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第1章―【4】ミンミン蝉の声

 ボクとユミは二人だけの隠れ家を見つけた。

 ボク達にとって古びたボート小屋は、小さな冒険心をくすぐる絶好の隠れ家的存在だった。

 靄の薄っすらとかかる早朝、時には夕映えで燃える空の下、ボクらは陸橋を渡ってボート小屋へ行った。

 何をしていたかというと、別に何もしない。

 薄暗い中にただうずくまってヒソヒソと、学校での出来事や友達のこと、スケベな山中先生の事などを話しては、ヒソヒソと笑い合った。

 ヒミツの場所で大笑いは禁物なのだ。

 運河に降りて、石投げもした。

 ちょうどいい平たい石はいくらでもあって、飛び跳ねた石が向こう岸に早く着いた方が勝ち。というゲームをやった。

 ユミはボクと遊ぶ事が多いせいか、石投げが上手かった。

 枯れ枝の先に小石を差し込んで、浮きを作ったりもした。

 小枝の大きさに合わせた小石を、勘で見つけて取り付ける。旨くバランスが合えば、水面に枝が垂直に立つのだ。

 それも、どちらが先に成功するか競ったが、これは何時もボクが勝った。




 そんなある日事件は起きた。

 何時ものようにボクとユミがボート小屋にいると、いきなり大きな扉が開きだしたのだ。

 ボクらは慌てて奥のもの入れが重なった影に走りこんで、身を寄せた。

 身体を縮こめて、息を潜める。

 開いた扉から、白い光がふんだんに溢れこんできた。

 人の声と足音。

 ボクらは頭を下げて、耳を澄ましていた。

 入って来た連中はボクらよりはずっと年上だけど、大人ではなかった。

 笑い声が小屋の中に響いた。

 ガタガタとボートを取り出す声。

 誰かが誰かに命令調で声をかけている。

 ボクらは未知の出来事に震えていた。

 ユミの身体がボクの身体にピタリとくっついて、お互いが微かに震えてそれを相殺しようとしていた。

 何時もは全然気にならないのに、ユミの身体が熱い。

 くっついた腕から、彼女が握った手から体温が伝わっていた。

 ボート小屋に突然学生が来たのは何故なのか?

 いままで上流に在る新しいボート小屋で全員が練習していたらしいが、班分けしてこの小屋のボートを使うことにしたらしい。

 もちろん、それを想像できたのは、ボクが高校生になってからの事で、この時はそんな理屈はしらない。

 ただ、ユミと身体を寄せ合って息を潜めるだけだった。

 実は事件が起こるのはこれからで、ボート小屋に人が来ても別に見つからなければどうと言う事はないわけで……。



「暑いね」

 ユミが小声で言った。

 確かに暑かった。

 ボート小屋の中は黒土の地面でほとんど陽も当たらず、どちらかと言えば冷んやりと心地よい。

 しかし、物入れの積み重なった影に隠れていると、妙に暑かった。

 狭い場所に二人の体温が融合したからかもしれない。

「うん……」

 ボクは声を出す気になれないでいた。

 小屋の端と端の距離ではあったが、ゴトゴトとボートを引っ張り出す連中の気配と話し声がまだ直ぐソコにあったから。

「ちゅーする?」

「はあ?」

 ユミの表情は暗くてよく解らなかったけど、冗談だと思っていた。

「なんで、そうなるんだよ」

 息の多い小声で叫んだ。

 ボクとユミの間に注いだ光の細い柱を見つめる。

 ホコリがチリチリと光って、上に動いているような下に向って動いているような……。

「……なんとなく」

「な、なんとなく?」

「うん」

 ガタガタとボートが運ばれてゆく。

 ボクはチラリと出口付近を見たけど、荷物が邪魔で様子は見えなかった。

 頬に何かが当たった。

 むにゅっとした、生温かい何か。

 ユミの唇だった。

 ……ああ、ユミの唇って温かいんだ。

 ボクは「なにするんだよ」と言えなくて、彼女を見つめた。

 ユミはボクがOKを出したのだと思ったのか、今度はボクの唇に顔を近づけ、ボクはかわす暇もなく彼女に唇を奪われた。

 唇で受けるユミの唇は、頬の感触とは全然違って、なんだか身体がよけいに熱くなる気がした。

 何に例えればいいか判らないほど、やわらかい。

 ボート小屋の声と足音が遠ざかる。

 ギギッと古い扉が閉められる音が聞こえた。

 ボロい壁の隙間から、夏風が通りぎる。

 ユミはそっと唇を離すと、瞑っていた目を開けた。

 ほんの一瞬がやけに長く感じて、ボクは息が続くか心配だったけど、そんな心配は要らなかった。

 二人の位置が少しずれて、ユミの顔を細い光の柱が照らしていた。

 日焼けした頬がキラキラ光って、ユミは鼻の頭にシワを寄せて笑う。

 別に変わりない何時ものユミだ。

 でも何故か、ボクは何時ものように視線を交わせなかった。

 彼女の目を見れなかった。

 ユミはどうしてそんなにボクを見つめるのか解らなかった。

「もう行った?」

「えっ?」

「みんな、いなくなったよね」

「あ、ああ……」

「あたし、おしっこしたい」

「はあ?」

 ユミは立ち上がると、ジーンズの後ポケットからポケットティッシュを取り出しながら、小走りにボート小屋を出て行った。

 ボクは息切れしそうなほど動悸が激しくなるのを堪えていた。



 ボクはわざと時間をかけてボート小屋をでる。

 物陰の暗がりにいた為か、松の木が生い茂る合間を抜ける陽射しが、やたらと眩しく感じた、

 裏手には小さな水道があって、ユミは手を洗っていた。

 帰りの鉄橋の上で、ボクたちは手を繋いで歩いた。

 どちらともなく手を握って、線路の上を、枕木を跳ぶように並んで歩いた。

 緑の木々が風でゆれ、ざわめく。

 レールに響くミンミン蝉の声が何故かボクをはやし立てた。胸の奥も、なんだかざわざわと騒がしい。

 ボクはぎこちなく枕木に足をのばした。

 横目でチラ見したユミはなんだか平気そうで、勝手に鼻歌なんかを歌っていた。






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