第11話 魔犬バスカヴィル
「つか、こんなのを召喚するだけだったのかよ。」
何か凄い複雑な陰謀みたいなのがあるのかと思えばなんのことは無い。
ただ魔改造された犬を呼び出すだけ。
こんな事ならリザが人ではないと気づいた瞬間から殺しておけば良かった、と黒音はため息を吐く。
「まぁ、いいや。犬の強さも気になるし。」
なんの抵抗も許さずに満身創痍のリザの胸の中央、『魔核』と呼ばれるものが存在する場所に刀を突き立てる。
あまりにも自然な動作で放たれた攻撃に、手負いでもあるリザは避けることも叶わずに魔核を破壊され、絶命。
人間ではないとは言え、さすがに人に酷似したものを殺せば怯えるか………と黒音はクロエ達の反応を見てため息を吐く。
戦場に出れば人の死などしょっちゅうだ。
これは短なる生きる世界の違い。黒音にとっては死は当たり前の出来事で、クロエ達にしてみれば死は遠い世界の話だ。
さすがに慣れてもらわねば困る、と黒音は考えているが、実際クロエ達が怯えているのは死体などでは無い。
敵とはいえ、当たり前のようにリザを殺した黒音に思うところがない訳では無いが、それ以上に目の前の魔犬に恐怖していた。
立ち向かえば必ず殺される、しかし逃がしてなどはくれないだろうその化け物を前に、3人は動くこともままならなかった。
「ヴォォアアアアア!!」
「うるせぇよ、駄犬。」
前足の爪から放たれる鋭い斬撃を躱しつつ、黒音は接近する。
背中にから生える鎌のような腕からの斬撃が4つ黒音を捉える。
が、黒音はそれら全てを防ぎ切る。
そればかりか、魔犬の硬質なその鎌にヒビが入る。
とりあえず、前足を切り落としつつ空中へ移動、刀を逆手に持って突き刺そうとする。
「キシャァァァア!!」
気色悪い背中にある口が大きく開くが、無視してそのまま勢いをつけて落下、口の中に入り魔犬の腹を突き破って黒音が飛び出す。
「まぁ、当然再生はするよなぁ?」
これで再生能力無しとかだったらガッカリもいい所だが、魔犬バスカヴィルは自身の傷ついた肉体を修復していく。
再生能力、普通なら厄介極まりない代物だ。
いくら異能や魔法を持つこの世界でも、傷が勝手に修復されるというのは脅威にほかならない。
だが、黒音の世界ではそれは当たり前。
どれほど高い攻撃力を受けてもすぐに治癒できる程の高い再生能力は、あの世界で生きるには必須の力と言ってもいい。
まぁ、なくてもそれを補ってあまりあるほどの技術や能力があるならいいのだが、再生能力は有るに越したことはない。
「つまらない。」
3つの尾から放たれる突きを刀で逸らしつつ、左手で銃を抜いて発砲。特殊な弾頭が魔犬の足に突き刺さり、爆発する。
吹き飛ばされた左前足を再生させる暇もなく、黒音は瞬時に近づいて右前脚も切断、両前足を失った魔犬が地面に崩れ落ちる。
「くだらない。」
『影』から槍を2本取りだし、魔犬の後ろ足に突き立て、地面に縫い付ける。
背中から生えたカマキリのような腕が勢いよく伸び、黒音の肩ごと右腕を吹き飛ばすが無視、残った左手で三本目の槍を取り出して投擲、魔犬の目玉に突き刺さり魔犬が悲鳴をあげる。
「弱い。弱すぎる。」
魔犬の前足が再生し終わるが、立ち上がろうとする前に変わった形状をした太刀で横っ腹を引き裂く。
さらに、背中にある開きっぱなしの口の中に手榴弾を投げ込み、爆破。
堪らず魔犬が再び崩れ落ち、黒音はそれに更なる追い打ちをかける。
首を落とし、尾を切り裂き、皮膚を剥がして、肉を削ぎ、骨を断つ。再生する間も与えずに苛烈な攻撃を与え続け、ついにはその体にふさわしい巨大な魔核が露出する。
「死ね。」
その魔核を影で作った巨大な手に取り、砕く。
最後の断末魔を上げようにも既に声帯は破壊されており、静かに魔犬は絶命する。
「…………こんなもんか。」
呆気ないな、と黒音はつぶやく。
所詮はただの獣、戦う理由もなければ、賭ける心もありはしない。
そんなものと戦ったところで、やはりこんなものだろう。
これが人ならば、人としての心を持つものならば、多少なりとももっと奮戦出来ただろうに。
そんなもの、マモノに求めるだけ無駄か。
とはいえ、
「…………得られるものは何も無かった、か。」
この世界について、何か得られることがあるとは思っていたが大したことは無かった。
人型はほんとうに人に酷似しているため、マモノ側の情報を持っていることが多いのだが………。
いや、こいつの研究室や生活スペースを調査してから、か。
「お前らなぁ………戦闘科と言うからには、もうちょい精神的にはしっかりしててくれよ………戦闘はダメダメでもさ。」
「うっ………。」
黒音の小言に、クロエ達は返す言葉も無いとばかり縮こまる。
判断、対応………他にもいろいろあるが、どれにおいてもダメダメすぎる事は本人たちにもよく分かっていた。
今まで模擬訓練の時に黒音に言われていた事が、出来なかった。
言葉は理解していた、だけど実際には理解出来ていなかったのだ。
その時になればできると思い込んでいた。
「ふぅー、まぁいい。これからはもっとスパルタだ。」
とりあえず骨の1、2本は折るくらいのスパルタでいいかな、と黒音は考える。
――――――――――――――――――
「彼女の研究室など、色々と調べたからね。君にも伝えておきたくて呼んだんだ。今回はかなり助けられた。」
事件から2日後、校長室に呼び出された黒音は再びソファに座りながら校長と対面していた。
「で?出てきた資料は?」
「これだ。普通の魔法の研究に思えるんだが……君ならまた違った視点が見えてくるかもしれない。そして、本命がこっちだ。」
校長はいくつかの紙の束を黒音に渡した後、さらに数枚の紙を渡す。
「…………別に、俺から見てもただの……」
魔法の研究資料だな、と。
そう言おうとした。
書かれていたのは、転移魔法陣や召喚システムについての研究。
それだけ見れば、ただの研究だ。
少し異常なまでに召喚システムというものに執着している節が垣間見れるものの、それと言って変なところはない。
そう言おうとした。
問題の、資料を見るまでは。
「あぁ、そこか。そこが我々には分からなかったんだ。終焉の召喚っていうのと、世界のかけ合わせによる創造とは、なんだ?」
「世界の、かけ合わせ、だと?」
魂をかけあわせ、そうあるべきとした肉体を構築する事で、魔犬バスカヴィルは生まれた。
それが出来るのならば、世界そのものを……異世界と異世界をかけ合わせ、そうあるべきとした世界を創造できる……?
だが、そんなことをするためにはどれだけ莫大なエネルギーを消費しなければならないのか。
世界そのものを作り替えるだけのエネルギーなんて、得られるはずが………
「終焉の、召喚?」
終焉の召喚ということは、即ち黒音を召喚するということ。
しかし、黒音の存在など知っている人物がこの世界にいるわけはない。
それに、今現在黒音に終焉の力がない以上、この世界にも終焉を司るなにかはあるはずだ。
わざわざ黒音を召喚するまでもない。
だが、それはそれとして、終焉について分かることはある。
世界の創造とは、終焉によって得られたエネルギーを元に終焉によって空いたスペースに新たな世界を作ることだ。
なら、ならば、
「仮に世界が4つあるとして、ふたつを終焉の力によって終わりへと至らせ、それによって得られたエネルギーで2つの世界を一つにまとめあげ、世界を作り替えることはできる。」
しかし、それをしたとして、それをする意味はなんだ?
それに、そんなことをすれば3つは世界に空きスペースが出来てしまうことになる。
その空きスペースはどうなるのか。
「………これだけでは、情報に欠けるな。」
マモノの関することもよく分からなかったし、この世界に関することもさっぱりだ。
終焉と創造の力で何かをしようとしているみたいだが、マモノの背後にいる存在も、なにをしようとしているのかもイマイチわからなかった。
「君は何かわかったみたいだが……我々にはさっぱりなのだが。」
「説明は……面倒だ。今から説明するにも時間がかかりすぎるし理解にも時間がかかるだろ。後でレポートかなんかにまとめておこう。」
夜花で研究してた終焉や世界に関する論文のコピーも『影』の中にあったはずだ。
それらをちょこちょこっと錬金術という名のコピペを駆使して簡単に作ってしまおう。
考察は得意だがそれを文章にまとめるのはとことん苦手だ。
「しかし、情報があまりにも足りなさすぎるな。管理者を見つけるための情報もそうだが、そこへ至るための情報も、その情報源も乏しすぎる。」
「結局は手詰まり、か。何か他にアテは無いのか?」
「………結界の外、魔物達が跋扈する所に遺跡がある。つい最近見つかったものだ。……それが一体なんなのか、解析する前に魔物に呑まれたが。」
「ふん………?」
黒音1人でそこに行くことは容易い。
雑魚がいくら集まったところで雑魚。
戦いは数だと言うが、それは1人では物理的にできる事の数に限界がある、という話で、戦略もなにも関係なしに1人で何かを行うだけならばその数をまとめて消しされるだけの火力を持っていればいいだけの事。
とはいえ、遺跡を壊してしまう可能性もあるし、調べている最中にマモノどもに襲われるのも厄介。
それに、遺跡がどのようなものか分からない。
「遺跡の場所は?」
「ここからそう遠くはない。旧市街地を通るからそこを仮拠点にすることも可能だろう。今までは防衛戦しか考えていなかったから、そこを奪還しようとはまるで思わなかったが。」
結界から離れれば離れるほどマモノは強くなるが、この遺跡近くで強力なマモノを見たという例は少ない。
せいぜいがBレート、ほとんどがC~Dのマモノしかいない。
「旧市街地とやらに結界をはろう。魔物に呑まれた国があったな?そこへ侵攻するための拠点として使うから、要塞化してしまおうか。」
「そこまでの人手が集まるとは思えないが…?結界は張りさえすればなんとでもなるが、それを半永久的に機能するように定着させるまでの人員が居ないはずだ。」
そこで、黒音はニヤリと口角をあげる。
結界外実習計画草案と書かれた紙の束を校長の机の上から取り出し、ソファの前に置かれた机の上に放り投げる。
「それと並行して行おうか。」
「それは、この間の4カ国議会で提出された立案書だが………あまりにも早過ぎないか?」
「まぁ、対象者はかなり絞られることになるだろうが、やっておく価値はある。やってあるのと無いとでは大違いだ。」
新兵が実戦において死亡率が高いというのはお約束のような話だ。
実践の空気を感じ取るには早いに越したことはないだろうが、今の状態の学生にやらせるにはこの計画書はあまりにも早すぎると言わざるを得ない。
だが、今回に限ってはそれを利用させてもらう。
「前線の兵たちは哀れだな。可哀想にも程がある。とはいえ、流石にある程度のケツは私が持とうか。」
人間だった頃は小隊長をやっていたわけだし、元の世界ではひとつの組織のトップだ。
前線の事情とやらはよぉ〜くわかるが、こちらの知ったことではない。こちらにも事情というものがある。
だが、無責任すぎるのも行けない。無茶や難題を突きつけるのはいいが、ある程度ケツは持ってやらなければ不平不満が募る一方だ。
「ふむ、これに関しては一考する余地がある。このことはまた今度じっくりと話し合うとして……編入生がこちらに来る予定だ。」
「………?それを俺に話したところで、意味は無いはずだが?」
「まぁ、あまりない。が、少しこの編入生は勝手が違ってだな。君の耳に挟んで起きたかった。」
「して、その編入生とやらは?」
「名前は雨ケ谷 出雲、召喚された3人のうちの1人、君と同じ世界の人間さ。」