第5章―【1】予期せぬ事
小学校というのはとても不思議な場所だと思う。
入学当初は幼稚園児に毛の生えたような幼さの塊で、ひき算さへもろくにできない。
しかし学年が上がり時間の経過と共に割り算や分数やちょっと難しい常用漢字なんかも書けたり、社会性や道徳を学んだり。
そして誰かに淡い想いを抱いたり。
でもそんな想いも、日常の過ぎ去る日々と共にどこかへ消えて、再び来たる何かに興味を惹かれるのだ。
それは自然な事で、きっとそうした日々に流され、埋もれる事で、ボクらは成長できるのかもしれない。
最上級生。
担任教師が六年生になったボクらにやたら使う言葉だった。
その自覚を持って下級生の手本となり、自主性を重んじるのだと何度も強調する。
そんな教師の思いも届かぬように、ボクはあまり変わらない。
いや、教師がそんな事を言うまでもなく、ボクらは変わってゆくのだ。
六月の半ばに入ると、再び水泳部の徴集があって、ボクは当たり前のようにそれに参加する。
去年とは打って変わって、ボクはウォーミングアップの1000メートル流しで、平気で足を着いたりひと休みしたりした。
時には800メートルくらいで上がってしまう。
もちろん、顧問や周囲の目を盗んでだけれど。
「トモ」
土曜日の放課後、部活が終わってプールから出ると、校庭の隅でユミが待っていた。
「なんだよ」
「今日、遊びに行っていい?」
最近めっきり遊ぶ事が少なくなったユミと言葉を交わすのは久しぶりだった。
もちろん、クラスは違うし。
「どうして?」
「別に……暇だし」
ユミは少しだけ俯くと
「なんか予定ある?」
「別に無いけど」
この頃になると、女の子と二人でどうして遊べばいいか判らなくなる。
複数で遊ぶのは平気だ。
鬼ごっこやドッチボールやその他いろんな遊びをただ男女混合でやればいい。
でも二人でどうする?
前はどうしてたっけ?
成長とともに男は男を意識して、女は女を意識する。
その意識こそが、純粋な交友関係を妨げるのかもしれないと、ボクはこの頃既に悟っていた。
久しぶりに古びた引込み線の上にボクたちは腰掛けていた。
朽ちた枕木が積み重なる周囲は、すでに雑草が生い茂っていた。
「部活、大変?」
ユミが訊いた。
「別に。楽しい」
「ふうん」
敷石を拾って、彼女は草むらに放り投げる。
「今日、泊まってダメ?」
「トマルって?」
「トモの部屋」
ボクは一瞬引いた。
トマルとは宿泊の意味だ。
何のためにボクの部屋に泊まりたいのだろう……。
けれどもユミには彼女なりの悩みがあったのだ。
最近母親が家に男を連れてくるらしい。
前の父親よりも若いその男は、母親が見ていない時にユミの身体にやたらと触るらのだという。
「触るって……?」
ボクは、本当は訊いてはいけないような気がした。
でも、訊かずにはいられなかった。
触るというキーワードで一瞬、忘れていたヨウコさんの姿が浮かんだ。
「なんか、べたべた触ってくる。いろんなところ」
いろんなところ……て何処だ。
「例えば……何処」
「腕とか脚とか……お尻とか……」
「嫌なの?」
「当たり前ジャン」
ユミは声を大きくした。
「なんか、お父さんと触り方は違う……なんか、男の触り方……」
男の触り方ってなんだ? 父親だって男だ。
「でも、母さんに何て言おう」
ボクは困惑した。
最近あまりウチに来なくなったユミが、いきなり泊まりに来て大丈夫だろうか。
昔だって、お互いに泊まり合った事は一度も無い。
「内緒で泊めてよ。トモの部屋に」
「内緒で?」
今度はボクが声をはり上げた。
同じ家の中、親兄弟に内緒でなんて出来るだろうか……。