嘘偽りのない
「っと。ここまで来ればいいか」
俺は城から出たあと、すぐにあの場から離れたかったため、高速で移動できる魔法を使って、かなり遠くまで来ていた。
俺がここにいる理由はさっきなくなった。だとしたらもう、帰る以外の選択肢はない。いつまでもこんなとこにいてたまるか。今すぐ帰ってやる。といっても帰る方法が分からない。
「たしか、ここに来た時は…」
あいつがワープを作り出し、そこをくぐってきたのだ。なら、また同じことをすれば帰れるのでは?もし、あのワープが俺でも使える魔法なら今ここで再現が可能だろう。
「ブック」
魔法書を出した俺は、それに向かって、「元の世界に戻れるワープの魔法」と念じる。すると、自動的にそのページが開かれる。俺はそこに書かれている文字を読む。
「ワープ」
グォン、という音とともに黒い渦が現れる。あのときと同じだ。あとはここをくぐるだけ……
だが俺は、なかなかくぐれないでいた。このワープは、本当に元の世界と繋がっているのか?俺は無事に帰れるのだろうか?そんな不安が俺の足を重くする。
動け。そう自分に言い聞かせる。いつまでもここにいるわけにはいかない。帰るんだ、あの日常に。
少しずつ、固まっていた体が動き出す。そうだ、それでいいんだ。そして俺はワープをくぐっ……
「だめーーーーー!」
「ぐほっ」
横から何かが飛んできたと思ったら、それは俺にぶつかり、その勢いのまま壁に激突する。
「いってぇーな!何すんだよ!」
俺にぶつかってきたのはリリーだった。リリーは今にも泣きそうな顔をしている。
「戻っちゃだめです!もし戻ったら隼人様は、……死んでしまいます」
何言ってやがんだこいつは。どうせまた嘘なんだろう。そうやって俺を騙すんだろう。もう二度と騙されるものか。
「俺は帰るんだよ!離せ!」
リリーは俺から離れようとしない。引きはがそうとしても全く動かない。なんでこんなに力があるんだ。
「絶対に帰らせません!絶対に死なせません!」
「離せよ!どうせまたそれも嘘なんだろ!」
リリーの表情が一瞬固まったように見えたが、すぐに反論してくる。
「嘘じゃありません!信じて……ください……」
どの口がそれを言うか。人の心をもてあそんでおいて、信じろだと?ふざけるな。
俺の怒りはますます増幅し、冷静さを失う。こんなに離れないのなら、もういっそ魔法を使って……
俺は魔法書を出す。そして、こいつを吹き飛ばす魔法を使おうとし、魔法書に念じ始める。リリーはそれに気づいているようだったが、離れようとはしない。
「今すぐ俺から離れろ。じゃないと……」
リリーを脅す。もうどうだっていい。この世界も妖精もこいつも。どうなろうが知ったこっちゃない。俺は今、本気でリリーを吹っ飛ばすつもりでいる。
「いやです」
リリーは拒む。こんな窮地に立たされても、リリーは拒む。
「何言ってんだって話ですよね。あんな嘘をついておいて、信じてくださいなんて。……でも、……」
リリーは顔をあげて俺をじっと見る。
「嬉しかったんです。隼人様が協力してくれるって言ったとき。本当に、嬉しかったんです。本当かどうか分からない話を信じてくれて、真剣に私たち妖精のことを考えてくれて。本当に、…嬉しかったんです」
リリーは続ける。
「この気持ちに嘘偽りはありません」
リリーの言葉一つ一つに力がこもっていく。
「隼人様を死なせたくたい。この気持ちもそうです。それでも行くというのなら、私を力ずくで離すというのなら、私は、私は………」
リリーは泣いていた。俺をじっと見て、泣いていた。今までのように声をあげて泣くのではなく、静かに泣いていた。
こいつは今、覚悟を決めた。本気なんだ。あの時の俺と同じように。
「隼人様」
リリーの思いが、願いが、直接心に届く。
「ああ、そうかよ。………くそっ………」
俺の手から魔法書が消える。いつしか怒りもおさまっていた。どうやら俺はこいつにとことん弱いらしい。
リリーは泣きながら微笑んだ。