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第2章―【5】夕暮れ

 学校から帰ると、茶の間にユミのお母さんの姿が見えた。

 ボクの母親と一緒にお茶を啜って笑っている。

 食品店の午後は夕方まで比較的暇で、この時間によく休憩をとっている。手伝いに来ているパートさんも一緒にお茶をしたり、自宅へ一度帰ったりする。

 少し開いた障子戸の隙間から「お帰り」の声がした。

 ボクは愛想もなく「ただいま」と言うと、ちらりと茶の間を覗く。

 ユミの姿は無かった。

 あの野球の試合以来、ユミとはまったく会話を交わしていない。

 階段を上ろうとした時、トイレのある奥の廊下からユミが現れた。

 ボクは一瞬立ち止まったが、直ぐに階段に足を上げる。

「元気?」

 背中からユミの声がした。

 ボクは階段の半ばから「ああ」と声を返す。

 ユミは階段を少しだけ上って来た。

「あの娘、転校生でしょ?」

 千春のことだと、すぐに判った。

「ああ、そうだよ」

「仲いいんだ」

「別に」

 ボクはユミの言葉に少しだけ不機嫌になる。

 階段の一番上で僕が振り返ると、ユミもすぐ傍まで上がってきていた。

「稲葉と仲いいの?」

「普通」

「ナンだよ、普通って」

「普通はフツウだよ」

 ユミは頬を膨らませて、口を尖らせる。

「千春と仲いいの?」ユミが言い返す。

「お前が千春とか言うな」

「だって千春でしょ。転校生」

「知らないくせに、千春って言うなよ」

 ユミは口を尖らせたまま

「千春、千春、千春、千春、千春!」

 何度もそう叫ぶと、階段を駆け下りて行った。

 ユミが下りて行った後の茶の間から、「あんた何叫んでたの?」という、彼女の母親の声が微かに聞こえてきた。



 ボクは自分が思っていた以上に無神経で、その頃のボクは自己中心的だったと思う。


 学校ではプール開きも終わって体育の時間はほとんど水泳になり、校庭に出ると風に乗って塩素カリュウムの匂いが漂う。

 プール脇の林から、蒼い空へ向って蝉の鳴き声が響く。

 もう夏も本番だ。

 その日は夕方遅く、ユミの母親がウチへ来ていた。

 忙しい合間をぬってボクの母親が何か話しを聞いている。

 ウチにはお店を手伝うパートさんが二人いるが、以前ユミの母親もウチで働いていた。

 茶の間でお茶を一杯飲むと、ユミの母親はテレビを観ていたボクに

「今日、学校でユミを見かけた?」

 ボクは首を横に振った。

 同じ学校の隣のクラスだけれど、構内でユミを見かける事は本当に稀なのだ。

「ユミが友達のところ以外で行きそうな場所知らない?」

 ボクは再び首を横に振ると「なんで?」

「ううん。ちょっとね」

 少しして、ユミの母親は何処かへ出かけて行った。

 ボクが再びテレビを観ていると、店と茶の間の敷居から今度は母親が声をかけてきた。

「トモ、ユミの行きそうな場所知らない?」

「知らない。なんで?」

 母親は忙しく茶の間に上がってくると、ユミの家の事情を簡単に話した。

 彼女の家は父親が単身赴任していると聞いていた。が、どうやらただの別居だったらしい。

 そして、昨日正式に離婚が決まったのだ。

 離婚というと、父親と母親のどちらかが他人になるという事だ。どちらか片親になると。いう事だ

 ボクはそんな朧な認識を頭に巡らせた。

 ユミはそれを知った昨夜から様子が変で、学校からもまだ帰ってないらしい。

「遊びに行くときも、必ず鞄を家に置いて出かけるそうだよ」

 その通りだ。

 ユミがランドセルを背負ったまま寄り道するのはボクの家くらいで、それ以外は必ず一度家に帰ると聞いたことが在る。

 夕方まで働いている母親が心配しないように、何処へ行くかメモ書きを残すそうだ。

 もちろん、当時携帯電話などと言う便利ツールは無い。

 そのユミが連絡もなくまだ家には帰っていないという。

 6時50分から毎日放映している、ドラえもんの再放送番組が終わったところだった。

 おそらくクラスメイトの家は、既にユミの母親が検索済みだろう。だからボクに「他」と訊いて来たのだ。

 ――他?

 ボクは何故かピンときた。

 ボクが想像する場所に、彼女がいるような気がした。

 誰も知らない誰も探せないヒミツの場所……。

 兄貴の大型マグライトを手に、ボクは家を飛び出した。

 だいぶ陽の長くなった最近だけど、夕暮れが緋色の空を暗く燈していた。






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