第十章 勇者の賞品
お祖父ちゃんの勘違いが正されないまま、伊織の第二戦の日がやってきた。
今日も伊織親衛隊が来ている。
メンバーは隊長が美鈴さんで隊員は元暴走族。
あとお祖父ちゃん、杉村さん、矢城さん、そして何故か村田社長、美鈴さんのお父さんだ。
おそらく美鈴さんのたくらみだろう。
天童さんと刑事さんは、今日は仕事で都合がつかなかったらしい。
それと、どうせ終わったらまた宴会だろうから、昨日のうちに仕込みは済ませておいた。
帰って温めたらすぐに宴会に入れる。
この努力を認めてほしい、伊織に。
「それでは、本日第二戦となるサムライ・ニンジャの登場でぇぇぇす。」
今日も香川さんがアナウンサー席で叫んでいる。
あの人、確か極東プロレスの社長だよね。いいんだろうか。
観客席の声援と共に、伊織が現れる。
今日も鎧に刀だ。
鎧は着慣れているのだろう。結構重いのに、軽々と動いている。
今日は登場に合わせて音楽まで流れている。
確か深紫のバーンだ。重厚なイントロと軽快なリズムが心地いい。
こうしてみると伊織はやっぱりカッコいい。
喋りさえしなければ。
「先日のデビュー戦で、二メートルを超える巨人、キラー・ディオを一蹴りでマットに沈めたサムライ・ニンジャ。デビューしてから、まだ七秒しか戦っていない。今日の試合も秒殺が見られるか。皆さん、決して見逃さないように。まばたきすら許されない試合となるかぁぁぁ。」
やばい、香川さん絶好調だ。
それより相手選手の紹介しろよ。
今日の相手は横にも大きい外人だ。
なんか巨人ばっかり選んでない?
伊織はというと、リングに上がって鎧を脱いでいる。
あっ。
「開始のゴングを待たずに、魔獣シェンカーが襲い掛かったぁぁぁぁ。」
相手はシェンカーというのか。というよりこれは卑怯だろ。
「伊織様ぁぁぁぁぁ。」
美鈴さんが叫んでいる。名前呼んじゃダメでしょ。
リングでは、伊織が脱ぎかけた鎧を着なおし、刀を一閃。
沈黙が客席を包む。
やだ。
「シェ、シェンカーのパンツが切れたぁぁぁぁぁ。」
下に穿いている白いブリーフが、って、やだ、見たくない。
魔獣の動きが止まる。
黒いパンツがリングに舞っているのを確認し、股間を押さえて、通路を走って帰っていく。
は、早い。
「えぇと、魔獣シェンカー選手の着替えのため、皆さましばらくお待ちください。」
間抜けなアナウンスが流れる。会場は爆笑の渦だ。
伊織は今度こそゆっくりと鎧を脱いでいく。
客席はみんな伊織に魅せられている。
現れたのは、およそプロレスラーとは誰も思わない華奢な黒ずくめの男。
マスクにはまだ慣れないが、黒地に映える目元の金と赤の隈取がカッコいい。
でもマスクの無い方が、って話が逸れた。
「魔獣シェンカーの再登場だぁぁぁ。」
「「「巨体のわりに小せえなぁぁぁ」」」
「「「今度はパンツ取られるなよぉぉぉ。」」」
完全に悪役だ。それもお笑い系。
「それでは、格闘技頂上決戦第二回戦を始めます。突然現れた謎のマスクマン、サムライ・ニンジャ対二百キロを超える魔獣、ウリ・ジョン・シェンカーァァァァ。」
開始のゴングが鳴る。
シェンカーが警戒して様子を見ている。
さっきのパンツがこたえたようだ。
レフリーが煽っている。
レフリーに促され、伊織が近づいていく。
手につけている黒いグローブが光って見えた。
伊織は何事もなかったようにリングの隅に戻る。
魔獣は動かない。
レフリーが近づいていく。あ、やっぱり。
レフリーの手が大きく振られ、ゴングが乱打される。
「な、なんとぉぉ、魔獣シェンカー、立ったまま気絶しているぅぅぅ。」
「「「「うおぉぉぉぉぉぉ。」」」」
会場が動物園と化す。
「今日も秒殺だぁぁぁ。この試合にかかったのは、わずか二十二秒だぁぁぁ。」
えっ、そっか最初動かなかったからか。実際は五秒もかかってない。
鎧を片手に通路を走っていく伊織が見えた。
「それでは、見逃した人のために、スクリーンに注目ぅぅぅ。」
これはお約束だ。
今日は見逃してないけど、やっぱり見えなかった。
ダメだ、リプレイでも見えない。
あっ、今日はスロー再生がある。
えっ、えっ、えっ。超高速再生なら見える。
腹に二発と顔面に一発入っていた。
「「「「すげぇぇぇぇぇぇぇぇぇ。」」」」
観客席が叫んでいる。
そだね、確かに。伊織、すげぇぇぇぇぇぇぇぇ。
伊織の試合が終わって、皆が揃ってロビーにでる。
他の試合に出る選手たちには申し訳ないが、伊織の試合しか興味がない。
皆一緒のようだ。
しばらく待っていると伊織が着替えて出てきた。
鎧と刀を入れてある大きなバッグが伊織の細身の身体と不釣り合いなのがちょっと可笑しい。
「今日は、三発でしたね。」
矢城さんが言う。いつもは一発なのに不思議なのだろう。
「思っていたより腹回りの脂肪や筋肉が多ござって、加減が大変でござった。」
なるほど、たしかに魔獣は横に大きかった。
とはいえ、魔獣退治なら勇者には余裕だったようだ。
「さて、今日も宴会といきますかぁ。」
ヤッくんが言う。こらこら、お前が仕切っちゃダメだろう。
「そうじゃの。また美味い酒が飲めるのう。」
やっぱり、そうなるか。でも今日は準備万端。
「そう思って、もう用意してあるからね。」
「さすが姐御っす。」
「あ、お酒だけは帰りに買うからね。この前買ったの残ってないからね。」
こいつらは酒好きで酒豪ばかりだ。
この前買った日本酒十二本、ビール四十本は一日でなくなった。
もっと買いたかったらしいが、買いに行かせたのが矢城さんと天童さんの二人だったため、一人二ケースずつ担いで帰ってきた。
今日は人数が多いから、余分に買っておこう。
「これ、使って下され。」
伊織がまた封筒をくれる。
でも貯金しなきゃダメだと思う。
そういや、住民票も免許証もないから銀行通帳作れないよな。
どうしよう。
そうだ、私が代わりに通帳作って、そこに入れようか。
どうせ将来は、うふっ。
「今日はいいものを見せてもらったので、酒代は私にもたせてくれませんか。」
誰だっけ?あ、村田社長だ。
「村田さん、この前もごちそうになったのに、それは申し訳ない。」
お祖父ちゃん、頑張れ。これ以上美鈴一家の株を上げてたまるか。
「いや、この前のは娘へのお礼。今日は伊織君の試合へのお礼ですから、遠慮しないでください。」
きっと美鈴さんもお父さん頑張れとか思ってんだろな。
「そうですか、それじゃ今日だけということで。」
こら、引き下がるんじゃない。
なんやかんやで、今日は日本酒十八本三ケース、ビール六十本三ケース、おまけに村田社長は特別とかなんとか言いながら高そうなブランデーまで追加する。
どうせ何飲んでも一緒なんだから、そんな高級なのじゃなくていいのにと思う。
道場に車座になって皆が座る。
早速美鈴さんと二人で大鍋を温めて持ち込む。
今日は大量におでんを仕込んでおいた。
昨日から煮込んであるので、味が染みて美味しくなっているはずだ。
「「おでんだぁぁぁぁ。」」
こら暴走族、やかましい。
でもそこまで感激してくれると嬉しい。
「なつかしいでござる。」
お、伊織にも受けがいい。やったね。
「それじゃ、伊織殿の第二戦勝利を祝って。」
「「「「「乾杯ぃぃぃぃ。」」」」」
あ、また美鈴さんに伊織の隣取られた。ううぅ。
「お祖父ちゃん少しずれてくれる?」
伊織とお祖父ちゃんの間に割り込む。
伊織の隣の反対側ゲット。
「伊織さん、両手に花っすねぇ。」
こら、大声で言うんじゃない。
「そうじゃの、どちらも似合いじゃの。」
どちらもって言うんじゃない。身内を贔屓しろ。
伊織が少し照れている。可愛い。
「ところで伊織さん、あの頂上決戦って、何試合あるんすか?」
「よく知らないでござる。」
「え、優勝まであと何人とかないんすか?」
「出てきた相手を倒すだけにござる。」
「流石っす。」
なにが流石なんだろう。
「伊織君は欲がないですねえ。普通なら優勝を意識して、固くなったりするんですが、全くそんな様子もないですね。」
村田社長が話に入ってくる。
「そうじゃのう。伊織殿は無の境地というか、流れるままに全てを受け止めておるからのう。」
何も考えてないだけの気もするが、黙っておこう。
「そういや、伊織君、うちの美鈴をまっとうな道に導いてくれてありがとう。お礼が遅くなり、すみません。」
「いや、拙者何もしてござらん。」
「いやいや、結果として、可愛い美鈴が戻ってきたのですから、伊織君のおかげです。ありがとう。」
確かに美鈴さんの変化は凄い。この前、ヤッくんも絶賛していた。
「まあまあ、伊織殿も困っておる。さあ、村田さん、飲みましょう。」
「そうですね。ではいただきます。」
皆が、おでんをつまみはじめる。
「「「美味しいぃぃ。」」」
やったね。頑張ったかいがある。
「美味いでござる。」
それを聞きたかった。
「伊織様はおでんで何が好きですか?」
美鈴さんの問いかけに耳をそばだてる。
「拙者、野菊殿の料理なら、何でも好きにござる。」
あ、泣きそう。
「え、そうね。料理上手な方がいいよね。」
美鈴さんも泣きそうだ。
「美鈴、今度料理でも習いに行くか?」
「え?ええ、お父様、是非。」
あ、そうきたか。
村田社長が笑っている。
「美鈴もすっかり女の子らしくなって、これも伊織君のおかげですね。」
お祖父ちゃんも何か言え。肘でつついてみた。
「村田さん、美鈴君も稽古を頑張ってくれておる。女の子というだけではありませんぞ。」
こら、そうじゃない。
「伊織君、よかったら美鈴を嫁にどうですか?」
「お、お父様。」
こら、誰かこの流れを止めろ。
「姫ぇ、親父さんの許しも出てよかったすねぇ。」
おい、誰が加速しろっていった。
「いや、拙者、この前も申しましたが、まだ修行中の身故、勘弁願いたいでござる。」
そうだ、そうだぁぁぁ。
「そうですか、では修行が終わったらということで。」
伊織は一生修行するんだからね。って、え、それじゃ私は?
「まあまあ、今日は勝利の祝い酒じゃ。村田さん飲みましょう。」
「勝利の賞品が嫁っすかぁ。」
こら、話をもどすなぁぁぁ。
宴会は今日もにぎやかだ。
翌日のスポーツ紙は伊織の勝利ではなく、シェンカーのブリーフ姿が大きく扱われていた。