手が自分の予想と同じ状態だとは限らない。」
黒音のそんな声が聞こえてきたかと思った瞬間、真後ろからまともに蹴りを喰らう。
無理な姿勢だったこともあり、出雲は受け身もまともに取れずに吹き飛ばされる。
「アマツミカボシ、アメノタヂカラヲ、イワサク、ネサク、シナツヒコ!」
だが、吹き飛ばされつつも出雲は空中で姿勢を制御し、体勢を立て直す。
そのまま、正面から近づいてきた黒音に向かって青白い閃光を放つ。
「起動!」
カッ!と眩い光が辺りを照らし、青白い閃光が周囲を焼き焦がしながら黒音を吹き飛ばさんとする。
紙一重のところでそれを避けた黒音は、青白い閃光について思案する。
(これは……魔力では無い。神力……神通力か?)
出雲というその名前からも推察されるのは、日本神話……いや、八百万の神の力をその身に宿せるのか。
しかも、名前を呼ぶだけでいいと来た。
さらには複数の力を同時に扱えるらしい。
神そのものの力ではない、かなりの劣化版とはいえ複数の力を同時に使われるのは面倒この上ない。
(しかし、神通力か。見たところ神器の類は無いようだが……?)
神器無しでも神の力を扱える人間は、少ないがいなくは無い。
とはいえ、ここまでそう幾つもポンポンと使えるものでは無い。
柏手で払えたということは呪力や魔力などで行使しているということ。
ならば、今ヤツが使っている神力は元はヤツ自身の魔力だ。
神話や伝承における奇跡を魔術によって再現することは可能だが、これはそれそのものだ。奇跡の模倣ではない。
どのような術を、いや。
(もしかしたら術ではなく、術者本人の方かもしれないな。)
遺物を使っている様子はない。
ならばやつは何の補助も受けずにやつ自身でこれだけの力を行使しているということになる。
(本当に人間なのかどうか疑わしいが……。)
俺みたいなのが言えたことではないか、と黒音は苦笑する。
どこまでやれるかは理解した、ならばこの戦闘にもう用はない。チャチャッと終わらせるだけだ。
「よっ!」
一瞬。
一瞬の出来事だった。
見ていたクロエ達は愚か、出雲ですら何をされたのか、黒音が何をしたのか分からなかった。
ただ、正面から出雲が黒音に飛びかかった際に、くるりと投げられた。
そのまま地面に叩きつけられ、背中を片手で押さえつけられている。
「ダレスのヤツが使っていた武術だが……ふむ、確かに有効だな。」
「何が………?」
「ただの体術だ。お前みたいな能力者を相手にするためにとあるやつが生み出したもんでな。見様見真似だったが、上手くいった。」
どれだけ強力な能力を持っていても、ベースとなる肉体は人間のそれだ。
絶対防御だとか、運動エネルギーの完全な制御とか、物理的に意味のわからない能力持ちでなければ体術も効果はある。
相手の持ちうるエネルギーを利用するダレスの武術は、単純な身体強化などを行っている敵にはかなり有効だ。
「ま、だいたいわかった。それだけの力があるのならお前も指南側に回ってもらおう。……そうだな、アリスとアルの相手をしてやってくれ。」
「わかった、だが少し休ませてくれ。」と出雲は言う。
それに頷いてから、黒音はクロエを手招きする。
「異能の扱いの訓練だが………調子はどうだ?」
「慣れるにつれてかなり動くようにはなったよ。掴むか投げるくらいしか出来ないけれど……。」
「それが出来れば充分だ。さ、始めるぞ。」