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第三章 勇者の価値


 テレビが無事であることにホッとしながらも、その後、伊織にテレビのことを説明し、なんとか納得してもらった。

 離れたところを映し出す魔術道具との説明が一番しっくりきたようだ。

 伊織は今もテレビの前で正座して見ている。

 気に入ったようだ。


「伊織、少し離れて見なさいよ。目が悪くなるわよ。」


 子供か。


 伊織がテレビを見ている間に、夕食の支度をする。

 両親が事故で他界してからずっとだから、慣れたものだ。

 今夜は伊織の歓迎の意味もあって、尾頭付きにした。

 道場の台所は広く、大きな鯛でも十分焼ける。


「後ろにござる。」


 居間から伊織の声がする。

 何事かと思って居間に行くと、テレビに向かって叫んでいる。

 見ると、時代劇で将軍様が戦っていた。

 なるほど。


「さすがは将軍様、後ろの敵も気配で避けてござる。」


 なんか嬉しそうだ。


「しかし、あの剣術ではどうにもなりもうさん。修業が必要にござる。」


「あれは殺陣といってお芝居だからね。」


「芝居?あの将軍様は騙りにござるか?将軍様の名を騙るとは不届き千番。」


「いいの。許された芝居なんだから。」


「おお、なんと懐の広い。さすがは上様じゃ。」


「あのねぇ、前にも言ったけど、将軍様はいないから。」


「そうでござったな。忘れていもうした。」


 テレビに夢中で現実を忘れるなんて、やっぱり子供だ。


「なんか、焦げ臭くござらんか?」


「あっ、忘れてた。」


 バタバタと台所に戻る。

 やばい、鯛が焦げている。

 ま、なんとか食べられるだろう。


 焦げ臭いので、窓を開けた。

 匂いにつられたのかハエが入ってきた。


 ハエ叩きどこに置いたっけ。

 探していると、ハエが落ちてきた。


 見ると爪楊枝が刺さっていた。

 勇者恐るべし。


 少し(かな)焦げた鯛の塩焼きを中心に、お祖父ちゃんの好物の里芋や甘めの玉子焼きに湯豆腐、ワカメのお味噌汁など、多分伊織が懐かしがってくれるだろう和食を、所狭しとテーブルに並べた。

 お祖父ちゃんも伊織も驚いている。

 やったね。


「野菊、豪勢じゃな。随分張り切ったな。」


「今日は伊織の歓迎会だからね。と・く・べ・つ。」


「ありがとうござる。拙者、白いご飯だけでも贅沢にござる。」


「とりあえず食べて。伊織、おかえりなさい。」


「ありがとうござる。いただきまする。」


「お、その前に、野菊、台所に行って、とっておきの酒を出してくれ。」


「あ、そだね。ちょっと待って。」


 お祖父ちゃんが家でお酒って珍しい。

 大抵は外でしか飲まないのに。


「お待たせ。」


 熱燗にしてとっくりとおちょこを差し出す。


「伊織殿はいける口かな?」


「酒は好きでござったが、何分、向こうにはワインしかなく、日の本の酒は十三年ぶりにござる。」


「そうか、なら十分に飲みなさい。」


「あっ、ところで伊織って何歳なの?二十歳前だと飲んじゃダメなんだよ。」


「そうなのでござるか。拙者嘉永二年の生まれで、慶応元年に十七歳だった故、向こうで過ごした分を足せば三十歳にござる。」


「嘘、見た目、中学生だよ。成長してないでしょ。」


 伊織の背は私より高いが童顔だ。


「ほっほ、昔は栄養事情もあって成長が遅かったじゃろうし、生まれ年から言えば、伊織殿は百七十歳近いはずじゃ。何の問題もなかろう。」


「そっか。そだね。」


「じゃあ、改めて一献いこうか。」


「ありがとうござる。」


 宴会が始まった。


「懐かしゅうござる。なんとも口当たりの良い酒に、野菊殿の作られた料理が、とにかく美味しゅうござる。」


「遠慮しないで、どんどん食べてね。」


「野菊も嬉しそうじゃな。じじいと二人よりよっぽどいいか。」


「そ、そんなんじゃないわよ。お祖父ちゃんは料理の感想とか言わないじゃないの。」


「そうか、すまん。」


 嬉しいのは確かだ。

 年上だけど弟ができた気分だ。


 食事が終わり、今はお茶を飲みながらくつろいでいる。


「伊織殿はどのような修行をされたのか?」


「修行というほどのことはしておりもうさん。魔物と戦い続けただけにござる。毎日何度となく、ひたすら戦った結果にござる。」


「毎日って、そんなに魔物がいたの?」


「行った当初はそうでもござらんかったが、魔王が復活してからは魔物が増え、それもかなり強い魔物が生まれ始め、騎士団では対応できなくなりもうした故、拙者と魔術の得意だったエリクラプトの王女と共に、ひたすら倒したでござる。」


「なるほど命がけの戦いを毎日なら、強くなるのは当たり前じゃな。」


「そっか。そうだよね。」


「ところで、あの目の前から消える技ってどうやるの?」


「消えたわけではござらん。足裏に気を貯め、足の指で飛ぶのでござる。」


「気を貯めるってのが、そもそも分かんないのよ。」


「簡単にござる。向うでは魔力がありもうしたが、こちらでも周りの大気に力が宿っておる故、それを丹田に取り込み、体の中で循環させればよいのでござる。」


「だめ、聞いた私がバカだった。全然わかんない。」


「そうじゃの。わしも分からん。」


 だめだ。次元が違う。


 次の日の朝稽古は、伊織の指導で、大気の力を感じる稽古をしたが、手がかりすらなかった。


 学校から帰ると、また、伊織がテレビの前で正座していた。

 リモコンの操作は覚えたようだ。


 私が帰ったことに気付きもしないなんて、すごい集中力だ。

 というか敵に襲われたらどうすんだろ。

 テレビがあれば勇者を倒すこともできそうだ。


 やってみよ。


 鞄から、消しゴムを取り出し、伊織に向かって投げた。

 伊織が消えた、と思ったら後ろに立っていた。


「うそ。」


「野菊殿、殺気が無かった故、避けただけにしもうしたが、危ないことはダメにござる。」


 なんか悔しい。

 というより、消しゴムで人が殺せるもんか。


「ところで、お祖父ちゃんは?」


「正成殿なら、知り合いのところに出かけると言われておりもうした。」


「そっか。どこ行ったんだろ。」


「帰られたようにござる。」


「えっ、玄関開いた音がした?」


 それから間もなく、玄関が空いて『ただいま』の声がした。


「なんで分かるのよ。」


「足音が聞こえたでござる。」


 あんたは犬か。


「伊織殿、客人を連れてきたぞ。」


 お祖父ちゃんに連れられて、屈強な男が入ってきた。

 苦手なタイプだ。


「お邪魔します。先生から話を聞き、是非会わせてほしいとお願いしました。私、神田武蔵と申します。」


「こちらの武蔵君は現役の刑事で、わしの教え子じゃ。」


「はじめまして。教え子って、この道場では見てないですよね。」


「そうですね。警察署の方でご指導いただいています。」


「あ、そうか。時々教えに行ってるって言ってたよね」


「そうじゃ。その中でもとびきり強くて腕利きじゃ。」


「それにしても、先生、可愛いお孫さんがいらっしゃるんですね。」


「やらんぞ。」


 刑事さん、見た目と違って礼儀正しい。

 さすがお祖父ちゃんの教え子だ。

 可愛いと言われたから、そう思ったわけではない、はず。


「伊織殿、武蔵君に稽古をつけてくれんか。」


「それはようござるが、大丈夫にござるか?」


「見た目通り、頑丈なだけが取り柄ですから、お願いします。」


 頑丈ったって、瓦よりは柔らかいでしょ。

 粉にしちゃうんだよ。


「伊織、怪我さしちゃダメよ。」


「分かりもうした。」


 その後、道場に皆で移動した。


 伊織と刑事さんが向かい合っている。

 刑事さんが礼をする。

 伊織はいつものようにぼぉっとしてる。

 ちゃんと礼しなきゃダメでしょ。


「それじゃ、始め。」


 お祖父ちゃんの掛け声とともに刑事さんが伊織に向かって飛びかかる。


 消えろ、消えろ。消えた。


「なっ。」


 刑事さんが驚いている。

 伊織の拳が刑事さんの後頭部で止まっている。


「それまで。」


 お祖父ちゃんも満足そうだ。


「今のは何ですか。」


「どうじゃ、言った通りじゃろ。」


「確かに。避けたと思ったら、後ろにいました。」


 えっ、刑事さん見えたの?


「うっすらとしか気配も感じられませんでした。完敗です。」


「ちょっと、気配が分かるの? いや、分かるんですか?」


「うっすらとしか言いようがありません。」


「そうじゃの。わしもうっすらじゃ。」


「二人とも気配って、何なの?」


「野菊殿、大気の揺れや、人の放つ殺気とか、色々なもので感じられもうす。」


「そうなの?」


「野菊殿、拙者の後ろに立ってみてくだされ。」


 伊織の後ろに移動する。


「これでいい?」


「好きに動いてくだされ。」


 好きにって、殴りかかっていいのかな。

 そう思いながら構える。


「構えられましたな。」


 えっ、なんで分かるの。

 右手を引き、正拳突きを繰り出そうとする。


「右手を引きもうしたな。」


 えっ、えっ。


「動きが止まりもうした。」


 えっ、えっ、えっ。


「こういうことでござる。」


 えっ、えっ、えっ、えっ。


 伊織がにこやかに振り向く。


「野菊殿は素直な方故、動きが分かりやすいでござる。」


 素直って、素直って、そうじゃない。

 バカにされてる気がする。


「これが気配を読むということでござる。」


「いやいや、そこまでは読めませんよ。」


「わしも無理じゃ。」


 ちょっとホッとした。

 やっぱり規格外だ。


 その後、刑事さんは何度か挑んで、全て一瞬で終わった。


 居間に戻り、いつものお茶タイム。


「先生、全く自信が無くなりました。」


「気にすることはない。わしも同じじゃ。道場をたたみたくなったしのぅ。」


「先生もですか。」


 なんか二人で意気投合している。

 BL展開は無理だ。

 私は腐ってない。


「ところで、伊織殿は江戸時代から来たと伺いましたが、どうやら本当のようですね。」


「お祖父ちゃん、どうして喋るのよ。」


「いやいや、武蔵君なら大丈夫じゃ。」


「はい、いや、話を聞いて、流行りのサギではないかと思い、確認の意味もあって、先生に無理を言いました。申し訳ありません。」


「そか、そうだよね。私も最初は嘘だと思ってたし。でもこれ以上喋っちゃダメよ。」


「そうじゃの。自慢したい気もあるが。」


「ダメだから。」


 お祖父ちゃんが一番危ない。


「とりあえず、遠縁の子で引き取ったことにしてね。」


「むぅ、分かった。」


 そもそも戸籍も無いんだから。

 不法入国者扱いでもされたら、たまったもんじゃない。

 えっ、戸籍?どうすんの?


「け、刑事さん。」


「なんでしょうか?」


「伊織って戸籍ないけど、どうなるの?」


「そうですね。不法入国でもないし、そもそも江戸時代生まれって、戸籍の無い時代ですし。先生、どうしましょう?」


「わしに振るな。」


 三人とも頭を抱えてしまった。


「お役所関係は全て無理。ということは、就職も結婚も全部無理。どうやって生活していけばいいの。」


 当の本人は分かってないようで、ぼぉっとしてる。なんか腹立つ。


「お祖父ちゃん、このままじゃ、伊織生きていけないよ。」


「そうじゃのぅ。仕事もできんとなれば、お金も稼げんし、どうしたものか。」


「企業に就職でもしない限り、戸籍は必要ないと思います。簡単な履歴書だけで採用される仕事もありますし。必要なら私が推薦状書いてもいいですよ。」


 刑事さん、いい人だ。

 でもいいのかな。


「そうか、確かにのぅ。選ばなければ働くくらいはできるか。」


 一歩前進。


「ところで伊織、何ができるの?」


「魔王退治とか。」


「魔王いないし。」


 一歩後退。


「魔物退治とか。」


「魔物いないし。」


 二歩後退。


「山賊退治。」


 三歩後退。


「いないっ。というか、退治系の仕事は無いから。」


「薬草採取なら。」


「ない。」


「商人の護衛。」


「ないっ。」


 果てしなく後退。


「拙者、役立たずにござる。」


「まあまあ、それは折々考えよう。急ぐこともなかろう。働くとなったら、言葉遣いや現代社会への適応も必要じゃろう。」


「そか、そだね。お祖父ちゃんの言う通りだ。」


 勇者の苦難の日々が始まる。



明日夜中から祭りに突入します。このため、次の話のアップが遅れるかもしれません。すみません。

それと早くもブックマークしていただいた方がいらっしゃいます。ありがとうございます。

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