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アル・オリニア / Al_orinia~桃髪の少女を殺す物語~  作者: 馬番
第1歌 : 旅の始まり
6/18

5:森の住人

「クルアンバか!!」

 レイメは襲い掛かってきたクルアンバの体を真っ二つに切り裂く。包丁のような見た目をした蒼銀の刃にそれの体液が付着。更に体を後ろへ捻り、鋏角部分を刺し貫いた。それは6本の手足をうねらせ、小さく呻いた後、死んだ。

 周りを見渡す。視界のほぼ全域が強大な蜘蛛に囲まれている。6つの赤い目を持ち、細かな毛におおわれた口元で、鎌状の鋏角を研ぎ、今か今かと毒を滴らせる。毒が滴った部分は腐敗し、そこにあった木々らは苦しみ悶える。その声を聴いてきゃきゃと嗤い、それは脚を踏み鳴らす。

「ロームングル」

 クルアンバが唸る。逃げ場のない獲物を、1欠片の肉も逃さないように6つの瞳で凝視する。前足を木に食い込ませ、筋肉を収束させる。クルアンバの中でも一際大きな個体が、耳を劈くような轟音をあげる。それを合図に、獲物へ向かって毒の刃を振るい、とびかかった。

 桃髪の少女は嗤う。

「殺せ」


***


 クルアンバは3体の獲物目がけて飛び込んだ。それは上空から、或いは地上から飛びかかる。収束した筋肉を解放した突進はあっという間に距離を縮める。目よりも相手の動きと、勘しか頼りにならない中で、2つの剣が躍る。蒼銀の刃と、赤い業火に焼かれた刀身が、クルアンバを切り裂く。肉片は勢いを失い、空しく地に落ちた。その瞬間には2人の関心は早々と別の個体に向けられていた。

 青い血潮が弧を描く。獲物を切り裂く鋏角は木々を抉り、その次に己が縫い留められた。レイメは大地を強く蹴り、クルアンバの体に飛び乗る。そこから衣の中に仕込んでいた暗器を投擲する。3匹の蜘蛛の脳天に突き刺さり、勢いよく地面の上をのたうち回った。次いで踏みつけている蜘蛛を殺し、木の幹を蹴りつけ、高さだけでも人間の大人3人分もある巨大な蜘蛛の足元に滑り込む。それを勢いのままに大典太を突き立てて肉を裂き、勢いが死んだところで、力任せに引き裂いて、足を切り落とす。そしてその個体がよろけ、倒れる前に横へ転がって脱出する。巨大な大蜘蛛は砂煙を少し巻き上げ、倒れた。

 一方ロームングルはクルアンバの攻撃をあえて誘った。クルアンバが鋏角を薙ぎ、自らを殺す微妙なタイミングで下がり、業火の剣で切り裂く。すると蜘蛛は致命傷でなくとももがき苦しみ、痛みのままに暴れた。仲間の区別もつかず仲間を殺し、そして自分も仲間に殺された。大剣が躍るように宙を滑り、幾つもの大蜘蛛の肉片が落ちる。

 上方から出糸突起から毒針を覗かせ、獲物目がけて急降下。ロームングルは僅かに後ろへ下がる。少し前にいた場所には大穴が穿たれ、生命は腐食していた。

「身の程を弁えろ」

真っ赤な刀身が的確に、脳を貫く。そのクルアンバはもがくこともなく、ただ一瞬にして息を止めた。

「レイメも結構強いんだねぇ……」

「ったりめーだ!」

 エマを目がけて襲い掛かって来たクルアンバを暗器で殺す。

 木々がうめき声をあげる。クルアンバの毒が滴ったわけでもないのに腐食する。その光景に嬉々とするように鳴いた。1階建ての家ほどもある巨大な蜘蛛の姿に、エマもレイメも言葉を失った。毒に身を包んだ蜘蛛には細かな毛はなく、むしろ腐敗している。10の瞳が燐光を放ち、金切り声の様な声をあげる。その蜘蛛はアトラクと呼ばれる、クルアンバたちの女王だった。

 レイメの手から暗器の1つが落ちる。それは空しい音を立て、地面に転がった。エマは乾いた笑い声をあげる。

「やーばい、逃げなきゃ!!」

 エマはロームングルに担がれ、レイメも木の根をよけながら走った。木などお構いなく踏み倒し、8つの脚で森を駆け巡る。

 完全に立場が逆転したクルアンバたちは糸を張り巡らし、獲物を捕らえんとする。

 それ以上に、迫りくるアトラクへの恐怖が勝り、ただただ足を走らせた。

「アトラクは規格外だ!」

「ほら、旅にハプニングは付きものだからさっ」

 他人事のように言い放つエマに、再び殺意が沸き上がる。しかしそれどころではない。

「あんな虫に食われるなんて御免だ!」

「なら走れ」

「正論やめてっ!!」

 アトラクの脚がレイメの衣をかすめる。すぐ後ろに迫るアトラクは大口を開き、その中で黄色の毒を生成する。すぐそこにまで迫った死に、叫ばずにはいられなかった。

「エマ、お前の魔導でなんとかしろ!!」

「無理だって!! いやいやいや、無理!! てか、ほんと無理だから!!」

 毒の色が黄色から朱色に変わる。僅かに滴った毒は草木を腐食させるなんてものではなかった。それどころかその部分を焼いた。周りを蜘蛛に囲まれる。ロームングルの足も止まらざるを得なかった。蜘蛛の体中を毒が駆け巡り、赤く光る。

「まさかこんなところで死ぬなんて……苦しんで死ぬくらいならあのツェマリに殺された方が幸せだった気がする……」

 アトラクがゆっくりとレイメたちに近づく。しかし、蜘蛛は歩みを止めた。代わりにクルアンバたちのうめき声と、矢が空を切る音が周囲を埋め尽くした。矢がいたるところに突き刺さり、レイメの頬をかすめる。痛みに声を上げるが、しかし最悪な死に方を回避できたような気がした。

 証拠にアトラクの体には幾つもの矢が突き刺さり、どのクルアンバよりも痛みに悶えている。毒をところ構わず零し、森を殺す。しかし確実に腐食蜘蛛の命も削り取られていった。

 矢が刺さった部分が解け落ち、筋肉はおろか、骨もむき出しになる。そして半分以上が吹き出しになった後、腹部から腐りかかった女が露わになった。それは悲鳴のような声を上げる。

「あれは……?」

 疑問の声をあげる。助けるべきなのか、その感情が頭を過った時、その女の心臓を矢が刺し貫いた。すると腐食蜘蛛は呆気なく前進の力を失い、倒れた。生き残ったクルアンバは主を失い、すぐさま逃げ出すが、すぐに鎮静化された。

 アトラクの体が溶解する。強烈な腐臭を放つものの、目を疑うような光景があった。

「草木が芽吹いている……?」

レイメは目を擦る。アトラクの体液や毒によって腐食した部分が、今度は緑色に変化し、新たな草木がそこに芽吹いていた。早くも花が咲き、或いはツタが伸び、或いは小さな木が新たにあった。

「どういうことだ? エマ」

「んー……分からないなぁ。それにしてもなー」

 今度は3人に矢が向けられていた。金糸の長い髪に、緑と茶色の衣に身を包んだエルフたちが、忌々しいものを見るようにエマを凝視する。彼らの敵意はエマとロームングル、そしてレイメに向けられていた。

 浅黒い肌のエルフがレイメたちの前に降り立つ。

「Hades rs nora? (我々に殺されに来たか?)

Goull fine sgut Melow. (忌々しい過去の者よ)

Hirra braiz, en gouto. (ここで死すがいい)」

 黒肌のエルフの右腕が上がる。それを合図にしてエルフたちは弦を引く。つがえられた矢は、獲物の狙いをしっかりと定め終わり、あとは発射の合図を待つ。黒肌のエルフが、次の指示を下そうとしたとき、エマの杖が強く叩きつけられた。

「君はここで僕を殺すのかい?」

「災いは早々に芽を摘んだ方が良いからな」

「しかし君の独断で僕を殺して、このあとどうなるかは考えたことはない?」

 黒肌のエルフは嘲笑する。

「そんなに命が欲しいか? それとも我らを再び騙すのか? 人の子まで連れてきて、どこまで嘲れば気が済む、イルよ」

 そのエルフは吐き捨てるように言った。一矢、エマの頬を抉る。それでもエマは動じなかった。「我らの血が絶えれば気が済むのか?」 また一矢、腕を抉る。エマの紫水の瞳は黒肌のエルフを真摯に見つめる。いつものように嘲いはしなかった。時折見せるこの表情はとても子供には見えない。何がそうさせているのか、まだまだ幼い子供であるはずなのに。レイメはただ、静かに事の顛末を見守るしかなかった。

 ロームングルの首に巻き付くイルヤの視線が黒肌のエルフに注がれる。

「貴様は我らを裏切り、厄災しかもたらさなかった。それを今ここで殺さなくてどうする?」

「でも僕を殺したところで何になるの? 僕はイルの体を持った人間だ。イルじゃないし、この体は別の誰かのところへ転生するよ、きっと。禍根を絶つことは出来なくなるし、もしかしたらまた悲劇を繰り返すかもしれないよ? また同胞が死ぬところを見たいかい?」

 黒肌のエルフは唇を噛みしめる。彼の脳裏に、イルや人の手によって死ぬエルフの姿が鮮明に映し出されていた。それは遠い遠い、人間にとっては伝説の様な記憶。しかし彼にとってはそう遠くない昔のこと。

 エマは1歩進み出る。

「ここで君の独断で僕を殺して、仲間の死を招くか、ユリウスの指示を仰ぐか。どうする?」

 暫しの沈黙が流れる。黒肌のエルフの手の皮が破れ、血が滴る。目の前にいる少女を殺すことは容易くない。感情のままに殺し、復讐を果たすか、それともその言葉を信じるか。答えは1つだった。

「下げろ。主のもとへ」

 エマの顔が綻ぶ。「信じていた」素直な言葉を伝える。黒肌のエルフは背を向ける。本心からの言葉に、彼の手はより強く握られていた。

「もしも僕の言葉が嘘だったら、君に殺されてあげるよ。そうすれば気が済むんでしょ?」

 彼は何も答えず、先へ先へと進んだ。

「俺たちこの後どうなるんだ?」

 エマにそっと耳打ちをする。エマはきょとんとした顔をする。暫く考えた後、エマは苦笑しながら肩を竦めた。

「わかんない。ユリウス次第、さ」

 楽観的に笑った。その後ろでイルヤが心配そうな鳴き声をあげる。ロームングルに頬を寄せ、動物ながらに繊細に周囲の感情を読み取っていた。それはとても深い深い、ラーヴァナの闇だった。


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