第四章 勇者の休日
祭りの合間にアップします。
当分の間、江戸時代生まれの伊織には、現代環境に慣れてもらうのと、言葉遣いを覚えてもらうことになった。
とはいえ、特に何かをするわけでもなく、伊織はと言えば相変わらずテレビの前で正座している。
勇者が現代社会で最初に覚えたのがテレビのリモコンというのは微妙なところだが、仕方ないと諦めよう。
テレビを見ていれば、ニュースで社会状況が分かるし、言葉遣いも覚えるはずだ。
私はと言えば、朝稽古、学校、夕稽古の相変わらずの毎日だ。お祖父ちゃんも最近はずっと機嫌がいい。
今日は休みということもあって、伊織を外に連れ出すことにした。
伊織の服も買わなきゃいけない。
いつまでも着物というのも不自由だ。
何故なら洗濯が大変だからだ。
これ以上仕事を増やされてはたまらない。
花の女子高生生活を満喫しなきゃ。
伊織の服のついでに私の服も買うことは内緒だ。
「今日は伊織の服を買いに行くわよ。」
「拙者浴衣で十分でござるが。」
「浴衣だけじゃダメでしょ。」
「鎧もありもうす。」
「鎧着て歩いていいのは、秋葉原だけ。」
「秋葉原?」
「とにかく行くわよ。」
「分かりもうした。」
「いい、伊織、今日は私についてきてはぐれないようにね。人が多いから迷子になったら見つけられないからね。」
子供じゃないから手を引くわけにもいかない。
それじゃまるでデートだ。
ん?一緒に洋服を買いに行くって、デートじゃないの?
「分かりもうした。野菊殿についていくでござる。」
「それと人前で喋っちゃダメよ。言葉遣いでからかわれちゃうから。」
「拙者、何か変でござるか?」
ダメだ、自覚がない。
「テレビ見てたら、分かるでしょ。」
「テレビでも拙者と同じ言葉を話す人は、大勢いもうしたが。」
「それは時代劇。」
ダメだ、偏った知識に染まろうとしている。
「まぁ、いいわ。とにかくお願いね。」
「わかったでござる。」
じゃあ出かけようかと、ふと見ると。
「刀は置いてきなさぁい。」
危ない、危ない。
家を出て、田畑の拡がる風景が途切れ、駅が近づくと家や商店が建ち並び、人通りも多くなってくる。
横の伊織を見ると、目が大きく開いている。
驚いているようだ。
「野菊殿、あれは魔物でござるか?すごい勢いで走ってござる。」
「え?ああ、車よ。魔物じゃなくて馬車みたいなもの。人が乗って運転、操縦してるの。」
「馬車?馬がいないでござる。」
「ガソリン、そうね、土と火の魔術で動いているの。」
ダメだ、私も毒されている。
説明に慣れてきた。
「すごい魔道具でござるな。」
「そうね。それより伊織、見とれてないで、ちゃんとついてきてよ。」
「野菊殿、ここは王都でござるか?」
「違う。王様はいないし、東京都っていっても外れの田舎町だから。」
「いや、しかし、城が建ち並んでござる。」
「城? 違う。あれはただのビル。一般人が住んでるの。」
マンションが並んでいるだけだ。
「一般人? 貴族でもござらんのか。」
「貴族なんていないから。」
勇者は黙ってしまった。
黙っていると可愛い。
喋るとござるなんだけど。
「あれが駅よ。電車に乗って行くからね。」
「電車?」
「大きな乗合い馬車よ。」
とりあえず伊織の切符を買って渡した。
自動改札の説明からしなければならないのも、切符を取り忘れたのをフォローしたのもお約束だ。
「野菊殿、このような大きな馬車を引くとは、とてつもなく大きな馬でござるか?それとも魔物を飼いならしているのでござるか?」
「あのね、魔物はいないし、馬も引いてない。電気という魔力で動いているの。」
「これほど早く動くとは、とてつもない大魔術師がいるのでござるな。」
火力発電は火の魔術、水力発電は水の魔術、風力発電は風の魔術、太陽光発電は光の魔術。
私の説明は間違ってない、多分。
原子力って何なのだろう。
ウラン鉱石だから土の魔術ということにしよう。
「野菊殿、この速度で揺れが少ないのはどうしてでござる?」
「クッションとかバネとか揺れを吸収する仕組みがあるの。」
「人が多いでござるな。」
「東京には一千万人いるからね。」
「超大国でござるな。野菊殿、外が見えなくなったでござる。」
「地下に潜ったの。」
「迷宮でござるか?」
「違う、穴を掘っただけ。」
「なんとも土の大魔術師もいるでござるか。」
全て魔術でかたがつく。
そうこうするうちに、目的地に着いた。
東京郊外とはいえ、そこそこ大きい街だ。
まだ新宿とか渋谷とかに連れて行くのは早い気がする。多分正解。
「人がもっと増えるから、ちゃんとついてきてよ。」
「わかったでござる。」
駅を出るときも自動改札の説明をした。
これって何の魔術なんだろう?
ダメだ、私まで魔術に毒されている。
駅を出るとビルが建ち並ぶ。
城じゃないからね。
「さあ、伊織の一式揃えるわよ。」
最初に向かったのは靴屋だ。
最初にやってきたとき足は鎧だったし、今は履き慣れているからとお祖父ちゃんの下駄だ。
音が目立ってしょうがない。
「足のサイズ、じゃない大きさはいくら?」
「八寸五分にござる。」
それって何センチ?また携帯で調べなきゃ。
「二十五・五センチね。」
「それは何でござる?」
「ああ、携帯よ。一寸が何センチか調べたの。」
「なんとその中に賢者様がおられるのか?」
「そうね。そんなもんよ。」
実際、大賢者といってもいいだろう。
「スニーカーでいいよね。」
「スニ?」
「わたしが選ぶから待ってて。」
適当に格好よさげなのをいくつか並べる。
「どれがいい?」
「拙者あちらの方がようござる。」
伊織の指さす方を見る。
「ダメ、あれは女性用のブーツ。」
鎧感覚のようだ。
「いいから、履いてみて。」
持ってきたスニーカーを履かせる。
「軽うござるな。動きやすいでござる。」
よかった、気に入ったようだ。
デザインはどれでもいいとのことなので、私が選んだ。
次は洋服だ。
まずはTシャツからかな。
そう思って、Tシャツ売り場に行く。
そういえば下着って必要かな?
えっ、下着?男の子の?ダメ、無理。
今度お祖父ちゃんに頼もう。
「伊織、どんなデザイン?じゃなくて、柄が好き?」
「柄にござるか?やはり輝く黄金色や白銀色が好きにござる。」
やっぱり鎧だ。
「そんな派手なのはダメ。無地がいいなら、白とか黒とかは?」
「身につける色なら赤がようござる。」
「赤?なんでそんな派手なのがいいの?」
「切られて血が出たときに、相手に悟られないためにござる。」
「戦うことから離れなさい。」
結局、無難に黒と白を二着買った。
次は上着だ。
ちょっとしたブレザーでいいかな。
「あ、これがいい。」
伊織を無視して、私の好みで選んでしまった。
次はズボン。
あっ、ジーンズにしよ。
ジーンズ売り場に移動する。
ウエストを測ってもらおうと店のお姉さんを呼ぶ。
お姉さんが近づくと、伊織が消えた。
「伊織、逃げちゃダメでしょ。」
やばい、お姉さんが固まっている。
「伊織、動いちゃダメだからね。」
「い、今のは?」
「き、気のせいよ。さ、測ってください。」
「わ、分かりました。」
二十四インチ。細っ。
「色は何がいい?赤はダメよ。」
「拙者古着で十分でござる。」
そう言って破れたジーンズを見ている。
「だめ、ビンテージは高いんだから。」
結局、ここでも私が選んだ。
Tシャツとお揃いの黒にした。
長さも切らなくてよかった。足、長っ。
試着室を借り、全て着替えてもらった。
黒のスリムジーンズに黒のTシャツ、白いブレザーにスニーカー。
やだ、カッコいい。
スタイルがいいし、勇者というより白馬の王子様だ。
「変ではござらんか?」
ダメだ、喋ると台無しだ。
「変じゃないよ。似合ってるよ。」
「それならようござる。動きやすくて、これなら鎧が無くても戦えもうす。」
「だから、戦っちゃダメ。何を退治するのよ。」
「野菊殿を狙う賊にござる。」
「日本は平和で、そんな奴いないから。」
「残念にござる。」
ちょっと待て、私が襲われるのを期待してるのか。
次は私の服だ。
それから五軒回った。
伊織は文句も言わずついてくる。
荷物も持ってくれるし、ちょっといいかも。
着物と下駄から解放されたことで、人の目が気にならなくなった。
いいことだ。
この買い物は見られていたらしく、学校で彼氏と買い物していたと噂になり、曖昧にごまかすことになるのはご愛敬だ。
全否定して紹介しろと言われる方が怖い。
ま、それは後の話だ。
買い物も終わり、ハンバーガーショップに入る。
伊織は理解してないので、ここでも私が選ぶ。
なんか本当に弟の世話してるみたいだ。
「あっ、飲み物はコーヒーでよかったのかな?」
「苦いでござる。」
「砂糖入れたら大丈夫かも。」
そう言って砂糖を入れる。
結局スティックを五本入れた。
次からはココアにしよう。
食べ終わって、スーパーで夕食の仕入れをする。
「大きな市場でござるな。それにしても商人がいないでござる。」
全部買い終わった後に清算することを教え、カートを押してもらう。
ん?新婚さんには見えないよね。
見た目幼いし。
全ての買い物が終わって、家に帰る。
ちょっと散財したけどいいよね。
夕食の時に、お祖父ちゃんに気になっていた下着をお願いした。
ちなみに今は褌らしい。
聞かなきゃよかった。