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アル・オリニア / Al_orinia~桃髪の少女を殺す物語~  作者: 馬番
第1歌 : 旅の始まり
16/18

15:動のユーゲンレディア

 ヒルディエントの軍馬が嘶く。真っ黒な毛並みの馬の足は太くて、蹄は固いウンマの大地を削る。鈍色の空と、細かな緋色の花弁を映す鎧が擦れ、動くたびに金属音が鳴る。茶髪の王はゆっくりと降り立ち、漆黒のマントがそれに続いた。

 鉄で造られた堅牢な門を見上げる。

「Rats goua!(門を開け!)」

 猛々しい獣の咆哮が、門の内にも外にも響き渡る。境界線を引けども、皮肉なことに鈍色の空は全ての者が共有してしまっていた。

 筋骨隆々なトゥリオの斧の柄を、固い岩肌に打ち付け戦いの序曲を奏でる。

「Egozio lo rangner!」

 老いた獅子の貫録のある声が第1楽章の始まりを告げた。野太く、力強い歓声は大地をも揺らし、目の前のトゥリオたちの半分しかない人間の存在をかき消してしまうほどだった。

 しかし、ヒルディエントの鷹の様な眼光は、一切表情を変えなかった。振動する空気など意にも介さず、その場だけ震える世界を完全に支配していた。

「……愚かな人間が一人……言ってくれる」

 遠くで顔面の半分を火傷の痕に覆われ、全身に立派な裂傷を刻んだトゥリオが呵々と嗤う。そのトゥリオを中心に空気の音色は変わる。音が変わると同時に、炎が張り巡らされた管が隙間から火を吐きながら駆け抜け、止まっていた炉が再び稼働する。鉄が溶解し、要路を通じて真っ赤な道を示す。

「Meow rs dev(死を)」

 滑車が回る。トゥリオの中でも一際体の大きい、彼等を蔑称ではラカッシュと呼ばれる知能の低い個体に鞭が与えられ、城壁を挙げる鎖を巻き取る。それぞれの部族の戦いの歌で以て出迎え、開かれた門の先には多くのトゥリオが武器を掲げて待ち構えていた。

「Azou rubeger!」

「Azou rubeger!」

 茶髪の王は嗤う。「Meow rs dev.」トゥリオの戦士たちが持つ刃に火花を巻き上げさせ、我先にとヒルディエントに向かって放たれる。よく鍛え上げられた鋼の刃が大地を抉り、そのまま横へ薙ぎ払う。ヒルディエントは体を僅かにかがめてよけ、別のトゥリオが走らせた斧を踏み台にして“解を求めしルオネ”の刃が届く範囲全ての者に、死を与える。刃先が煌き、光が円弧を描く。その残像が消え去るころには、また別のところで刃がしなり、軌跡を描く。

「Im gussarma ru_awro!(こいつを血祭りに上げろ!)」

「Enduoi!」

「Enduoi!」

 血飛沫が舞い散る。その花を見に受け、咆哮を一つずつ消していく。

「……俺を血祭りに上げるのなら……俺は美しい華を咲かせてみせよう」

 静かな言葉は喧騒に掻き消える。

 相手の呼吸を読み、相手の攻撃を誘い入れる。それを完全に見切り、単調なトゥリオの攻撃は未だにヒルディエントの体を捕らえることができなかった。唯一返り血だけが、彼に触ることができた程度である。

 腰を屈め、トゥリオの腕を切り落とす。そのトゥリオの頭を踏み台にして、野獣共から少し間を開ける。背後にはラカッシュの脅威。しかし全く意にも止めず、拳にルオネをその根元まで与えてやる。痛みに悶えるラカッシュはもう片方の拳でヒルディエントを狙うが、すぐに剣を抜き、軽やかに避ける。するとヒルディエントを狙っていた拳は、自らの片手を潰してしまった。そのまま登頂まで跳躍し、脳にルオネを食わせてやる。ラカッシュは一瞬うめき声を上げて、その眼を白く剥きながら敵味方構わず突っ込んで倒れた。ヒルディエントはその勢いに任せて抉るようにルオネを引き抜いたため、ラカッシュの脳髄が零れる。流石のトゥリオたちの歌も一瞬止んだ。

「どうした、血祭りに上げるのではなかったのか?」

 白銀の刀身にこびりついた血を振り払う。

「こんなものか。……フォルグ・グ・ロの従えるトゥリオはもっと強かった」

 その名に貫録を刻んだ数人のトゥリオが狼狽える。

「主人のみならず、その力も失ったか、この劣等種族共よ!! 人間に枷を嵌められてその力を失ったのか!!」

 茶髪の王の鋭い言葉が全てのトゥリオの鼓膜を震わせる。自らの誇りを貶されたことを理解したトゥリオの怒りが、すぐさま吹き荒れた。

「再び我がアクラガスの畜生となりたいか?!」

「Merow rs dev! Merou rs dev!」

「Goua! Goua!!」

 稲妻の如く怒りが再び走る。トゥリオの首魁もその斧を取り、最も古くから生きる獅子がけたたましい咆哮を挙げた。

「その憎しみを我に示せ!!」

 数多もの獣の燐光が光る。鈍色の斧には茶髪の王のルオネを構える姿が映し出された。


***


 天真爛漫にエマは森を歩く。下手くそな歌を歌いながら、イルヤとテウメッサもとい、ミフルと名付けられた子狐と共に歩く。

 砂漠から離れ、森の中に突入したのはつい3日前のことだった。ハルスから森の入口までが5日、森の中腹までが3日、あともう少し歩けば森が開けるのだと言う。レイメは地図を見ながら、太陽を確認して現在位置を確かめる。すると、その先には考えたくもない場所が広がってた。

「エマさんや、越えるべきは静のユーゲンレディアではないのですか? エマさんや」

「おやおや、レイメくん。越えるべきは動のユーゲンレディアでございますよ」

 エマはどこから声を出しているのか謎な、中々しゃがれた声で答えた。ローエンが「とんだ茶番だ」と吐き捨てる。

「……確かにお前たちについて行くとは言ったが……んで動のユーゲンレディアを選ぶんだよ!」

 やはりローエンも不満だったらしい。「だって~、三途ミトのところへ行くにはこの道しかないんだも~ん」エマは耳を塞ぎながら、僅かな責任逃れをする。

「アクラガスへ目指す、それ自体は別にいいだろう。ウンマを目指すのもいいだろう。しかしなんだってクソッタレみてえな動のユーゲンレディア越えしねえといけねえんだよ!神弥カヤ峠なんざ静のユーゲンレディアを越えて迂回していけばいいだろ?! クソ! 早速自殺ルートだ」

 ローエンは長すぎるため息を吐いた。

「……しかしアクラガスへ辿り着く前に神弥峠の主・三途、エオウェ・エルフのギルサリオンの協力を仰ぎたい。……特にギルサリオンは我々がウンマへ行くために必要な存在だ」

「三途ってやつは?」

 ローエンの声音は明らかにいら立ちを募らせている。

「危険を冒してまで会いに行く価値はあるんだろうな?!」

「まあまあ……落ち着けよ、ローエン」

「大いにあるよ! 三途は烏と呼ばれている一族の長なんだけど、第3世紀、イルに止めを刺したのは彼なんだ。それに、烏たちの強さは決して侮ることはできない。ウンマでは僕らにとって強大な勢力を結集させるのは容易くても、僕らが彼らに対抗できる勢力を作るのは決して簡単なことじゃない。そんな状況下で、僕らの味方になってくれる可能性があるなら、一つでも多く欲しいじゃない?」

 エマはふふんと鼻を鳴らす。「それにローエンだってアクラガスに頭を下げてくれないと困るからね! 目標一人一回頭を下げることなの!」さらっとプライドを捨て去った発言をする。レイメは心の中で一番頭を下げさせられるのは俺なんだろうなあ……と思った。

「この度はアクラガスを味方にできなければ失敗確実だからね! いや、まあ……僕は死んだところで新しいイルの肉体が生まれるだけだから別にいいんだけど……困るのは君たちだし?」

「困るのが俺達でも、アクラガスは黒髪の願いなんざ聞き届けてくれないと思うがね」

「大丈夫大丈夫! 作戦は考えてあるから!」

 エマの作戦は果たして大丈夫なのだろうかと心の底から不安が込み上げてくる。天真爛漫なこの子供の頭の中で考えられる作戦は、果たしてどれだけの成功確率なのだろうか。頭がきりきりと痛んでくる。なんだかあの時死ななかったことが本当に不幸に思えてくる。

 ミフルはローエンの肩によじ登り、小さな肉球を彼の頬に押し付ける。ローエン本人はその行為に関しては全く意に介していなかった。

 戦闘を歩くロームングルの足が止まる。彼が立っているその場所から森は開け、複雑に絡み合う巌の渓谷と、朱の川が広がっていた。それはガイアの生命の血脈とも言えし大河が流れ、人々は今も煮えたぎるこの河を動のユーゲンレディアと呼んでいた。


今までは下書きの文をワードで加筆した後に、まとめて投降していたのですが、試しに3000字程度くらいで数日おきずつ投稿してみようかと思います。ただ多忙なので遅筆なのと、元々1話15000字程度を目安に書いておりますので、3000字でちょうどいい感じに終わることはないです。

章構成としては8万字相当(5話程度)で1つの章となるように考えています。

次話は来週の土日に更新することが目標です。

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