第十三章 勇者の応援
更新が遅くなりすみません。明日も遅くなるかもしれませんが、更新しますので、よろしくお願いします。
いつもの宴会も終わり、にぎやかな喧騒が嘘のようだ。
あいかわらず皆は浴びるほど飲む。酒瓶の山だ。
それにしても、加藤さん気さくでいい人だったな。
伊織の奥さんかぁ。きゃっ。一人で赤くなる。
翌日のスポーツ紙で、初めてサムライ・ニンジャのアップ写真が大きく掲載されていた。
第一面じゃないけど、最近のプロレス人気じゃしょうがない。いい方だ。
あ、今度プロレス専門誌買ってみよう。楽しみがひとつ増えた。
伊織は仕事に出かけた。
今日からは村田電器の警護はしなくてよくなったらしい。
美鈴さんの送り迎えがなくなって、少しホッとした。
そういやお祖父ちゃんが昨日、空手選手権がもうすぐだって言っていた。
矢城さんも天童さんも出るらしい。
伊織に出てほしそうにしてたな。
いっそのこと覆面して出ればいいのに。
あっ、高校生の部もあるって言ってたよね。
私も出てみようかな。
伊織の周りって、みんな凄いメンバーばかりだし、私もタイトルの一つぐらいあった方がいいかな。
聞いてみよ。
「お祖父ちゃん、昨日空手選手権あるって言ってたよね。高校生の部って、飛び入りでも出られるの?うちの高校、空手部無いんだけど。」
「の、野菊ぅ、で、出る気になったのか? いままであれほど嫌がっておったのに。生きてきてよかった。飛び入りでもなんでも、お祖父ちゃんが出させてやる。心配いらん。」
「そ、そこまで、感激しなくても。」
「いや、わしの人生でこれほど嬉しいことはない。早速協会に申し込みにいこう。」
ああぁ、行っちゃった。聞いただけだったのに。
出ることが決まっちゃった。
とりあえず、学校に行くことにした。
先生にも出ていいか聞いてみなきゃ。
「木下先生、相談があるんですけど、少しいいですか?」
「おお、千葉さんか。相談室に行くか?」
「いえ、ここで、結構です。あの、今度空手の全日本選手権があるんですけど、高校生の部に私が出場してもいいのでしょうか?」
「ん? 出られるのか? あ、そうか君の家は空手の道場だったな。多分大丈夫だと思うけど、一応校長に許可貰っておくよ。」
「ありがとうございます。では、失礼します。」
どうやら大丈夫みたいだ。
そう思って、先生の元を離れて、席に帰る。
「野菊、空手の試合に出るの?」
あちゃあ、友達のメグに聞かれてた。
相談室に行けばよかった。
でも行ったら行ったで、どうしたのか聞かれるだろうし、結果は一緒か。
「うぅん、まだ本決まりじゃないけど、出てみようかなって。」
「一体どんな心境の変化よ。あんなに嫌がってたのに。」
「べ、別に何もないわよ。」
「「「怪しいぃぃぃ。」」」
いつの間にか周りに普段仲のいい由美と桜も来ていた。
家に帰ると、お祖父ちゃんが嬉々としてやってきた。
「野菊ぅ、出場が決まったぞ。」
「も、もう?」
「おお、元々空手部云々の規定はないそうじゃ。それにわしの孫じゃといったらシード権までくれたぞ。」
「な、何やってんのよ。真面目に頑張ってきたみんなに悪いじゃないのよ。」
「ん? 野菊も真面目に稽古してきたじゃろう。」
「そういうことじゃないの。無名の新人がシードなんておかしいでしょう。」
「そうか。でも野菊は二段じゃし、十分資格はあるぞ。」
「え、他の出場者のみんなって。」
「おお、ほとんど初段か白帯じゃ。高校女子なんてそんなもんじゃ。」
そうなのか。ひょっとしてホントにタイトル取れるかも。
その後、お祖父ちゃんは、飲みに出かけた。
前祝いだと言っていた。気が早い。
夕飯を二人分用意して、伊織の帰りを待つ。
新妻みたい。え、新妻?やだ。
また一人で赤くなる。最近このパターンが多い。
私が試合に出る気になったのってやっぱり伊織の影響よね。
心境の変化かぁ。確かに怪しいかも。
伊織の第五戦の日が来た。
どうやら今日が準々決勝らしい。
いったい何人この大会に出ているのだろう。
今日もいつもの親衛隊プラス応援団。
あいかわらずにぎやかだ。
試合会場に入ると、熱気が伝わってくる。
いつも思うが、これだけの応援を集めるプロレスってすごいと思う。
人気は下火って言われているみたいだけど、全く感じられない。
そんなことを考えていると、
「「「「「おぉぉぉぉ、今日も頼むぞぉぉぉぉ。」」」」」
いつの間にか、次が伊織の試合になっていた。
伊織の人気は赤丸急上昇中だ。
今日もテーマ曲となったバーンのリフに合わせて鎧姿の伊織が歩いてくる。
「「「「「サムッライ、サムッライ、サムライ、ニンジャァァァァ」」」」」
会場が大合唱だ。今までこんなことなかったのに。
今日もアナウンサーのマイクをひったくって香川さんが叫ぶ。
「会場のお客様はよくご存知だぁぁぁ。そうです。優勝候補の筆頭、サムライ・ニンジャの試合が始まります。今日までの四試合、全て一ラウンドKO勝ち。それも全て秒殺だぁぁぁ。なんと、四試合の合計時間、たったの九十二秒。秒殺魔王の登場だぁぁぁぁ。」
ちょっと待てぇぇぇ。伊織は勇者だ。魔王じゃなぁぁぁぁい。
魔王と呼ばれたせいか、初めて秒殺できなかった。
相手が最初から防御に徹し、ガードをガチガチに固めていたことや、伊織が魔王ショックからか動き出すのが遅かったのが原因だ。
とりあえず、相手の固めた腕を左足で蹴り上げ、右足の後ろ回し蹴りが決まり、一分六秒。
ともかく勝ちは勝ちだ。
けど、香川さん、魔王と呼ぶのはやめてよね。
帰りに伊織に聞いてみた。
魔王と呼ばれたことはショックじゃなかったけど、理由が分からなかったらしく、それで考え込んでいたようだ。
強くなると、魔王とか魔神とか帝王とか呼ばれるようになると教えると、納得していた。
ただ、そう呼ばれるのは恥ずかしいのでやめてほしいそうだ。
なんかいい呼び方、考えなきゃ。またヤッくんたちに頼んでみよう。
いつもの宴会が始まる。今日も賑やかだ。
途中でお祖父ちゃんが皆に聞いてほしいと言い出した。
嫌な予感がする。
「皆、ちょっとすまんが聞いてくれ。今度の土日にある、全日本空手選手権高校生女子の部に野菊が出ることになったんじゃ。苦節十七年。やっと野菊が出てくれるんじゃ。」
やっぱり、というか、ちょっと待て。
十七年って私が生まれた時じゃないの。何考えてんのよ。
「本当ですか? それはいい。先生の教え子が、またタイトルを狙うんですね。」
天童さんが反応する。続いて矢城さんが言う。
「野菊さん、一緒に優勝しましょう。」
あ、矢城さんも優勝狙ってんだ。
「姐御ぉ、俺たち親衛隊、どこまでもお供するっす。」
ちょっと待て、伊織親衛隊じゃないのか。
「姐さんの試合なら若いもんも誘って応援に行くよ。」
やめてくれ、女子高生に黒い噂はダメだろ。
「そうでござるな。皆で応援に行くでござる。」
え、伊織が応援? いいかも。
でも他のみんなはダメ。伊織だけがいい。あなただけ。
また勝手に赤くなる、可愛い野菊であった。
お祖父ちゃんの待ち焦がれた土曜がやってきた。
会場に着くと、やっぱりみんないる。
この人たち、ちゃんと仕事しているのだろうか。
あきらめて中に入ろうとすると、
「「「野菊ぅ、今日は頑張ってね。」」」
えっ、学校の友達であるメグ、由美、桜の三人が来ている。一緒に先生までが。
「え、みんなどうしたの? おまけに木下先生まで。」
「おまけとは失礼な奴だな。皆で応援に決まっているだろ。僕は引率だよ。」
「「「ええぇっ、引率って、私たちが行くの聞いて勝手についてきただけじゃん。」」」
女子高生は姦しい。
「先生ですか。いつも孫がお世話になっております。」
「あ、千葉さんのお祖父ちゃんですか。初めまして。こちらこそ千葉さんにはいつも助けていただいています。今日はあつかましくもお邪魔しました。」
「いえいえ、ありがとうございます。よろしくお願いします。」
結局、大応援団をつれて会場に入った。
私と矢城さん、天童さんは選手控室に行き、残りは会場に行った。
お祖父ちゃんは協会役員席から応援すると言っていた。
中立の立場でいるとは思えない。
控室は部門ごとに分かれていて、矢城さんたちは一般の部の控室。
私は高校生女子の部の控室だった。
考えてみれば着替えもするから当たり前だ。着替えて会場に向かう。
結構応援団がいる。
各高校ともに二十人程度の人数で応援幕やのぼり旗を掲げている。
人数は私も負けてないけど、勝ったからといって嬉しいわけではない。
来てから知ったのだが、点数制で、試割りと組手の二つの合計点らしい。
シード権はどうなった。
多分お祖父ちゃんがからかわれただけなのだろう。まあ、いいけど。
とりあえず最初は試割りだ。
「次の選手、何枚に挑戦しますか?」
審判が希望を聞いて、試割りが始まる。
事前の説明では、割れた分が一枚につきプラス二点。割り残したら一枚につきマイナス一点らしい。
闇雲に挑戦すればいいというものではないようだ。
伊織ならこれだけで優勝しそうだ。
あ、私の番が来た。
「次の選手、何枚に挑戦しますか?」
「二十枚でお願いします。」
「え、大丈夫?」
心配されてしまった。今までの選手たちは十枚程度だったし。
「やらせてください。」
目の前に二十枚の瓦が積まれる。ちょっとプレッシャー。
伊織が言っていたように丹田、おへその下に力を込める。
大気の力については全く分からないけど、気合だけは入った気がする。
「きぇぇぇぇ。」
声と共に手刀を叩きこむ。
『ガシャッ』
どうやら全て割れたようだ。ホッとする。
「千葉選手、二十枚。」
審判が叫ぶ。
「「「「おぉぉぉ、姐御ぉ(姐さぁん)(野菊ぅ)」」」
応援団の声が聞こえる。
会場を見ると伊織と目があった。笑っている。すごく嬉しい。
「さすが野菊じゃぁぁ」
こら、協会席から叫ぶんじゃない。
休憩時間に入る。この後組手だ。
三人と試合し、一本勝ちなら十点、優勢勝ちが七点、引き分けが四点とのことだ。
試割りと合わせた合計点の上位八人でトーナメントになる。
さっきの試割りで四十点稼いでいるから、決勝進出は大丈夫だろう。
「組手が始まりますので、会場に来てください。」
係の者が呼びに来る。さあ、気合を入れなおして、行くぞ。
会場に入る。
一般の部の試割りが終了していた。
最高記録が書かれていて、そこには天童さんの三十八枚とあった。
「それでは、呼ばれたら試合場に出てください。」
どうやら対戦相手はPCでランダムに選ばれているようだ。
審判席のノートPCを見ながら選手を呼んでいる。
私の名前が呼ばれた。まずは第一戦。
「それでは、はじめぇ。」
相手は白帯だった。これなら楽勝と思っていたが、防御はしっかりとしていた。
なかなか決まらない。
やっとのことで前蹴りが決まり一本取った。
もちろん寸止めだ。
ただ二分以上かかってしまった。秒殺魔王のまねは無理だ。
第二戦は黒帯で攻めはするどかったが技が荒く、かわした後にまわりこんで一本勝ち。
第三戦も黒帯で、これもどうにか一本勝ち。予選一位で決勝進出が決まった。
休憩の後、決勝トーナメントが始まった。
出場者は八人なので、三回勝てば優勝だ。ここまで来たんだから狙ってやる。
名前を呼ばれた。
相手は背が高い。
普段からお祖父ちゃんや伊織と稽古しているから、見下ろされるのは慣れている。
それに迫力も感じない。
うん、大丈夫。自分に言い聞かせ試合に挑む。
速さも伊織に比べたらどうということはない。
相手の攻めをかわし続けているうちに隙が見えた。
右手で蹴りを払いのけて左手を相手の顔の前で止める。
「いっぽぉぉぉん。」
ふうっ。一回戦突破。
「「「姐御ぉぉぉ。」」」
今日だけはその呼び方やめろ。
準決勝の相手は少し強そうだ。けど勇者に比べたら。
これも難なく下し、決勝進出。さあ、最後だ。
「「「あ・ね・ごっ、あ・ね・ごっ」」」
「応援の方に申し上げます。静かな応援をお願いいたします。」
会場にアナウンスが入る。恥ずかしい。
気を取り直して、相手と向かい合う。
少し笑っている。さっきの放送だろう。
あなたにバカにされる覚えはない。少し腹が立った。
互いに礼をして決勝戦が始まる。
腹を立てていたのが悪かったのか、動きが直線的になってしまった。
うまく避けられて決まらない。
「一度離れて落ち着くでござる。」
後ろから伊織の声が聞こえた。そうだ、何をやっているんだ私は。
後ろに飛んで気持ちを落ち着かせる。相手が攻めてくる。
「右でござる。」
相手の蹴りを避ける。
「回し蹴りにござる。」
相手はさっきの蹴りがフェイントだったのか、くるっと回って、後ろ蹴りが飛んでくる。
けど、高さが無い。相手の足を飛び越えて、蹴りを見舞う。
「いっぽぉぉぉん。」
やった。やった。やったぁぁぁぁぁぁ。
「高校生女子の部、優勝、千葉野菊殿。」
表彰台に立って賞状を貰う。
「野菊ぅぅぅぅ。」
協会席でお祖父ちゃんが泣いていた。
着替えて控室を出た。応援団のみんなが笑顔で迎えてくれる。
「伊織ぃぃぃ。」
緊張状態から解放された私は勇者に抱きついていた。
「の、野菊殿、離れてくだされ。」
あ、人前でなんてことを。恥ずかしくなって急いで離れた。
「助言ありがとう。おかげで優勝できました。」
素直にお礼を言った。
「「「ふうぅぅん、野菊が突然試合に出たのはこのためかぁ。」」」
学校の友達の声が聞こえた。
「あ、ち、ちがうから。」
「ダメよ。見ちゃったもぉん。」
「そうそう、ちゃんと紹介しなさいよね。」
「結構カッコいいじゃん。」
ああぁ、ダメだ否定しきれない。真っ赤になって俯いた。
応援団が叫ぶ。
「さて、今日も宴会だぁぁぁぁぁ。」