妖精との出会い
目を覚ますと、目の前を何かが飛んでいた。背中に羽がついている。まるで妖精のようだ。美しい。そう思った。妖精は綺麗な螺旋を描いて天井まで飛んでいく。そして、こっちめがけて飛んでくる。
「へぶっ」
床に倒れこむ。
「いてて、夢…だったのか?」
痛みがあるということは、さっきのは現実?いや、妖精なんてこの世にいるわけない。自分が馬鹿らしく思えてきた。
「おい隼人、大丈夫か?今すごい音がしたんだが」
姉が僕の部屋に入ってくる。
「なんだ、ベッドから落ちただけか」
そう言って、すぐに部屋を出て行く。少しくらい心配してくれてもいいんじゃないか?まあ、そんなことは置いといて、学校に行く準備をしなくては。
俺は今、高校二年生。姉と二人で暮らしている。両親は海外でいろいろと頑張っているらしい。姉は今年から社会人となり、日々働いている。それが理由で、家事は全て俺がやることになっている(強制的に)。
「さてと、朝飯作るか」
と、部屋を出ようとしたそのときだった。
「すみませ〜ん。私の声、聞こえてますか〜」
一瞬、姉かと思ったが声が全然違う。でも、今ここで暮らしているのは俺と姉の二人だけだから、もう一人、別のやつがいるのはおかしい。まさか泥棒⁈いや、泥棒が自分から声を出すわけないか。
「すみませ〜ん。あれ、聞こえてないのかなぁ」
また聞こえた。すると目の前に何かが飛んできた。
「あの〜、見えてますか〜?」
さっきの妖精が手を振っている。あれ、おかしいな。幻覚を見るほど疲れは溜まってないんだけど。まあとりあえず、何も見てない、ということにしよう。
「あれ?なんでなんで?この人のはずなのに」
妖精は、今にも泣き出しそうな顔になっている。おおっと、俺には妖精なんて見えてないぞー。そうだ。妖精なんていないんだ。もしこの現象を認めてしまったら、「俺、あれが見えるんだよ。ほら、妖精ってやつ?」というなんともイタイやつになってしまう。さあ、ご飯ご飯。早くしないと遅刻しちまう。
「いってきます」
ご飯を食べ終わり、準備を終えた俺はすぐに学校に向かう。
「あのー、そろそろ気づいてもらえないでしょうか」
はあ、今日もいい天気だな。今の声は鳥さんの声かな。今日も元気だな。
「よー、隼人」
突然後ろから肩を組まれる。こんなことをするのはあいつしかいない。
「おう、将生」
彼は西川将生。同じクラスの友達だ。学校ではこいつと一緒にいることが多い。
「頼みがあるんだけどよ。数学の宿題見せてくんね?」
「自分でやれよ。人のを写したって意味ないだろ」
「かー、真面目だなお前は。まあいっか、他のやつに見せてもらお」
こいつはいつもこうだ。宿題を全くやらなくて先生に怒られる。少しくらいやる気出せよ…。
ガラガラッ。教室に入る。俺の席は窓側の一番後ろ。いわゆる当たり席だ。
「おはよう、東條くん」
いつものように、隣の席の相川愛美が挨拶をしてくる。
「おう、おはよう」
相川は、クラスのマドンナ的な存在で男子にも女子にも人気がある。さらには、他学年の人たちも相川のことを知ってる人は多く、相川を狙ってる男子はめちゃくちゃいる。そんな彼女の隣の席を引き当てた俺は、嬉しかった反面、一ヶ月間男子から、殺意の満ちた目で見られるという恐怖体験をすることになった。今日も視線を感じる…。
「へー、ここが人間の学校ですか。とても楽しそうですね」
幻聴だ。幻聴が聞こえる。まあ、気にせず授業の準備をしよう。
一時間目、体育
「いけいけー!よし、そこでシュート!…ああ、なにやってるんですか。もっとこう、こう蹴るんですよ」
「………」
二時間目、化学
「あ、あれ私分かりますよ。Nは窒素、Oは酸素、Hは、Hは、……もう、何考えてるんですか!」
「へぶっ」
「東條くん、どうしたの?」
「あ、いや、くしゃみだよ、くしゃみ」
三時間目、数学
「えーっと、xが1で、yが36だから…えっと、ほら、そう、そうだよ……。人生に答えはない!」
「………」
四時間目、英語
「あ、あの文章、私分かりますよ。“I love you.”日本語にすると……もう、言わせないでくださいよ!」
「へぶっ」
「大丈夫?風邪?」
「気にしないで、ほんと、大丈夫だから……多分」
昼休みになった。俺は屋上でいつも通りパンを食べる。将生は部活の練習に行っていて、昼は大抵一人だ。
「わー、美味しそう…」
そろそろどうにかしないとな。俺はこの存在を認めるべきなのだろうか。だが、もし認めてしまって、こいつに話しかけたらどうなるだろう。
漫画やアニメだと、大抵はここから奇想天外な冒険が始まる。中二のやつらにとっては、これ以上ない展開だと思うのだが、俺は違う。俺はこの普通がいいのだ。もちろん、漫画やアニメの世界に入ってみたい、と思わなかったことはないと言ったら嘘になる。けど、今がいいのだ。充分充実してる。
冒険が始まると、敵が現れて、戦って、痛い思いをする。そんな風になるくらいなら今を選ぶ。よし、無視を続けよう。そう決めた俺は教室に戻る。
授業が終わると、俺はすぐに帰る。部活には入っていないし、学校に留まる理由がない。それに早く帰って、昨日のゲームの続きをしなくては。と、後ろからすすり泣く声が聞こえた。
「うっ、うっ」
あの妖精だ。俺は無視する。
「全然気づいてもらえない。このままじゃ、ウチに帰れないよ〜」
うぇーん、と大声で泣き始めた。すれ違う人たちはそれに気づいている様子はなく、俺だけに聞こえている。
「もう、どれだけ無視するんですか!とっくに気づいてるんでしょう⁉︎返事してくださいよ〜」
ポカポカと、背中を叩き始めた。
「………」
うっとうしい。ものすごくうっとうしい。ここまで無視してるのに、なんでこいつはどっか行かないんだ。もしかして、俺が気づくまでこうしているつもりなのだろうか。確かにこいつはさっき、帰れない、と言っていた。まさか、ずっとこのまま…?それは嫌だ。早くどうにかしないと。
「もうっ、もうっ、もうっ」
どうする俺…
「このっ、気づけ、気づけ〜」
どうしたら…
「うわーーーん‼︎」
「ああ!もう、うるせーーーーー‼︎………あ」
気づいたときには遅かった。
「え、もしかして私の声聞こえてるんですか⁉︎やっぱりそうですよね!ね!」
「あー、何も聞こえない。何も聞こえない」
「無視しないでくださいよーー!」
これが俺と妖精の出会いだった。このあと俺は、このとき声を出したことを死ぬほど後悔することになる。