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第3章―【3】脅える眼

 緑の茂みにバッタが跳ねていた。

 ボクはバッタに触る事ができない。

 カブトムシやクワガタと違って、羽根をむき出した昆虫は気持ち悪くて触れないのだ。

 ユミは躊躇なく傍らの雑草に乗ったバッタを掴んだ。

 口から黒い何かを出すのも気持ち悪い。

 でもボクはそんな素振りは微塵も出さずに、さり気なくやり過ごす。

「バッタいる?」

 指で摘んだバッタを、彼女はボクに差し出す。

「いらないよ、バッタなんて」

「なあんだ」

 ユミはそのまま腕を振ってバッタを放した。

 ボクは心の中でホッと息をつく。

 ……なんで平気で触れるんだ。

 ボクたちは、ユミの家からそのまま駅の引込み線へ来ていた。

 ボクはプールの用具入れを錆びた線路上に置いて、ユミと一緒に生い茂る雑草の中を歩く。

 何度もユミをチラ見して、彼女の唇に視線を止めた。

 ミキがボクの口に吸い付いたとき、まるでそのまま食べられてしまうような恐怖と、何だか判らない高揚感が身体を熱くした。

 誰かの舌は熱い。

 自分の舌も、あれほどに熱いのだろうか……。

「なに?」

 ユミが僕の視線に気付いた。

「別に」

 ボクは目の前に見えるボロ小屋に視線を移す。彼女も直ぐに意識を小屋へ向けた。

「いるのかな?」

「知らないよ」

 小屋から奇妙な気配を感じてボクは、半歩後へ下がる。

 あの気配だ。

 霧雨の中で感じた気配を、ボクは本能に刻んでいたようだ。

 本線の向こうに茂る木々のトンネルから、蝉時雨が呼んでいる。

「久しぶりにボート小屋いかない?」

 ボクはユミの肩に話しかけていた。

「今日はこのボロ小屋を探検するんんでしょ?」

 ユミが振り返る。

「何もないよ」

 彼女はボクの足元に視線を落とし「じゃあ、なんで下がってるの?」

「足がかゆい」

 ビーチサンダルでプールへ行き、そのままのここへ来た足は雑草の中では確かにかゆかった。

 ユミは肩をすくめると、一端茂みから出る。

 錆びた線路に二人で腰掛けて、少し遠めに小屋を眺めた。

 10メートル以上離れたこの場所なら、あの異様な気配は感じない。

 木枠の窓に、夕方の西日が強く映りこんでい。

「コーラ買って来る」

 ボクは立ち上がって、ポケットの小銭を探る。

 駅の改札口(と言っても無人だが)を出たところに自販機が二台並んでいる。

 ボクはその自販機を眺めて「ユミもなんか飲む?」

 その時だった。

「アッ」

 と言って、ユミもいきなり立ち上がる。

「なに? どうした?」

 ユミはスッと腕を前に伸ばして、ボロ小屋を指差す。

「今、いた」

「何が?」

 ボクは直感で判ったけれど、やっぱり訊かなければ。

「口さけ女」

「口さけ女?」

「口が裂けてたか判んないけど、誰か見えたよ」

 ボクは陽射しが映りこんだ窓に目を凝らす。

 ピントを奥に向けると、小屋の内部が薄っすらと浮かび上がる。

「何もいないよ」

「いたよ。トモ、行って見て来なよ」

「ヤダよ」

「怖いんだ」

「だって、口さけ女は人を喰うんだぞ」

 ボクは声を上げた。

「私きれい? って訊かれなきゃ大丈夫だよ」

「そんなの判んないだろ」

 ユミは一歩踏み出して「じゃあ、あたしが見てくる」

「やめろよ」

 ユミの腕を取った。

 陽射しを浴びた彼女の腕は、思いの外火照っていた。

 口さけ女なんているはずないっていままで思っていたけれど、急にいてもおかしくないような気がした。

 ……そんなはずないのに。

「じゃあ、一緒に行こう」

 ユミはそのまま歩き出す。

 ボクは仕方なしに、彼女について歩き出した。

 

 二人で歩き出して直ぐだった。

 線路脇の砂利から草むらへ入る前、まだ二人の足音が砂利をじゃらじゃらと踏んでいた。

 小屋のどこかでガタガタと音がしたんだ。

 さすがのユミも思わず足を止めて息を飲んだ。

 ボクは息を潜めるように、ユミの後ろ髪と小屋を交互に眺める。

 息使いが小屋へ届いてはいけないと思った。

 気か付くとボクたちは耳をすましていた。

 姿が見えない何かを探るとき、人は聴覚を必要とするのだ。

 窓の中には何も見えない。

 光の中にくすんだガラスの世界が夕凪に佇んでいた。

 再びガタガタと音がした。小屋の裏側からだ。

 ボクたちは雑草を掻き分けて走った。

 獣道のような小道を進んで、小屋の裏側にまわる。

 建物の裏には小さな裏口扉があって、そこは施錠が壊れていたようだ。

 ボクもユミもそれに気付かなかったらしい……。

 そしてそこに見たものは、髪の毛が肩よりも長くてヒゲをはやした長身の男の姿だった。

 彼は振り返ると、目をギョロリとさせてボクたちを見つめた。

 野良犬が牽制するような、どこか脅えて、そして攻撃的な視線にボクとユミは足を止める。

 長身の男はボロボロのシャツに毛布を撒きつけたような、スカートのような何かを腰に巻いていた。

 ズボンを履いていたかは覚えていない。

 ボクらは、彼のギョロついた視線にクギ付けにされていた。

 蛇に睨まれた蛙というのは、こんな感じなのだろうか。

 男はユミとボクを見比べるように交互に見つめたまま雑草の生い茂る中を歩くと、雑木の小さな林を抜けその先に消えた。

 その先には借家が並んでいるけれど、おそらくソコを通り抜けて通りに出ただろう。

 長髪の小汚い男が何処へ行くのか興味はあったけれど、ユミもボクも暫くその場から動く事は出来なくて、背中から聞こえる蝉の声だけを聞いていた気がする。

 快速電車が通り過ぎる轟音で、ボクたちは我に帰った。






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