第5章―【3】水音
「トモ……トモ……」
誰かがボクの身体を揺すっていた。
聞こえる声が、ユミのものだと気付いて目を開ける。
「布団に入れば?」
いつの間にかベッドに寄りかかった状態で眠っていた。
ユミも同じだったかも。
「うん……」
ボクは少し寝ぼけて応える。
「あたし、お風呂もらってもいい?」
そうだ……夜中にユミは風呂に入るんだった。
時計に目をやると、一時になるところだった。
もちろん深夜。ちょうどいい時間かもしれない。
「あっ……そうか。いいよ。この時間なら大丈夫だ」
ユミはコクリと頷いて、小さなリュックに手を突っ込んだ。
「そこの箪笥にタオル入ってるから」
ボクの指差す箪笥をユミは開けて、タオルに自分の着替えの下着を包み込む。
「トモも入る?」
「いいよ、俺は」
「でも、どうせ電気は点けられないし……怖いよ」
そうか……電気か。どうしようか。
こっそり入るには電気は点けられないし、脱衣所と風呂場の電気を点けると誰かが気づいて声をかけるかもしれない。
「大丈夫だよ」
ボクは曖昧に応える。
「電気点けて平気?」
「どうだろう……」
「きっと、真っ暗だよ。トモ、一緒に入ろうよ」
ボクは妙な決断に迫られる。
「だって、見えたらどうするんだよ」
もちろん、彼女の裸の事だ。
見たい気持ちもあるけれど、ユミは見られたくないだろう……ていうか、ボクも自分の裸なんて見られたくない。
「タオル巻けば大丈夫だよ。もともと暗いんだし」
……そうか。タオルか。
自分家の風呂でタオルを巻くなんて考えもしなかったが、考えてみればそうかもしれない。
いや……ボクは再び首を振る。
「でもさ……」
ユミと一緒に同じ湯船に入るのか?
温泉の大浴場じゃあるまいし、身体が密着するじゃないか。
「だって、ウチの風呂せまいよ」
「大丈夫だってば」
時間を無駄にはしたくない。
そんな気持ちがボクにもあって……結局ボクが折れる事になった。
二人で足音を忍ばせて階段を下りると風呂へ向う。
脱衣所にはドアが無くて、トイレの横にアコーデオンカーテンが取り付けてあった。
その先は洗面所と洗濯機が在る。
その脇で服を脱ぐのだ。
真っ暗だけれど、真っ暗じゃない。
暗闇に目が慣れているんだ。
「とりあえず、あっち向いて」
ユミはそう言いながら自分もボクに背をむけると、スルスルとTシャツとジーンズを脱ぐ。
何だか変な気分だ。
何処か知らない場所へ来たみたいな違和感は、暗闇のせいだろうか。それとも、背後にユミがいて、服を脱いでいるせいだろうか。
背中で風呂場の扉を開ける音がした。
「トモ、早く」
彼女が催促する。
ボクたちはとりあえずお互いを見ないように、背中合わせになった状態で真っ暗な風呂場に吸い込まれるように入った。
擦りガラスの窓からは、微かに月明かりが入り込んでいる。
でもそれは、風呂場全体を照らすほどの明るさではなかった。
「トモ、お風呂のフタとか開けてよ」
そうだ。この場所に慣れた人間の方が、暗闇の中で行動し易いんだ。
ふたりは静かにしゃがんで、背中合わせのまま風呂のお湯をかける。
あれだけ強引に誘ったユミも、いざとなればヤッパリ恥ずかしいのか、動作がたどたどしい。
できるだけ音を立てないように、静かにお湯を身体にかけた。
「シャワーは?」
ボクはユミの身体越しに手を伸ばして、シャワーのヘッドを掴むと手探りで蛇口をひねる。
自分の身体の前にシャワーを持って来て、温度を確認する。
暖かいお湯が出る前に彼女にかかったら、かわいそうだから。
「ほら」
ボクはお湯が出たのを確認して、ユミにシャワーヘッドを手渡す。
その途端、彼女はボクの頭にお湯をかけた。
「うわっ」思わず小さく叫ぶ。
「なんだよ……」
「頭、洗ってあげるよ」
ユミは手探りでシャンプーを見つけて、ボクの頭にかけた。
お湯がかかった時点でボクは目を開けられなくなったから、彼女がこちらを向いても何も見えはしない。
ただ、お湯とシャンプーの香りに混じって、何時もはしない別の香りがした。
それはユミの匂いなのだろうか。




