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アル・オリニア / Al_orinia~桃髪の少女を殺す物語~  作者: 馬番
第1歌 : 旅の始まり
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17:龍の声

 血が滴り落ちる。大河に満つるは人の血。或いはトゥリオを含む魔族の血。赤と赤が混ざれば更に濃い紅に染まる。怨念こもりし血が混ざれば、その怨念は更に深くなる。光を齎すはずの大河は赤く濁る。生命を育むための清冽な水は今や怨霊を育てるものへと変貌してしまった。緑が茂っていた土には真っ赤な水が染みわたり、群生する植物は貪欲にそれを飲み干す。一滴、一滴と流れ、今日までにどれだけの血が流れたのであろうか。帯びたたしい首の数は最早その数を教えてはくれない。河を埋めるほどの死体も具体的なその数を示すことは出来ない。


「我らが安寧を手にするためには、全ての禍根たる魔族の血を絶やさねば得ることは出来ない!! トゥエンがもたらした平和も生き残った魔族どもが壊したのだ!! 永遠の平和を手にするために、今こそ全てを根絶やしにせよ!!」


 不快な感性が轟く。その言葉に呼応するかのように、拷問に近い処刑が行われる。普通なら目を背けたくなるような、そんな惨劇を人々は悦楽の表情を浮かべて熱狂に包まれていた。

 ある者は大樹に磔られ、厚く熱された鉄板を内臓が零れるまで押し付けられる。ある者は生きたまま頭部を切断され、脳を顕にされたまま死が迎えに来るまで痛みに悶えさせられる。ある者は耳から溶かした鉄を流され、体の内から焼かれ殺される。ある者は皮を剥がされ、焼き殺してしまうか、己の皮を食わされるかした。

 このような行いを彼らは嗤いながらやってのけた。こんなことはトゥリオですら行わない。この人の道から外れた行為を平和のためだと言い、神への供物だと言って嬉々として行うのだ。その供物を受け取った神が死にかかっていることも知らずに。


「魔族さえいなければ私たちは戦争に脅え苦しむ必要はなかった。魔族さえいなければトゥエンが造った平和を壊されることはなかった。全ての罪たる者たちを皆、刈り取らねばならない」


 彼はそう演説する方へ頭を向ける。真っ黒な喪服に身を包んだその女は、静かな声音で言ってのけた。その人物は、彼も良く知る人だった。


「そして愚かにも歴史から学ばなかったこの者達は魔族の命の尊さを解いた! この愚者たちは私たちに憎しみを忘れ去り、共に生きる道を探すべきだ、それが裏切者である魔女が望んだ世界だと説いた!」


 皆口々に彼を罵る。大衆の前で身動きがとれぬよう枷を嵌められたその人は、かつては彼等にとっての英雄であった。


「しかし全てのトゥリオ、全ての魔族がそうでないことをお前たちは知っているはずだ!! 彼らの功績を忘れたというのか?! 日々をただただ生きるためにお前たちと戦った姿を忘れたとでも言うのか?!」


 女は呵々と嗤う。滑稽だと言わんばかりの色を湛え、くだらないと何度も吐き捨てる。

 この女は最早、彼が知る人物ではなかった。あまりにも腐敗しきった暴君の姿そのものだった。


「貴方はヒルディの言葉を忘れたのか……?」

「ええ、知りません」


 彼女は何事もなかったかのように、ヒルディエントと共にあった記憶そのものがなかったかのように受け流す。


「あの方はアクラガス最大の汚点です。あの方がこのアクラガスを貶めた。強いて言うならば私はあの方がお造りになったこのアクラガスは守ります。その点においては彼の言葉も尊重しましょう。しかし、それ以外のことはもうどうだっていい」


 彼女の細い指が彼の大きな剣を握る。数多の怨念を喰らったその剣は、彼女の手を焦がす。


「国を守るためには何かを斬捨てねばならない。そうでしょう? ロームングル様。だから私は断ち切らねばならない!! ……連れて来なさい」


 屈強な男たちに引きずられながら連れられたのは腹に子を宿したロームングルの妻アーシエルと息子のローネウだった。二人とも拷問されてところどころから血を流している。


「さあ、ご覧になってください、皆々様方。アクラガスの答えを、アクラガスの決意を、そしてこの姿」


 グラムスの切っ先をアーシエルの首元に当てる。エッツェルは狂気に満ちた笑みと、一方で瞳は揺れ動いていた。


「……よく見ていてくださいね。二人を処刑した後、すぐにあなたも逝かせてあげますから……」

「……やめろ……」


 グラムスの切っ先が天へ向けられる。憎しみを内に秘めたこの剣は赤く煌く。平民出身の女主にはあまりにも重すぎるこの剣が、ロームングルの絶叫と共に振り下ろされた。

 首はあまりにも簡単に落ちた。断面からは血が噴き出し、体はゆっくりと倒れる。傍らの幼き子供にもその恐怖をあまりにも簡単に理解することができた。幼子の太ももを生暖かいものが伝う。


「……ローネウ……!」


 金属が擦れる音が鳴る。彼の肉体を押さえつけている兵士に後ろから打ち据えられ、言葉以外何も出すことができない。それでもせめて息子だけでも助けねばと体を動かそうと足掻く。あまりにも虚しかった。

 エッツェルも重いこの剣を一振りしただけで腕の力を根こそぎ持っていかれた気分だった。後ろに控えていた斧を持った処刑人の男が歩み出るも、女主人に制止される。


「……私の手でやらねばなりません。皆様に誠意をお見せしなけれ……」


 焼けた手をもう一度握りしめ、グラムスを引きずりながらローネウの許へ歩む。行動一つ一つがあまりにもゆっくりとした動きで進む。子供は殺さないでと懇願するも、それは聞き届けられぬ願いに過ぎない。あまりにも小さすぎる子供を助けようとする者も、この処刑に間違いを見出す者もいない。


「エッツェル……その子は……その子は戦争に関係ない! その子の命だけは……」

「……私にこの子供の命だけ助けろと……?」


 彼に背を向けたまま、焦がし続ける剣を強く握りしめる。ローネウの首筋になんとか刃を当て、ゆっくりと持ち上げる。


「それは無理な話でしょう」


 力任せに剣を振り下ろした。処刑の刃は更に多くの憎しみを飲み干した。


 これが、我々が助けたかった世界の姿だった。彼等のために流した命の結末だった。

 彼の中で龍が蠢く。複眼のみが怪しく蠢き、それだけが黒の世界に別の色を与える。龍の吐息が彼にかかる。世界は真っ黒だった。目の前に女主人の姿も、妻と息子の遺体も転がっていなかった。つかの間の無音の世界に、一頭の龍の影が目の前にあった。


***


「悪夢を見たか……!」


 エマの目の前にいたのは人間ではない、最早竜と化した慣れの果てであった。竜は巨大な龍の肉を喰らい、喉の奥でくつくつと鳴らす。イルヤの瞳が僅かに動き、逃げろとエマに告げる。しかし竜の興味は完全に桃髪の少女に向けられていた。

 四肢が大地を踏みしだく。六の眼光が獲物を捕らえ、喉の奥で低く唸り、鋭利な牙の間から真っ黒な吐息を零す。深紅の、燃え盛る翼をはためかせ、低く唸る。腹の内ではくつくつと紅が湛えられ、業火が肉を焼き焦がしていた。


「君は……」


 歯をきしりと鳴らす。今この場でこの竜を夢から引きずり戻すことができる者は誰もいないだろう。たとえローエンの剣劇を以てしても、竜の肉に届くことはできない。エマの魔導ですらこの竜に通じないことはあまりにも明白だった。

 竜の爪が大地を抉る度にその熱で草が殺される。零れる吐息が空気を震わせ、竜に向かって大気が吸い込まれていく。


『欲セ』


 憎しみに満ちた六の瞳がエマを捉える。『力ヲ!』あらゆる憎しみが入り混じった波濤が放たれる。体の中で生成した熱が熱風のように襲い掛かり、クトゥグアのものよりの更に強力に焼き払う。

 咄嗟にエマは杖を打ち鳴らして竜の背後へ逃れる。そこへ間髪入れずに尾がしなり、エマを何百という年月を生きた大木に叩きつけた。その上灼熱の尾がエマの皮膚を焦がし、吹き飛ばされる際に皮を剥ぐ。じわじわと腹部から血があふれ出てくる。あまりにも無力だった。

 体が震える。あまりにも鈍い痛みで両目から涙が溢れ、本能が僅かに嗚咽を上げさせる。


「ううっ……痛い…………」


 衣の裾で傷口を抑えるが、少しでも動くと張り付いた布が傷みを増大させた。涙をぬぐい、立ちあがろうとするも本能が中々それを許さない。理性は目の前の竜に変貌したこの男をどうにかしろと言うが、肉体が悲鳴を上げていた。

 イルヤの鎌首がわずかに起きる。


「オオルルルルルルゥ!!!」


 闇を浄化するために竜の体に巻き付く。竜の業火がイルヤの全身を焦がし、爪が鱗を引き裂いて肉を抉る。イルヤは痛みに呻くが全身を七色に光らせて竜が纏う闇を喰らう。竜の口からは金切り声に近い声が発せられた。鼓膜を劈き、それは森中に響き渡った。


***


『力を求めよ』


 悪夢の中で龍はずっとそう囁き続ける。痛みが全身を貫き、生を求めるのならば尚更本能が力を欲する。自分が今何を映しているのか、自分が何と戦っているのか全く分からない。ただ痛みに悶える声だけが何度も何度も届けられる。頭の中で何度も妻子が処刑される姿が映される。恐らく自分の瞳には今、それが映されている。

 彼らを助けるためには何が必要か。結末を変えるためには何が必要か。その答えをこの龍はよく知っている。


***


 激しい痛みが竜により一層力を与えた。エマにも聞こえるほどに骨が軋み、体格が更に大きくなる。尾が二つに割け、裂け目からは炎が通う。全身を焼き尽くさんと体内の炎が噴き出し、鱗が黒く焦がされる。


「ウヴ……オオオオオオオ!!!」


 焔風がイルヤに叩きつけられる。前足で忌々しい龍の頭を踏みしだき、鋭い爪で甲殻を剥がす。イルヤの絶叫が森中に轟く。

 尾が森を燃やし、風が木々を引き裂く。体熱が全ての命を殺し、長い年月をかけて育まれた命をあまりにも簡単に壊す。弱き者の声は誰にも届けられない。強者の咆哮が全てをかき消してしまった。


「イルヤ!!」


 尾がエマを捉えんとして空を切り裂き、間一髪のところで転移する。そこへ炎の槍が散弾のように発射され、力を一点に集約して防壁を生成。あまりにも一撃が重い槍に防壁は砕けた。砕けた破片が自分に刺さり、自分に向けられた槍が今にも貫かんとしている。転移も間に合わない。言葉を発する間もない。思考する時間も残されていない。頭の中が真っ白になった。

(お知らせ)

1話から大幅に修正しました。

まず1つ目としては1話15000-20000字構成にしていたため、1節〇〇①、②としていたものを、少々強引に節区切り?にしました。

一応昨晩一気に修正したのですが、7割程度の作業が終わったと言う感じです。こちらは見返しながら再び修正を加えます。

2つ目としては会話文と非会話文の間に行間を入れました。こちらはまだ最初の数話しか終わっていません。来週中までには終わるかと思います。

よろしくお願いします。


次話も土・日のどちらかに更新いたします。

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