泣いた鬼吉川
僕は小早川隆景
智の天才である毛利元就の三男として生まれ、賢くて美しい人間ということだった筈なんだけれど
なんか良く分からないことになっているようだ
「ぼぼ、僕は人間だよ!?
普通に生まれてきたはずだよ!?」
「じゃあなんで精霊になれたんだ?」
「そ、それは………」
槍が腹に突き刺さったまま、普通に話せている時点でもう人間ではなくなっているなんてのはわかりきってる
だけど!
元々人間じゃなかったなんて知らないよ!!
「このヒレもここに来てから気づいたし……」
そういえば、目も澄んだ蒼色になってる
元々は母上譲りの紅い瞳
「人間じゃなくても、竜とか、神様かもしれないな」
「竜!?神様!?」
でもこのヒレ、南蛮の本で見た竜っぽい
竜の可能性は捨てられないかも
でも!
神様はないでしょ……
「過去を知れば自らがわかる…
ここは箱庭の賢者様におまかせあれだな」
「それって春兄じゃん」
「あ、忘れてた」
「うぐへっ」
いまさら槍を抜いてもらった
傷跡もないから驚きだよ
それにしても……
春兄、よく喋るなあ
元々、何考えてるかわからなかったんだけど
すごく喋る
人並みだけどすごく喋る
まるで寡黙という言葉がなくなったくらいに
前は寧ろ意見もなにも言わなかった
ワガママな僕とは違って春兄はなにかを悟っているかのように
なにも言わない
それはある意味での『意見』なのかもしれない
無言という意見
「私、隆元に出会えたらどうしようかな」
「え?」
「ただ願い事を叶えようと祈るだけではダメなの
叶ってどうするかを決めて、
どうやって叶えされるか
それを考えてからじゃないと
神様は叶えてくれないし、気づいてもくれないかもしれない
たまになにもせず叶ったりするよ?
でもね、それはほんと稀なこと」
まるで宗教家のような話だった
哲学的というかなんというか
そういう話は嫌いじゃない
「私はね、
どうしてもこれからのことを考えられなかったの。
こういうことをいってこの先どうするのか
言って、叶って、でもそのあと放ったらかしって勿体無い……
私はそこであえて無言という意見を使った
多少は口挟みしたけれどね」
春兄の話は続く
「でも……私は一度だけ意見を言ったの
九州征伐には行かない
って
でも連れてかれた」
『九州征伐』
その言葉に僕は罪悪感を感じた
《僕のせいで
毛利は大変な事になって
僕のせいで
父上の領土はあんなになくなってしまった
僕のせいで
君を殺してしまった
本当のことを言えば
君は病で死んだ
でも、無理矢理戦に連れていこうとしたのは
他でもない僕だ
ホント、僕って最低だ》
忘れたかった懺悔が脳裏から湧き出る
春兄は冷静に話を続ける
「だけどね、少しだけ嬉しかった」
僕はその言葉に驚く
九州征伐に行くことを拒否していた春兄にしては意外な一言だった
「貴方に必要とされたから……」
さっき迄の悲しい顔は
僕を包み込むような優しい
まるでお母さまのような笑顔……
今にも抱きつきたかった
「貴方に必要とされたから、嬉しかった
もうあの事があったから嫌われて、もうこの武力もここで終わりだと思ってた
私はもう用済みなのかなって思ってた
だけど、最後まで私を頼ってくれた」
どうしてだろう
こんなにも春兄が愛しくみえるのはなぜ?
ああ、この人の弟に生まれてよかったよ
「だけど、雪合戦とか初陣のときもワガママ言ったんだよね?
1回だけじゃないじゃん」
「ふふ、そうだった」
春兄は僕の手を取る
「隆景、……隆元を探しに行こう?」
その瞳は決心のついた吉川元春の瞳
もう、春兄に迷いはしばらくないのかもしれない
自分から話を逸らしてしまったけれど、
僕自身、正体はわからないまま