第五章 勇者の試験
朝から騒がしい。
テレビの前で伊織が騒いでいる。
「野菊殿、これなら拙者の出番にござる。これなら役に立てもうす。」
何かと見ると、テレビには怪獣が映っている。なるほど。
「これもお芝居。実際に怪獣はいないから。」
「そうでござるか。」
ちょっとしょげている。かわいい。
「伊織、今日の予定は?何かしたいことある?」
「拙者働きたいでござる。」
「えっ、ちょっと待って。お祖父ちゃぁぁぁん。」
「野菊、朝からどうした?」
「伊織が働きたいって。」
「いつまでも居候では申し訳なく思いもうす。」
「気にしなくっていいのに。」
「ま、その気持ちも分からんでもない。とはいえ、何ができるか考えにゃならんな。」
「そうだね。」
「野菊、どっかでアルバイトの情報誌を買ってきてくれんか。」
「あっ、いいかも。それ見ながら考えようか。」
朝食をとった後、私は近くのコンビニに行った。
「買ってきたわよ。」
アルバイト情報誌を片手に居間に入ると、お祖父ちゃんと伊織が話していた。
「何を話してたの?」
「いや、伊織殿がどれくらいこの社会を知っているかの確認じゃ。」
「まだまだ知らない事ばかりでござる。」
「まだ帰ってきて一週間もたってないんだからしかたないわよ。」
とりあえず、情報誌を開く。
ウエイター、レジ、店頭販売、調理、引越し荷物運び、ビル清掃、家庭教師、居酒屋店員、コンビニ店員、雑多な職業が並んでいる。
ブラックからホワイトまでいろいろある。私なら大抵はできるけど、伊織だし、不安ばかりがつのる。
「お祖父ちゃん、伊織ができそうなのあるかな?」
「慣れればどれもできるじゃろうが、今は客との対応は無理じゃろうな。」
「そだね。そうなると、荷物運びか清掃だね。」
「そうじゃな。しかし、どれも面接があるのう。」
「簡単な履歴書もいるみたい。」
「履歴書か、難しいのう。」
「適当に作っちゃえばいいのよ。」
いいのか。
「そうじゃな、仕方なかろう。」
「ちょっと待ってて。パソコン持ってくるから。」
部屋に戻ってクリムゾンレッドのノートPCを持ってくる。
履歴書をダウンロードする。
「名前は長谷川伊織。住所と電話はうちと同じでいいわよね。」
「生年月日、どうしよう。お酒飲むから二十歳ということにして、逆算すればいいか。伊織は何月何日生まれ?」
「拙者、卯月の一日にござる。」
「卯月?旧暦か。卯月って、四月だったっけ。四月一日か。エイプリルフール?四月バカ?」
「拙者、バカではござらん。」
「あ、ごめん。違うの。四月一日は嘘ついてもいい日という風習があるの。」
「嘘はダメでござる。」
「そうじゃなくて、というか、そだね。」
いや、履歴書の名前以外は嘘なんだけど。
「野菊、次は何じゃ?」
「えぇと、学歴かな。学校どこにしよう。」
「学校、学び舎でござるか。日の本では寺子屋、エリクラプトでは王立魔術学院でござる。」
「ダメ、使えない。私と一緒じゃマズいよね。」
「そうじゃのう。わしと同じにするわけにもいかんし。どこか田舎で廃校になった学校ならいいんじゃないか。」
「お祖父ちゃん頭いい。なら、今はダムの底ってのがいいよね。」
「野菊、冴えてきたな。」
やばい、何か楽しい。
「後は趣味とか特技とか。」
「趣味はテレビじゃし、特技は空手といったところかの。」
「テレビが趣味ってダメでしょ。言葉遣いもあるし、時代劇鑑賞ってことにしとこうか。空手って、伊織。刀持ってたよね。剣道もいいんじゃないの?」
「伊織殿、剣はどの程度使えるのかな?」
「体術よりも刀のほうが得意にござる。」
「なるほど、今度剣の使い手の相手をしてみるかの。」
「お祖父ちゃん、今は関係ないでしょ。」
「野菊、そうはいっても、特技というからには段くらい必要じゃろ。空手ならわしの口利きで昇段試験を受けられるが、剣道は無理じゃ。」
「そか、段も必要か。私も二段だし。」
「伊織殿に段はつけられんが、初段くらいは取っておいた方がよかろう。わしより強い初段というのも面白いがの。」
確かに。熊でも素手で倒すだろうし。
「ま、それはおいといて、大体できたかな。あと写真撮らなきゃね。」
「写真にござるか?た、魂が。」
「吸わないから。」
怯えた伊織って初めて見た。かわいい。
ちなみに江戸時代には、写真は魂を吸い取るという迷信があり、そのためか西郷隆盛の写真は一枚も現存していない。
「デジカメ取ってくるね。」
ひきつった伊織をなだめるのに苦労したが、なんとか撮影し、プリントアウトした。
きちんとした写真じゃないけど、とりあえず履歴書完成。
「これをもって、武蔵君にも相談すればいいのじゃな。」
「そうね、刑事さんにも相談したほうがいいかもね。」
「ついでに剣道の師範も連れてこよう。」
お祖父ちゃんが張り切っている。
きっとまた、自慢したいんだろうな。
翌日、夕方になって刑事さんがやってきた。
予想通り、もう一人いる。
今度はお年寄りで、剣道師範の杉村さんとのこと。
「さて道場に行こうかの。」
そういや、伊織の剣術って初めて見る。
また消えるのかな。あ、消えた。
伊織の木刀が杉村さんの首手前で止まっている。瞬殺だね。
「まいりました。」
杉村さんは、あらかじめお祖父ちゃんと刑事さんから聞かされていたらしく、驚き方が少ない。
ちょっと期待外れ。
「千葉さん、確かにおっしゃられたとおり、とんでもなく強いのは分かりますが、これでは昇段試験は難しいかもしれません。」
「ほう、何故じゃ?」
「審判も試験官も見えません。それに、空手と違って寸止めではなく当てなければなりません。あと、首ではなく面とか胴とかに。」
「なるほど。加減が必要じゃな。伊織殿できるかな?」
「分かりもうした。騎士団を指導する要領でやってみるでござる。」
「例えがよく分かりませんが、もう一度やってみましょう。慣れるために竹刀に替えましょう。」
竹刀をもって、伊織が首をかしげている。
「伊織、どうしたの?」
「これは何でござる?軽すぎるし、これではすぐに折れもうす。」
「いえいえ、これが試合用の刀ですので、慣れてください。何度か素振りしてみてもらえますか?」
杉村さんが丁寧に教え始めた。
「分かりもうした。」
伊織が竹刀を構える。
「できたら片手ではなく、両手で持ってください。その方が力の加減ができると思います。」
『バキッ』
はぁ?伊織の一振りで竹刀が折れた。
ささくれ立っている。
杉村さんの目が点だ。
やったね。やっと驚く顔が見えた。
「伊織、ゆっくり振らなきゃダメだよ。」
「難しいでござる。」
手抜きの剣道が始まった。
今度はきちんと防具もつけている。
久しぶりの鎧だと伊織は喜んでいた。
しばらくして、気を持ち直した杉村さんといい勝負になってきた。
といっても、見えるようになっただけで、杉村さんの防具はガタガタだ。
「そうか、空手も試験官に見えるように手加減させねばならんの。」
お祖父ちゃんも気がついたらしい。
まあ、この分じゃ大丈夫だろう。
稽古を終えて、またまたいつものティータイム。
「それにしても伊織君はすごいですね。一体どこで鍛えたのですか。」
あ、お祖父ちゃん今度は黙ってたみたい。
でもそれだと説明のしようがないような。
「伊織殿はわしの遠縁の子だというのは話したと思うが、とにかく山奥の田舎で育ったので、子供のころから猪相手に木刀で戦っていたんじゃよ。」
お祖父ちゃん、ナイスフォロー。
「そうですか、野性の獣相手に身についた技ですか。それにしても見えないほどの動きとは。これなら昇段試験も十分に推薦できます。」
「「よろしくお願いします(いたす)。」」
「ところで、刑事さん、伊織の履歴書見てくれる?こんなのでいいかな?」
やっと本題に入れた。
「いいんじゃないかな。ところでどんな仕事するつもりなんですか?」
「とりあえず、接客は無理だから、ビルの清掃とかかな。」
「なるほど、都会に慣れるまでは、目立たない時間帯の方がいいかもしれませんね。」
あ、そうか。清掃って夜の仕事だ。そういや書いてあった。
「伊織、夜の仕事って大丈夫?」
「大丈夫にござる。ただ、夜のテレビが見れないのが残念にござる。」
どんだけ好きなのよ。
「見たいのあるなら、予約しておくよ。」
「予約?」
「後でも見ることができるようにするってこと。記録の魔道具よ。」
「もったいのうござる。拙者のために魔道具を使うことはやめてくだされ。」
「ん?大丈夫、何度でも使えるしお金もかからないから。」
「なんと、すばらしい魔道具をお持ちでござるな。それならお願いするでござる。」
勇者が次に覚えるのは、きっとHDレコーダーのリモコンだろう。
数日が過ぎ、伊織の昇段試験の日がきた。
午前が空手で、午後が剣道だ。
普通、試験日は年に一回か二回だけど、お祖父ちゃんと杉村さんのごり押しで急遽決まった。
日程も無茶苦茶だ。
お祖父ちゃんはともかく、杉村さんも警察で教えているだけあって、相当の実力者らしい。
どうやら二人がそれぞれの協会で自慢半分、脅し半分でねじ込んだようだ。
会場に早めに到着し、フロアで待っていると、お祖父ちゃんに連れられて、伊織が帰ってきた。
「野菊殿。ここの厠は凄うござる。厠に水と風の精霊が宿ってござる。」
「厠?トイレか。水と風の精霊?何だろ?あ、洗浄か。」
そういや、うちのトイレは旧式でそんなものはついてない。
「精霊を使うとはなんと贅沢な。」
「伊織、精霊じゃないから。それも電気。魔術みたいなものよ。」
「なるほど、それなら罰も当たりもうさんな。少し心配しもうした。」
そうこうするうちに、試験会場に呼ばれた。
確か初段は十五人組手だったはずだ。
お祖父ちゃんと三人で会場に入る。
えっ、あの人、全日本の強化選手?あの人もだ。
私も空手を習っているから、知っている。凄い人ばかりだ。日程も無茶なら、組手の相手も無茶だ。
でも伊織だし。
それにしても、この人たち、伊織のバイト面接のためだと知ったら、きっと怒るよね。
黙ってよ。
組手が始まった。最初はよく知らない人だ。
でも動きが速い。伊織ほどじゃないけど、私よりは強い。
ともかく、伊織は消えずに頑張っている。
あれは相当手を抜いている。
結局さほど待つこともなく、伊織は全てをかわし、まわりこんで顔に一撃を寸止め。
二人目、三人目、四人目・・・。
十人を超えて、全日本クラスの登場だ。
相手は最初笑顔だったのに、今は顔がマジだ。
本気にさせちゃったみたい。
消えるの禁止にしてるから、伊織も少し手こずっている。
でも結果は同じ。少し時間が伸びただけ。
相手は本気で悔しがっている。ちょっと気の毒かも。
最後の選手も倒し、無事十五人抜き終了。
「いやあ、参りました。千葉先生がおっしゃられたように、本当に強い。こんな逸材を育てておられるとは、さすが先生です。」
え、お祖父ちゃんが育てた?そうなってるのか。
「訳あって、人前には出せんが、実力は言った通りじゃろ。」
お祖父ちゃんも嬉しそうだ。
「どんな理由があるのでしょうか?この実力なら、すぐに世界大会に出してもいいと思いますが。」
「ああ、医者に止められておるんじゃ。今日もこの後、病院じゃ。」
「そうですか、実にもったいない。」
えっ?病院?この後、剣道だよね。
お祖父ちゃん、言い訳うまい、というか少し腹黒いかも。
「残念です。とりあえず、初段は十分に合格です。」
「ありがとうござる。」
「ござる?まさか病院って?」
伊織が喋ったとたんにこれだ。
「とにかく、今日はありがとう。伊織殿も他人と試合など初めてじゃったから、いい経験になったじゃろう。」
さて、次は剣道だ。
フロアに戻ると杉村さんが迎えに来てくれていた。
剣道会場に移動し、素人だけど私もついていく。
ここでも試合形式のようだ。
聞くと普通は筆記試験があるらしいが、杉村さんがとにかく実力で判断しろとねじ込んだらしい。
杉村さんも相当無茶だ。
ためしに筆記試験の過去問から、杉村さんは伊織に聞いてみたらしい。
剣道をする事にした動機を尋ねると、武士として当たり前と答え、剣道を人生に生かす心構えを尋ねると、魔王退治と答えたため、杉村さんは筆記試験をパスさせたようだ。
試合が始まる。
杉村さんに聞くと、五試合で、相手は全て全日本大会優勝経験者らしい。
でも伊織だし。
なんか伊織って言葉だけで全てが片付いている気がする。
いや、気のせいじゃない。
結局、五試合全て伊織の一本勝ち。
竹刀も折れてないし、伊織の手抜きも様になっている。
「いやあ、参りました。杉村先生がおっしゃられたように、本当に強い。こんな逸材を育てておられるとは、さすが先生です。」
え、杉村さんが育てた?ここでもそうなってるのか。
「訳あって、人前には出せませんが、実力は言った通りでしょ。」
杉村さんも嬉しそうだ。
「どんな理由があるのでしょうか?この実力なら、すぐにタイトル取れると思いますが。」
「ああ、医者に止められているのです。今日もこの後、病院です。」
「そうですか、実にもったいない。」
えっ?杉村さんとお祖父ちゃん打ち合わせ済み?二人とも腹黒い。
「残念です。とりあえず、初段は十分に合格です。」
「ありがとうござる。」
「ござる?まさか病院って?」
デジャヴだ。