第二章 勇者の力
一夜明けて、学校に行く前の朝稽古が始まる。
昨夜のことは夢ではなかったようで、道場に行くと、勇者でご先祖様の弟である伊織が正座していた。
「野菊殿、おはようござる。」
「お、おはよう。」
「野菊、今日から伊織殿も稽古に参加する。勇者というものがどの程度のものか分からんが、元が武士なら、そこそこできるじゃろう。様子を見ながら稽古じゃ。」
「わかった。とりあえずどうするの?」
「わしと野菊で、まずは手本を見せよう。」
お祖父ちゃんは久しぶりに弟子ができたと喜んでいるようだ。
私とお祖父ちゃんのいつもの稽古が始まる。
お祖父ちゃんは相変わらず容赦がない。
毎朝のことながら、気を抜くと一撃くらって学校に行けなくなる。
なんとか避けながら、稽古を終える。
「野菊も強くなった。そこらのチンピラなら問題なかろう。」
「はぁ、はぁ、はぁ。ありがとうございました。」
「さて、伊織殿、見ていてどうじゃ。やれそうか?」
「今のは何でござる?体術の一つでござるか?」
見ると、伊織は首をかしげている。
「伊織、どうしたの? 恐ろしくなったの?」
「いや、怖くはござらん。相手を一撃で倒すなら、刀で一振りすれば終わるし、体術で倒すにしても、あれでは威力が足り申さん。」
「あのね、刀はダメだから。今の日本では、刀は持ってるだけで捕まるからね。それに威力が足りないって、私はこれでも瓦二十枚くらいは割れるのよ。」
「申し訳ござらん。今の技では弱い魔物くらいしか倒せぬと感じもうした故。」
「はぁ、わかったわよ。そこまで言うなら、お手本見せてよ。」
「分かりもうした。」
そう言って伊織が立ち上がった。
「さて、伊織殿、かかってきなされ。」
「いや、危のうござる。正成殿を殺したくはござらん。」
ちなみに正成はお祖父ちゃんの名前だ。
というか、お祖父ちゃんを殺すって、できるわけないでしょ。
無茶苦茶強いんだから。
私だってかすりもしないのに。
「伊織殿、わしを殺すとかおだやかではないのう。できるとは思えんが。」
やばい、お祖父ちゃんの額に縦筋が。
怒ってる、どうしよ。
「そうでござるな。先程野菊殿が申された瓦などどうでござろう。一撃の力を試すことができると思いもうすが。」
ちょっとむかついた。
試してやろうじゃないの。
庭に出て、瓦を積み上げた。
私と同じ二十枚。
お祖父ちゃんと伊織が庭に出てきた。
お祖父ちゃんは少し落ち着いたようだ。
額の縦筋が消えている。
「これが瓦でござるか。これを砕けばよいのでござるか?」
「そうよ。できるもんならやってみなさいよ。」
「分かりもうした。」
その後、わたしは信じられないものを見た。
伊織は瓦の固さを確かめる為と称し、一枚を手に取りデコピンで砕いた。
指一本で瓦は粉々になった。
その後、残った十九枚の瓦に掌をのせ、全く動くこともなく『ハァッ』という掛け声だけで、十九枚全てが粉になった。
砕けたのではない。粉だ。
おまけに地面に穴まで開いている。
お祖父ちゃんも目が点だ。
「これでよろしゅうござるか。」
やばい、勇者をなめていた。
「伊織、今の何?魔法は使えないって言ってたよね。」
「魔法ではござらん。掌底に気を貯めて放つのでござる。」
これって〇悟空の世界かも。
「伊織殿、申し訳ない。これほどの腕とは知らず、稽古などと、こちらがうぬぼれていたようじゃ。」
お祖父ちゃんが素直に謝っている。
なんかしおらしいお祖父ちゃんって、初めて見た。
「そこで、お願いなんじゃが、わしを弟子にしてくれないだろうか。」
はい? お祖父ちゃんが弟子? 伊織が先生? そんなのあり?
「弟子などと恐れ多い。正成殿も空手の師範。教えられることは何でもお教えいたす。この家に世話になっておる故、遠慮めさるな。」
「ありがたい。お願いいたす。」
ちょっと、お祖父ちゃんまで口調がおかしくなってるし。
「野菊、そろそろ支度しないと遅刻するぞ。」
「あっ、やばい。」
急いで部屋に戻り、着替えを用意してシャワーを浴びる。
昨日のうちに用意していた朝食をならべたところに二人がやってきた。
「「「いただきます(る)。」」」
久しぶりに二人だけの食事じゃなく、少し嬉しい。
「おいしゅうござる。沢庵を食べると、帰ってきた気がするでござる。野菊殿は料理上手でござるな。」
「買ってきたものを切っただけだよ。」
少し照れた。
「それじゃ、行ってくるね。お祖父ちゃん、伊織にこの世界の事教えてあげてね。」
私はバタバタと学校に行った。
「さて、野菊も学校に行ったし、稽古にするか、今の日本について学ぶか、伊織殿はどちらがよろしいか?」
「拙者、頭を使うのは不得手な故、先に学びとうござる。」
「苦手なものから行うか。なるほど、流石ですな。」
「いや、学問で溜まる鬱憤を、あとで晴らすだけにござる。」
「おぉ、怖い怖い。お手柔らかにの。」
その後、伊織は祖父より、江戸末期から現代までの歴史、現在の日本の政治形態や経済状況などを午前中かけて学び、午後から稽古となった。
稽古は当然寸止めで、直接の打撃を避け、試合形式で何度も行った。
夕方近くになり、伊織と正成が談笑しているところに、学校から野菊が帰ってきた。
「ただいまぁ。」
「「おかえり(なされ)。」」
「あれ、お祖父ちゃんたち稽古してないの?」
「いやいや、全く敵わんかったわい。」
「嘘、伊織そんなに強いの?」
「折角じゃから、野菊も伊織殿にもんでもらえ。」
「えぇぇ、お祖父ちゃんが敵わないのなら無理だよ。」
「まあ、やってみるといい。」
「それじゃ、道着に着替えてくるね。」
着替えて道場に行くと、伊織が正座していた。
「それじゃ、よろしくお願いします。」
伊織がすっと立ち上がり、向かい合った。
こちらは構えているのに、向こうはぼぉっと立ったままだ。かかっていいのかな?
「野菊、気にせず本気でかかってゆけ。寸止めなぞしなくてよいぞ。」
お祖父ちゃんから言われ、気を引き締めて向かって行く。
「えっ、どこ?」
目の前にいた伊織の姿が消えた。
その瞬間、後ろから首を優しく叩かれた。
「嘘、なんで。」
お祖父ちゃんと稽古する時は、敵わないまでも何度かは攻撃を避けることくらいはできる。
少なくともお祖父ちゃんなら姿が見える。
それなのに伊織は見えなかった。
「瞬間移動?やっぱり魔術でしょ。」
「いや、わしも向かい合っているときは見えなんだが、こうして離れていると、なんとなく見えるぞ。」
「お祖父ちゃんも見えなかったんだ。というか、離れててもなんとなくなの?」
「そうじゃの。動きの軌道がわかる程度じゃな。」
「はぁ、伊織、一体なんなのよ。」
「いや、向こうの世界で魔物とやりあっているうちに、体裁きを覚えたでござる。」
「魔物って、強いの?」
「そうでござるな、ゴブリンやコボルトとなら、正成殿でも問題なく倒せるとは思いもうすが、オーガならやや分が悪い。ドラゴンなら全く敵わないでござろうな。」
「ド、ドラゴン?そんなのいるんだ。」
「大丈夫にござる。上位のドラゴンは全て倒しもうした故。」
絶句した。
勇者恐るべし。
早々に稽古を終え、着替えて居間にもどり、三人でお茶を飲む。
見えないのに稽古なんか無理だ。
「伊織殿を見ていると道場をたたみたくなったわい。」
「いえいえ、正成殿も向うの騎士団の精鋭に相当しもうす。」
「ねえ、私はどのくらい?」
「そうでござるな。騎士団なら入団したての見習いといったところでござろうか。」
「はぁ、やっぱり。」
反論する気にもなれない。
力が違いすぎる。
気を紛らわそうと、テレビのリモコンのスイッチを押した。
「な、何でござるか?黒い板から人が出てきたでござる。」
「もしかして、テレビ見たことないの?」
あ、江戸時代なら無くて当たり前か。
「そんなことより、閉じ込められたこの人を助けねば。」
「だめぇぇぇぇ。刀を仕舞ってぇぇぇ。」
勇者がテレビに切りかかろうとしていた。