第五話 うまいまずいじゃない、味が濃いのだ。
「この店でいいな?」
「何があるの?」
「野生のドバルドベルを調理するらしい」
ミトは首をひねる。
へし折ったら死ぬのでひねるだけだ。
ひねっても死ぬときは死ぬ。
いや、自分でちょっと傾げただけやん。
「ドバルドベルって何?」
「野生の獣だ。魚みたいな味がするらしい。ここでいいだろ?」
「やだ」
「何でだよ? お前の望み通りだろ?」
「シーフードサラダに魚なって入ってないわよ! そんなことも知らないの?」
まあ、確かにその通りなんだけど。
さっきまで海鮮料理の話をしてて、だからしょうがないから魚の味がする獣肉を食べさせてやろうと来たわけで。
「お前は本当、わがままだなあ」
「私はわがままが認められる立場なの!」
「そうでもないけどな。お前のわがままは全て王様にチクるし」
「それは卑怯! こうなったらシューケルを亡き者にしないと!」
おなじみ、つけたしのハンドサインで攻撃する。
「俺が死んだら困るのはお前だろ。どうやって帰るんだ?」
「私にはまだカルクがいるし!」
「私は肉棒の餌食という言葉が嫌いです。どちらかというと、肉棒が餌食です」
今のは何が言いたかったのかさっぱり分からない。
ただの主張のようにも思えるし。
ミトもシューケルも、意味が分からない時はスルーするので、この場合もなかったことになった。
「それで、どうすんだ? ここにするか? やめるか?」
「サラダとスープはあるの?」
「まあ、そんなもん前菜だし、どこでもあるだろ」
実際にはそういうわけでもないが、シューケルはお姫様が入ってもいいようなある程度格式がありそうな店を選んでいるから、そのような店でサラダがないという事はないだろう。
「うーん、じゃあここでいいかなあ。あ、ここって庶民的?」
「そもそもだ、庶民的な店にシーフードサラダなんてねえだろ?」
「庶民の味が食べたい!」
ほら、またわがままが始まったよ。
「ここもだ、お前にとってみれば庶民の味だから問題ない。ただ、特別な時にだけ来るような店だろうな、品格的に」
「そんなのやだ。そんなんじゃ私の傷は癒えない」
「傷ついた奴は食事なんて喉も通らねえよ」
「通る!」
「まあ、通るにしても我儘なんて言わねえよ」
「言う!」
「それはお前だけだ」
「誰もが言う! 頑張った自分にごほうびで食べるの!」
そう言えばスィーツって言葉が一般化したから、流行に流されるOLの事をスィーツって言わなくなったよね。
「よし、そんな店はない。だからここにしろ」
「さーがーせー!」
暴れ出した。
けど、力がないのでほっとけば疲れるだろうと分かっているシューケルはそのままほっといたけど、つけたしのハンドサインを始めたので止めた。
「じゃあ、ここ! ここにする!」
ミトは近くにあった酒場を指さした。
そこはいかにもな感じの、ならず者が酒飲んでそうな店だった。
「そこはやめとけ」
さすがに、一国の姫を通すには、料理の質も客の質も悪いだろうと思い、止めるシューケル。
「やだ、ここに決めた!」
「あ、おい!」
ミトはずんずん入って行ってしまった。
止める間もなかったので、しょうがなくシューケルとカルクも奥に入って行った。
「うわ、またここはいかにもって場所だな」
入っていきなりそう口にしたことによって、店員も客もぎろりとこちらを見る。
店内はそんなに混んではいないのだが、あまり柄がいいとは言えない主人、そして、それに見合った客。
主人も含めて全員堅気とは言えそうにない面構えだ。
「カルク、どっちにする?」
「私は後でお前のザーメンでも飲ませてもらおう」
「お、おう」
「あのねー、私はこのポテトサラダがいい!」
壁に貼ってあるメニューから、サラダの文字を見つけたミトが言う。
「それ、サラダじゃねえよ」
「サラダって書いてあるのに!」
ぷんぷん怒るミト
メニューを見てみると、見事に酒のつまみばかりだ。
まあ酒場に入ったらそうなるのは当然だが。
「あー、一応少しはあるな。お前はこのハンバーガーにしとけ」
「何それ?」
「パンで」肉と野菜を挟んで食べる料理だ」
「私の食べたい料理じゃない!」
「お前がそれが出ない店に入ったんだろ。黙って食べろ」
ミトがつけたしのハンドサインの構えをしたのでそう言って止める。
「おいしいの? おいしいなら許すけど!」
「お前に許される筋合いはないが?」
「ゆーるーさーないー! ゆーるーさーないー!」
ハンドサインがシューケルを襲うが、全て避ける。
「あー、もうお前はこれだ。おーい、こいつにハンバーガーを。で、俺はドバルドベルの煮込みとビールをくれ」
「はいよ」
シューケルが注文して、不思議に思うミト。
「カルクの分は?」
「カルクは後で食べるんだよ」
「ふうん?」
ミトは不思議に思うが、これは当然のことだ。
怪しい店に入った場合、二人が毒や薬で駄目になることがないように、一人は食べないのだ。
奥で主人と、客と思われる数人が目配せしているのが分かる。
何かあるな、この店、と、シューケルが周囲に目を配る。
「お待たせ、こっちがハンバーガー、こっちが煮込みとビールだ」
「おう」
「いただきま……ちょっと! ハンバーガー私のなんだけど!」
早速ハンバーガーを取り上げられ、少し端を切り取られたので怒るミト。
「お前こんなに食えないだろ? ちょっと分けろよ」
「分けるのはいい、だけど、勝手に持って行ったのは許さない!」
つけたしのハンド心がシューケルを襲うが、もはや無視してハンバーガーを口に入れる。
「ふむ……問題ないから食べろ」
「言われなくても食べる! 問題あっても食べる!」
そう言うと、憮然とした表情で、ハンバーガーを口に入れる。
「おいしい! 何これ! すごくおいしい!」
お姫様が、手づかみでハンバーがをがつがつと頬張る。
ここのハンバーガー特別うまいわけではないが、姫様からすると味が濃い庶民の料理は新鮮で、最初は大体うまく感じるものだ。
「そうか、よかったな?」
「うんっ!」
ミトの嬉しそうな表情を見て、シューケルは安心して煮物を食べる。
「それももらうから!」
「あ、てめっ!」
ドバルドベルの煮物の半分を取られたシューケル。
「んー、これもおいしい! だけど全然魚の味じゃない!」
「だったら食うな! そういうもんなんだよ」
ミトの歯形付きで返された。
まあ、食べるけど。
「ふう、おいしかったわ!」
「残しまくってんじゃねえか」
はじっこをちょっと切られただけで怒った癖にほとんど残しているミト。
「いいの! おいしかったから!」
「……まあいい、帰るか」
ミトに何を言ってもしょうがない。
シューケルはそれ以上は何も言わず帰ることにした。
「おい、こっち勘定いくらだ?」
主人に呼びかける。
す、と何人かの客と思われる者が動く。
「あいよ、えーっと、五千万だな」
「……は?」
「ないなら娘二人置いてきな」
突拍子もない高額。
いつの間にか、入り口はふさがれていた。