船の漕ぎ手プログラム
____船の漕ぎ手プログラム。
それは私の雇主である神々が計画した、実験という名の遊戯。
人間は死ぬ間際何を願うのか。
神々はいつもいつも同じことを繰り返す人間に飽いていた。
彼らはすることも多いが、暇も多い。
決して死ぬこともなく病にかかることもないその神々しい姿が、損なわれることはない。
だが、暇だった。
同じような日常を暮らすのは飽きたのだ。
彼らは暇で、仕事も好きだった。
___では仕事を新たに増やせばいい、そうすれば暇は少なくなる。
そういう結論に至った神々は、試験的に死ぬ間際の人間の望みを聞いてみることにした。
私の雇主たちにとって人間如きが望む願いなど仕事の片手間にでもできること。
彼らはただ、人間が愚かな願いを望むことを見るのを楽しんでいるのだ。
その結果、人間たちの願いから異世界が出来、不老不死の者が出来、超能力を持つ者が現れ、とてつもない強運の持ち主が現れた。
不都合があれば始末するのも私たちの仕事。
人間に寄り添い、最期に願いを聞き、神々に報告するのも私達の仕事。
確かに神々の仕事は増えるかもしれないが、苦労するのはこちらなのだということを十分に理解していただきたい。
私達は天使。
天の使いと読めば聞こえはいいが、実際は使いの後にぱしりと続く。
間に小さなつを入れてみてもいいかもしれない。
天使になる前は人間として生きていて、罪を犯してこの立場に落ち着いているのだから社畜のように働かされることに異論はない。
一応罪人としての制裁は死んでからしっかりと受けたが、寧ろまったりお茶を飲みながら休憩できるようなら罪悪感で堪らなくなる。
だが、雇主の暇つぶしのために働かされるのはどうも釈然としない。
誰だって、上司が暇だと言って飲みに付き合わされながら、積み上げられていく仕事を横目で見て、最終的に持って帰る…なんてのは被虐趣味を持っていない限りは誰だって嫌だろう。
簡単に言えばそういうことだ。
私は天界と書いて、ブラック企業と読むべきだと思っている。
ーー
ある日、神々のいらっしゃる天宮へ呼ばれた。
天宮は、天国といえばこれ、というような美しい白い建物だ。
人界の建物で例えて言うならパルテノン神殿だろうか。
私の建造物についての知識なんてその程度だ。
だが、その想像をすれば大体の様相はわかるだろう。
勿論パルテノン神殿というのは太古の建物であって、崩れている箇所もあったように思うが、それをもっと白くして、大きくして、新しくしていけばもう天宮そのままだろう、多分。
確か柱の形がエンタシスとかいった気がするが、そこの部分はもう少し華美だ。
私に確実に言えるのはそのくらい。
きっと、人間が掘り出したものより神が作ったものの方が完璧で美しいのかもしれないが、やはり建造物に興味のない私にはちっともわからない。
ただ、とても広い。
私のような雑用を任される下級天使は天宮に入ることを許されることはなかなかなく、神々の個室や書斎や謁見室があることしか知らない。
私が今回呼ばれたのは第3謁見室。
そこまで広くない(天宮の謁見室の中では、の話であり、私の住まう部屋よりはよほど大きい)この謁見室は、数人に仕事を任される時に主に使われている。
つまり、私を含め天使の何人かに新たな雑用が押し付けられるということだろう。
なんとも迷わ……ありがたいことだ。
「やあ、久し振り」
丁度天宮の勝手口についたところで誰かに声をかけられた。
当たり前な余談だが、私達天使は正門から入ることを許されてはいない。
彼も私と同じように神に呼ばれた部類だろう。
以前にも同じようなことがあったような気がする。
「久し振り」
「君も変わらないね」
「変わるような出来事も特にないからな」
「それもそうか」
確か同期だったように思う。
同期といっても皆同い年なわけでもなく、4人しかいない。
天使になる理由が理由で基準が基準だ。
4人しかといっても例年に比べれば多い様だが、天使をやめるものはほぼいないために、人手が足りているとは言えないが、人手が足りているとは言えないが、なんとかやっていけている。
そんな中で神に呼ばれるというのは、どうにも面倒ごとを押し付けられる予感しかない。
上司の天使に「頑張れ」と励まされたのも、なんとも嫌な予感を増大させている。
私の同期はその面倒ごとに気づいているのかいないのかニコニコ笑っている。
私の黒髪黒眼とは正反対の、眩いプラチナブロンドと碧眼。
天使と言われて然り、という容姿なのだ。
かっこいいというより可愛いと思うその容姿に、男の身の上で憧れは抱かないが、生前などはさぞかし得をしただろうと羨ましく思う。
彼はまさしく天使の様で、一緒にいると自分が汚れている様な気がする。
なぜ彼の様な者が天使になったのか私には想像もつかないが、尋ねることはタブーだ。
天使になった理由なんて、話しても聞いても幸せになる者など1人もいないのだから。
「君も呼ばれたの?」
「ああ、第3謁見室」
「同じだね。もう1人の同期もそう言ってた。僕たちの世代がなにかに選ばれたという解釈で良いのかな」
「面倒ごとで確定だな」
「仕事で面倒じゃないやつなんてあった?」
「ただの書類仕事なら別に楽しいだろ」
「あはは、君変わってるよね。僕仕事は全部面倒臭い性質だからさ」
彼は本当に気さくだ。
キラキラと輝く様で、此方からも近づきたいと思える稀有な存在。
こんな両極端な部下を呼んで神々はなにをしたいのだろうか。
何度も言う様だが神々は暇なので、暇を紛らわすために天使全員を覚えているから、何か意味はあるのだろうが……。
「……どうなったって決定事項なんだろうな」
私の小さな独り言は、綺麗で美しい廊下のアーチ型の屋根に虚しく響いた。
ーー
「失礼します」
二回のノックの後、彼は静かに扉を開けた。
少し緊張した面持ちだが、私はなんだか他人事の様に「大変だなあ」と横目で見てしまう。
神々は確かに怒らせると厄介な方々だが、私個人の感想としてはただただ暇な人たちで、たいしたことで怒る様ななことはしない。
例えば言葉遣いだったりしきたりだったりにはとても寛容だ。
そんなに緊張する必要は無い……と思うのだが。
基本的には神々は畏怖の存在であるはずで、私は異常な部類に入るのだろうから決して口には出さない。
私も彼に続いて部屋に入ると、其処には2人の下級天使と1人の上級天使、それから1人の神がいた。
2人の下級天使はやはり私の同期で、見覚えのある顔をしていた。
片方は黒人だったのだろう青年で、短い癖のある黒髪と焦げ茶に近い肌を持っている。
これがなかなか男前で、もう少し年をとればもっといい男になるのではと思わせるのが惜しいところだ。
天使は歳をとらない。
もう1人は白髪、白髭、細められた目、穏やかな表情という仙人の様な老人だ。
私たちが入ってくるのを見て微笑ましいという様な表情をした。
あと1人の上級天使は、実に輝かしい方だ。
月の灯りをそのまま髪にしたようなプラチナブロンドに、黄金に輝く美しい瞳。
上級天使であることを示す純白の二翼と、飾り気のない柔らかな白い衣装がその容姿を引き立てる。
穏やかな気性をしていて、下級天使の間で人気の上司だ。
「揃いましたね」
低く甘い声が、微笑む上級天使から発せられた。
揃った、ということは、やはり私を含めた同期に何か仕事を任せるということなのだろう。
神々の考えることは基本的に予想もつかないことばかりだ。
死後の人間の扱いの制度をうんぬんかんぬんだとか、突然明後日パーティーをやるから準備しろだとか、そんなことならまだいい。
いや、面倒ごとには違いない。
が、私が出来る範囲のことがわかって何とか、如何にかすれば何とかなるのだからまだ楽なものなのだ。
だがしかし。
繰り返すようだが、神々の考える事は予想がつかない、突拍子がない。
つまるところ私が言いたいのは、この場から今すぐにでも逃げ出したい、ということだ。
それでも無慈悲に、優しい上司の声が神への挨拶を促した。
目の前にいる黒い布で顔を隠した、やけにスタイルのいい神は、現世でいうアラブの王子系のチャラ男だ。
いや、そんなジャンルがあるとは聞いたこともないのだが、それが一番しっくりくる。
この頬杖をついてこちらを見てくる様子など、どこの俺様かという雰囲気。
唯我独尊を座右の銘に掲げていそうな見た目である。
見た目。
そう、見た目は、なのである。
実はこの人、俺様を装った超強がり神様。
この人がいるということは、私たちがブーイングをするような命令だということと同義。
他の神々に損な役割を押し付けられることばかり、という不憫で憎めない神様なのだ。
「よく来た、天使ども。お前達に仕事をやる、感謝しろ」
そう言われて感謝する天使は少数派だ。
横を見れば皆顔を顰めている。
勿論、微かに。
「我らは『船の漕ぎ手プログラム』を開始する事にした!」
なんだそれ、という一言が私達の感情を的確に表していた。
これがまた厄介な仕事だったと分かるのは、説明を聞いたときではなかった、とだけ言っておきたいと思う。
有難うございました。
精進します。