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第2章―【3】草野球

 夏雲が再び旻天に浮かぶ頃、ボクらの胸は心なしかソワソワと微振動し始める。

 暑い陽射しが、熱い風が、アスファルトの匂いを運んでくる。

 遠くの光を微かに感じ取るセンサーのように、ボクたち子供の心は夏の予感を逸早く感じ取って心躍らせる。

 三年生になると男同士で遊ぶ事も増えて、ボクはあまりユミとは遊ばなくなっていた。

 時々母親と家に遊びに来たけれど、話しをしたり一緒にテレビを観たりする程度で、外に出かける事は少なくなっていた。

 ボクがあまり家にいないせいもあった。

 当時クラスごとに仲間連中で作った少年野球チームが流行って、例外なくボクのクラスも野球チームを作った。

 そしてボクもその中にいたからだ。

 ボクはあまり野球が好きではなかったのだけれど、18人いる男子の10人以上が参加する野球チームに入らないわけにも行かない。

 それなりにボクにも社交性が在るというわけだ。

 投げる球が速いからと、有耶無耶のうちにピッチャーをやらされていた事も在るかもしれない。

 ピッチャーと言えば、やっぱり野球の花形だし。

 ただ、ボクはショートバウンドが全然とれないから、内野ゴロの時には全ての球を内野手に任せていて、それはそれで反感を買っていた。



 野球の練習は小学校のグラウンドや近くの神社の境内がほとんどだったが、学区ギリギリの場所にある大きな運動公園にも時折足を運んだ。

 この運動公園は、本格的少年野球や社会人野球の試合が行われる事もあって、ちゃんとしたマウンドがあった。

 初めてマウンドに上がった時、キャッチャーまでの18メートルがやたらと遠く感じたのを覚えている。

 野球チームを作ってみんなで練習する事に満足感や達成感を抱いていたボクたちは、ほとんど試合をしなかった。

 二組のチームがやたらと強いという噂もあり、自分たちが強いのか弱いのか量るのが嫌だったのかもしれない。

 そんなある日、二組との試合が決まった。

 日曜日の早朝、大きな運動公園でそれは行われた。

 誰もが浮かぬ顔をしながら、「楽勝だぜ」と強がりを言った。

 何故二組の野球チームが強いかと言うと、本格的少年野球チームでプレイしている奴が、二人もチームに加わっているのだ。

 地区のリトルリーグは、他の学校も含めて選りすぐりしか参加できない。

 同じ学年でそのリーグに入っているのはその二人だけだった。

 そしてグラウンドに着くと、ボクはさらに複雑な気持ちになる。

 三年二組のベンチにユミがいた。

 相変わらずジーパンにTシャツといったボーイッシュな出で立ちがよく似合う。

 ――そうだ、ユミは二組なのだ。

 別に自分のクラスの男子を応援するのは当たり前の事で、たいした事ではない。

 彼女には彼女の学校での友達関係があるのだ。

 それでもボクは、やっぱり気落ちする心を抑え切れなかった。

 それが何故なのかも、ぼんやりと霧の中で……。


 そろそろプレイボールがかかる頃、ベンチにクラスの女子が現れた。

 ベンチと言っても、それこそ木のベンチが数個並んだだけの、青空ベンチだ。

「これから?」

 さおりが駆けて来た。

 後に三人いる。

 一応キャプテンの後藤ことゴッちゃんが話しをしている。

 彼女達はボクらの試合の噂を聞きつけて、よせばいいのに応援に来てくれたらしい。

 ピッチング練習をしていたボクは、少し離れた場所で女子たちが近寄ってくるのを見ていた。

 そして、後にいる娘に目を留める。

 千春がいた。

 彼女とは時々、たまたま学校帰りに一緒になると家に遊びに行っていた。

 転校初日から続く、微かな絆のようなものかもしれないが、だからと言って教室で親しくしているわけでもない。

 ボクの癖かも知れないが、親しい異性とはみんなの前で親しくできないのだ。

 周囲の目が気になるというか、向こうが気にするような気がして子供心に気を使ってしまう。

 子供らしくないといえば、そうなのかもしれないけれど。


 ボクの球を受けるのは、気心しれたサトシだ。

 彼は兄貴が中学で野球をやっているらしく、妙に野球技術に詳しい。

 ボクもショートバウンドの取り方などを教わったが、教わってすぐできればみんなが名プレイヤーだ。

 とにかく投げる球が速い、ボクはそれだけで充分だった。

「千春来てるジャン」

 しゃがんでボクの球を受けていたサトシが、立ち上がってボクに駆け寄る。

「朋、知ってたか?」

「いや、知らなかった」

 サトシの目が輝いた。

 いいところを見せてやろうという彼の心内がみえみえだったが、きっとボクの目も輝いていたかもしれない。



 早朝の風はまだ心地よく冷たかった。

 ボクは初回から全力投球をした。

 さすがの2組も最初は面食らっていたようだったが、そう長くは続かない。

 3回まで連続三振をとって意気揚々としているのもつかの間、打者が一順するとボクの速球は役に立たなくなった。

 ストレートしか投げられないボクの球は、体格のせいも在って軽い。当たればバカみたいに飛んだ。

 4番を打つ稲葉がバッターボックスに立ったとき、ボクの球は運動公園の場外へ運ばれてしまう。

 ユミは塁を周る稲葉に駆け寄って声をかけていた。

 ボクが独り占めしていたと思っていた彼女の笑顔は、当たり前のように誰のものでもない。

彼女自身のものだ。


 試合結果は散々。8対3で完敗だった。

 負ける事は密かに解っていたが、それをクラスの女子に見られた事がボクらにショックを与えた。

 彼女達はボクが三振をとるたびに黄色い歓声を上げていたが、後半は持参したお菓子を食べながら自分たちのお喋りに夢中になっていた。

 ボクがチラリと見た千春も、確かにその中にいた。

 ヤケクソで投げるボクの速球は、打たれる以外にもフォアボールで打者を塁にだした。

 ゲームセットの時、ベンチに女子の姿は無かった。




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