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アル・オリニア / Al_orinia~桃髪の少女を殺す物語~  作者: 馬番
第1歌 : 旅の始まり
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プロローグ

―プロローグー


第二世紀、争いは闇と光の者たちから、人間同士の戦いへと徐々に移行していった。

ラーヴァナという、かの龍との戦いは過去のもとなり、神話へと形を変えていった。不死のエルフですら、彼らの記憶の中から少しずつ消えていった。

とはいえその存在を信じる者はやはり存在していた。醜く、残虐な最大の敵対者でありながら、この世界で最も憐れむべき悲しき幼子、トゥリオ(torio)たちであった。彼らは過去の者であるラーヴァナの復活を深く望み、そこに救いを求めた。しかし、真の目的は違った。彼らは世界への復讐を求めた。主を失ったからではない。元は世界に存在する多様な種族の一人であったのにも関わらず、姿形が変わり憎しみの対象になったことに対してだった。彼らは長きに渡り、ガイアの人々と幾度なく争ったが、ついに復讐は叶わなかった。黒肌のエルフや、龍の魂宿し人間、そして第二世紀最高の魔導士と呼ばれたイルらによって、トゥリオの復讐はことごとく潰えてしまった。


 平和が訪れた。誰しもがそのように思った。数多の人々が平和に喚起した。同時に、何者よりも深い憎しみが、世界にもたらされた。呪いの言葉が平和を打ち砕いた。


 世紀転換は闇の胎動に始まり、光の勝利によって終わる。その後は平和の期間を享受する。これを「空白の期間」と呼んだ。第二世紀から第三世紀の世紀転換期の間、空白の期間は全くなかった。代わりに人々は『許しを求める日』と呼んだ。第二世紀末、トゥリオらウル(ur)との第四次ウルク戦争中に最も貢献した英雄の一人、第二世紀最高の魔導士イルが処刑されたことが全ての始まりだった。


 イルは農民の親を持って産まれた。母エシュムと父ルガルの間に生まれた愛児、それがイルであった。しかし、イルは稀有な力を持っていた。史上十人の魔導士の中の八人目の魔導士としての力だった。

 彼女は6人の仲間を引き連れ、戦いを終わらせる旅へ出た。第二世末のウルの主、フォルグ・グ・ロ、或いはフォルグ・ローマッセラと呼ばれたトゥリオとの決着をつけるためだった。イルは白磁の都アクラガスの王ヒルディエント、暗闇の龍士国カザル・ヴァードの王ロームングル、七人目の魔導士で史上唯一のエレボス、フィンディル、霧深き霊峰の巨人族ヨトゥン、気高き龍狩りの名手ハザドの戦士ヘカントケイルとポリュペイモスらがイルの仲間についた。すると獅子王国ヴァラドを初めとする数多の国々がイルの味方に付いた。しかし、それは戦争が終わるまでの間でしかなかった。

 最後の会戦となったセセラ野の戦いは熾烈を極めた。両軍ともに被害は大きすぎた。勝者である連合軍も半数以上が死んだ。

 血潮にまみれるセセラ野にたった一人、イルは立っていた。彼女の居た前線は最も多く戦果を挙げた。同時に彼女の居た前線のみが、一人を残して壊滅した。人間の屍骸だけではない。魔族も多く含まれた。更には全身が焦げ付いた死体もあった。血すらも焦がした。

 唯一生き延びたイルの肌もやはり、少し焦げていた。しかしそれだけでなかった。肌は鱗のように割け、瞳は黒々と光り、背中からは真紅の翼が生えていた。最早イルは人ではなくなっていた。彼女は力なく笑った。フォルグ・ローマッセラを倒し、戦争を終えることが出来たと。


 しかし人々は恐れた。人間ではなくなったイルに、今まで味わってきた恐怖を覚えた。人々にとっては新たな脅威のように見えた。やっと訪れるであろう平和を守らねばならない、愚かにもそう思った。故に、今度はイルに剣を向けた。龍は嗤った。

 世界はイルを敵に定めた。イルに従う者は見せしめにして殺された。ウルよりもずっと醜悪で残酷に殺した。女も子供も殺した。ある者は愚かにもイルを敵と信じ、ある者は生き延びるためにイルを裏切った。それでもイルに信じる者はいた。しかし全て殺され、歴史からも消え去った。また、多くのエルフがイルに味方したために殺され、その数を減らした。第三世紀になると彼らが迫害される理由の殆どはこれであった。


 イル自身はウルク戦争が終わってすぐに処刑された。まだ人間を仲間だと思っていたから、捕らわれた。それも簡単に裏切られ、彼女は呪いの言葉を吐きながら、以前の面影を全く見せない、皮のない状態で焼かれた。目も鼻も耳も歯も、爪も指もなかった。龍は嗤った。人間の愚かさに嗤った。この時、人間の憎しみの対象は確かに同族へと向けられていった。

フォルグ・ローマッセラが最期に言った言葉がある。『人間が全てを殺し、最後は自らも殺す。そして歯車の中心は人間へ変わる』と。


***


第三世紀は最も短い世紀だった。また、この時代の最大の敵対者が人間であることは最早明白だった。その敵対者とは第二世紀最高の魔導士であり英雄と称されたイルだった。

死んだイルは一人の少女の体に宿っていた。新たに生まれ変わったイルは、ユーノというアクラガスに住む一人の黒髪の少女だった。


当時のアクラガスの王はディアハルという。彼はヒルディエントとエッツェルの長子エルディアの一人息子だった。ディアハル治世のアクラガスには二つの人種がいた。アクラガス人とヴァラル人である。ヴァラル人とは過去の国カザル・ヴァードの生き残りの人々で、後にアクラガスの裏切り者とされたエッツェルが庇護した人々だった。

 ヴァラル人はアクラガスの外れに居住地域を設けられ、最下層民としてせめてもの慈悲が与えられた。彼らにアクラガス人と同等の権利を与えることはどの国も認めなかったのである。

しかし、立場の弱い彼らの庇護者となったのは王権側だった。例えば民衆による人種差別や迫害に関しては徹底的に禁じ、ヴァラル人であるから雇わない、物を売らないといった場合には王権が直接厳罰を下した。民衆社会に関する法を作る場合、各層からなる代表の民会(任期一年の無作為抽出によって決める)の投票で決めるのだが、ヴァラル人も加え、発言に王権の保証を与えた(だからと言って有利になるわけではない)。一見ヴァラル人は優位にもあるように見えるが、決して優位にはならない。あくまで民衆からの“ヴァラル人だから”という差別感情から守っているだけであり、一部の面に於いて平等にしているに過ぎない。主君の意見が間違っていても奴隷だから意見する権利はないのではなく、これを王権が意見することを許可し、奴隷の意見にだからと言って恣意的に暴力をふるってはいけない、ただそれだけに過ぎなかった。

とはいえヴァラル人居住地区はアクラガス人居住地区に比べれば貧しかったが、精神面はとても豊かだった。このような場所にユーノは生まれた。彼女自身も貧しかったが、精神面はとても豊かな少女だった。この少女がイルとして目覚めることとなる。


きっかけは黒髪の人狩りに捕まったことだった。当時のガイアでは黒髪人種はとても少なく、珍しいものだった。トゥリオや魔族には数多く居たが、人間やエルフはごく僅かだった。人間の黒い髪を有する人種は主にアクラガスから見て東側に位置するリュメオール川以東に住んでいた。例えばカザル・ヴァードや黒馬に跨る騎士が象徴的なリヴォニア、複数の商業国が集まるヘシュプ同盟等が挙げられる。しかしこれらの国はいずれもイルを信じて従った故に滅び、民族も消え去ってしまった。故に黒髪の種族は珍しく、当時の奴隷では最も人気があり、最も高かった。そのため黒髪人種を狙った人狩りが多く出現していた。

ユーノは運悪く隣町へ出かけた際にその標的になってしまった。彼女は奴隷として売られ、元はカザル・ヴァード出身というだけで何をされるのか、命の保証などなかった。更に悪いことに、ユーノを買った相手は異常な性癖を持った人間であったことだった。

ユーノは日々の暴力の中で次第に憎しみといった感情を抱くようになった。憎しみは大きな力を与え、彼女の主とそれに仕えるもの全てを殺した。彼女は血が溜まる屋敷の中で狂ったように笑い、また、呪いの言葉を吐いていた。イルとしてのユーノが嗤っていた。イルとしてのユーノにいつなったのかは分からない。しかし、その期間中にイルの人格が目覚めたことは確かなようである。

イルはとても強い魔力を持っていた。それはユーノにも受け継がれ、憎しみがユーノに魔導を教えた。イルは手始めに周辺の村や町を手当たり次第に業火で焼き払った。そして彼女はわざとイルの復活を告げた。しかし結局はディアハルの手によって屠られた。その日の晩、ディアハルは愛する妻ナシャエによって殺された。ナシャエは狂ったような笑い声を挙げた。


イルは様々な女の体を乗っ取り、器が壊れては次の肉体へと転々としながら、確実に復讐を果たしていった。己を裏切った国を焔で包み込み、己へ科したことと同じことを行った。かつて耳や鼻を削がれ、目を抉られ、歯を抜き、指を全て切り落として皮を剥いだように。信じた人間に裏切られたように。世界はその時ようやく己の過ちに気付いた。しかし仕方なかったのだと、必死に己に言い聞かせた。そしてゆっくりと歩み寄る恐怖に、静かに隠れ耐え忍んだ。誰もイルに対抗しようとは思いもしなかった。たった一人の人間に何もできなかった。こうして第三世紀はゆっくりと時を刻み始めた。


***


 第三世紀初頭、蝉の中でも伝説的な唄い人ミニュリガという魔族がいた。彼らが最初にイルを封じる旅へと出た。しかし成し遂げられることはなかった。むしろミニュリガの死が尚更イルを強くした。第三世紀中頃には勇敢なる駿獣族の国家アビラや白磁のアクラガスといった国が本格的に動き始めた。今度は己の正義を信じて剣を取った。一方でイルへ頭を垂れる国家も出現した。更に圧倒的なイルの力の前にひれ伏す国の方が圧倒的に多かった。そのような中でアビラは兄弟国とも言えるウオルの裏切りによって滅びた。また、アクラガスもかつての東国やイルたちのように敵に囲まれ、いつ滅びてもおかしくない状況に陥った。

 このような中でエルフはどちらにも従わなかった。更にどちらからも迫害された。かつては天族と同等ともいえる美しいレーヴァテインの光を有していたが、その面影は最早なくなってしまった。


 エレボスというものは激しい憎悪がエルフを堕としめて生まれる。史上には一人しか生まれなかったが、多くのエルフが憎しみから姿を醜く変化させた。白磁の肌は黒く、或いは灰色にくすませ、背丈は背骨が曲がったことによって低くなった。第二世紀末ごろ、エレボスの誕生と共に新たな種族が生まれたとも言われているが、第三世紀中頃、全く同じ現象が起こった。知能はそのまま受け継がれた新たな種族、ウルにも属さないそれはツェマリと呼ばれた。しかしエレボスに最も近いと言われたエルフもまた、存在していたのである。

 第三世紀末になると後に英雄とも称されるレイエルが登場する。最終的にはレイエルとその仲間、そして烏と呼ばれる一族の長・三途(ミト)たちによって魂を封印された。


第二世紀の英雄イルは闇に堕ちた

悪なる龍にそそのかされ、龍の手先となった

世界は一度彼女を殺したが蘇ってしまった

今度は更なる力を手にして舞い戻った

しかしイルは再び人の前に敗れた

許されざる罪は彼女に死を与えず

永遠とも言える闇の中へ沈ませた

そうしてようやく世界は平和になったのである


このように後世に語り継がれていった。そして時と共に姿を変え、いつしかそれは神話になった。


レイメ・ドルミエ『歴歌』より。

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