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アル・オリニア / Al_orinia~桃髪の少女を殺す物語~  作者: 馬番
第1歌 : 旅の始まり
10/18

9:興味

 暗く、深い。苔むした木の根が張り巡らされ、天高く伸びる大木は光を遮っている。僅かに存在している隙間が、ようやく陽の光を届けているだけで、それ以外は暗闇でしかなかった。代わりに、申し訳程度に松明が一定の間隔で設けられているが、それでも暗い。長く、深く続く、樹木の間にあるこの道は、まるで断頭台に通じるかのようだった。

 ツェマリの首魁、ロンゾを先頭に、3人のツェマリに連れられ、セシリアはその道を歩む。犯してやろうかとか、腕を食いちぎってやろうかとか、何回か脅されたが、運よく無傷でこんなところまで来てしまった。最近は脅ししかしてこないことが分かったため、恐怖は和らいだものの、気分のいい道ではない。もしかして今度こそ殺されるのではないのか、セシリアには皆目見当がつかなかった。

 しばらく歩くと、流水が強く打ち付けられている音が聞こえてくる。水の音、奇麗な水の臭い、そして澄んだ空気の臭いが、セシリアの鼻に届く。

 水は天高く零れ落ち、陽の光が鮮明に届けられている。花々が水の中で咲き誇り、水蜂がその中で蜜を収集している。崖沿いに伸びる蔦からは時折木の実を垂らし、蜂の姿を模した妖精が、水瓶を持ってその実を美しく煌かせている。

 セシリアはつい感嘆してしまった。そして、この場にツェマリの姿が似合わなすぎると心の中で笑う。

 滝つぼの前で止まる。

「潜れ(くぐれ)」

「ちょっと!私は滝修行しにきたわけじゃなのよ?!」

「Pravo mulie……(強気な女だな……)」

 ロンゾはため息をつく。セシリアの背中を押し、無理矢理滝の中を潜らせた。その際に僅かな悲鳴が上がったが完全に無視された。

「酷い!!」

 遅れて潜って来たロンゾに抗議するが、それすらも無視される。小さな手でロンゾの首を絞めるだけの度胸は付いたが、全く以て意にも介されていなかった。

別のツェマリに腰に手を回され、そのまま荷物のように肩に乗せられる。

「ちょっと! 何するのよ!」

 ツェマリの背中を叩くが全く通じない。そのツェマリの背中は肉が剝き出しになり、まるで鰓えらのように裂けていた。鼻は元々ないのか、それとも削がれたのかし、頭の半分が皮膚が爛れていた。つい、抗議の声も、動きも止まってしまう。

 そのままの状態でさらに奥へと進む。

 するとその先には木の根が絡み合ってできた空間が存在していた。その隙間から生えた木の実が明かりを灯し、部屋の周辺を清らかな水が流れ囲んでいる。そして、根によって構築された寝台が最奥に位置し、そこには1人のエルフが苦しそうな呼吸を繰り替えし、横たわっていた。

そのエルフは美しい金糸に、尖った耳を有しているが、肌は黒く染まっていた。その人物がエルフなのか、それとも違うのか、セシリアには全く分からなかった。

 ツェマリが乱暴にセシリアを降ろす。

「ちょっと痛いじゃな……」

 腰を摩りながら顔を上げると、全てのツェマリが膝を折って忠誠の意を示していた。それはロンゾも同様であった。

 黒肌のエルフは重そうに自分の体を起こす。その仕草一つ一つが優雅で、それは一つの神話の光景が再生されているようだった。もしもセシリアが知る範囲で例えるなら、エルフの祖と言われしエルヴィンだろう。エルヴィンは生命の管理者ヌーメノーリアに創られ、ドワーフや巨人の祖ユミルと共にこの世界を形造った。ユミルは山々を創り、エルヴィンは緑を創った。そして彼らは3つの種族の祖となったわけなのだが、このエルフの美しさは神そのものなのだ。

 黒肌のエルフはゆっくりと目を開ける。その色はエルフ特有の“青”ではなく、右目は人間特有の少し黒めの“茶”の瞳と、左目はドワーフ特有の“赤”の瞳だった。

 その2つの瞳は少しばかり億劫そうだった。

「ロンゾ、エマは」

 声は低く、しかし優美な色をしている。

 ロンゾは簡潔に述べる。

「は。エマはロームングル殿を連れ、鍵の男と逃亡しました。恐らく己の意思でイル様に戻ることはないかと」

 エマとは自分の髪色と似た、桃髪の少女のことかと、頭の中で記憶を辿らせる。しかしなぜエマには様を付けないのか、ふと疑問に思った。

「そうか……」

 黒肌のエルフは少し安堵したように、深く息を吐く。口元を少しばかり綻ばせた。

「やはりお苦しいのですか?」

 ロンゾは心配そうな声音で尋ねる。

「お前たちがそういう風に思っているから、ヒルディが寄越したのだろう?」

 自嘲気味に笑う。ヒルディとは茶髪の人間の王、ヒルディエントのことである。

「言われた通り健気に頑張って、捕虜を捕まえてみたものの役に立たず、処分に困ったからヒルディに聞いてみたところ、好きにしろと言われたのだろう? 違うか?」

「……役立たず」

「ええ、まぁ……」

 ロンゾは困ったように頷く。このエルフはロンゾの事を全て見透かしているようだった。

「そしていつぞやのヤハルがお前たちをそうしたように、今度はお前たちが同じことを。年寄りの世話をするには丁度いい、多分ヒルディの頭はこれだ」

 彼は自分の皮肉に嗤う。

「全く……。しかし作戦は失敗したと聞いて安心した。確かにイルに会いたい気持ちはあるが、あれが復活したら私の心が持ちそうもない」

 ロンゾは主人の黒く染まった顔を見据える。

 黒肌のエルフはふらふらと立ち上がる。ただでさえ顔色が悪いのに、立っていることすら限界に近いように見えた。実際そうで、ゆっくりと歩を進めるものの、足取りは覚束ず、すぐに崩れ落ちてしまった。

 ロンゾが主人の体を支えるものの、フィンディル自身に自重を支えるだけの力は残っていなかった。

「ロームングル殿が悪いと仰っていました」

そう言ってゆっくりと黒肌のエルフを寝台に横たわらせる。

「それは私の台詞だ……。ローレライ、お前の忘れ形見は私の手から離れてしまった。私には守る力は残っていない。……もう何も出来そうもない」

 そう言いつつもその表情はどこか嬉しそうだった。

 ロンゾは銀の光と赤の闇を湛える首飾りをフィンディルに渡す。

「ナバク、貴様が嗤っている姿が目に浮かぶ」

 それを握りしめ、彼は疲れたように瞼を閉じた。

「彼らにエルの加護があらんことを……」

 黒肌のエルフはそう言って、深い闇に身を落とした。

そこはどこまでも暗く、どこまでも広がる際限のない闇の彼方へ。そして数多の声と、1頭の龍が体を蠢かせる世界へと身を落とした。銀の光と、赤の闇を握りしめ、終わりのない旅路を歩む。


***


国は彼にこう命令した。死刑に処すと。

しかし王はこう命令した。何があっても生きろと。


***


かつて暗黒大陸と呼ばれた呪われた地に唯一人が住む町ハルス、そこにレイメは居た。砂漠に囲まれ、どこに水辺があるのか皆目見当のつかない場所だ。しかしそれでもハルスには活気があり、砂漠を照らす太陽のように明るい。今日もいつも通り、ハルスの町は生き生きとしていた。

そんなハルスの露店は様々なものが並んでいる。それは殆どが滅多に目にしない食料品や武具の素材なんかも少しだけ並んでいた。果てにはエスガリオンの甲殻や、肉、そして幼虫まで売っていた。どうやらエスガリオンには主従関係を教え込むことができるらしく、人に飼われたエスガリオンはあまり大きくならないため、番犬代わりとして重宝しているそうだ。また、アクベレなんかを飼育しているところでは、牧羊犬の役割を果たすらしい。

「しかし幼体でも気持ち悪いな」

レイメは率直な感想を述べる。

他にも輸出用の荷を積むものや、輸入品を広げる商人も多く見受けられる。

輸出品の多くは武具の素材になるエスガリオンの甲殻であるが、直接買い付けに来るトゥリオや魔族なんかも居た。彼らは人と生きることを選んだ側であって、人に何か危害を加えるわけではない。

 それらの対価は無論金銭売買であるが、食料や水なんかと交換する場合もあった。特に水が多く見受けられる。

「レーイーメー! お小遣い欲しいー!」

エマは子供のようにレイメの衣の裾を引っ張る。

「あげないって言ったらあげません! そもそもお前、ユリウス殿から沢山もらっていたじゃないか!」

「貰ってないよ! 貰ったかと思ったら、まさかの、何故かこの炎天下の中でも溶けない5ルゥブチョコだった!」

遺憾だと言いながら頬を膨らませ、件のチョコを頬張る。その表情は恐らく怒っているのだろうが、一方で子供のように美味しそうに食べていた。

その傍らに聳え立つロームングルの方に視線を移す。

「ロームングルさんは持っていないのですか?」

「残念ながら一文無しで発ち、ユリウスから頂いたはずだったが5ルゥブチョコだった」

珍しく1文が長い。普段は表情が読めないが、流石にこればかりは渋い顔をしているのだろうか。レイメはロームングルの顔そのものを勝手に想像して、そう考えることにした。

しかしロームングルの返答は、レイメにとって他のいかなるものよりも辛く残酷なことであった。

「レイメ、お金」

刺し伸ばされる手は子供が小遣い欲しさに、おじいちゃんへ伸ばすものと何ら変わらない。挙句、金の当てはレイメしかいない。この子供はこの状況に対して、少しの遠慮を知らないのかと心の中で愚痴を吐きながら、懐に手を入れる。

「あれ……?」

そこにあるはずの感触が見当たらない。気配を感じ取ることすらできない。奴は気配を消す技を持っていなかったはずだと、自分に言い聞かせる。しかし外套に仕込んでいる暗器を探ってもその御姿はお見えにならない。徐々に血の気が引いていく。

ロームングルは顔色を全く変えないが、イルヤが代弁してくれる。エマの顔も青ざめていった。

「まさか……」

 深刻に放つその言葉は、どうか予想の答えを否定してくれと訴えていた。しかし、その答えは覆ることなく、深刻な事態を告げるしかなかった。

「すまない、どこかに落とした……」

「えええええええ?!」

 エマは叫ぶ。その叫び声に何故かすまないと思う気持ちと、お前らも大概だという気持ち、そして今後の未来が見えないという現実が鮮明に込み上げてくる。

「僕たち本当に無一文だよ! 何も買えないよ!」

 その現実を告げてくれるなと頭では思うが、実際そうだ。

「あの人貧乏だから僕たち何も食べれない! どうしよう!!」

 一言余計ではあるが、実際そうだ。

「僕たちの旅はここでジ・エンド……」

 エマは力なく砂漠の上に倒れる。大の字になって虚空を見つめているが、あまりの眩しさに、結局全力で目を瞑っている。

「貧乏で悪かったな」

「でたぁ!!」

 エマはまるで幽霊が出たかのような反応をした。それを見て男は呆れたように息を吐く。

 レイメは男の背後に目を向ける。そこには2頭の駱駝と、大きな木の荷台、その上には大きな砂漠の兜虫であるナミュブアンを乗せていた。その甲殻はまるで砂漠に生きる大樹のようで、苔むし、背には様々な生き物の巣だと見受けられるような居住区を背負っている。腹部は結晶化しており、海のように蒼い。

「ナミュブアン倒すなんて凄いなぁ……」

 レイメはつい感嘆の声を漏らしてしまう。ナミュブアンと言えば基本的に温厚な種族であるが、竜をも倒すほどの力を有している。そのため、滅多にナミュブアンに敵意を持って近づく者は殆んど居ない。

「1人で倒したのか?」

 ロームングルの手が、ナミュブアンの甲殻に触れる。そこには細かな裂傷と鮮血が幾つも刻まれていた。

「だったらどうした? 1人だろうが、2人だろうがあんたには関係ねェだろ、ハゲ」

「はっ……」

ナミュブアンに対して攻撃を仕掛け、倒してしまうこの男自体凄いが、ロームングルをハゲ呼ばわりするのはもっと凄かった。レイメは絶句するどころか、笑いが込み上げてくる。残念ながらレイメには出来ない芸当だ。

イルヤがそっと男に首を伸ばす。動向を細め、まじまじと見つめる。龍の黄金色の眼には、主人と同じ髪色の人物を映す。

「興味津々ですねぇ……奥さん」

 エマはにやにやしながらでロームングルを見上げる。当の本人は我関せずであったが、エマはクスクスと笑った。

空は燃え盛り、いよいよ静まり返ろうとしている。それをナミュブアンの甲殻が映し出し、元来の翡翠の甲殻が、まるで深い水面に咲く草木のように見えた。

「悪いが俺はもう行くぞ。待たせると面倒な奴が居るんでな」

「ああ……なんか、気をつけてな」

男はレイメを一瞥する。

「ああ、そうだ」

 男は腰に下げた袋を取り外し、レイメに渡す。

「これを頼んだ」

「お、おう?」

レイメは間抜けな声で返す。すると彼は僅かに笑って身を翻した。

再び歩を刻む。同様に2頭の駱駝も、ナミュブアンを乗せた荷台を進める。明朗な足取りの駱駝は、少しばかり上機嫌のように見えた。

その後を追うように、僅かに空の色と同じ花が零れ落ちた。

エマはクスクスと笑う。

「なんか勿体ないな」

ナミュブアンの巨体も少しずつ小さくなっていく。次第に人が転々と甲虫の姿を隠し、いつしか僅かに背が見える程度のものになっていった。

空は少しずつエマの瞳と同じ、紫水に変わってゆく。月や大小さまざまな星々が姿を現し、太陽に代わって大地を照らし始める。

深く暗い、僅かな明かりしかない空の下で、町の役人が街灯に火を灯し、人々は少しばかり暖かな衣に身を包み始める。

「とっても寒いからお家に帰りたい」

エマはそう言いながらロームングルの羽織に包まってその恩恵を受けている。

「この際ボロ小屋でもいいから」

「お前、本当に失礼な奴だな……」

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