第1話 編入生
「えーと、イズモって言います。よろしくお願いします。」
担任のマリアに紹介されているのは、新しい編入生だ。
雨ケ谷 出雲。
この世界に召喚されたのになんの魔法の力も異能も持たなかったために、王国から半ば追放という形で出てきた異世界からの来訪者。
本人が強く希望したために王城から出てきたらしいが、まぁ王国でのその立ち位置がいたたまれなかったのだろう。
たぶん、貴族連中とかからも圧力が掛けられていたはずだ。
いや、そこん所はよく分からないが。
しかし、謎な事もある。
なぜ戦闘科にやってきたのか、だ。
召喚者に期待されるべき戦闘技能がまるっきりなかったというのなら、戦闘科にはやってこないはず。
あるいは、何か隠しているのか………。
1限目から4限目までは、なにもおかしな点はなく、普通に過ぎていった。
そして問題の昼休み。
黒音と同じ世界からの2人目の来訪者のため、出雲の所には学校中の人間が殺到した。
人混みにもみくちゃにされる出雲を哀れだな、と見つつ黒音はいつも通り昼飯を食べるために屋上に行こうとする。
と、そこで黒音は違和感を覚えた。
この世界では見たことの無い魔力の流れ。
しかし、元の世界では見たことのあるもの。
自分の内側に向けて呼びかける形で行使される魔術。
「………あれっ?」
「消えた?」
姿が急に消えた出雲に、クラスメイト達が驚く。
それを見て、黒音の口角が自然に吊り上がる。
「クロネ?なにしてんの、さっさとご飯食べるわよ。」
「先に行っておいてくれ。後で行く。」
「え、ちょっと!?」
――――――――――――――
出雲は魔術で自身の姿を隠蔽し、屋上にある時計塔の長針の上に立っていた。
今は12時15分、ちょうど長針が水平になる時間だ。
「ふぅー、あんな人混みにいたら押しつぶされちまうっつの……。」
「見事な隠蔽魔術だな?」
突如、声をかけられた。
まだ隠蔽魔術は持続されている、ならば声をかけてきた相手は隠蔽を看破したということ。
すぐさま声をした方を向くと、12時を指す短針に一人の男が立っていた。
「………っ!?」
「そう睨むな。何もおかしな所は無いだろ?」
おかしな所だらけだ。
まずこちらの魔術を看破したこと。
次にこちらに話しかけるまで気配を察知させなかったこと。
更にはどうやってそこに行ったのか、だ。
「………確か、俺と同じ世界から来たっていう………?」
「そう、そうだ。黒音という。よろしくな。」
「……………っ!黒音って……まさか!?」
黒音、当然その名前には聞き覚えがある。
というか、最も警戒すべき人物。
裏の世界において、その名を知らないものは例外なく生き延びれやしないと言われるほどの存在。
地震や台風などと同じ災害のような存在。
個人にはどうすることにも出来ない歩く暴虐。
世界をケーキのごとく切り分けて仕切る3つの組織がひとつ、夜花の長、それが黒音だ。
「ほぉ、魔術を使える上に俺の名前に覚えがある、ねぇ?とはいえ、どこかの組織でお前を見たことは無いな、無所属か?」
「あ、あぁ、そうだ。」
「そう睨んでくれるな。いや………戦意と言うよりは、怯えか?こちらにはお前を害する意図はない。肩の力をぬけ。」
そうは言うものの、こちらは黒音の人となりを知らない。
知っているのは、その強さと恐ろしさだけ、自然と緊張してしまうのは、どうしようもなかった。
「まぁいい。飯にしよう。下にクロエ達がいるしな。」
そう言って、黒音はジャンプして下に降りる。
どうしようもないので、出雲もまた下に降りる。
フワリと重力を感じさせないほどゆっくりとした着地を見せ、2人は屋上に降りた。
「わっ!?」
「ちょ、急に空からやってこないでよ。びっくりするじゃない………ん?そっちは?」
アリスが驚きの声を上げ、アルとクロエが呆れたように文句を言う。
しえし、すぐに奥にもう1人いることに気づいた。
「えーっと、出雲です。」
「あ!編入生の!」
思い出した、というようにクロエが声を上げる。
いや、朝紹介されてたやつのことを忘れるってどんなだよ、と黒音はあきれ果てるが。
「イズモ君ってさ、クロネと同じ世界から来たんだよね?」
「ん、まぁそうなる、な。」
「ねぇ、前々から聞きたかったんだけど、あなた達の世界って、ほんとに黒音みたいなのがわんさかいるの?」
黒音はよく俺の世界じゃ常識だ、とかこれくらいは前提条件だ、とか、これが出来なきゃ論外だ、とか色々言ってくる事がある。
そして、そのどれもが果たして人間に可能なのかどうか怪しい代物ばっかりだ。
「いてたまるか、って感じだけどな。」
「クーローネ〜??」
その返事を聞いて、クロエがジト目でこちらを睨んでくる。
「いや、いるじゃん。枝音とかウロとか瑠璃奈とかリリィとか………数え上げたらキリがないぞ。ほら、九心王とか、心当たりあるだろ?」
「でも、実際そいつらが戦ってるところ見たことないし、噂もあまり聞かないな。天の刹の基地を1人で壊滅させたって話は有名だから、結局は黒音の強さしか分からない。」
「…………戦ってるところを見た事がない?」
そんなはずは無い、『虹色の夜』を体験していたのなら、絶対にアイツらの戦う姿を見ているはずで………。
いや、前に疑問に思った事があった。
「ひとつ聞かせてくれ。お前は西暦何年から来た?」
「2018年だけど………?」
「………やはり。」
質問の意図が分からない出雲が首を傾げるが、こちらは疑問が氷解したところだ。
「俺は2036年からきた。たぶん、ちょっとした認識のズレはそういう事だろ?」
「……………っ!2036年……?」
自分のいた世界よりも、はるか未来。
18年後の世界だ。どうなっているのかなんて、まるで想像出来ない。
「2036年の世界はどうなってんだ?」
「端的に言うと、いい世界にはなったな。まだまだ問題は山積みではあるが、それでもだ。」
「…………俺の父親は、」
そう言って、出雲は語り始める。
魔術の家、普通ではない家に生まれた話を。
そう、あの日、自分の父親は言った。
2030年に、世界は滅びを迎える。
その滅びに抗うために、なにを犠牲にしてでも強くならなくてはならない、と。
その当時は全く意味がわからなかった。
みんなとは違う生活をする自分が嫌だった。
それでも、父を信じて自分は己を磨き続けた。
「俺の父は、2030年に世界が滅ぶと言っていた。………それは、嘘だったのか?」
「いいや、2030年に世界は滅亡の危機に瀕した。俺がやったからな。」
2030年のもう少し後に世界は自動的に滅ぶ予定だった。
奈落の底から虚無が現れ、終焉が発動し、世界は終へと至る予定だった。
だが、そうはならなかった。
黒音が世界滅亡の予定を早めたおかげで、世界の予定が狂い、未来は違う軌道を描き始めた。
終焉はその数年後の2033年に発動し、そして結果として抑えられた。
「あー、未来のことを伝えるのはとても面倒だな。とはいえ、疑念はある。」
そう、違う時間軸から召喚された人物がいるということは、
「お前がここにいるということは、この世界の時間軸はどうなっている?」
「あ…………。」
この世界は元の世界とはまた違った時間軸にあるのか、あるいは召喚システムと呼ばれるものは書こや未来の存在も呼び出せるのか。