表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
2/21

第一章 勇者って何者?


 浴室に突然現れた謎の少年。


 疑問はあるが、こらしめてやらなきゃ。

 空手で鍛えた腕に自信をもつ野菊は、浴室に戻る。


「はぁ?ひとんちのお風呂で何やってんのよ。」


 少年は湯船の中で鎧を着たまま正座していた。


「いや、じっとしていろと申された故でござるが。」


 えっ。ござるキャラ?

 いや、そんなことじゃない。


「あなた誰?どこから入ってきたの。」


「拙者、長谷川伊織と申す。エリクラプト王国にて勇者を務めておったが、無事魔王を退治し、役目を果たした故、生まれ故郷の日の本に戻ってきたはずでござるが、ここはどこでござろう?」


「はぁ?何言ってんの。エリクラプト王国?勇者?日の本?」


 顔は少年なのに、言ってることは変だし、爺くさい。


「申し訳ござらぬ。何度も伺い申すが、ここは日の本ではござらぬのか。」


「日の本って、あなたいつの時代の人よ。」


「確か拙者がエリクラプト王国に召還されたのは、慶応元年でござった。それから魔王を倒すまでに十三年掛かり申した故、今は慶応十四年でござるか?」


「ちょっと待って。慶応?慶応って確か明治の前よね。」


「明治?何のことでござるか?まさか天子様がお隠れになられたのか?」


「ちょっと待ってってば。」


 慶応って何年あったっけ。

 明治が四十五年で大正が十五年、昭和が六十四年、今が平成二十九年で、一年ずつ引いて、えぇっと、ああ面倒くさい。

 ざっと百五十年前じゃないの。

 って何計算してんのよ。


「それより、あなた何者なのよ。」


「いや、先程申した通り、勇者にござるが、日の本にいた時は武士でござった。」


 武士?それで言葉がござるなんだ。

 いや、信じていいのか?

 確かに入れるはずのない風呂に突然現れたし。


「そろそろここから出てもよろしゅうござるか?」


 あっ、まだ正座したままだ。


「いいわよ。出ても変なことしないでよ。」


「変な事?なんでござるか?」


 そう言いながら勇者は立ち上がった。


 見ると、西洋風の鎧は赤黒く、あちこちに傷がある。

 おまけに腰には刀まである。


「その鎧、コスプレじゃないよね。」


「コスプレ?何のことでござるか?この鎧はエリクラプト王より頂いた王家伝来のものでござる。」


「王家伝来?傷だらけじゃないの。おまけに汚れてるし。」


「これらの傷は最後に魔王と戦った時につけられたものでござる。汚れは魔王の返り血にござる。」


「えっ。返り血?やだ、洗いなさいよ。」


「洗ってもよろしゅうござるか。魔王を倒し、一刻も早く故郷に戻りたかった故、急ぎ送還して貰いもうした。」


「って、なんで風呂で鎧洗ってんのよ。」


「洗えと申された故、洗いもうしたが、どうすればよろしいのか。」


「いや、そうじゃなくて。って、もういいわよ。あとで湯船も洗ってね。」


「人使いが荒うござるな。」


「何か言った?」


「いや、何でもござらん。」


「それと、さっき、見た?」


「見た?何をでござるか?」


「私の身体よっ。」


「今も見てござるが。」


「そうじゃなくて、裸よ。何言わせるのよ。」


「裸?服を着ておられるが。」


「あなたが風呂に現れた時よ。もう、見てないのならいいわよっ。」


「いきなり熱い湯をかけられた故、それどころではござらんかったが、もしそうなら責任を取り申す。」


「責任なんて、いらないから。それと、あなたの言ってた慶応からだと、今は約百五十年経ってるから。」


「百五十年?まことにござるか。」


「嘘じゃないわよ。慶応が何年だったか忘れたけど、その後に明治、大正、昭和と天皇が変わって、今は平成だから。」


「天皇、天子様を呼び捨て。あなた様は将軍様のお身内にござるか?」


 勇者がまた風呂にひざまずく。


「違うわよ。うちは空手道場をいとなむ平民。それと将軍様って、徳川家はもうないからね。」


「将軍家がない。どういうことでござるか。」


「ああ、もう。とにかく風呂から出て、鎧脱ぎなさい。」


「わかりもうした。」


 いきなりその場で鎧を脱ぎ始める勇者。


「ちょっと待って。レディの前で何いきなり脱いでんのよ。」


「脱げと申された故でござるが。それにレディとは何でござるか。」


「もういいわよ。着替え持ってくるから待ってなさい。」


 確か、お祖父ちゃんの服、武士だって言ってたし、浴衣でいいか。


 バタバタと祖父の部屋から洗濯してあった浴衣を取り、風呂に戻る。


「これ着て。」


「ありがとうござる。」


「いいから、着替えたら出てきてね。」


「わかりもうした。」


 外で待っていると、浴衣に着替えた勇者が現れた。

 武士と言うだけあって、なかなか様になっている。着物姿に刀ってホントに武士みたいだ。


「この着物は随分と肌触りがよろしゅうござるが、絹でござるか?」


「そんな大層なものじゃないわよ。単なる化繊、ポリエステルよ。」


「河川のポリエステル?新種の魔物にござるか。」


「ああ、もう。わけわかんない。この世界に魔物はいないわよ。」


「ああ、確かに。日の本に魔物はいなかったはずでござるな。」


 言うことがいちいちおかしい。

 本当に異世界から帰還した勇者なんだろうか。


「そこに座って。今、麦茶出すから待ってて。」


「麦茶、懐かしゅうござる。やはりここは日の本。」


「お待たせ。はい、麦茶。」


「この湯呑は何でござる。まさかギヤマン?それに氷まで。今は冬でござろうか?」


「何言ってんのよ。今は夏。それにそれはコップ。ただのガラスよ。」


「高価なギヤマンの湯呑といい、夏に氷。やはり将軍家のお血筋では。富士の氷室から取り寄せたのでござろうか。先程将軍家は無いと申されたし、何か訳があって隠しておられるのか。」


「違うわよ。さっきも言ったけど、あなたがいた世界から百五十年以上経っているの。今は科学が発達して、氷も冷蔵庫でできるの。」


「科学?冷蔵庫?」


「電気で食べ物を冷やす機械よ。」


「電気?雷属性の魔術にござるか?」


「ああ、魔術じゃないけど、似たようなものよ。」


 だんだん説明が面倒になってきた。

 適当に答えてしまう。


「それと、徳川家は大政奉還して、天皇家に政事を返還して一般人になったの。それが明治元年で、明治天皇、大正天皇、昭和天皇と続いて、昭和に世界相手に戦争して負けて、それから復興して今は平成。ざっとこんな感じかな。」


「なんと、あの黒船相手に戦争でござるか。やはり負けもうしたか。」


「黒船っていつの時代よ。」


 って江戸末期なら合ってるのか。


「それと今は日の本ではなくて、日本だから。」


「ニッポン?字は同じで読み方が変わったのでござるか。」


「そうよ。ところで何で百五十年後に帰ってきたのよ。」


「拙者にも分かりもうさん。向うの一年がこちらの十年以上に相当するのでござろうか?確かに日々充実しており、中身の濃い日々でござったが。」


「向こうってどんな所だったの? そのエリなんとかって国。」


「エリクラプト王国は、拙者のいた江戸より少し小さい国で、人も五十万くらいで楽しいところでござった。ただ、魔王が復活し、魔物が増え、街の外は注意が必要でござった。」


「そういや魔王退治したって言ってたよね。」


「恐ろしい敵にござった。魔術も強く、かわすのがやっとでござったが、なんとか倒すことができもうした。」


「倒すってどうやって?」


「魔王の極大魔術で辺り一面が吹き飛び、土煙で視界が利かなくなった隙にこの刀で首をはね申した。」


「この刀って、それ本物なの?」


「拙者のいた日の本で使っていた刀に似たものを、ドワーフの棟梁に打ってもらい申した。」


「ドワーフっているんだ。」


「いろいろと世話になりもうした。」


「そういや、魔術ってあなたも使えるの?」


「魔王ほどではござらんが、一応使えもうす。」


「見せて。」


「分かりもうした。ここでは危ない故、小さなものでよろしゅうござるか?」


「いいわよ。」


 勇者は掌を上に向け、何か念じている。


「おかしゅうござる。小さな火の玉が浮かぶはずなのでござるが、できもうさん。」


「それって、こっちの世界では使えないってことじゃないの?」


「そうかもしれもうさん。拙者も日の本にいたころは魔術の存在さえも知らなかったし、向こうで全て覚えもうした故。確かにこちらに帰ってから、魔力が感じられぬ。」


「こっちじゃ魔力なんて無いからね。」


「残念にござる。」


「しょうがないわよ。まあ、魔術なんか、こっちの世界で使ってたら、絶対やばいし。」


「やばい?やばいとは何でござる?」


「下手したら警察沙汰よ。」


「警察?」


「おまわりさん、いや江戸時代なら、十手持ちに捕まるってことかな。」


「拙者、悪いことはしておらぬ故、濡れ衣であれば、返り討ちにするでござる。」


「やめてよね。警察に逆らうとますます罪が重くなるわよ。」


「理不尽なことは嫌いにござる。」


「でも何十人に囲まれて、拳銃まで持ってるから、勇者でも無理よ。」


「そうでござるか。人間相手ならなんとかなると思いもうすが。そういえば、名前を伺ってもよろしゅうござるか。」


「あっ、そういえば教えてなかったね。私は野菊。千葉野菊よ。」


「苗字があると言うことは武家でござるか?」


「違うわよ。さっき言った明治の時代から、全員苗字があるの。」


「そうでござるか。それと、野菊殿、いいお名前にござるな。」


「ありがと。私も気にいってるの。」


「拙者のことも伊織とお呼び下され。」


「わかった。」


 玄関がガラガラと開いた。

 どうやらお祖父ちゃんが帰ってきたようだ。


「野菊、ただいま。」


「お祖父ちゃん、おかえり。」


 部屋の襖が開く。


「おや、そちらはどなたかな?」


「あのね、お祖父ちゃん、信じられないかもしれないけど最後まで聞いてね。」


 起こったことを説明し、伊織の事を紹介する。


 お祖父ちゃんは興味深そうに最後まで聞き、少し待ってるように言い、自分の部屋に行った。


 しばらくして古びた巻物を持って帰ってきた。


「これは、我が家の家系図じゃ。」


「なんで、そんなもの持ってくるのよ。」


「説明するから待っておれ。」


 そう言って巻物を開いていく。


「おお、あったあった。これじゃ。」


 お祖父ちゃんは巻物を指さし、説明する。


「長谷川伊織と申されたな。ここにその名前が書いてある。」


「えっ、どういうこと?」


「いや、聞き覚えのある名前だったので、確かめてみたんじゃ。わしのひいひい祖母さんの弟で、江戸時代末期に神隠しにあったらしい。神隠しというのが子供心に不思議で、覚えておったんじゃ。」


「でも長谷川って?」


「ひいひい祖母さんの実家の苗字じゃ。」


「そか。でも、えっ?伊織ってうちのご先祖様?神隠しって異世界転移のこと?」


「正確にはご先祖様の弟じゃが、話を聞く限りそうらしい。」


「なんと野菊殿は姉上の子孫にござるか。」


 どうやら、伊織はご先祖さまの弟らしい。

 しかし祖父ちゃんのひいひい祖母さんってどんだけ離れてるのよ。

 恐るべし百五十年。


「まあ、ご先祖様と分かった以上、粗末にはできん。弟子たちの部屋も今は空いておる。しばらくはここに住みなさい。行く当てもないんじゃろ」


「確かに、百五十年後と聞きもうした故、知り合いもおらぬし、まして姉上の子孫であれば、お言葉に甘え、世話になりもうす。」


 こうして我が家に、ご先祖様が住みついた。勇者というおまけまでつけて。



評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ