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第2章―【1】転校生

 小学3年生になると、初めてのクラス替えがあった。

 二年間同じクラスで馴染んだ友達と、初めて離れ離れになるのだ。

 ボクのいた小学校は、ほとんどが3クラス編成だったが、三年生になると同時に4クラスへ増えた。

 各クラス40人を限度とし、一人でも増えればクラスが増える仕組みだったらしい。

 そして、今までギリギリでバランスをとっていた編成がついに崩れたのだ。

 クラスが増える原因となった、いわゆる転校生はボクのクラス、三年三組に招かれた。



「今日から一緒に勉強する、桜井千春さんです」

 斉藤先生がそう言った時、程よいざわめきのクラスの中でボクは、彼女の足先から頭のテッペンまでを眺めていた。

 きっと他の連中も同じだったと思う。

 耳が完全に出ているショートカットに大きな瞳。

 赤いチェックのスカートの下には、黒いタイツを履いていた。

 広島から来た彼女は、聞き慣れないイントネーションで「よろしくおねがいします」と言った。

 東北のちっぽけな町で、これほど目の大きな娘をボクは初めて見た。

 長い睫毛がパチパチと瞬きして、千春はまるで瀟洒な館で飼われているネコのようだ。と、ボクは思った。


 休み時間になると、クラスの女子は千春の周りに集まる。

 まるで動物園のパンダでも見るような、転校生特有の人気というやつか……。

 彼女はとにかく笑顔が大胆だった。

 大きな目を細めて笑うその笑顔は、大胆と表現するしかない。

 ボクも話しかけたかったけど、男子が近づける雰囲気ではまったくなくて、再び一緒になった友人のサトシと共に遠巻きに眺めるだけだった。


 ところでボクとユミはクラスが違っていた。

 1、2年生の時も違っていたが、今度も別々のクラスだった。

 結局ボクとユミは6年間同じ教室へ入る事は無かった。

 だから学校ではほとんど口を聞いた事が無い。

 クラスも違うのに、男子と女子が廊下で仲良くできるほど当時は開放的でもなかったし、妙な噂のネタになるのも嫌だった。

 ユミはどう思っていたか知らないけど、彼女も学校内で話しかけてくる事はなかった。

 廊下ですれ違ったりしても、何故かお互いに視線を合わせることもなかった。



 クラス替えがあって転校生が来た新学期初日。

 ボクが昇降口を出ると、前には千春が歩いていた。これは非常にラッキーなシチュエーションだった。

 ただ、同じクラスの宍戸マリが一緒に歩いている。

 ボクは一人で歩いていたが、途中で後にサトシがいる事に気づく。

 ボクは黙って前の二人を眺めながら歩いているのと同じように、後のサトシは黙ってボクとその前方の二人を眺めていたらしい。

 宍戸マリも今回初めて顔を合わせるクラスメイトだったけど、ガリガリに痩せていてあまり興味を引かない。

 1、2年でクラスを共にしてした男子連中は骨女とか言ってからかっていたが、別段嫌われているわけでもなく親しみはこもっていたように思える。

 まあ、初日に千春と一緒に帰るあたり、面倒見はいいのだろうけど。


 帰りの通学路、丁度中間地点辺に竹林があって駄菓子を売ってる小さな文房具店が在った。

 角地に在るためかカドヤという安易な店名で、そこで宍戸マリは角を曲がった。

 千春は少しの間立ち止まって彼女に手を振っている。

 胸の前で小刻みに振る、その手の振り方がかわいい……。

 再び歩き出すとき、千春は後ろのボクとサトシに気付いた。

 話しはまだしていないけれど、クラスメイトと言う事は判ったらしい。

 彼女はこちらに手こそ振らなかったが、ボクらに遠慮気味な笑顔を向けてから歩き出した。

 何メール離れていたか知らないが、その笑顔はそのままボクの胸元まで届いた気がした。


「千春、わかいくね?」

 サトシがコソコソとボクに囁く。

「そうか? なんか、サルみたいじゃね?」

 ボクは思わずそう言ってしまった。

 耳を出したショートカットは目立つ。目も大きい。サルといっても、ぬいぐるみやイラストでデフォルメされた可愛らしいサルのイメージだけど。

「そんなことねぇよ」

 サトシはボクに肩をぶつけて言った。

 そりゃ、ボクだって同じ事を思っているけど……ていうか、可愛らしいサルだから。

声には出さなかった。

 間も無くサトシが角を曲がる。

「家、つきとめろ」声に出ないような声で、サトシは言う。

 ボクは口の動きだけで「ばぁか」と言い返して、「じゃぁな」と手を上げた。


 少しの間、千春とボクは一定間隔を保ったまま歩いた。

 千春は小気味よく跳ねるように歩く。

 後姿の印象は誰かに似ている。

 スカートが揺れる印象はちょっと違うけど、なんとなく誰かに……。

 そうだ、背中から元気が漲る後姿はユミに似ているのだ。

 でもボクは、この時そんな事には気付かない。

 それに気付いたのは、ずっとずっと後の事だった。



「ねぇ、何処までついて来るん?」

 千春は歩くスピードを緩めて、後を振り返る。

 大きな目がクニャリと歪んで笑っていた。それは、決して嫌がってる言い方ではない。

「オレん家も、こっちだよ」

 ボクはいささかぶっきら棒に応える。

 ドキリとした。見透かされないように堪えるのは、ハッキリって大変だった。

「ああ、そうなん? じゃあ、いっしょに帰ろ」

 なんという事だ。

 彼女の学校では男女が平気で一緒に下校するのだろうか?

 広島は、やっぱり都会?

 やっぱ、原子爆弾が投下されるだけの都市なのだろう。

 ボクの小さな思考がグルグル廻った。

 千春はさらに足を緩めて、ボクが追いつくのを待つと並んで歩く。

 その時ボクは、何かを一生懸命話した気がするが、何を話したのか全然覚えていない。

 ただ、下校通学路に続くひび割れたアスファルトが、何処までも終わらなければいいと思ったのは確かだ。




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