第一章 勇者って何者?
浴室に突然現れた謎の少年。
疑問はあるが、こらしめてやらなきゃ。
空手で鍛えた腕に自信をもつ野菊は、浴室に戻る。
「はぁ?ひとんちのお風呂で何やってんのよ。」
少年は湯船の中で鎧を着たまま正座していた。
「いや、じっとしていろと申された故でござるが。」
えっ。ござるキャラ?
いや、そんなことじゃない。
「あなた誰?どこから入ってきたの。」
「拙者、長谷川伊織と申す。エリクラプト王国にて勇者を務めておったが、無事魔王を退治し、役目を果たした故、生まれ故郷の日の本に戻ってきたはずでござるが、ここはどこでござろう?」
「はぁ?何言ってんの。エリクラプト王国?勇者?日の本?」
顔は少年なのに、言ってることは変だし、爺くさい。
「申し訳ござらぬ。何度も伺い申すが、ここは日の本ではござらぬのか。」
「日の本って、あなたいつの時代の人よ。」
「確か拙者がエリクラプト王国に召還されたのは、慶応元年でござった。それから魔王を倒すまでに十三年掛かり申した故、今は慶応十四年でござるか?」
「ちょっと待って。慶応?慶応って確か明治の前よね。」
「明治?何のことでござるか?まさか天子様がお隠れになられたのか?」
「ちょっと待ってってば。」
慶応って何年あったっけ。
明治が四十五年で大正が十五年、昭和が六十四年、今が平成二十九年で、一年ずつ引いて、えぇっと、ああ面倒くさい。
ざっと百五十年前じゃないの。
って何計算してんのよ。
「それより、あなた何者なのよ。」
「いや、先程申した通り、勇者にござるが、日の本にいた時は武士でござった。」
武士?それで言葉がござるなんだ。
いや、信じていいのか?
確かに入れるはずのない風呂に突然現れたし。
「そろそろここから出てもよろしゅうござるか?」
あっ、まだ正座したままだ。
「いいわよ。出ても変なことしないでよ。」
「変な事?なんでござるか?」
そう言いながら勇者は立ち上がった。
見ると、西洋風の鎧は赤黒く、あちこちに傷がある。
おまけに腰には刀まである。
「その鎧、コスプレじゃないよね。」
「コスプレ?何のことでござるか?この鎧はエリクラプト王より頂いた王家伝来のものでござる。」
「王家伝来?傷だらけじゃないの。おまけに汚れてるし。」
「これらの傷は最後に魔王と戦った時につけられたものでござる。汚れは魔王の返り血にござる。」
「えっ。返り血?やだ、洗いなさいよ。」
「洗ってもよろしゅうござるか。魔王を倒し、一刻も早く故郷に戻りたかった故、急ぎ送還して貰いもうした。」
「って、なんで風呂で鎧洗ってんのよ。」
「洗えと申された故、洗いもうしたが、どうすればよろしいのか。」
「いや、そうじゃなくて。って、もういいわよ。あとで湯船も洗ってね。」
「人使いが荒うござるな。」
「何か言った?」
「いや、何でもござらん。」
「それと、さっき、見た?」
「見た?何をでござるか?」
「私の身体よっ。」
「今も見てござるが。」
「そうじゃなくて、裸よ。何言わせるのよ。」
「裸?服を着ておられるが。」
「あなたが風呂に現れた時よ。もう、見てないのならいいわよっ。」
「いきなり熱い湯をかけられた故、それどころではござらんかったが、もしそうなら責任を取り申す。」
「責任なんて、いらないから。それと、あなたの言ってた慶応からだと、今は約百五十年経ってるから。」
「百五十年?まことにござるか。」
「嘘じゃないわよ。慶応が何年だったか忘れたけど、その後に明治、大正、昭和と天皇が変わって、今は平成だから。」
「天皇、天子様を呼び捨て。あなた様は将軍様のお身内にござるか?」
勇者がまた風呂にひざまずく。
「違うわよ。うちは空手道場をいとなむ平民。それと将軍様って、徳川家はもうないからね。」
「将軍家がない。どういうことでござるか。」
「ああ、もう。とにかく風呂から出て、鎧脱ぎなさい。」
「わかりもうした。」
いきなりその場で鎧を脱ぎ始める勇者。
「ちょっと待って。レディの前で何いきなり脱いでんのよ。」
「脱げと申された故でござるが。それにレディとは何でござるか。」
「もういいわよ。着替え持ってくるから待ってなさい。」
確か、お祖父ちゃんの服、武士だって言ってたし、浴衣でいいか。
バタバタと祖父の部屋から洗濯してあった浴衣を取り、風呂に戻る。
「これ着て。」
「ありがとうござる。」
「いいから、着替えたら出てきてね。」
「わかりもうした。」
外で待っていると、浴衣に着替えた勇者が現れた。
武士と言うだけあって、なかなか様になっている。着物姿に刀ってホントに武士みたいだ。
「この着物は随分と肌触りがよろしゅうござるが、絹でござるか?」
「そんな大層なものじゃないわよ。単なる化繊、ポリエステルよ。」
「河川のポリエステル?新種の魔物にござるか。」
「ああ、もう。わけわかんない。この世界に魔物はいないわよ。」
「ああ、確かに。日の本に魔物はいなかったはずでござるな。」
言うことがいちいちおかしい。
本当に異世界から帰還した勇者なんだろうか。
「そこに座って。今、麦茶出すから待ってて。」
「麦茶、懐かしゅうござる。やはりここは日の本。」
「お待たせ。はい、麦茶。」
「この湯呑は何でござる。まさかギヤマン?それに氷まで。今は冬でござろうか?」
「何言ってんのよ。今は夏。それにそれはコップ。ただのガラスよ。」
「高価なギヤマンの湯呑といい、夏に氷。やはり将軍家のお血筋では。富士の氷室から取り寄せたのでござろうか。先程将軍家は無いと申されたし、何か訳があって隠しておられるのか。」
「違うわよ。さっきも言ったけど、あなたがいた世界から百五十年以上経っているの。今は科学が発達して、氷も冷蔵庫でできるの。」
「科学?冷蔵庫?」
「電気で食べ物を冷やす機械よ。」
「電気?雷属性の魔術にござるか?」
「ああ、魔術じゃないけど、似たようなものよ。」
だんだん説明が面倒になってきた。
適当に答えてしまう。
「それと、徳川家は大政奉還して、天皇家に政事を返還して一般人になったの。それが明治元年で、明治天皇、大正天皇、昭和天皇と続いて、昭和に世界相手に戦争して負けて、それから復興して今は平成。ざっとこんな感じかな。」
「なんと、あの黒船相手に戦争でござるか。やはり負けもうしたか。」
「黒船っていつの時代よ。」
って江戸末期なら合ってるのか。
「それと今は日の本ではなくて、日本だから。」
「ニッポン?字は同じで読み方が変わったのでござるか。」
「そうよ。ところで何で百五十年後に帰ってきたのよ。」
「拙者にも分かりもうさん。向うの一年がこちらの十年以上に相当するのでござろうか?確かに日々充実しており、中身の濃い日々でござったが。」
「向こうってどんな所だったの? そのエリなんとかって国。」
「エリクラプト王国は、拙者のいた江戸より少し小さい国で、人も五十万くらいで楽しいところでござった。ただ、魔王が復活し、魔物が増え、街の外は注意が必要でござった。」
「そういや魔王退治したって言ってたよね。」
「恐ろしい敵にござった。魔術も強く、かわすのがやっとでござったが、なんとか倒すことができもうした。」
「倒すってどうやって?」
「魔王の極大魔術で辺り一面が吹き飛び、土煙で視界が利かなくなった隙にこの刀で首をはね申した。」
「この刀って、それ本物なの?」
「拙者のいた日の本で使っていた刀に似たものを、ドワーフの棟梁に打ってもらい申した。」
「ドワーフっているんだ。」
「いろいろと世話になりもうした。」
「そういや、魔術ってあなたも使えるの?」
「魔王ほどではござらんが、一応使えもうす。」
「見せて。」
「分かりもうした。ここでは危ない故、小さなものでよろしゅうござるか?」
「いいわよ。」
勇者は掌を上に向け、何か念じている。
「おかしゅうござる。小さな火の玉が浮かぶはずなのでござるが、できもうさん。」
「それって、こっちの世界では使えないってことじゃないの?」
「そうかもしれもうさん。拙者も日の本にいたころは魔術の存在さえも知らなかったし、向こうで全て覚えもうした故。確かにこちらに帰ってから、魔力が感じられぬ。」
「こっちじゃ魔力なんて無いからね。」
「残念にござる。」
「しょうがないわよ。まあ、魔術なんか、こっちの世界で使ってたら、絶対やばいし。」
「やばい?やばいとは何でござる?」
「下手したら警察沙汰よ。」
「警察?」
「おまわりさん、いや江戸時代なら、十手持ちに捕まるってことかな。」
「拙者、悪いことはしておらぬ故、濡れ衣であれば、返り討ちにするでござる。」
「やめてよね。警察に逆らうとますます罪が重くなるわよ。」
「理不尽なことは嫌いにござる。」
「でも何十人に囲まれて、拳銃まで持ってるから、勇者でも無理よ。」
「そうでござるか。人間相手ならなんとかなると思いもうすが。そういえば、名前を伺ってもよろしゅうござるか。」
「あっ、そういえば教えてなかったね。私は野菊。千葉野菊よ。」
「苗字があると言うことは武家でござるか?」
「違うわよ。さっき言った明治の時代から、全員苗字があるの。」
「そうでござるか。それと、野菊殿、いいお名前にござるな。」
「ありがと。私も気にいってるの。」
「拙者のことも伊織とお呼び下され。」
「わかった。」
玄関がガラガラと開いた。
どうやらお祖父ちゃんが帰ってきたようだ。
「野菊、ただいま。」
「お祖父ちゃん、おかえり。」
部屋の襖が開く。
「おや、そちらはどなたかな?」
「あのね、お祖父ちゃん、信じられないかもしれないけど最後まで聞いてね。」
起こったことを説明し、伊織の事を紹介する。
お祖父ちゃんは興味深そうに最後まで聞き、少し待ってるように言い、自分の部屋に行った。
しばらくして古びた巻物を持って帰ってきた。
「これは、我が家の家系図じゃ。」
「なんで、そんなもの持ってくるのよ。」
「説明するから待っておれ。」
そう言って巻物を開いていく。
「おお、あったあった。これじゃ。」
お祖父ちゃんは巻物を指さし、説明する。
「長谷川伊織と申されたな。ここにその名前が書いてある。」
「えっ、どういうこと?」
「いや、聞き覚えのある名前だったので、確かめてみたんじゃ。わしのひいひい祖母さんの弟で、江戸時代末期に神隠しにあったらしい。神隠しというのが子供心に不思議で、覚えておったんじゃ。」
「でも長谷川って?」
「ひいひい祖母さんの実家の苗字じゃ。」
「そか。でも、えっ?伊織ってうちのご先祖様?神隠しって異世界転移のこと?」
「正確にはご先祖様の弟じゃが、話を聞く限りそうらしい。」
「なんと野菊殿は姉上の子孫にござるか。」
どうやら、伊織はご先祖さまの弟らしい。
しかし祖父ちゃんのひいひい祖母さんってどんだけ離れてるのよ。
恐るべし百五十年。
「まあ、ご先祖様と分かった以上、粗末にはできん。弟子たちの部屋も今は空いておる。しばらくはここに住みなさい。行く当てもないんじゃろ」
「確かに、百五十年後と聞きもうした故、知り合いもおらぬし、まして姉上の子孫であれば、お言葉に甘え、世話になりもうす。」
こうして我が家に、ご先祖様が住みついた。勇者というおまけまでつけて。