第10話 魔物よりなお恐ろしく。
「嫌ァァァァァァ!!」
アリスとクロエの甲高い悲鳴が鳴り響く。
アルもまた、目の前で起きたことに呆然としている。
黒音が、死んだ。
首を一瞬にしてはね飛ばされた。
そして、アルは一瞬にして状況を理解、意識を切り替える。
でも、果たして自分ごときが勝てるだろうか?
それに、クロエとアリスも守らなければならない。
2人は今起きたことに対して固まってしまっている。
逃げるにしてもすぐには動けないだろう。
「貴方は魔法陣使いとしては優秀でした。とはいえぇ〜、それだけの事ですよねぇ。巧みな技術でアドバンテージを覆しているだけで、元々魔法が使えるの者よりも劣っていることに違いはないんですよぉ。」
そう言って、リザは冷徹な瞳で黒音を見る。
切り飛ばされた黒音の首からはおびただしい量の血液が吹き出していた。
飛び散った血液がクロエの顔にかかり、少し口の中に入ってくる。しょっぱい、鉄のような液体が口の中に広がる。
気持ち悪い。気持ち悪い。気持ち悪い。
吐き気が止まらない。
目の前で人が、死んだ。
「口ほどにもありませんでしたね。こんな簡単に死んでしまうとは。」
そう言ってリザは凄惨な笑みを浮かべる。
死ぬ、そんな言葉が頭の上に浮かび上がる。
嫌だ、嫌だ。
「あ………。」
隣を見ると、アリスが震えていた。
そうだ、誰だって死は恐ろしい。
死ぬのは嫌だ。このまま死ぬのだけは、絶対に嫌だ。
震える足を叱咤し、恐怖を無理やり飲み込んで立ち上がる。
それでも震えが止まらない。自分でも、なにがどうなってるか分からない。
適うわけが無い。
そんな事は分かってる。
だけど、何もせずに死ぬのだけは嫌だ。
アルに目配せして、アリスを守るように2人が立ち上がる。
顔にかかった血液を袖で軽く拭いとる。
ここから逃げるか、あるいは誰かが来てくれるまで耐えきれたら私たちの勝利だ。
まずは炎系の魔法を使って、煙幕を作り出す。
黒音から教わったことだ。
炎はただ攻撃するためだけに使うのでは無い。創意工夫、例えばこういう使い方もあると、教わったことだ。
そう思って、魔法陣を描き、魔法を使おうとするが……
「………ぇ?なんで………魔法が…………。」
魔法が、使えない。
発動しない。
「単純な話ですよ〜?今、あなた方の周囲には魔力がないんです。私の魔法陣が吸い取っちゃいましたから。ここら辺一帯は魔力が枯渇しちゃってます。」
周囲に魔力が、無い……?
でも、それならリザ先生も魔法が使えないはず。
それなら、何とかなるかも………。
否
なら、黒音はなんで首を跳ねられた?
「そもそも私はぁ、人間じゃないのでぇ〜。別に魔法なんて使わなくても、皆さんくらいなら皆殺しにできるんですよぉ〜?」
そう言ってリザの見た目が変化していく。
腕が肥大化し、猛禽類のような見た目に、そして背中から4本の触手が生え、頭の片方だけに角が生える。
「邪魔です。」
見えなかった。
一瞬にして移動したリザは、アルバートを遠くまで蹴り飛ばしていた。
吹き飛ばされたアルバートは、勢いよく壁に叩きつけられて気を失う。
「まずは貴方からじっくりと殺して上げましょうか?」
いつの間にか背後に移動していたリザは、アリスの首を掴んで嗜虐的な笑みを浮かべていた。
殺される。
そう直感した。
このままじゃ、私だけでなく、アリスも、みんな。
魔法は使えない。
なら、
「うぁぁぁぁあ!!!」
異能しかない。
みっともなく叫び声を上げて、己を鼓舞する。
それでも震えは止まらない。
怖くて怖くて仕方がない。
これは模擬訓練じゃない。
負ければ、死ぬ。
それでも異能は発動してくれる。
巨大な右腕が、クロエの背後に現れる。
「でも、それって使い物にならなかったんでしたよね?」
馬鹿にしたように薄ら笑いを浮かべ、リザはアリスの首から手を離し、適当に放り投げる。
しかし、次の瞬間には自分の首が掴まれていた。
「勇敢な貴女にめんじて、貴女から殺して差し上げましょう。」
そう言って、首を掴む手に力が入る。
殺される。
そんなのは、嫌だ。
「うごけぇぇぇえええ!!!」
叫ぶ。
みんなを守るために、生き延びるために。
ここで動いて貰わなくちゃならない。
「なっ……!?」
リザが驚愕の表情を浮かべる。
そう、殴り飛ばされていたからだ。
何に?誰に?
頭の中に疑問符が大量に浮び上がる。
「え………?」
そして、驚いているのはクロエも同じだった。
動いた。
今まで、何の役にも立たない、ただ巨大な腕を呼び出すだけだった異能。
それが、その巨大な腕が、動いた。
「ぐ、しかし動いたからなんだと言うのですか。」
殴られたのは、不意を突かれたからだ。
意識していれば、さほど驚異にはならない。
己の優位性は失われない。
そう、リザが考えていた時だった。
「は、ははは、まさか動くとはな。言いたいことは沢山あるが、初めての戦いにしては、まぁ上出来だろう。」
声が、聞こえた。
黒音の声だ。
ぎょっとしてアルがそちらを見る。
切り落とした黒音の首からは相も変わらずおびただしい量の血が吹き出している………いや、
血が、蠢いた。まるで生物のように。
「首をはねたぐらいでいきがるなよ。もう少し遊ぼうぜ。」
「…………っ!」
血液が黒く染まり、黒音の体から影が爆発的に広がる。
それらは鞭のようにしなりながらリザへと襲いかかる。
「なんですかこれはっ………!?」
それらの攻撃を凌ぎつつ、リザは驚愕する。
「なぁ、馬鹿なんじゃないか?確かに俺は魔法は補助なしには使えない。でもさ、魔法以外にも力はあるだろう?」
「まさか、異能………!?でもこれは一体………!」
「仮にもおれは異世界から来てんだよ。この世界と同じ魔法を使っていないのなら、能力や力に関しても同じなわけねぇだろ。やっぱ知能が足りてないんじゃないか?」
影の攻撃が止むと、いつの間にか黒音の頭部は再生していた。
そして、その瞳は金色に輝き、白目の部分は赤黒く染まっている。
「能力で戦うのは久方ぶりだなぁ………冴詠、ここに。」
黒音の右手に黒い刀が現れると同時、黒音の背中から6つの黒い翼が生える。
「液化金属、使えるんだろ?早く出せよ。」
「なぜそれを知って………!」
「お前みたいなのは1度通り過ぎた道だ。未知でもなんでもないんだよ。」
そう言って、黒音は動く。
目で捉えられないほどの速度で接近、刃を振るうが……
「お望み通り、見せて差し上げましょう……!」
「ほんとに厄介だよなぁ……これ。」
刃を防いでいるのは、半球状に展開された銀色の液体だ。
水銀のようにも見えるが、そうでは無い。
液化金属、文字通り液状の金属で、硬度も形も自由に変更可能という便利なものだ。
後ろに飛び退いて距離をとり、影からFNFALを抜いて発砲、しかしばらまいた弾丸は全て金属に受け止められ、勢いを失った弾丸はポロポロと地面に転がり落ちる。
「まぁ、効くはずはないか。」
手榴弾をぶん投げるが、これも効きはしないだろう。
硬度も変えられることから力づくでの突破は困難、とはいえ『書き直し』はあまり使いたくは無い。
「それでも、これっぽっちか………。」
昔は苦戦した記憶がある。
だが、今となってはこの程度の相手だ。
色々事情があるから倒しにくいものの、右目を使えば瞬時に片がついてしまう程度だ。
「調子に、のるな!!」
液化金属を何本もの触手のような形に変え、四方から鋭い槍のように襲い掛かる。
黒音は、それら全てを相殺するかのように影を放ち、防御する。
「液化金属……面や点に関する攻撃には強い反面、内部からの攻撃には弱い。特に侵食するタイプの攻撃にはなっ!」
黒音の黒い影が半球状に展開された液化金属に突き刺さる。
ビシッ、と黒い影が侵食していき血管のように張り巡らされる。
内部から予想外の負荷がかかった液化金属はバラバラ分断され、飛び散る。
「こうしてしまえばただの肉弾戦だな。」
薄ら笑いを浮かべながら、黒音は自身の肉体の身体能力を大幅に引き上げる。
そして、放たれる触手を次々と切り裂いていく
黒音はリザの懐に潜り込んで一閃、リザの左腕を切り落とす。
リザは左腕の断面から触手を生やして何かをしようとするが、何かする前に回し蹴りを食らわせて吹き飛ばす。
思いっきり壁に叩きつけられるも、リザにはまだ意識がある。
常人なら首から上がもげている程の威力の蹴りだが、無傷とは言わないまでも意識がある時点で、奴はどう考えても人間ではない。
「くっ………起動!」
学園中の魔法陣が全て光を放ち始める。
転移魔法陣を起動し、魔物を解き放つつもりなのだろう。
それは知ったことではない。
問題はその先、魔物を解き放って何をするのか、だ。
「ふ、はは………これで私の目的は達しました。貴方には止められない!」
「へぇ?んで、何をしたんだ?」
「何、犬を召喚しただけですよ。数百匹ほど。」
「それに、なんの意味が?」
犬とは『使い魔型』と呼ばれる魔物のことだ。
犬というよりは狼に近い外見で、大きさは大型犬より一回りかふた周りほど大きいものとなっている。
「私はね、考えたんです。同時に多数の類似した外見と擬似魂を持った生物を同じ箇所に召喚すればどうなるのか………と。」
当然、普通はそんなことをすればフィラデルフィア実験の如く見るも無惨な惨状が生まれるだけだろう。
しかし、転移に関する事象には様々な考察の余地がある。
そも、転移の方法自体も様々な方法があるのだから、多数の解釈が可能となる。
魔術というのは、その解釈の点を様々な形に昇華するのが得意な分野だ。
ならば、なにをどう解釈し、何をしようとしたのか。
「魂の位置座標そして魂の情報、あなたがヒントをくれました。魂の位置座標を全て同一のものにし、転移し移動した瞬間にその全てが一致、魂の情報を少し書き換えるよう細工をし、その魂を元に新たに肉体を構築するように作り替えました。」
それは、勇者召喚にも当てはまる理論だ。
勇者召喚とは、神や精霊といった高位に位置する存在を呼び出す技術の応用であり、その魔法によって召喚されたものは誰であれ神と同等の存在である、という解釈から人間を神の位に押し上げるシステムだ。
「………そういうことか。」
この世界での召喚システムとは、肉体を1度消失させ、魂だけの状態で移動、そして肉体を再構築する際にそうあるべきとされた肉体へと変化させる。
ならば、複数の魂を混同させ、そうあるべきとした肉体の設計図を魔法陣に組み込めば、キメラなようなものがそこに生み出されるはず。
かくして、複数の小さな魔法陣がさらに光り輝き、魔法陣その物が転移していく。
その転移先、黒音の目の前に一際大きな魔法陣が生み出され、そこから光と共に巨大な何かが構築されていく。
「……なるほと、さしずめ魔犬バスカヴィル……と言ったところか?」
あまりの大きさに校舎の1部を破壊しながら現れたそれは、全長12メートルもいろうかという巨大な犬だった。
いや、これが犬かどうかはかなり怪しい。
尻尾は三本生え、4つの足にそれぞれ巨大な目玉があり、ギョロりとこちらを覗いている。
背中からは4本のカマキリの鎌のようなものが生え、中央には巨大な口が鋭い歯を覗かせている。
顔には耳が4つ、目が5つあり、口は首の所まで大きく広がるようだ。
正しく化け物。魔物と言う言葉が良く似合うその姿に、クロエ達は戦慄する。
「はは、なんと素晴らしい。」
リザが狂ったように笑みを浮かべる。
こんな悪趣味なものを召喚させて笑みを浮かべるとは、なかなかイカれてやがる、と黒音は自分のことを棚に上げてあきれ果てる。
自分のことを棚にあげて、というのは黒音もこの状況を楽しんでいるからだ。
せっかく異世界に来たのだ、これくらい倒しがいのあるやつでなければ。
『何が起きているんですか!?』
「魔物の出現を確認した。当初予想してたのとは違い、数は1匹だけだ。だが、恐らくレートはSかSS、かな?この世界のレートの基準は書類で見た程度だからよく分からないが。」
『な………SSレート……?』
校長が絶句する。
まぁそうだろう、そんなレートの怪物が召喚されては、被害は甚大なものになる。
このに黒音がいなければ、の話だが。
何やら騒がしくなった通信を一方的に切り、黒音は目の前の化け物と対峙する。
「さて、試させてもらいますか、この世界の魔物とやら。」