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第5章―【4】虫の声

 誰かと湯船に入るのは久しぶりだった。

 兄貴と最後に入ったのは小学四年生の頃が最後だし、今年の春に修学旅行で友達と入ったのは、旅館の大浴場だ。

 家の浴槽は思った以上に狭かった。

「入るよ」

 先に湯船に浸かったボクに、ユミは言った。

 ボクは身体をひねって視線を大げさに逸らすと

「うん……」

 浴槽の縁を跨ぐ彼女の姿は、絶対に見てはいけないような気がしたんだ。

「イテッ」

 最初にお湯に突っ込んだユミの左脚が、ボクの脇腹に当たる。

「ごめぇん」

 彼女は浴槽に浸かりながら、ボクの脇柄を摩ろうとした。

 素肌同士があまりに密着するから、ボクは浴槽の角にへばり着く。

 彼女は平気なのだろうか……。

 湯気に煽られるユミの匂いは、やっぱりこの家の誰のものでもない。

「なんか、ちょっと楽しいね」

 彼女が肩をすくめて笑うのが、視界の隅に見えた。

「もうこっち見て大丈夫だよ」

 そんなこと判ってるけど、その身体に巻いたタオルの下が裸だと思うとちょっと……。

 ていうか、タオルが身体にピタリと張り付いて生々しいんだって。

 ボクは足を閉じて、ユミの身体の横に滑り込ませる。

 ユミの足も、ボクのお尻の横に滑り込んできた。

 それでもボクは彼女を真っ直ぐには見れず、月影が照らす擦りガラスの窓を見上げた。


「誰か風呂に入ってるのか?」

 脱衣所のアコーデオンカーテンの開く音がした。

 全開ではなく、少しだけ開いた音だ。

 声は父さんだ。トイレにでも起きて、物音に気付いたのか?

 ボクはユミと一緒に息を潜める。

 心臓がバクバクした……どうしようか……。

「俺、うたた寝して今起きたんだ」

「電気点かないのか?」

「ち、ちがうよ。ちょっと理科の実験してるんだ……だから、電気は点けないで」

「ああ、そうか。ならいいけど。見えるのか?」

「少しね。大丈夫だよ」

「それならいいけど」

 アコーディオンの閉まる音がした。

 ていうか、理科の実験てなんだよ……。

 ユミは声を押し殺すように、クスクスと笑いを堪えていた。

「理科の実験って何よ?」

 声を潜めて言う。

 ボクは顔を背けたまま、彼女の脇腹を指で突いた。

 彼女はさすがにビクリと身体をずらすと

「スケベ」

 遠くの夜気には、消防車のサイレンが揺れるようにやたらと響いていた。





 薄闇の脱衣所で服を着たボクたちは、静かに息を潜めて階段を上った。

 二階のトイレの流れる音を聞いて、慌てて部屋の中へ滑り込む。

 薄闇に慣れたボクたちは、一瞬電気を点けるのを忘れてベッドの上に腰掛けた。

「ていうか、暗くない?」ユミが声を潜めて笑う。

 それで気付いたボクは、慌てて電気のスイッチを入れる。

「なんかヤラシイ事されるかと思った」

「ばぁか。そんな事するか」

 懐かしさが滲む明かりの下で、ユミはちょっぴり淋しそうに笑った。

 その表情の意味が判らない……。

 ボクは押入れを開けて、予備の布団を敷こうとした。

「面倒だから、一緒に寝る?」

 ユミが床にペタリと座ったまま、ボクを見上げる。

「はぁ?」

 ボクの表情を楽しむ彼女は

「あたし、床でいいよ。ていうか、暑いから布団いらないよ」

 ボクは黙って、タオルケットだけは取り出す。

 まぁいい。ボクがカーペットの上に寝て、ユミをベッドに寝かせれば。

 気がつけば、ユミはベッドの上に横たわって仔犬のように眠りに入っていた。

 ボクは少しだけ顔を近づけて、その安らいだ寝顔を見つめる。

 窓から入る夏の夜風に、虫の声が溶け混むように流れ込んできた。







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