大切だったもの
日差しを避けて、公園のベンチに座った。
つばの広い帽子を被って来たのはいいけれど、それ自体も熱を帯び始めて、もう日よけの意味をなさなくなってきた。足首まであるワンピースの裾が、汗を吸ってふくらはぎに張り付いてくる。
扇子を広げ、ハンカチで汗を拭う。拭ったそばから汗が流れ、服に染みを作る。重たいボストンバックなんか持っているせいだ。普通に歩いている以上に汗が吹き出る気がする。
公園では、子供達が遊んでいる。
皆それぞれ思い思いに走ったり、土をいじったり、遊具にのぼったりして。子供はどんなに汗をかいていても楽しそうだ。そして愛らしい。暑いだろうにぬいぐるみを抱きしめている子が居る。長い毛を蓄えた、犬のぬいぐるみだ。ヨークシャテリアかポメラニアンだろうか。よく出来ている。私もああいう風に大切だった人形をどこへでも持って行ったっけ。もう、30年以上も前の話だ。
一番大切だった、フランス人形。いつも持ち歩いていた。出かける時も、ご飯の時も、寝る時も、抱いていないと泣きわめいていたように思う。思い出してみると、不思議なものだ。あの人形の事を、いつ手離したのだろう。あんなに毎日一緒に居たのに。この上ないくらい大切だったのに。
ぬいぐるみを持った子供が、おぼつかない足取りで走り始めた。危なっかしいと思っていたら、案の定こけた。それと同時に、弾けるような泣き声があがる。言わんこっちゃない。自分の体に見合わない大きなぬいぐるみなんか抱えているからだ。
母親らしき女性が駆け寄って来て、子供を抱き上げる。そうして迷惑にならないようにか、公園の外へ出て行った。姿が遠のいて行っても、子供の泣き声は続いている。大変だ。あんなに泣かれたら大怪我でもしたのかと思ってしまう。きっと擦り傷程度なのだろう。懐かしいな。そんな事が日常茶飯事だった。ふと笑みがこぼれる。少し休憩になったし、また歩き始めようかと思った時、犬のぬいぐるみが残されていることに気付いた。転んだ拍子に手から離れたのだ。もう親子はどこへ行ったのか分からない。
こんな風にして、大切なものが手元から無くなってしまう事もあるのだ。考えていなかった。こんな唐突に、無くなってしまうなんて。あの子供は転んだ衝撃と自分の体を襲う痛みでぬいぐるみのことを忘れたのだ。
少しの間待ってみても、親子は戻って来なかった。
ただ、ぬいぐるみが横たわっている。周りで遊ぶ子供達の砂埃を浴びながら。
それを見ていると、私の大切だったあの人形も、どこかで横たわっている気がした。持ち主にも忘れられ、誰にも拾われずに。
かつて、大切だったもの。
傷ついた自分を両手で覆う為に手放した。大切だ大切だと言って、でもそれを一瞬で手放す。自分を守る為に。
公園のうす黄土色の地面が、太陽に照らされ白く光っている。眩しさに目を細めながら、腰を上げた。もう、行かなくちゃ。
2、3日しのげるだけの洋服と、捺印した離婚届をバックに詰めてきた。もうあの家には帰らない。
かつて大切だった人。大切だった家族。私はそれを手放すのだ。自分を守る為に。
暑さをかき立てるように、頭の上の方で蝉が鳴いた。