5 前執事バトラ
評判の焼き菓子は、確かに評判の意味が良く分かった。
私は一口頬張ると、口いっぱいに広がる花蜜の香りと、さらりと口の中で溶ける柔らかなパウンドケーキに舌鼓をうった。
「気に入りましたかな? お嬢様」
にこにこと微笑む老人に私は大きく頷いた。超美味しい。差し出されたケーキをさくさくとフォークで切って食べていると、あっと言う間になくなってしまった。これは一本出されても全部食べきれる。超美味しい。夕飯のことは夕飯に考えよう、と思ったが老人は二切れ目を渡してくれなかった。ちっ。
「駄目です、ただでさえお嬢様は食が細いんですからのう。夕食をもっとがっつり食べると約束しないかぎりこれは渡せませんな」
「じゃあお土産で! じい、お土産にするから! 明日食べるから!」
「先ほどアルに焼き菓子のお土産を頼んでませんでしたかのう」
ぐぬぬ、と私は窓の外を見た。アルクトスは私がバトラと話している間、書店での買い物と焼き菓子の列に並んでくると出ていった。私は彼がいない間に、どうしてもバトラに聞きたいことがあった。アルクトスのことを、そしてもう一つ。本当は何よりも先に聞きたいことがあった。
窓から見える長蛇の列からいって彼は当分戻るまい。残ったケーキを睨みつつ考える私に、ほっほっほと老執事は笑った。
「で、お嬢様。この爺にご用がおありでしょう?」
話を切り出す前に言われて、私は目を丸くした。爺は私に仕えてくれていたときからすぐ私の言いたいことが分かってしまっていた。妖怪サトリ、とぽつりと呟いた日はお菓子抜きだった。ごめんなさい。
「じい、あのね」
両手を膝に置いて、私は話を切り出した。
「じいが執事をやめたのは、年のせいだってお父様に聞いたけど、本当?」
「ほほっ、もちろんそれもありますのう。何ですかな、お嬢様。また雑事が耳にはいりましたかな?」
孫を見るような優しい老人の目に、私は下を向いた。室内ではシュンシュンというお湯が沸く音が聞こえる。ポットのようなそれもまた、動力源は魔力だった。
膝に置いた自分の手を見たまま、私は尋ねた。
「私が魔法を使えないから、仕えるのが嫌になった?」
ガイダン侯爵家の無能な一人娘。誰もが使える魔法を使えぬ彼女に婿の来手もないだろうと、まことしやかに囁かれる。ましてや、勉強においても社交においても重要な学園に入学すら出来なかった。これでは誰と知り合うこともなく、娘の代で侯爵家はお取り潰しだ、と。
「まったく世の連中は、余計な事ばかり口にするのが好きと見えますな」
ひょっひょと笑う老人の声は、執事を辞める前と決して変わらない。何を言っても笑い飛ばしてくれる彼が好きだった。だから父から爺が辞めると聞いたときはショックだった。
「戻って、来てはくれない?」
小さな私の声に、老人が首を振った気配がした。やはり、と納得すると同時に悲しかった。
「お嬢様。この世界で、一番お嬢様を大切に思っているのはこの爺ですぞ」
優しいその声も、ただの慰めに聞こえる程に。
「お嬢様のためならこの爺、老骨に鞭打って長蛇の列に並ぶことも、この目が黒いうちは決して譲らぬと誓っていた執事の座も、惜しくはないのですよ」
ふと、気付いた。
バトラは年のせいか甘い物があまり好きではないと言っていた。私は切り分けたパウンドケーキに思わず目をやった。今日バトラの家に行くという話はしていなかった。じゃあ何故それが今ここにあるのか。まさか、いつ来るかも分からない私のために?
「じい……」
「爺は残念ながら世界一大事なお嬢様の傍に、ずっと居てはやれんのですよ。何しろこんなよぼよぼですからのう、ほほっ。いつぽっくり逝ってしまうかわかりませんからのう」
「そんなこと言わないでよ、じい! あと百年生きるんでしょ!」
「うむむ、残念ながらこの妖怪爺、頑張ってもあと五十年ですわい」
……それで十分ではなかろうか、とひっそり思う私がいる。あと妖怪って言ったのを根に持たれている。
「だからお嬢様」
しゃんと背筋を伸ばした爺は、私に大事な事を言うときのように、凛とした声で言った。
「不肖ではありますが爺の孫アルクトスと、新しい執事と前に進むことを考えてはいかがかな?」
「……」
こう言うと爺は梃子でも動かないのだ。私がどれほど駄々をこねても、寂しいと言っても、穏やかな瞳で見つめたままできっと首を縦に振らないだろう。
私は頷いた。それ以外何も出来ることはなかった。爺は目を細めて、新たなお茶を入れてくれた。
「……なら、じい。ちゃんと五十年、生きてね」
「ほほっ、もちろん。爺はお嬢様の花嫁姿を見るまでは死ねませんのう」
「……私、結婚できないと思うから、じい死ねないわよ?」
「ほほっ、こんな可愛らしいお嬢様に、惚れぬ男はおりますまい。爺には見えますとも。美しく成長したお嬢様の周囲を我も我もと取り囲む馬の骨どもが」
「さりげない悪意が見えるんだけど!? じいは私を結婚させたいの!? させたくないの!?」
「はて、爺はとんと記憶力が悪くなりましてのう。一瞬前の発言すら忘れてしまいがちでしてな」
とぼける爺の顔を見ながら、思わず吹き出した私を爺は優しく笑って見ていた。
* * * * * * * * * *
「……そう、じい、そうだ。大事な用件はもう一つあるのよ」
新しいお茶を飲み終えたところで、私はハッと気付いた。窓の外を見るが、まだまだ長蛇の列である。
「なんですかな、お嬢様」
彼はさらにお茶を入れ直す。しかし私がそっと差し出した空の皿にパウンドケーキの二切れ目はくれなかった。くそう。
渋々おかわりを諦めると、私は尋ねた。
「アルクトスのこと、聞いてもいい?」
「何を遠慮なさることがあるのです。お嬢様の執事ですから、お好きなように何でも聞いてくだされ」
「……変な事を聞くけど、いい?」
「お嬢様の発言が変でないことがありましたかな?」
うぐぐ、と私は視線を逸らした。爺には赤ん坊の頃から知られているので形勢不利である。
「……アルって、クマよね?」
「仰る通りです。よくご存じですな、お嬢様。クマはとても遠い北の大地にいるので、ここ南の地では見たことのあるものはおらんでしょう。幾つもの海と山を越えたところにいると聞き及んでいるくらいですかな。亜人……ああ、半獣半人とも呼ばれておりますがこの国では亜人の割合は三割ほどですので、クマの亜人は孫以外にいたかどうか」
三割も! 数は少ないが外出したときに、彼のような姿のものを見たことがない。本当にそんなに居るのだろうか。
疑わしげな私の視線に爺は応えて笑う。
「アルのような先祖返りはまったく見たことはないでしょうな。通常は半獣といえど獣の姿はごく一部、しっぽがあったり耳があったりという程度が殆どです。お嬢様も見たことはありますな?」
「……しっぽや、耳」
そういえば、王都にでかけるとたまに耳や尻尾を着けた人が歩いていた。鼠のいる夢の国的な何かだと思っていた。そういえば道中見かけた露店主のごついおじさんがウサギ耳つけていたのを、なかなか挑戦心溢れた人だと思っていたが、亜人だったのか! なるほど納得である。ごめんおじさん。
しかし何故、アルクトスはあのように全身クマなのだろうか?
「でも、アルは見るからにクマよね? 何で?」
「ああ、孫は先祖返りですからの」
「先祖返り、って?」
「亜人の中で稀に、姿形も獣で生まれる者がいるのです。常人とはかけ離れた体と魔力を持っておりますのう。それを先祖返りと呼んでおります。かつては迫害の対象になったりしたようですが現在ではその能力と稀少性ゆえに国や重鎮に仕えるものが多く、引く手はあまたですな」
「!!?」
我が家は貴族ではあるが、位は上から二番目の侯爵家である。国と比較されるほどの地位の高さはない。そんな家の執事として来ていいのだろうか、と目をむく私に爺はひょっひょと笑った。
「あんな未熟者でも、様々な誘いがあったようですがの。この爺に相談に来たときにガイダン侯爵家を紹介したのですぞ」
「なんでうち!?」
「はて、なんでだと思われますかな?」
想像もつかない。沢山の誘いがあった中で、彼が勤めた先が魔法も使えない小娘の子守である。本当にそれでいいのだろうか。
「嫌って、言われなかったの?」
「あやつが? とんでもない! 間違ってもありえませんが、そんな言葉を吐いた瞬間にぶん殴って爺が執事に戻りますわい!」
殴った爺の腕が折れそうで心配である。しかし少なくとも、爺に強制されて勤めているわけでもないことは感じ取れた。
爺は顎を撫でながら窓の外を見た。日はまだ高いが、少し傾き始めている。そろそろアルクトスも戻ってくるだろうか。
「直接アルにお聞きになればよろしかったのに」
「聞きづらかったの。だってもしアルがそれを気にしていたら、悪いでしょ?」
ねぇ、クマさんは何故クマさんなの? それはお前を食べるためさ! という恐ろしい未来を想像した結果、直接聞けなかったというのは黙っておこう。
なるほど、と爺は頷くとひょっひょと笑う。
「あと私ね、私……」
言いづらいことではあるのだが、この際全て言ってしまうしかない。どうせ爺には私のみっともないところや変なところなど知られているのだ。そこにいくつか追加されたところでどうってことはないと、笑顔の爺を見て決心した。
「絶対アルには内緒よ、爺」
「はいな、もちろんですとも」
「私ね、アルがほんのちょっとだけ、本当に少しだけよ? ……怖いの」
具体的に言うと夜中に出くわしたら悲鳴をあげて逃げ出してしまいかねないくらいに、ほんのちょっとだけ怖いのだ。うん、ほんのちょっとである。
うんうん、と爺は頷いた。
「あんなでかい図体したクマがいたら当たり前ですわい」
「まさかの全肯定!? 祖父としていいのそれ!?」
「あやつがこんにちはの挨拶で肩を叩いただけでお嬢様みたいな細っこい娘は吹っ飛ぶでしょうしなぁ」
「吹っ飛ぶの!? 不安が増大してるんだけど! じい、ちょっとはアルのことフォローしようよ! 嫌いなの!?」
「大好きですわい」
飄々とした素振りで顎を弄る爺は、本当かと疑う私の視線を完全にスルーした。
「ですがまぁ、お嬢様がもし 蛇蝎の如くアルクトスをお嫌いでしたら、今日にも引き取って爺が復帰いたしましょうかの?」
「もしの例がひどすぎる!」
確かに我が家に蛇とサソリがいたら、これまた悲鳴をあげて逃げ出すだろう。しかしこれで頷いたら、まるで私がアルクトスを蛇やサソリと同一視しているようではないか。
「アルは噛んだり刺したりしないよ!? 多分!」
今の所噛まれも刺されもしてないので、ぶんぶんと首を横に振ったが、噛まれたら即死するだろうことは確かなので訂正はないだろう。
「ふむ、噛みも刺しもしないと。なら安心ですな」
多分と言ったではないか、と爺を恨めしげに見る私に、彼はいつもの笑顔で言う。
「お嬢様のその『多分』が『絶対』に変わるためにどうすればいいかお教えしましょうか」
まずそれを最初に教えて欲しかった、と私は頷いた。
「……うん、教えて」
「沢山のことを知ることです」
チリン、と鈴の音がする。
「アルクトスのことも、魔法のことも、お嬢様はこの世界のことをもっともっと、知る必要がありましょう」
「……本当にそれでいいの? 知ってもまだ、アルのこと怖いって思っちゃったら?」
「それは仕方ありますまい。本能的なものですからの」
「私が怖いと思うことで、アルを傷付けてしまったら?」
「孫はそんなに柔ではありませんぞ」
爺はそう言うが、日本とこの世界、二つの世界の知識があるせいか、たまに常識外れとも言える言動をしてしまう私である。何が引き金になるのか分からないのだ。クマさんの口はなんで大きいのと聞いて、それはお前を食べるためさと言われたらどうすればいいのだ。
「傷付けてしまったら反省して、謝ればよろしい。それが人付き合いというものです。それを受け入れぬほど爺の孫は、器が小さくはありませんぞ」
そりゃ見るからに器は大きいだろうけど、と反論しようとした私の後ろに、爺は声をかけた。
「のう、アル」
「祖父殿のいう通りです、お嬢様」
「!?」
ぱっと振り向いた私に、玄関から入って来たらしきクマが、やあこんにちはと大きな手をあげた。これは確かに挨拶で吹っ飛ぶかも知れない、と私はクッションを探した。なかった。
いつの間に、と思ったが、重そうな本の束を左手で軽々と抱え、袋に入ったパウンドケーキをちょいと右の爪にひっかけた彼は、その巨体に見合わぬほど静かに歩く。そういえばさっき、扉の鈴の鳴った音がしていた。窓の外を見ると既に日は傾いている。いつの間にか何時間も経っていたのか。
彼は私の元まで歩み寄ると荷物をテーブルに置いて跪いた。
「お嬢様。祖父殿と違い私とはまだ会って三日ほど。どのような言葉で私を傷付けてしまうか分からない、と遠慮なさるその優しさはとても貴いものです」
しかし、と彼は私をじっと見た。椅子に座った私の背丈と、跪いた彼の背丈は同じくらい。ちょっと私のほうが小さいだろうか。
「それでお嬢様とお話しできなくなることのほうが、私にはずっと寂しいのです。今日、祖父殿とお話されていた時ほど楽しそうなお嬢様の姿を、今まで私は見たことがありません」
彼は少しだけ悲しそうに微笑んだ。楽しそう、というよりほぼツッコミを続けた時間の記憶があるだけなのだが、彼はもしかしてつっこまれたいのだろうか。残念ながら彼に裏拳で「なんでやねん」と言える気がしない。
「祖父殿と同じ、というのはまだ無理かもしれませんが、お嬢様の信頼を得る機会を私に下さいませんか?」
私は彼の目を見返した。大きな顔のなかにあるちんまりと丸い目は、黒い輝きを放っている。
「……信頼、ですか?」
「はい、お嬢様。出来うることならば、祖父と同じように、気安く話して頂きたいと願うことをお許しください」
私の小さな呟きを拾い、彼は頷いた。
出来るのだろうか、私に。今でさえクマだーと叫んで逃げてしまいそうだというのに。
「……私、沢山変なことを言うと思うんです」
「いかようにでも。いの一番に、このアルクトスに仰ってくださいませ」
「アルを見て、ちょっとだけびっくりして悲鳴をあげるかもしれません」
「何を気にするものですか。良くある事ではありませんか」
よくあるのか。平然と言う彼に、自分の言動を顧みて私は深く反省した。そういえば私も初対面の時に悲鳴をあげていた。なんかごめんなさい。
「……じゃあ、これから、頑張りま……頑張る」
どうやら敬語を使われたくないようなクマの表情に、前向きに善処しますと私が役所のような返事をすると、彼はぱっと笑顔になった。満面のクマの笑みなどめったに見れることはあるまい。頑張って笑い返した私を彼は嬉しそうに抱き上げた。あ、ちょ、ちょっと待って、ヒィ怖いクマの腕の中怖い。私は思わず前言撤回しそうになった。
「帰りましょう、お嬢様。焼き菓子も三本手に入れました」
意外と固いクマの毛に、落ちないようにしがみついて私は頷いた。爺の方を向いて、笑みを作る。
「……じい、私、帰るわ」
爺は優しく微笑んだ。やっぱり一緒に帰ってはくれないのだ、と私は顔をアルクトスの肩に埋めた。少し固いクマの毛が頬にちくりと触れた。
「アルクトス。お嬢様を大切にしておやり」
「勿論です、祖父殿」
ひょひょ、と笑う爺の声がする。顔を伏せたままの私の耳に、続いてあっさり話す爺の声。
「何しろお嬢様は、アルクトスの無駄にでかい図体が怖いらしいからのう」
「!? ちょっとじい!」
うそつき、言わないっていったのに嘘つき! とがばっと身を起こして叫ぶ私に、爺は「はてこの妖怪爺も年ですからのう、忘れてしもうたのです」とすっとぼけた。これはあと五十年は言い続けられる。くそう。
私の頬を黒い大きな肉球が撫でていった。怒っているかと恐る恐るアルクトスを見ると、私を腕に乗せた彼は笑っていた。
まったく酷い爺だと怒る私に、爺はひょっひょと笑いながら紙袋を差し出して来た。それは残ったパウンドケーキだった。即座に買収された。
「今回だけよ! 今回だけは許すけど、次余計な事言ったらもうじいと口聞かないからね!?」
「はいな、何も言いませんとも。じゃあアルクトス、ちょっと奥の部屋で余計な話をしようかの」
「ちょっと!? 今言ったばっかりよね!?」
戻って来たアルクトスにどんな話を聞かされたのかと何度問い詰めても笑うだけであった。一体どんな黒歴史を話されたのだろうか。もうやだクマの毛皮に埋まりたい。
* * * * * * * * * *
<アルクトスの独白 3日目その2>
亜人、特に先祖返りであるということは、良いことも悪いこともある。物珍しい視線で見られることはいつものことであるし、時に心ない言葉を投げ付けられることもあった。気にするでない、と笑い飛ばすのはいつも祖父だった。
学園を卒業し、一時期、見聞を広めに各地を放浪した。その時、祖父からは今ガイダン侯爵家に仕えているとの手紙を貰った。
手紙の中にはお嬢様のことも書かれていた。「可愛い可愛い、宝物のような」と何度も文に出ていたのを苦笑して読んだ覚えがある。祖父の家に訪れたときに、家中にお嬢様の絵が飾られていたりもしていた。
「祖父殿、孫よりも可愛がっているのでは」と皮肉混じりに問いかければ「でかい図体で嫉妬するでない」と笑いながら返される始末。
そして知った祖父の宝物は、最初はただの可愛らしいだけの子供だと思っていた。
お嬢様の反応は、私を目の前にした大部分の子供のとる反応であったし、そういうものだろうとも思っていた。
ところが。
「私が怖いと思うことで、アルを傷付けてしまったら?」
真剣に祖父に相談するお嬢様からは、私に対する気遣いが感じ取れると共に。
――同じくらい傷ついてきた過去が感じ取れた。
傷ついたことがなければ、傷付けることも恐れはしない。あんな小さな体と心に、どれほどの痛みを持っているのか。知ることすらできないことが辛かった。
「頑張る」と笑ってくれたお嬢様の姿に、胸の奥がじんと染みた。
祖父は奥の部屋へと私を連れて行くと「お嬢様はとても心優しく可愛らしいじゃろう」と言った。いつもの惚気かと頷くと、さらに祖父は付け加えた。
「その分人よりも色々な事を溜め込むことが多い。お前が思う以上に、世界はお嬢様に生きにくいからの」
気をつけておやり、と私の肩を叩く。言われなくても、と思わず反論してしまいたくなったのは、祖父と離れて帰ると言ったときのお嬢様の姿を思い出したからか。小さな頬の涙を拭った手がなんだかやるせない。
「ひよっこにはまだまだ分からんよ。爺の気持ちも、お嬢様の気持ちもな」
そう言ってひょっひょと笑う祖父にとっては、私もお嬢様も同じくらいまだまだ子供なのだなと思われた。