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アル・オリニア / Al_orinia~桃髪の少女を殺す物語~  作者: 馬番
第1歌 : 旅の始まり
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4:深い森

 暗く沈む。生き物と言えば虫くらいか。それ以外は不気味な燐光を放っている。とても明るく、美しいとは言えない。歌も聞こえない。小鳥の囀りすらもない。こんなところにエルフがいるのかと疑ってしまうほどに森は鬱屈とし、極稀に木々の間から木漏れ日が差し光る。明るい時はその間だけだ。

 森の動物たちは主にエマとロームングルを見張るように目を凝らす。それに対してロームングルの首に巻き付いた蛇もとい龍、イルヤンカが敵意を露わにする。蛇の様な威嚇の声を出すが、特に効果はない。

「こらイルヤ、森を敵に回しては今日の寝床がなくなってしまう」

 そうでなくとも今日の寝床はなさそうだ。それも何本もの足をもつ虫たちと添い寝する未来が鮮明に見える。何が楽しくてこのようなところにいるのか。前方を歩くエマとロームングルに敵意を向けてしまいそうだ。そもそも龍がいるなら別に歩かなくたっていいじゃないかと文句が心の中から垂れ流れる。そんなレイメを意にも介さず、目の前の2人と1匹は口論しながら進む。といっても主にイルヤとエマだが。

「しゃーっ」

「だからダメだってば!! 野郎2人は別にいいけど、僕は野宿したくない!」

 真意はこれだった。できれば俺もしたくないと心の中で吐き捨てる。

「いいかい、ロームングル。君も森を敵に回すようなことをしてはいけないよ。エルフに剣を向けるなんて絶対にだめだからね」

「しゃーっ」

「だーかーらー!!」

 阿保らしい、これに尽きる。レイメは少し距離を置いて歩いているため、その全貌がよく見える。そして虫がよく見える。今まで旅をしてきて色々な虫に出会ってきたが、全体的に見てこの森には嫌いな部類の虫ばかりがいる。鳥肌が立ち、血の気が引いているせいか、少し寒い。エマのあの元気が羨ましいが、知能が退化しそうだ。

「多分エルフなら媚びを売れば寝床くらいは提供してくれるはず……彼らは傲慢な生き物だからね……」

「フィンディルを筆頭に」

「そうそう! でもエルフに跪く役目はレイメだから! ねっ!」

「は?」

 さも当然かのように言ってのけた。そのことに疑問を持つことは愚か、反抗することも許さない、笑顔がそう言っていた。「レイメは他人に跪く身分でしょ?」まるでどこかの時代の、堕落した貴族がよく使うフレーズだ。

「僕が跪くなんてあり得ないからレイメがやってよ」

「死ね……っ?!」

 ロームングルの剣が喉元にあてられ、イルヤの牙が突き立てられる。二人はエマに対する敵意と受け取ったのか、それとも不敬と受け取ったのかは分からない。しかし命の危機がすぐそこにあることくらいは分かる。ロームングルの低い声が、刀身を伝い、レイメの耳まで届く。

「身の程を弁えろ」

 刃がじりじりと薄い皮膚の上に押し付けられる。嫌な緊張感が背筋を走る。ゆっくりと両腕を上げ、降伏の意思を表す。そこでようやく剣は下げられ、イルヤは定位置へと戻った。

「今のは君が悪い。君は自分の状況を理解した方がいい。君を殺すことなんて僕にだってできるんだ。あと1つ言っておくけど、ロームングルは絶対に怒らせない方がいい。怒った彼は僕にも、例の5人ですら止めることは出来ないからね!」

「あ、はい。以後、気を付けます。……あぁ、そうだ。ロームングル、さん含めた5人っていったい何なんだ?……ですか? 1人足りなかったような気がする、しますけど、とても人とは思えない」

 その言葉には畏怖の念が込められていた。あの場でレイメが感じたのは底知れぬ強さだった。まるで竜と対面したかのような、人知を超えた強さを感じた。恐怖に声は隠れ、息すらも口から出で来るのを嫌がった。その恐怖はまだ鮮明に残っており、手の震えを戒めることは敵わない。

 対するエマはよくぞ聞いてくれましたと言わんばかりに鼻を鳴らす。まるで子を自慢する親のようだ。

「ロームングルは僕の最初の家来さ! よくわかんないけど、第2世紀末、ウルらとの戦争の頃、ロームングルは超イケイケな人間の、そして古代国家カザル・ヴァードの王様だったんだよ!しかもマルドゥクの怪竜イルルヤンカシュを従えることのできた唯一の人間なんだー」

 イルヤは高らかと鎌首を持ち上げる。この龍がそんなに凄いのかと疑いたくなるが、竜の上位に位置するのが龍であるから凄いのだろう。実際イルヤを初めて見た際に、最も大きな恐怖を覚えた。

「でねぇ、ロームングルの剣術は凄くて、んでもって当時アクラガスよりも強力な1万の兵士を従えてたんだよー。そしてイルの魔族と天族、人間、エルフとの真の平和を実現するっていう馬鹿げた構想に、二つ返事で協力してくれた人さ。今はエマとしての僕に仕えてくれているんだけどね!」

 そう語るエマの瞳はとても穏やかなものだった。心の底からロームングルを信頼しているのだろう。そしてエマにとってロームングルは仲間としての概念以上のものを抱いているように感じた。

「あとの5人はねぇ、ロームングル以外に茶色の髪でお髭の人はアクラガスの国王ヒルディエント。彼は現在の最強の国家を築き上げた王様なんだよ。ヒルディ以前のアクラガスは弱小国でね。いつ滅びるかもわからなかったし、国としての地位はとても低かったんだ―。あと人間の王国の中では実力主義っていうのを初めて導入した人だね。」

 今では大きな国家で実力主義は当たり前のことだ。王政の形を取っていても、議会員、国家の役人らは実力さえあれば誰でも出世することができる。とはいえ、実力主義の範囲はここの国々によって異なる。

「巨人族のお髭は現在のユーゲンデルを造り上げたユミルの子の一人、ヨトゥン。彼はねぇ、いいおじいちゃんだよ……」

 ユーゲンデルとはガイアに於ける難攻不落の要塞であり、ユーゲンデルがあるからこそ、今が平和な世紀といっても過言ではない。ユーゲンデルはウンマの地の東端にある砦で、地理的に言うとルガルが最も欲する要所だ。谷のようになっており、かつてはウンマの地の出入口でもあった。その反対の西側はルガル兵ですら恐れるイリュシオン山脈が連なっており、そこから侵攻することはまずない。また、そこから人間らが進軍することもない。イリュシオン山脈には冷氷のエルフと、ナバク・タ・ジのジ族のトゥリオが住まっている。そして南端にはアクラガスが構えているため、ルガルは滅多に出てくることはない。

「竜の鱗を持つ魔族と、すっごい生意気な小人族はヘカントケイルとポリュペイモス。彼らはハザドの戦士って呼ばれていてね、竜狩りの名手なんだ。第1世紀においては特に強力な部族で、彼らがいたからこそ、ラーヴァナに勝利したと言っても過言じゃないって、ポリュペイモスが言ってた。多分彼らが居なかったら、とっくにラーヴァナの支配する世界になってたんじゃないかな? あともう1人、いなかったのがフィンディルって言ってね、ツェマリの主だよ」

 レイメの表情が変わる。決して穏やかなものではない。幼馴染であるセシリアがツェマリの下にいるのだ。

「あのお姉さんは大丈夫だよ。あの中ではフィンディルが一番まともだから」

「奴らにまとももクソもあるのか? あんな野蛮な連中……人を嬲って殺すような連中に人質に取られて、それで安心できるわけないだろ?!」

 レイメの怒声が響いた。エマも少し驚いたように目を開いている。しかしそれはレイメの怒鳴り声に対してではなかった。レイメの言葉に対してだった。

「人間がそれを言う? 僕から言わせてもらえば君らの方が野蛮だと思うけど? 少なくとも彼らは恩を仇で返すような人たちじゃないけどなぁ?」

 くすくすと笑う。「何も知らないくせに人種差別するのはよくないと思うよ? ママに言われなかったの?」小馬鹿にしたような言い方だった。だから子供は嫌なんだと心の中で毒を吐く。これを口に出したらロームングルに殺されるだろう。

 エマは再び歩を進める。

「エレボスって知ってる?」

「エルフの言い伝えにあるやつか? 深い憎しみが肌を黒く染め、1つの混沌となる、的な」

「そうそれ! まぁ、実際問題エレボスになった人は、史上たった1人しかいないいんだけどさ……。その1人がフィンディルなの」

「それって大丈夫なのか? 絶対まずいやつだぞ?」

「だーいじょうぶ、大丈夫! フィンディルは誰よりも命の尊さを知ってるから!」

「何も大丈夫じゃねぇ」

「まっ、凄いでしょ?! 凄くない?! 凄いよね、ほんと!! イルって本当に凄いや!!」

 そう語るエマの顔はとても嬉しそうだった。レイメよりも頭が2つ3つほど小さな子供だから仕方ないのかもしれないが。しかし自分の仲間と言わないあたりが少し切ないように感じた。自慢気な笑顔を浮かべるその子供は、その笑顔が哀れなものだった。

「それにしても、つまるところお前らって第2世紀の人間だろ? なんでそれが今生きてるんだ? フィンディルって人は別として」

「んー、まぁ、ふかーいふかーい事情があるのさ」

 その事情とは何だと問いたくなる。しかし今聞いたところで教えてくれないのは目に見えている。考えられる要因としてはイルを封印したのと同じようなものなのだろうか。しかし彼らは歴史に名を残していない。ヒルディエントもハザドも、そしてエレボスの存在も。書き換えられた部分なのだろうが、全ての歴史が消え去っているとはとても妙なことだ。

 そのように周りも見ず、ただぼうっと考えながら歩いていたら、鼻を中心に鈍い痛みが広がった。痛みで我に返ると、すぐ目の前に長躯な黒衣の衣に身を包んだロームングルが居た。

「やーい、ばーかばーか、間抜け~」

 痛みに鼻をさする。鼻血が出てなければいいが、それにしても全力で煽ってくるこのクソガキを今すぐ殺してやりたい気分だった。ロームングルが居なければ今頃剣を引き抜いて殺していただろう。しかし理性が止めている何かをロームングルが代わりに執行した。ガントレットを装着したままの拳はどれほどまでに痛いのか。少なくともロームングルにぶつかるよりも圧倒的に痛い。故に気分がいいものだ。当のエマはあまりの痛みに若干の涙どころか、今すぐ泣き出しそうな勢いだ。

 イルヤの声が震える。瞳は獲物を探すように瞳孔が細まり、何度も低く声を震わす。その様にレイメも何かが近づいていることに気付き、身を構える。腰に差した愛刀、大典太の柄を握りしめる。

それはあらゆる音をかき分け這いよる。枝が折れる音、枯れ葉が壊れる音が、僅かに鼓膜まで届けられる。さしものエマも立ち上がり、杖を構える。二人ともふざけていたことに全力で反省し、その分精神を研ぎ澄ます。

 途端に音が止む。代わりに僅かに木の葉がざわめき、そこから赤い瞳が覗く。細かい毛が生えた足が茂みの中からゆっくりと姿を見せる。レイメは固唾を呑み込む。いつ襲ってくるのか分からない。緊張感が走る。嫌な静けさが場を包む。刹那、それらは形容しがたい咆哮を上げながら3人に襲い掛かってきた。


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