第十話 さすがに丸出しはまずかった
「疲れたから馬車の用意をして」
「ふざけんな」
ミト姫のわがままは、臣下の一括で取り消された。
「疲れた!」
「お前が歩いて帰るって言ったんだろ!」
「そんな過去の事は忘れたわ!」
「忘れるな! お前も王族なら自分の発言に責任を持て!」
「そんな正論、聞きたくない!」
「いや、聞けよ! 耳を傾けろよ!」
もはや移動時の日常になりつつある会話に、そろそろシューケルも面倒になり始めた。
逆に今まで面倒になってなかったのは根気強いと思う。
「もう聞かない! シューケルはいつも文句ばっかり言う!」
「文句を言ってるのはお前だ! 俺は言ってんのは説教だ!」
「お説教なんて聞きたくない! あと、お風呂入りたい!」
「わがままを言うな!」
「聞かないって言ってる! だから言っても無駄!」
「いいから聞けよ!」
「あー! あー! あー!」
ミトは耳をふさいで大声を出してシューケルの声を聞かないようにする。
「……少し休むか」
その態度に呆れたシューケルは、近くに丸太を見つけ、そこにマントを脱いでかぶせる。
彼が座れと合図をすると、ミトはそこに座る。
「ふう、今日はいい天気ね」
さっきまでの喧嘩が、全くなかったかのように、晴れ晴れとした笑顔でミトが言う。
「さて、姫様、説教の時間だ」
「あー! あー! あー!」
ミトはまた耳を塞いで聞かないようにする。
シューケルは黙って疲れるのを待ち、耳を離したら口を開き、また耳を塞がれ、を数回続けた。
そのうち、ミトも疲れて耳を塞ぐのをやめた。
だが、絶対聞かないのポーズとして、シューケルと逆のほうを向いてしまった。
「まず、お前は自分から歩いて行きたいと言った。これもわがままだが、まあ、これくらいのわがままはいい。王族としての許容範囲だ」
「…………」
「だがな? 自分で決めた事を途中でやめたいとか言い出すのは、王族にあるまじきことなんだぞ?」
「だって! 思ってたのと違うし! いっぱい襲われるし騙されるし!」
「それは金持ってそうだからだろ? 平民のふりしてみたって、衣服だってお前には平民に見えるだろうけど、高級品だし、見た目やら仕草やら、平民が見たら金持ってるって分かるんだよ」
「なら、下品な仕草も覚える!」
「覚えるな! 俺が怒られる!」
「そんなの知らない!」
「それ以前に、お前も怒られるからな?」
「そんなのやだ」
「嫌なら覚えるな」
「じゃ覚えない!」
「そうか」
「それで、これ、何の話だっけ?」
「お前は金持ちにしか見えないなら誘拐されるし、詐欺に遭うって話だ」
「どうすればいいの!」
「王族なら誘拐されることも詐欺にあう事もないから、ずっと王族だと名乗っていればいい」
「それで行こう!」
「まあ、普通に頭のおかしい奴にしか見えんだろうがな」
「そんなことを勧めるなぁぁぁっ!」
ミトのつけたしが牙を剥くが、何も起きなかった。
「でも、なんで王族って分かれば襲われないの?」
「それは我が国の王族が心から敬愛されている、と言いたいが、怖いからだな」
「怖い? シューケルも?」
「俺も怖い」
「こんな態度なのに?」
「そうだな。本気で怒ったらさすがに恐れると思う」
「大体毎日本気で怒ってるよ?」
「それは本気じゃない。お前が本気で怒ったら、俺の首を刎ねることも出来る。だが、お前はさすがにそれをしないだろう?」
「う、うん……」
流石にずっと一緒にいるシューケルには愛着もあるし、万一自分の周りを離れることになるとしても、殺そうなどと考えたこともない。
「そういう性格だと分かっているからこそ、軽く話すんだよ。お前もそれを望んでると思ってるからな」
「うん、それは……ありがとう」
ミトともあろうわがままが、感謝を口にした。
「で、でも、シューケルはともかく、庶民はそんなこと知らないよね? 何で怖れるの?」
「あー、五年くらい前、どこかの爺さんが斬首刑されたことがあったんだが覚えてないか?」
「そんな昔の事! ……あ、覚えてる。なんでだか、お城前の広場で処刑された人だよね? それからあそこに幽霊が出るって噂が──」
「そんなことはどうでもいいとして、あいつの罪ってのが王族の姫君誘拐なんだよ」
「誘拐? でも、そんなこと、聞いたこともないよ?」
王族の姫と言えば、ミトもそうだし、そう呼べるのは八人いるが、誰も誘拐された、などと聞いたことがない。
「四十三年前、前王の妹君のサラ殿下が誘拐されたんだよ」
「へ? 四十三年前?」
サラ、という人は知っている。
温和なお婆ちゃんとして。
ミトの祖父に当たる亡き前王の妹君だ。
「そんな昔の罪!?」
「そうだ。それがいい見せしめになったんだよ。王族を相手に犯罪を犯したら、例え老いた後だったとしても、生涯追われ続けなければならなってな。だから、庶民でも王族には絶対に手を出さない」
「そうなんだ……」
少し驚くミト。
まさか自分が物凄い怖れられているとは思いもしなかったのだ。
「それはそうと疲れたから、ここからは背負って帰って? あ、背中に乗るのはなしで!」
「だから! わがまま言うなって言ってんだろうが!」
「いいの? 怒るよ? 私、怒るよ~?」
ミトがすっげえムカつく表情でシューケルを見上げる。
自分に力があると知って驚いた後、シューケルをからかってやろう、というのが目に見えている。
シューケルとしてはだから言いたくなかったんだが、こいつにもう一度強い権力を持つからこその責任を説くのは物凄く面倒だ。
そもそもちゃんと聞くかどうかも分からない。
それにシューケルもそろそろさっさと帰りたくなってきた。
姫の速度で、しかも疲れた疲れた言って更に遅くなる奴には付き合い切れない。
「分かった背負って帰ろう。カルク! こいつの頭持ってくれ」
「分かった」
「え? なに? ちょっと!?」
カルクの肩に脇を抱えられるミト。
そして、腰の辺りを背負うシューケル。
「な、何? なんか、この体勢、見えそうなんだけど?」
「ああ、そうだな?」
言うが早いか、シューケルは盛大にミトの、自分が仕える姫君のスカートをめくった。
「紋章を見せながら帰れば、誰も寄ってこないから、速く帰れる!」
そう言って、パンツも下ろした。
「きゃぁぁぁぁぁっ! 丸見えぇぇぇぇっ!」
ミトの紋章が、街道に丸見えになった。
「よし、このまま帰るぞ?」
「ダメっ! 分かった! 分かったから! もうわがまま言わないからぁぁぁっ!」
ミトの声も虚しく、二人は走るほどの速度で街道を移動した。
「これまでのことも謝るからっ! もう二度と言わないからっ!」
街道を通り、待ちを抜け、また街道を走った。
「見えてるっ! みんな見てるってば! 本当に! シューケルのお給料が上がるように、お父様に言ってあげるから!」
半日も走り続けると、王都が見えてきた。
二人はそのまま王城へと入っていく。
紋章があるから、完全にフリーパスだ。
「毎日起きたらシューケル様を崇めて、お食事前にはシューケル様に祈り、夜寝る前にはシューケル様のお言葉を読むからっ!」
ミトの言葉は神レベルに跳ね上がっていた。
こうして全泣きしながら、ミトの徒歩の旅(仮)は終わった。
が、尻穴を見せて走っていたのが町や街道で噂になり、当然紋章が見えていたので、王女様だとみんな理解してしまった。
そして、ミトは「尻を出して街道を駆け抜けた王女」として有名になり、どの王子様も結婚を嫌がるようになった。
シューケルはこの事態の責任者であるという自覚もあるため、処刑を覚悟していたが、王はこう言ったのだ。
「お前が責任を持って、ミトと結婚しろ」
王の命令は絶対である以上、シューケルはミトと結婚することになった。
シューケルは王女の夫、そして、将来は王姉の夫として王族になりそれなりに幸せに暮らしたのだろうか?
婚約、そして結婚後にはミトのわがままが全力になって、シューケルはいつも怒るか困っているように見えた。
幸せに暮らしたかだって?
それは分かるだろう。