第九章 勇者の隣
「いやぁ、伊織さん、凄かったすねぇ。」
ヤッくんが話しかけてくる。
まだ試合は続いているが、伊織の試合が終わったので、みんなロビーに出てきている。
人影もまばらなので、名前を呼んでも聞こえることはないだろう。
「お待たせしもうした。」
「あ、伊織、お疲れさま。」
「伊織様、今日も素敵でした。」
「伊織君、相変わらずとんでもないですね。」
皆、口々に伊織を労う。
「それほどでもござらん」
「でも相手は二メートル以上の巨人ですよ。」
「いや、魔王に比べれば。」
「伊織、ちなみに魔王ってどのくらい大きかったの?」
伊織だけに聞こえるように、小さな声で聴いてみた。。
「二丈ほどでござろうか。」
また訳分からない。携帯で調べる。
「二丈って、ろ、六メートル。」
「いやドラゴンの方が大きかったでござるが。」
聞くのが怖い。
「ちなみにドラゴンって。」
「一番大きかったのは一町ほどでござろうか。」
携帯に目を落とす。
「ひ、百メートルぅぅぅ。」
「野菊、何の話じゃ?」
「お、お祖父ちゃん、な、何でもないの。気にしないで。」
「そうか。今日は帰って勝利を祝って宴会じゃな。」
「わ、分かった。用意するから。」
「皆もどうじゃ?」
「「「えっ、いいんですか(いいんすかぁ)?」」」
今夜は大宴会のようだ。
急いで用意しなきゃ。この人数だと大変だ。
「それじゃ、参加する人、手を上げてぇ。」
「「「「「はぁぁぁい。」」」」」
ほとんど全員じゃないか。
一、二、三、めんどくさい、三十人ってことにしよ。
「それじゃ、矢城さんと天童さんはお酒の調達、ヤッくんたちは食材調達の荷物持ちで私についてきて。お祖父ちゃんたちは伊織連れて帰って、道場の掃除しておいてね。」
「「「はぁぁぁい。」」」
ここは幼稚園か。
「あ、野菊殿、これを使ってくだされ。」
伊織が封筒を渡してくる。
中を見ると一万円札が、えぇぇぇぇぇ。
「今日の試合料とのことでござった。」
軽く十万円はある。
「伊織、いいの?」
「宵越しの銭は持たんでござる。」
いや、それダメでしょ。でも今日はいいか。
「みんなぁ、今日は伊織のおごりよ。」
「「「うぉぉぉぉぉ。」」」
訂正、動物園だ。
大量の食材を買って、家に帰る。
人数が多いので、唐揚げと鰤のアラ汁にした。
これだと早いし手間もさほどかからない。
あとはスルメやピーナッツといった乾きものだ。
鶏肉をさばいていると、美鈴さんが手伝ってくれた。
ちょっと危なっかしい。
一時間ほどで完成し、道場に運び込む。
お祖父ちゃんたちは既に乾きもので一杯やっている。
ちょっとは待ちなさいよね。
「おまたせぇ。」
「「「待ってましたぁぁぁ」」」
お前ら、待ってなかっただろ。
さすがに三十人も座り込むと、広い道場も狭く感じる。
あちこちでグループができている。
お祖父ちゃんたち年寄り組は伊織を囲んで盛り上がっている。
元暴走族たちもいくつかのグループに分かれている。
美鈴さんはそそくさと伊織のところに行った。
私もそっちに行こうとしたら、
「姐御ぉ、こっちすよぉ。」
ヤッくんたちのグループに呼ばれてしまった。
空気読めよ、この野郎。
「姐御ぉ、飲みましょう。」
ダメだ、断れない。ま、伊織のところは後でいっか。
ヤッくんたちのグループに交じる。
「さあさあ、姐御、かけつけ三杯、どうぞどうぞ。」
「こらこら、私は高校生。お酒はダメよ。」
「えぇぇ、俺なんか中学生んときから飲んでますよぉ。」
「だからお前はバカなんじゃないか。」
「なんだと、こらぁ。」
「こらこら、喧嘩はしない。」
「「はぁぁぁい。」」
やっぱり幼稚園だ。
「姐御、この鮭のお汁、美味いっす。」
「それは鮭じゃなくて鰤。」
「この唐揚げもニンニクが効いて美味いっす。」
「ニンニク使ってないから。」
「そ、それじゃ、このスルメ最高っす。」
「それって買ってきただけよね。」
「うっ、とにかく酒が美味いっす。」
「よかったね。」
ギャァギャァとうるさい。
でもこういう雰囲気は好きだ。
「にしても、伊織さんって強いっすねぇ。」
「そういや、あなたたち、バイクで突っ込んでいって、ほうき一本に負けたんだものねえ。」
「それは、言いっこなしっすよぉ。でも、負けてよかったっす。こうして皆でワイワイと楽しく飲めますもん。」
「でも、それが原因で暴走族解散したけど、大丈夫だったの?」
「大丈夫っす。普通は前の頭とか出てきていろいろあるんすけど、姫がいるから何もなかったっす。」
「そなの。そういや美鈴さんも変わったよね。元暴走族の頭だなんて見えない。」
「そ、そ、そうっす。姫が一番変わったっす。まるっきり乙女っす。」
「だね。美鈴さんって、普段何してるの?」
「え、あぁ、高校生っす。」
「高校生?私と一緒?」
「そうっす。聖神女子高っす。」
「え、お嬢様学校じゃないの。」
「駅前に村田電器ってあるっしょ。姫はそこのお嬢っす。いろいろストレスがあったみたいで、それで俺たちに交じって族なんてやってたっす。それと、さっき言った前の頭は村田電器に就職してるから、姫に逆らえないっす。ま、そのおかげで、次の頭が姫になったんすけどね。」
「えっ、村田電器ってあちこちの駅前にあるよね。」
「そうっす。そういや、今はこの道場に通うために、近くの村田電器のある駅ビルの屋上にペントハウス建ててそこに引っ越したって言ってたっす。」
えっ、えっ、えぇぇぇ。そこまでするかぁ。
「姫、伊織さんに夢中っすから。」
うっ。やばい。
「でも、伊織さんって全く興味示さないんすよねぇ。」
「そ、そうなの。」
「この前のデートの時も、姫が腕組もうとしたら、武士はそのようなことはしないとかなんとか言って、断られたらしいっす。」
「武士、確かにそうかも。」
「だから、一歩後ろを常に歩いているっしょ。いじらしいっす。」
「そ、そうね。」
「姫って純情で一途っすから。うまくくっついてくれるといいんすが。」
「だ、ダメよ。」
「えっ?」
「あ、いや、そうじゃなくて。」
ダメだ、ここにいたら心がくじけてしまう。
適当にお茶を濁して、伊織のグループに行く。
ここも盛り上がっている。
「伊織殿、次の試合はいつですかな。」
「確か、明日から巡業で、今度は十日後に横浜とか申されておりもうした。」
「香川さん、ちゃんと約束守ってくれているみたいですね。」
「そうじゃの。この近くの試合なら全て見れるしの。」
「見れるったって、瞬殺で見えないですよ。」
「なるほど、それもそうじゃ。」
「はっはっは。」
美鈴さんは黙って皆の会話を聞いている。
いじらしい、って認めちゃダメ。
伊織は渡さないんだから。
「野菊さん、このアラ汁美味いです。」
「あ、ありがと。」
「料理上手で器量よし、おまけに空手も強いってすごいですね。」
「こら、武蔵君、ほめても嫁にはやらんぞ。」
「せ、先生、違いますよ。誤解です。」
「野菊を嫁にやるなら、わしを倒してからじゃ。」
お祖父ちゃん大分酔っている。
お祖父ちゃんを倒してからって、一生かかったって無理でしょ。
って無理じゃないのが一人いた。
えっ、えっ、お祖父ちゃん、いいのぉ?
「先生を倒してからって、それじゃ伊織君しかいないじゃないですか。」
やば、美鈴さんの目が怖い。
「そうじゃの。伊織殿ならかまわん。伊織殿どうじゃ、野菊を嫁に貰う気はないか?」
「お、お祖父ちゃん、酔ってるでしょ。」
「拙者、まだまだ修行中の身なれば、考えてもおりもうさん。」
そ、そなの。結構ショックだ。
「ま、おいおいでかまわん。」
「い、伊織様。伊織様はどのような女性が好みなんですか?」
美鈴さんの爆弾発言。皆が伊織を見る。
「そうでござるな。拙者が決めることではござらぬ故、特に好みはありもうさん。」
「伊織君、自分が決めないってどういうことなのかな。」
「普通は親が決めるのでござろう。」
「えっ?」
あ、江戸時代ならそうか。
「でも、伊織ってご両親いないでしょ。」
「そうでござるな。ま、今は正成殿が親みたいなものでござる。」
ということは、お祖父ちゃんの言うがまま。やったね。
あ、美鈴さんもお祖父ちゃんを見ている。やば、気付かれた。
伊織のプロレスデビュー初勝利を祝った大宴会を終え、数日が経った。
普段の日々が帰ってきた。
お祖父ちゃんは宴会翌日、コンビニでスポーツ紙を全部買ってきて、扱いが小さいと怒っていた。
とはいえ、最近のお祖父ちゃんを見ていると、伊織が来て本当によかったと思う。
弟子も増えたし、ホント生き生きしている。
今日は、招待されて飲み会だって言っていた。
付き合いも色々と増えてきて、ますます楽しそうだ。
「ただいま。野菊おみやげじゃ。」
「お祖父ちゃん、お帰り。おみやげって珍しい。あれ、これって?」
「寿司じゃ。飲み会の後に、ご家族の方によろしくって、別折りで作ってくれたんじゃ。」
「そか、じゃ、伊織と二人で食べるね。ところで、今日のご招待って何だったの?」
「ああ、村田電器の社長が娘を立ち直らせてくれたお礼じゃといって、招待してくれたんじゃ。」
え、村田電器?それって美鈴さんの父親?お祖父ちゃん、それって、将をいるための馬だよ。
美鈴さん、あの野郎。
「実に楽しかった。伊織殿に感謝じゃな。」
「そ、そうね。」
やばい、私も何かしなきゃ。
「お祖父ちゃん、このまえ、宴会で言ったこと覚えてる?」
「ん?なんのことじゃ?」
「私を嫁に出すとかなんとか。」
「おお、すまんすまん。野菊がいいと思う人ができたら、強くなくともそれでいい。ま、今は学業じゃの。」
「あ、ありがと。」
そうじゃないのぉぉぉぉぉ。