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アル・オリニア / Al_orinia~桃髪の少女を殺す物語~  作者: 馬番
第1歌 : 旅の始まり
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16:太古の神々

 数多の竜が巌を這うか、灼熱の血流の中を泳ぐかしている。巌の様な一つ目蛙がその瞳を細め、小さな赤毛の鳥となにやら語り合っている。空中を蛇腹で這う貴婦人に、その後ろを歩く獅子の骨に炎を纏った巨獣、それらにあらゆる生命は頭を垂れた。

「……サファリパークって言うよりは……まるで一つの国みたいだな……」

「鋭いね、レイメ君!」

 エマはレイメの肩を軽く叩く。

「そう、動のユーゲンレディアっていうのは、ここの主クトゥグアの王国の様な場所さ。あの蛇腹に何とも言えない頭の貴婦人はシュメル。彼女に傘を差している目玉がパラド。後ろを歩くおっきい猫の骨が炎王オドゥール。どうやら彼らは主の御出迎えに来たって感じかなあ……」

 湖のように開けたところの入口で彼ら自身も膝を折る。シュメルが両の腕を開き、淡く光る宝玉を捧げる。それはゆっくりと大河に落ち、静かに波紋が広がる。それは何度も何度も、次第に不愉快な音を立てながら陣を描き、湖の水がより一層燃え滾る。次第にそれは溶岩のように粘質に変化し、巨大な炎柱を上げながら辺りに降り注ぐ。しかしそれは不思議と暑くはなく、木々も燃えることはなかった。それどころか生命がより生き生きとして見えた。

 木の葉から真っ赤な水が滴る。

「いいものが見れそう」

 ミフルが目をきらきらと見開いている。テウメッサは一応クトゥグアの眷属である故かもしれない。

 炎湖が脈打つ。心臓に何度も脈打ち、炎柱の中から巨大な骨の足が出る。炎骨の鉤爪が巌にくい打ち、牛の様な角に獄炎に包まれた山羊の様な頭骨が姿を現す。三つの瞳が煌き、全身を炎が覆う。腹から口にかけて真っ赤に燃え滾り、口からは焔獄の吐息を零す。鎌首を擡げ、八つの脚が完全に湖の中から這い出た。背中から翼のようにマグマが噴き出し、この大河の主は天へ向かって耳を劈くかのような金切り声を上げた。

 その声に応じるかのように木々のみならずエントも吼える。たった一つの咆哮だけで、その辺り一帯が一瞬にして砂漠のような暑さに変わった。

「まさかこの隙に行くとそういうわけじゃねよな?」

「まっさかー! そういう隠密行動はしないよ!まあまあ、見ててごらんよ。とにかく凄いんだから。耳を塞いだ方がいいかもね」

 ロームングルの方に視線を向けると既に耳を塞いでいた。レイメとローエンは一度互いに顔を合わせ、疑問符を浮かべながら言われた通りに耳を塞ぐ。刹那、クトゥグアのもの以上に頭を貫く鋭利な雄たけびが大河を駆け抜けた。

渓谷を越えた遥か東の彼方。一つ目に額から伸びる幾重にも絡みついた触手の様な鬣。口の部分からは細い牙が並んでる。全身を覆うかのような甲殻がそれの背後を覆い、巨大な球体を骨ばった腕で抱えている。背中からは醜い見た目に反した美しい6対の水の翼が広げられている。恐らくその化け物がいる場所はここから相当離れた場所にあるはずなのに、はっきりと目視できる。エマはその化け物をクトゥと呼んだ。

 クトゥは再び喉を震わせ、悲鳴にも似た鳴き声は衝撃波のように広がり、数回にわたって頭を貫かれたかのような感覚に陥らせられる。耳を塞いでいるといえ、気休め程度でしかなかった。流石のエマも苦悶の表情を浮かべていた。

「でもまだまだこんなのは序の口……ここからが見どころさ」

 エマのその一言は、恐らく次は死ぬであろうことを確信させた。その時、レイメの視界がノイズが走ったように歪む。この感覚はまるであの夢のようだった。

『ガイアの鼓動は二つの命を生み出した』 

クトゥグアはアギトを開き、巨大な炎球を生成。胸腔が赤々と煌き、背中から噴き出す炎に真っ黒な血管が筋走る。一方クトゥは翼を限界まで開き、抱えている水球に全ての力を注ぎこむ。また、甲殻に紋様が現れ、強大過ぎる力が反発し、赤雷を放つ。

『対極に位置する二つの生命。猛き燃ゆる動のクトゥグア。穏やかな水を讃える静のクトゥ』

 力の余波が伝わり、木々がざわめく。森の獣は巣穴へと逃げ、或いはエントの腕の中に隠れる。

『死した南の命となりて、生きとし生ける数多の子らへ恵みをもたらす

 子を慈しみ、失せし子を憐れみ、捨てられし我らの唯一無二の親となる

 音失いし我らの炎を、灯失いし我らの水を、再び返り咲かそう

 天の如き轟が届けられる時、双つの神は光を齎さん』

 桃髪の少女は鳥を象った杖を握り、その視線を2つの主へと向ける。長い髪は熱風に揺られ、衣がはためく。紫水の瞳が静かにこの光景を映し出していた。

 クトゥグアとクトゥは再び吼える。今度は互いに共鳴するように金切り声をあげる。

 光球が発射。二つの相対する力は衝突し、弾けることなく溶け込み合う。力が膨張し、赤雷が弾ける赤と青のそれは次第に凝縮し、眩いばかりの光を放つ。そして力は一点のみに収縮し、弾けた。

光は雨のように降り注ぎ、生きとし生けるものに命を吹き込む。それは暗黒大陸全域に渡り、死に絶えようとしていた命を再び芽吹かせた。この雨に砂漠の蠍も、砂漠の甲虫も歓喜の声を挙げ、遠く最果てのユリウスの許にまで届く。神に拒まれた蜘蛛の女王すらも小さな涙を流した。

クトゥが数度嘶く。何かを呼んでいるかのような声だった。

『ああ、帰って来たよ』

 再び視界が歪む。穏やかな表情を浮かべる桃髪の少女はクトゥグアに両腕を伸ばす。

『ずっとここにいたんだ』

 より激しい熱気がレイメたちの体を覆う。気が付けば目の前にクトゥグアそのものがいた。あまりにも巨大なその神は長い鎌首をもたげ、レイメ達を見据える。彼が呼吸を繰り返すたびに、人間の薄すぎる皮膚を焦がす。誰も言葉を発することができなかった。エマも、ロームングルでさえも固唾を呑みこむ。偉大な神を前にして、太古より生きる龍すらも頭を垂れた。

『どうか彼のために道を示しておくれ。約束だ』

 桃髪の少女の手がクトゥグアに触れる。あまりにも小さすぎる手は簡単に焦げ付く。山羊の頭骨から覗く燐光が淡く光る。細く、小さく喉を震わし、再び鎌首をクトゥの方へ向ける。クトゥグアは大きく嘶いた。遠く離れたクトゥを貫くかのように、またクトゥも呼応する。熱風と冷気が激しくぶつかり合う。

 クトゥグアは炎湖へ体の向きを変え、ゆっくりと元の場所へ戻る。オドゥールがその後ろに続き、シュメルが主を出迎える。遠くにいるクトゥの全身が光に包まれ、弾けて消えた。

 エマはほっと胸をなでおろす。

「死ぬかと思った……でもいいもの見れた……」

 エマの脳裏にあの感動が蘇ってくる。同時に痛みが記憶を苛んだ。一方でローエンが死んだような声で応答する。額からはじっとりとした汗がにじんでいた。

「……もう既に死んだ」

 すぐそばの木を頼りに立ちあがるも、すぐに膝から崩れ落ちた。

『魔導士として……誓うよ』

 レイメの視界が急にはっきりと輪郭が映るようになる。音も明瞭だった。

「あれは……」

「どうしたんだい、レイメ?」

 エマが紫水の瞳を丸くしながら見つめる。レイメは首を横に振り「なんでもないさ」と答えた。

 頭が軋むように痛い。鼓膜の震えが収まらない。呼吸をする度に痛みを感じる。頬がヒリヒリと痛む。それはレイメだけに限ったことではなかった。酷ければ視界が回るように動き、焦点が一向に定まらなかった。

「……悪いが少し風に当たってくる」

 意外な一言を発したのはロームングルだった。呼吸を整えようと何度も深く息を吐き出しているが、一向に激しく脈動する心の臓は落ち着きを取り戻さない。足も指も力が入らず、立っているのがやっとといった様子だった。

 イルヤが心配そうに頬を寄せる。ロームングルはふらふらとした足取りで森の奥へと姿を消した。

「ちょっと行って……」

「いや、いいよ。僕が行くよ。レイメは……ローエンのことを看ていてあげて」

 エマは痛む頭を抑えながらロームングルの後を追った。

 ローエンを一瞥する。

「大丈夫……そうじゃないな、お互い」

 普段口の悪いローエンも無言で頷く。悪態をつくだけの余裕が残されていないようだった。

「それにしても……さっきのあれは……」

 レイメは先ほどの光景を思い出す。目の前にいたクトゥグアは自分たちに興味を示していたというより、レイメの視線の先にいた桃髪の少女、つまりエマではなく夢に出てくるイルの姿を映していたかのように見えた。

 頭がずきりと痛む。再び視界が歪んだ。


トールキンが神話を創ったように私も神話を創りたい!って常々思っているのですが、神話を創るのは「登場する神々がこの世にいる」という認識がなければそれは寓話に過ぎず、ただの作り話に過ぎないと考えてしまうと、中々難しいものです。そう考えるとロマン主義時代に生きた小説家や作家、詩人、作曲家の方々は凄いものだと、つい最近ロマン主義時代を調べていて思いました。

是非トールキン作品を読むときは神話であることを認識して頂ければな、と一ファンとして思います。


次話は来週の土日のどちらかに載せます

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