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第六章 勇者の仕事


 一日で空手と剣道の初段ゲット。やったね。


 伊織の履歴書に、空手初段、剣道初段と打ち込んだ。

 名前以外に本当の事が増えた。少し嬉しい。


 伊織の昇段を終え、ビル清掃会社の面接だ。

 こればかりはついていけない。保護者付きの面接なんてまずダメだ。

 問題は伊織の言葉だけ、と思う。


 とりあえずお祖父ちゃんと二人がかりで、特訓した。


「これでようござ、いや、よろしいでしょうか?」


 付け焼刃だけど、なんとかなる、はず。なってくれますように。お願い。


 伊織の面接の日、会社までは一緒に行った。

 伊織を見送った後、会社のビルに手を合わせて拝んでしまった。

 どう見ても不審者だ。


 ビル前の喫茶店でコーヒーを飲んで待っていると、一時間ほどで、伊織は帰ってきた。

 伊織を呼んで、ココアを頼む。


「甘くて、おいしゅうござ、いや、おいしいです。」


「もう、ござるでいいわよ。で、面接どうだったの?」


「明日から来てほしいとのことでござる。」


「え、合格?よかったね。で、面接って何話したの?」


「何も話してござらん。色々と仕事の説明を受けただけにござる。」


「何それ?いいのかな。」


 どうやら刑事さんの推薦状が効いたようだ。

 後で聞いたのだが、清掃会社ではなく本業は警備会社で、清掃も請け負っていて、そこのアルバイト募集だったらしい。

 あと、警備会社だけあって、何人か警察OBもいて、刑事さんの推薦であれば問題ないとのことで、即採用になったようだ。

 言ってくれれば心配しなかったのに。

 でも刑事さんに感謝。


 帰りにスーパーで買い物して、伊織の就職祝いの食材を買い込んだ。

 今夜も宴会だ。


 翌日の夜から伊織は働きに出かけるようになった。

 もちろんテレビは予約済みだ。

 予約方法を説明しながら手伝ったが、時代劇ばかりだった。


 伊織は電車にも慣れ、仕事場に自分で通うことができるようになっていた。

 もっともここまで来るのにしばらくかかった。

 子供の初めてのお使いを見守る親の気持ちが理解できた気がする。


 とにかく、伊織の生活は、朝稽古、テレビ、睡眠、夕稽古、テレビ、仕事のパターンになった。

 私が学校に行っている間に寝ているらしく、私のいるときは、いつもテレビの前で正座している。


 変わったことと言えば、休日になると道場に全日本選手が稽古にやってくるようになったことだ。

 お祖父ちゃんも活気が戻ってきたと大喜びだ。

 困ったことに、杉村さんに聞いたのか、剣道選手までやってくる。

 うちは空手道場なのに。

 そのうち空手対剣道の異種格闘技戦が始まりそうだ。


 お祖父ちゃんと私はといえば、大気の力を感じる稽古(?)をしているが、まだまだ全く分からない。

 〇悟空はやはり凄い。


 そんな日常生活が続く。

 今日も伊織は仕事に行った。


 朝になって、伊織がめずらしく仕事の話をしていた。


「昨夜は大変でござった。清掃しているビルに落書きした者がいたでござる。」


「ビルに落書き?消すの大変だったでしょ。」


「ペンキとやらで書いたもので、なかなか消えなかったでござる。まあ、これに懲りて、次からは落書きをやめるとのことでござった故、許してやりもうした。」


「はい?話が見えないんだけど、落書き見つけて、伊織が消したのよね。」


「違うでござる。音がしたのでビルの外に出ると、落書きしている者がいて、やかましい乗り物で逃げようとしたので、捕まえてそやつらに消させたでござる。」


「なるほど。お手柄だったんだ。やかましい乗り物ってバイクかな。暴走族なんじゃないの?」


「暴走族?何でござるかそれは?確か鈴姫連合とか名乗っておりもうしたが。」


「ちょっ、それってこの街で一番大きい暴走族だよ。」


「ほう、そんな暴走族がおるのか。うちの道場で鍛えなおしてやりたいもんじゃ。」


「お祖父ちゃんは黙ってて。」


「はい。」


「それより、伊織、気をつけないとお礼参りとかされちゃうよ。」


「礼には及ばんでござる。ビルをきれいにする喜びを教えただけにござる。」


「そうじゃなくて、お礼参りってのは仕返しの事。大勢で武器持ってやってきて、襲い掛かってくるかもしれないってこと。」


「ほう、楽しそうにござるな。久しぶりでござる。」


 そうか、こういう奴だった。もっとも伊織なら心配いらないか。


 夜になって、伊織は仕事に行った。

 私は少し心配だった・・・暴走族の身体が。


 次の日の朝、道場に行くと、伊織と共に見知らぬ女性がいた。

 金髪に赤いメッシュが入り、格好が黒ずくめでファッションセンスは無いが、細面の綺麗な人だった。


「伊織、その人、誰?」


「野菊殿、おはようござる。」


「あ、おはよう。」


「この人は、昨夜仕事場にお礼に来た鈴姫連合の鈴姫にござる。」


「お礼?丁寧な人ね。」


「違うっ、仕返しに行って叩き伏せられたのよ。」


「あ、お礼参りね。で、その鈴姫さんがなんでうちにいるのよ。」


「ついてくると申す故、つれてきもうした。」


「そうなの?」


「違う、負けたら何でも言うことを聞くって約束で、この人が何も要求しないし、頼みもあって、ついてきただけ。」


「そか、やっぱり負けたんだ。伊織って強かったでしょ。」


「強いなんてもんじゃない。金属バットもチェーンもバイクの特攻も全部ほうき一本に負けた。五十人以上いたのに。」


 光景が目に浮かぶ。

 ほうき一本に振り回される暴走族、ちょっと笑える。


「それで、どうしたいの?」


「言うことを聞くという約束もあるし、それよりも、ここまで負けた以上伊織様に頭になってくれと頼んだんだけど、居候の身故、家主に相談するというので、家主に会おうと思ってついてきたんだ。」


「伊織様?ま、いいわ。でも、伊織が暴走族の頭?無理でしょ。」


「とはいえ、負けた以上けじめは必要だし。」


「伊織は気にしてないと思うよ。最初の落書きだって子供の悪戯としか思ってないだろうし、昨日の争いだって運動させてくれてありがとうくらいだと思うよ。」


「その通りでござる。」


「えっ、私たち昨夜は本気でいったのに。」


「無理無理。伊織が本気になったら、一分かからずにあなたたち全員死んでるわ。」


「そんなに強いの?いや、そうだね。その通りかも。」


「伊織、ちょっとあなたの実力を鈴姫さんに見せてあげようか。この後、面倒なことになっても困るし。」


「よろしいのでござるか。というよりどうすればいいのでござろう。」


「そうね。鈴姫さん、ちょっと立ってくれる?伊織は鈴姫さんの前に立って、いつものようにやって。鈴姫さんは伊織の動きが見えたら合格。多分無理だけど。」


「見えたらって、何よそれ?」


「すぐにわかるわよ。それじゃ始め。」


「えっ、うっ。」


 いつものように伊織は消えて、後ろから鈴姫さんの首を軽く叩いた。


「ね、見えなかったでしょ。」


「う、うん。確かに。」


「伊織が本気出すと、動きが誰も見えないの。だから勝てるわけないの。分かった?」


「わ、分かりました。い、伊織様お願いがあります。」


 そういって鈴姫さんが土下座する。


「な、なんでござるか?」


「私を伊織様の弟子にしてください。」


「は?なんでそうなるでござるか?」


「ここは空手道場。伊織様のその強さもここで鍛えられたものでしょう。ですから私も伊織様に鍛えていただければと。それに・・・。」


 最後はモゴモゴと声が小さくなって聞き取れなかった。

 鈴姫さんは頬が少し赤くなっている。


「野菊殿、いかがいたそう?」


「私に聞かれても。でも、いいんじゃない?お祖父ちゃんもうちの道場で鍛えなおしたいって言ってたし。」


「そういえば、そうでござったな。では正成殿の門弟ということであれば、いいと思いもうす。」


「正成殿?」


「あっ、うちのお祖父ちゃんのこと。ここの道場主よ。」


「わ、分かりました。ここに入門し、伊織様に指導していただきます。」


「ま、それでいっか。お祖父ちゃんには話しておくから、いつでも来てね、鈴姫さん。」


「私は村田美鈴といいます。鈴姫はあだ名なので、美鈴と呼んでください。」


「美鈴殿でござるか。」


「美鈴。殿はいらない。み・す・ず。伊織様お願いします。」


 また赤くなっている。見かけによらず分かりやすいかも。

 でも、なんか腹立つ。


 結局、美鈴さんは納得したのか帰っていった。


 次の休日、爆音とともに大量のバイクが道場に現れ、鈴姫連合の多くがお祖父ちゃんの弟子になった。

 早速、次からは電車で来るようにお祖父ちゃんから怒られていた。


 それと、私は何故か『姐御』と呼ばれている。

 恥ずかしいけどちょっと嬉しい。


 暴走族騒動も落ち着き、刑事さんにも相談した結果、解散届を出して鈴姫連合は解散した。

 伊織には、市内最大の暴走族を解散させたことで、警察から感謝状と金一封が贈られた。

 もっとも伊織は何のことか分かってないようだ。


 伊織の仕事は、清掃から警備に変わった。

 警備会社の関係者が暴走族との件を知り、ゆくゆくは正社員にしたいとのことで、お試し採用らしい。

 確かに伊織なら強盗退治はお手のものだろう。山賊退治よりは楽だろう。


 美鈴さんはというと、毎日やってきては伊織におしぼり渡したり、お茶を出したり、かいがいしく世話をしている。

 稽古しろよ。

 おかげで私は最近イライラしている。


「退屈でござる。」


「伊織、どうしたの?」


「仕事が警備に変わってから、ただ見回るだけで何も起こりもうさん。賊が出てこないと退屈でござる。」


 こらこら、そんなに頻繁に強盗が出てきたらダメでしょ。

 全く何を期待しているのやら。


「でも、それって平和でいいじゃない。」


「そうかもしれもうさんが、身体が鈍ってしょうがないでござる。」


 警備に変わって仕事が昼と夜の交代制になり、不規則になったが、伊織もそれなりに慣れてきて、こうして他愛のない会話をしている。


「美鈴さんでも鍛えてきたら。もうすぐ来る時間よ。」


 美鈴さんは伊織の仕事時間に合わせて、必ず空いた時間にやってくる。

 当初の自分を鍛えるという目的は忘れている。

 いや、目的通りなのかもしれない。


「こんにちはぁ。」


「ほら、来たわよ。行った、行った。」


 伊織が道場に向かう。後で見に行こう。


 宿題を終え、道着に着替えて道場に行く。


「「「あ、姐御、お疲れ様です。」」」


 元暴走族の何人かが声をかけてくる。

 外ではやめてね。恥ずかしいから。


 見ると、伊織の前で美鈴さんがうずくまっている。

 相当稽古させられたようだ。でも美鈴さん嬉しそうだ。


「伊織、久しぶりに私ともやってよ。ただし消えるのは無しよ。」


「野菊殿、分かりもうした。では拙者は受けるだけにしもうすから、好きにかかってきてくだされ。」


 伊織に礼をして、構えを取る。

 伊織も礼を返してくれる。最近覚えたらしい。


 掌底、正拳、蹴り、次々に伊織に向かって技を繰り出す。

 伊織は動かず、全ての技を手や足で受ける。それでいて、痛がる様子もない。

 私の技のダメージは全くないようだ。相変わらず情けなくなる。

 とはいえ、寸止めの方が気をつかうので、やりやすい。


「ありがとうございました。」


 いい加減疲れたので、礼をして下がる。

 伊織は次の相手と稽古を始めた。疲れた様子もない。

 勇者ってホントに凄い。


 伊織は、この道場では師範代になっている。

 五段六段といった全日本の猛者を初段が教えている。

 伊織が来てから、道場の壁の名札が増えた。

 門弟の名札だが、この前まで、お祖父ちゃんと私の二枚しかなかったのが、今は五十枚以上並んでいる。

 美鈴さんを始めとする元暴走族の人たち、全日本強化選手の人たち、何故か剣道全日本選手たち、それに加えて刑事さんもいる。

 そのためお祖父ちゃんは最近生き生きしている。

 私も前ほど稽古稽古とうるさく言われなくなったため、手が抜けて助かっている。

 勇者様様だ。


「姐御、すごいっすね。さすがっす。」


 元暴走族のヤッくんが声をかけてくる。

 なんか私の取り巻きも増えてきた。

 あまり嬉しくはないが、モテている気もして無下にもできない。


 伊織にヤキモチを焼かせたいと思う気持ちが空回りばかりなのが今の悩みだ。



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