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第七章 勇者の戦い


「そこだ、いけぇ。」


「卑怯者ぉ、素手の相手に道具を使うとは何事でござる。」


「ちゃんと審判しないとダメでござる。」


 今日もテレビの前がやかましい。

 最近伊織はプロレスにはまっている。

 時代劇とプロレスと相撲がお気に入りだ。

 最初は技が下手だとか動きが鈍いとか文句つけていたくせに、男同士の戦いというのがツボにはまったのか、熱中して見ている。

 プロレスラー相手でも難なく倒せるだろうに、少し不思議だ。

 今度美鈴さんと観戦に行くらしい。

 先を越されてしまった。


「伊織様ぁ、出かけましょう。」


 明るい声で、美鈴さんがやってきた。

 今日は伊織待望のプロレス観戦だ。

 私の選んだ服に着替えた伊織が、立ち上がって出かけていく。

 出る前に伊織のブレザーの襟を直してあげた。

 なんで他所の女とのデートの準備を私がしなければならないのよ。


 見送りに出ると、美鈴さんはキャラを変えたのか、最初来た時は黒ずくめのつっぱったイメージだったのに、今は見るからに乙女チックだ。

 金色の髪は黒くなり、今日は白のワンピで、伊織の好みなのだろうか。

 そう思うと、なんか悔しい。


 この後の稽古で、野菊の相手はボコボコにされた。

 八つ当たりも甚だしい。


 その夜、伊織は上機嫌で帰ってきた。


 次の日の夕方、恰幅の良い男が道場にやってきた。


「千葉先生はおられるでしょうか?」


「少々お待ちください。」


 そう言って、お祖父ちゃんを呼びに行く。


「なんじゃ、わしに何か用か?」


「初めまして、私こういうものです。」


 男はそう言って名刺を差し出す。


「ん?極東プロレス、代表取締役、香川龍治。で、その香川社長がどのような要件じゃ?」


「お祖父ちゃん、立ち話もなんだから上がってもらったら。」


「そうじゃの。」


 そういって道場に案内した。

 居間ではなく道場にしたのは、伊織のテレビの邪魔をしたくなかったからだ。


「早速ですが、お願いがあってやってきました。」


 香川さんが口を開く。せっかちな性格のようだ。


「とりあえず話を聞くから、落ち着いてくれんか。野菊、茶を頼む。」


 台所でお茶を用意して、道場に戻る。

 話を進めていたらしく、お祖父ちゃんが説明してくれた。


「伊織殿にプロレスをさせたいらしく、勧誘にきたとのことじゃ。」


「はぁ?なんでそうなるの?」


「わしにも分からん。」


 香川さんが巨体を乗り出してくる。


「いや、それが、昨日の試合で興奮したレスラーが観客席になだれこんでしまい、客席の椅子を凶器にと持ち上げようとしたのを、その椅子に座ったままで、レスラーの手を掴んで百五十キロの巨体をリングに放り込んだ少年がいたのです。それを見て、惚れこんでしまいました。」


 ああ、なるほど。伊織ならやりかねない。


「で、なんで、うちにいると分かったの?」


「そのまま何事もなかったように試合を見続けてくれたので、試合が終わった後に話をしました。」


「伊織ったら、なんで教えるかなぁ。」


「いや、教えてくれたのは一緒にいた可愛らしい女の子です。」


 あの野郎。


「お祖父ちゃん、どうしよう?」


「とりあえず、野菊、伊織殿を呼んできてくれ。」


「分かった。」


 テレビの邪魔をされて、若干不機嫌そうな伊織と道場に行く。


「おお、この少年です。」


「「やっぱり。」」


 お祖父ちゃんと二人、溜息をつく。


「伊織君というのですか?私、極東プロレスの香川と申します。」


「昨日の御仁でござるな。」


「ござる?いや、それよりも伊織君、プロレスをする気はないだろうか?」


「プロレスは好きにござるが、するのはダメでござろう。」


「どうしてですか?十分な素質があると思いますが。」


「怪我させるのが申し訳ないでござる。」


「させる?するのではなくて?」


「あ、お祖父ちゃん説明してあげて。伊織じゃ無理だから。」


 慌ててお祖父ちゃんに話を振る。

 これ以上伊織が話すとボロが出る。


「そうじゃのう。香川さん、伊織殿はそこの壁の名札にあるとおり、この道場の師範代じゃ。強すぎて、空手の全日本選手さえ、教えを請いにやってきておる。隣の札の門下生の名前に見覚えはないかな。」


「え、あっ、確かに。格闘技の世界に身を置く私ですからあの名前には憶えがあります。矢城さんと天童さんは、前にリングに上がってほしいとお願いしたこともあります。」


 そういや、矢城さんが前にプロレスにスカウトされたって笑いながら話していた覚えがあった。


「その矢城君や天童君の先生が伊織殿じゃ。」


「こ、この若さで。信じられません。」


 香川さんが食い下がってくる。


「こんにちはぁ。」


 そこに美鈴さんが現れた。やばい、そろそろ来る時間だった。


「おお、昨日のお嬢さん。」


「あ、プロレスの人。」


「早速、伊織君を勧誘にきました。」


「でしょ、伊織様ならすぐにチャンピオンよ。」


「ちょっ、勝手に話を進めないでよ。」


「あ、ごめんなさい。でも伊織様のプロレスを見る目が輝いていたから。」


「伊織君、それなら是非うちに来てください。矢城さんや天童さんを弟子に持つほどの強さであれば、なおのことお願いします。」


 だめだ、香川さんの迫力に負けそうだ。


「伊織殿、許されるなら、プロレスラーと戦ってみたい気持ちはあるのかな?」


 お祖父ちゃんが伊織に話しかける。


「悪い賊なら退治しもうすが、そうでない者と戦うのは気が引けるでござる。」


「そうじゃの。伊織殿は正義感も強いし、弱い者いじめはせんじゃろうな。」


「よ、弱い者いじめ。ぶ、侮辱です。我が極東プロレスに弱い者などおりません。」


「あ、いや、そうじゃなくて。」


 私が慌ててフォローしようとしたが後の祭りだ。


「それなら、是非とも我が極東の練習場に来てもらい、実力を見せてもらいたい。」


 やばい、香川さん怒ってる。

 伊織はポカンとしている。


「そうじゃのう。わしの口が滑ったのが悪いのじゃから、謝る。すまん。」


「いえ、私も大人げなく怒ったのは申し訳ない。ですが、伊織君の素質を見極めたいという気持ちに偽りはありません。是非ともお願いします。」


「正成殿、野菊殿、拙者もプロレスラーなるものの力を知りとうござる。」


 結局、伊織は練習場に行くことになった。


 翌日、お祖父ちゃんと私と伊織で練習場に向かった。

 何故か美鈴さんと矢城さん、天童さんもついてきている。

 美鈴さんはともかく、あとの二人はお祖父ちゃんが連絡したに違いない。

 ホントにもう。


 極東プロレスの練習場は、電車を乗り継いで一時間ほどのところにあった。

 見た目は倉庫にしか見えなかった。


 香川さんが出迎えてくれた。


「いらっしゃい、伊織君。千葉先生も遠いところをようこそ。あれ、矢城さんと天童さんも?」


「お邪魔します。千葉先生から聞いて、興味があったのでお邪魔しました。」


 やっぱり、犯人はお祖父ちゃんだ。


 倉庫に入ると、真ん中にリングがあり、周りに練習器具が並んでいる。

 大きな体の人たちが練習していて、すごく汗臭い。


「では早速始めましょう。伊織君、準備運動よろしく。」


「準備運動?何でござるか、それは?」


「いや、身体を動かしておかないと怪我するので、前もってする運動ですが。」


 そういや、伊織の準備運動って見たことないかも。


「必要ないでござる。」


「そ、そうですか。」


 香川さんも矢城さんも天童さんも驚いている。

 ま、伊織だし。


「そうはいっても、怪我されても困るし。そうだ、そこのサンドバッグでも殴って身体温めてください。」


「分かりもうした。」


 伊織が練習器具の方に行く。


「着替えなくていいのですか、って違うそれじゃない。」


 目を向けると、パンチングボールのゴムが切れて、飛んでいくのが見えた。

 周りで練習していた人たちの目が点だ。


「サンドバッグは、そこの大きなぶら下がっているやつです。」


 香川さんも慌てている。

 そりゃそうだ、パンチングボールは殴って戻ってきたボールを避けて、また殴ってを繰り返し、反射神経や動態視力を鍛えるためのものだ。

 一発でゴムを切るなんて普通はしない。

 というかできない。


 サンドバッグは、予想通り、一発で床一面に砂をぶちまけている。

 香川さんの目も点だ。


「「「はぁ。」」」


 お祖父ちゃんと矢城さんと天童さんが溜息をつく。


「こ、これ以上練習道具を壊されても困ります。わ、分かりました。すぐにスパーリングしましょう。」


 慌てた香川さんが、練習していた人たちに声をかけていく。

 ほとんどの人が尻込みしている。

 そりゃそうだ。

 サンドバッグを破壊するようなパンチ受けたくはないだろう。

 でも何人かは立ち上がってきた。

 伊織と一緒にテレビで見たことのあるレスラーたちだ。


「こいつが香川さんの言っていた有望新人ですかぁ?」


 なんか腹立ってきた。

 伊織、こてんぱんにのしちゃえ。


「おお、そうだ。一昨日会場で観客席に暴れ込んだボビーをリングに放り投げた少年だ。」


「こんなに、ちっこいのに嘘だろ。」


「少々空手ができるったって、子供じゃねえか。」


 次々にヤジが飛んでくる。

 見るとお祖父ちゃんも矢城さんも天童さんも怒っているみたいだ。

 伊織だけは飄々としている。


「いや、だから試しに来てもらったんだ。誰か相手をしてくれ。」


 香川さんもまだ半信半疑のようだ。


「よし、俺がいこう。」


 伊織をちっこいとバカにした奴が名乗りを上げた。

 伊織と二人でリングに上がる。

 背はあまり変わらないが、体形は倍くらいある。


「ちょっと待て、その格好でやるのか?」


 そういやそうだ、伊織はジャケットも脱いでない。


「なんか変でござるか?」


「ござる?いつの時代の人間だ。それより、上着くらい脱げ。」


「分かったでござる。」


 伊織の上着を預かる。

 小さな声で伊織に殺しちゃダメよと念を押す。


「さあ、かかってこい。」


 相手は威勢がいい。

 伊織が少し前に出て、後ろに下がる。

 そのまま動かない。


「どうした、伊織君、遠慮しなくていいんだよ。」


 香川さんが声をかける。


「いや、終わりもうした。」


「えっ?えっ?えぇぇぇぇ。」


 相手は立ったまま気絶していた。

 お祖父ちゃんが笑っている。

 矢城さん、天童さん、香川さん、他のレスラーたちはみんな目が点だ。


 相手のレスラーを寝かせた後、少し落ち着いたのか香川さんが口を開いた。


「い、伊織君、な、なにがどうなったんだ?」


「掌底で鳩尾を突いただけにござる。手加減はした故、すぐに目が覚めるでござろう。」


「「「はぁ?」」」


 やっぱり、この反応が見られるから伊織が好きだ。

 ん?伊織が好き?違う、違わない、一人で赤くなる。


「よくわからなかったので、もう一度頼めるかな。」


 香川さんはそう言って、さっき立ち上がったレスラーたちを見る。


「それじゃ、俺がいこうか。」


「いや、大体の力は分かりもうした故、全員相手でも構わないでござる。」


「「「ば、バカにするなぁ。」」」


 立ち上がった全員が叫ぶ。

 伊織、それは言い過ぎだ。

 相手が怒るのも無理はない。

 香川さんも目が怖い。


「千葉先生、このままでは収集がつきません。先生からも伊織君に何とか言ってやってください。」

 香川さんが、この場を納めようとお祖父ちゃんに叫ぶ。


「いいんじゃないかのう。伊織殿がそういうなら、やらせてみればよかろう。」


「ど、どうなっても知りませんよ。よぅし、全員リングに上がれぇ。」


 さすがにレスラーが五人も上がるとリングが狭く見える。


「いくぞぉ。」


 今度はレスラーが伊織にかかっていく。

 待っていてやられるのを避けたのだろう。

 伊織はすっと避ける(消える?)と相手はリングに倒れて動かない。

 それを見て残りの四人が一斉にかかっていく。

 伊織は飛び上がると、二人に右足と左足それぞれで蹴りをみまい、そのまま宙を舞って、残る二人の背後に降り立ち、後頭部に掌底を叩きこむ。

 ほんの十数秒で五人とも動かなくなった。


「「伊織君って、こんなに強かったんだ。」」


 矢城さんと天童さんが呟いている。

 美鈴さんはうっとりとした目で伊織を見ている。

 お祖父ちゃんは笑っている。香川さんは口を開いたまま目が泳いでいた。


「皆、しばらくすると目覚めるでござろう。」


「い、伊織君、ま、まさかまた手加減したのかい?」


「もちろんでござる。」


 香川さん、当分立ち直れそうにない。


「では、帰るでござる。」


 そう言って練習場を後にした。


「ま、待ってくれぇぇぇぇ。」


 しばらくして、香川さんの叫び声が聞こえた。




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