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三年四組

三年生時代のプール


 一、二年時代の担任は女性でプールはビート版を使ったりし、泳げないわりには楽しかった。

 三年生は戸川先生だ。当然そうはいかなかった。ぼくの胸中はすでに警戒しながらのプールだった。

プール開きはぐるぐる回って水に慣れるという理由で終わった。

そして二回目のプールになると、泳げる者と泳げない者に分かれる。胸騒ぎがした。当時クラスメートは四十人いるし、そのなかでまったく泳げない者はたった四人だけ。

 その日は目を水のなかで開ける練習をした。当時、ゴーグルの着用はなぜかダメだった。

 そしてここから恐怖の戸川がつきっきりで指導に当たった。

 もぐって目を開けろと命令する。

 四人のなかには冬田のモデルであるバルタンもいる。その彼女からだった。

 バルタンはもぐるけどすぐに出てしまう。ぼくでも当然のことだ。そして再度やれとなる。バルタンが嫌々もぐったときぼくは目を疑った。

 なんと戸川がバルタンの頭を出てこれないよう押しているではないか。これには背筋が凍った。なぜなら次は自分だからだ。

 数秒で上がったバルタンは、鼻水とせきをして泣き出していた。

「次、浜崎、もぐれ」

 といわれ、恐るおそるもぐった。でもすぐ出てしまった。そして二度目は、大きな石が頭に載ったように、強い力で押され苦しまみれとなった。手を上下し何度も鼻から水が入った。死ぬと思ったときにやっと上がれた。瞬間に先生から離れた。

わからなかったが、鼻水は出ていたかもしれない。そんなことなど気にも出来ない拷問であった。

ここまで読み、うそじゃない? と思うかもしれない。でもこれは実話だ。ちびまるこの裏はまったく違い、本物の三年四組は戸川先生首謀の恐怖学級だった。

 だがこれは序章に過ぎず、これからがはまじの本題である。



 夏の体育は自動的にプールになるため、週四回はある。いつも雨が降らないかと思っていた。三回目も翌日にあった。遅く着替えてギリギリにプール場へ行った。ほとんどのクラスメートはプールが楽しみでさっさと向かうのに、泳げない四人はのろかった。

 シャワーを浴びて整列した。ぼくはなるべく下を向いている。

 三回目の課題は飛び込みの練習という。いきなり鼻に水が入り、むりなのはわかっている。そんなのはお構いなしに、まずは泳げるチームからプールへ飛び込んで行った。

 うまく飛び込む者もいるし腹から飛び込んでしまい、赤くなった者もいた。

 正しい飛び込み方法を戸川先生が説明した。

「いいか、両腕をピンとまっすぐ伸ばして耳につける。そして指先から飛び込め」

 裸で海水パンツの戸川先生は、そのポーズを飛び込み台でやった。格好からしてやる気満々だ。ぼくは恐怖が先行し、その姿を見るに見れなかった。

 四人以外の生徒は一通り終わった。ということはぼくらの番だ。

 顔さえつけられないというのに、そんな高等なである飛び込み技など出来るわけがない。ぼくを見ている先生の口元は釣り上がっている。

「浜崎、松島、冬田、野村、こっちに来い」

 四人は最後尾にいて、のろのろと前に来た。

「台に乗り飛び込みのポーズをしてみろ」

 四コースを使うようだ。ぼくはなぜか先頭にいて一コースへ渋々上がった。一番最初にやらされるのかと心臓が一気に跳ね出した。公開処刑とはこんな気持ちになるのか。

五十センチもない飛び込み台に初めて上がった。それは高く足が震えている。水面が広がり、どこかの自殺の名所に立っている感じにも思えた。ぼくはこれから死にたくないのに、ここから飛び込むのかと。

「浜崎、飛び込め!」

 飛び込みポーズのまま振り向けば、茶色のサングラスが光っていた。ぼくはなかなか指先から飛べない。

「なにやってる、早くしろ」

 後ろでは命令口調でいっている。飛ぶしかない。

「えー」

 と自分なりの気合いだ。だが、そのまま足から飛び込んだ。

「なんだそりゃ」

 ポーズはなく足から飛び込んだので戸川先生はそういったのだ。

クラスメートの笑い声がしたが、こっちは必死だった。

「もう一度だ」

 次はもう一人の男子である松島の番ではないのか、と思いながらゆっくりと台に上がった。

「さっさと飛べ」

 と、先生はぼくを急かす。そしてまた同じ足から飛んだ。

 またみんなの笑い声。先生は首を傾げていた。なぜ出来ないのかという顔だ。でも当たり前だ。顔をつけるのが出来ないのに、飛び込むなどむりな話しだ。そのぼくたちの気持ちがわからないのか。そのまま松島の番になった。

 でもぼくと同じ。冬田も、野村も足からの飛び込みだった。

「おまえら、台に上がってポーズしろ」

 ぼくはまた一コースにゆっくりと上がった。三人も足からならと、少し楽になった。

 それならいくら飛んでも足からにしようと思った。

「ポーズしろ」

 と後方からの命令。ポーズしたとき真後ろに先生がいた。そう思ったら強い力で押された。そしてポーズのまま水面にダイブした。

 直後、鼻に大量の水が勢いよく入った。そして口にも入り苦しくなった。顔を出すと『あっ、ぷ、ごっほ、ごっほ……』とせきが出る。松島も冬田、野村も同じだった。ぼくはすぐプールサイドへ向かった。脳に水が入ったようにも感じプールから出た。

「いまのような要領だ、わかったか」

 先生は涼しい顔でいったが、こっちはそれどころではない。鼻息をして水を出している状態だった。

「もう一度だ」

 続けてやられるのはこりごりだ。生徒はニヤニヤしながら話している。ぼくらは完全に見せ物だった。

ぼくは先生の行動を気にしながらゆっくり台へ上がった。戸川先生は腕を組んで幸いプールサイドにいる。足と腕が震えているなか、ぼくは飛び込みのポーズをした。

「浜崎、飛び込め」

 今回は近くにいなかったので押されずにすむ。

 そして飛んだけれど足からだった。

「まただ、なにやってるんだ」

 次の瞬間、先生はプールサイドから入ってきた。ぼくは後ずさった。なにをするのか。ぼくに近づくと腕を強い力で引かれた。  

そして身体を持ち上げ、水面にたたきつけられた。

 鼻と口から大量の水が入る。手足はバタつかせるが、大人の力が強く、また持ち上げられたたきつける。一瞬の出来事でこれを三度やられた。

 おえつを吐いてなんとかプールサイドへ上がった。そして涙が出た。恐怖感が増大し、そんなところをみんなに見られて恥ずかしくなっていた。

 それでも飛び込みは続く。チャイムはまだ鳴らない。

 泳げる生徒から飛び込みが始まった。涙を流しながら列につかないとならない。肩で息をしている。恐怖感があってなかなか整わない。

「大丈夫か、ひどいよ先生は」

 と松島の声が聞こえたが、両手で目を押さえ、恥ずかしさもあって声が出なくなっていた。

 最後尾にいるぼくの順番も近づく。もうあと数人でぼくだ。背中に氷を擦りつけられたように身体はぶるぶるとしている。怖い。

また鼻と口に水が入って苦しくなる。水道の水を飲むのとわけが違った。今度たたきつけられたら、プールで溺れ死んでしまうかもしれない。さっきの状態が脳裏によみがえっていた。

 そんなプレッシャーのなか、振り向くと金網の出入り口は開けっ放しだ。

 息が落ち着いたとき涙がとまった。でもあと三人でぼくの番。

また惨劇が始まってしまう。地獄の入り口が近づく。それに先生はあれからずっとプールのなかにいて、中心で飛び込みを見ている。ぼくがまた足からでは、近づいて持ち上げてたたきつけるだろう。飛び込みの終わった生徒は戸川先生の後方にいた。

ぼくはまた振り向いた。あそこを出れば拷問はない。前は地獄、後ろは天国ではないか、そんな思いが増大したとき、次の番となった。そしてぼくは振り返って一目散に出入り口へ走った。


ドカンのなかで


 とにかく無我夢中でグラウンドを横切った。素足と裸だが拷問よりはいい。先生が追い掛けて来るか振り向いた。プールサイドでTシャツに着替えているところ。下駄箱などには行かず、そのまま正門へ向かった。

 すでに息切れしている。散々水に浸かり鼻にも入っていたからだ。

 正門をくぐってもう一度振り返った。もうグラウンドとプール場は見えないけれど、先生が気になった。当然足も速い。

信号はちょうど青だ。目立ちそうなので黄色の水泳キャップを脱ぐ。六月でも日差しがおでこを照らし、汗がほおに流れた。腕で拭いながら走った。走れ走れ、と自分にいい聞かせる。

 まだ十一時ごろだ。買い物カゴを持ったおばさんは、ぼく見ながら口を開けていたり、すれ違ったおじいさんになにかいわれたけどむしをした。

 水着だけで走っているので、忘れ物をとりにいっているとは思わないだろう。そんなに人はいない。でもすれ違う人はぼくの姿を振り向いて見ているはず。

いまのぼくはどう思われてもいい。もう脱走をしてしまったのだ。目指すは家のほうだった。

川沿いを走っていたら、ぐにゃと足の裏に感触があった。

「くそー」

 まさに犬のうんこを踏んでしまった。これでは臭くなる。

 恵比寿町に住むぼくは、まず恵比寿公園で洗い流すことにした。

 公園へ来たら、幸いだれもいなかった。ぼくは水道の蛇口で足裏についたうんこを流した。

 ここでようやくのどを潤す。散々プールの水を飲んだのに、公園の水はおいしくジュースのように思えた。そしてベンチに座って息を整えた。

 先生は追い掛けて来なかったのか。授業があるので出られないのだろうか、と勝手に想像していた。

 とりあえずは拷問をまぬがれたわけだ。松島やバルタンたちはどうしたのか。ぼくの脱走をしたことで、先生も拷問をやらなくなったのかもしれない。あと三人も脱走されたのでは学校も困るだろうし。つまりぼくはいいことをしたと思えばいい。

 息が落ち着いたころ、もう一度水を飲んだ。

 これからどうしよう。たぶん先生から電話がいき家には帰られない。とぼとぼと自宅ほうへ歩き出した。公園から家に向かうと上級生たちが野球で遊ぶ広場がある。そのすみにドカン五本積んであるのが目に入った。

「あそこだ」

 とつぶやき、そこを目指した。隠れるにちょうどよく、ぼくの長家もよく見えそうだ。

 そしてドカンに入った。直径は八十センチくらいで長さは十メートルほどある。端にいるとだれかが通ったとき見えてしまうので真ん中に移動した。ぼくの家もここから五十メートルほど先でよく見えた。

 ジッとしているしかない。昼のチャイムが鳴ったけど、ぼくの給食は出ない。恐怖を味わったせいで食欲もなく、ちょうどよかった。

 端へ行って自宅を確認しては、真ん中に戻ることを繰り返した。

もう何時だろうか。二時か三時くらいかと思った。眠くはないし暇だった。そしてまた端に行って家を観察すると目を見開いた。

オレンジのTシャツが自転車のスタンドをちょうど掛けている。

「戸川だ」

 と小声が出て、その様子をうかがう。

 ぼくの家に入った。きょうの出来事を玄関で母に話しているのだろう。自転車ではいろいろ探し回ったのかもしれない。

 ずっと様子をうかがってはいられない。車や自転車がたまに通るのでドカンの真ん中へ移動しなければならない。

 そして端へ移動することを繰り返した。

 二十分ほどたつと先生が出て来た。オレンジTシャツはわかりやすいが、恐怖感も襲ってくる。

 道端に出て左右見ている。前方のドカンには気がついていない。

 まさかこのなかにいるとは思わないのだろうか。

 そして来た道を戻るようで、自転車に乗って恵比寿公園のほうへ向かった。ぼくはそのオレンジ色をずっと見えなくなるまで目で追った。

 これで家には来ないだろう、と肩の荷が下りた感じだ。

 母が買い物へ行くと思うが、学校の生徒もそろそろ帰る時間だ。

 家まで五十メートルだけど裸の姿を見られたくない。

 ぼくは辺りをキョロキョロしてだれもいないことをたしかめた。いまだ、と思って走った。

 だれにも見られなく家に着いた。ぼくの家は長家が三棟建っていて奥がそうだ。いつも鍵の掛かっていない裏口を静かに開けた。

 キッチンには母がいなかった。静かに上がったら母が現れた。

「なにやってるだね、カバンも学校じゃないの。とりに行ってきなさい」

 ぼくの母はアニメのようにうるさくない。このころ母のお腹には妹がいたので大きく動きも鈍かった。

「嫌だ」

「来なかったら、だれかに持たせるといったけどさ」

「だれかって、だれ?」

 ワタならいいが、方向が違った。たまに遊ぶシオピンでもいい。

「知らないわよ、風呂でも入るか服着なさい。買い物行ってくるから」

 といったので、ぼくは服を着るため部屋に行く。

 水着を脱いだとき、玄関が開いたので戸川が来たのかとあせった。窓から外を見ると、ただ母が買い物に出ただけ。

 そしてランドセルはシオピンが持って来た。

「……給食のあと先生はその辺探したようだった。五時間目は自習にはならなく二組の先生が来たんだ。みんなはまじはどこへ行ってるのか不思議がってた。でも戸川に捕まれば絶対ピンタだぞともいってたよ」

「絶対ピンタはわかる。ぼくドカンにいたんだ」

 シオピンは目を丸めた。

その夜、当たり前だが義父から怒られた。なぜ脱走したりたのかと、原因をぼそぼそと話した。

 死ぬかと思った、といっても信用せず長々説教をされピンタも張られて泣いた。

 翌日、一応ランドセルを背負って学校へ向かう。でもプールはあるし昨日のことで気が重い。なぜ学校なんてあるのか。行けばピンタを張られ、みんなのさらし者にされる。それにまたプールで死ぬ思いはごめんだった。

 学校の近くで引き返した。上級生に見られるが、白々しくかばんを開いたりと忘れ物を思わせた。どこに行くか考えていると、ドカンは家の近くまでいかないとならない。それにあのなかで一日は大変に思う。ここからでは神社と公民館の公園が近くにある。

神社の裏に隠れていればいいかもしれない。

 神社の裏はだれもいなくて快適そうだった。そして給食も食べずに、寝ていたりつまらない教科書を読んだりと三時半ごろまで過ごした。そのころ帰ればいつもと同じだ。でも先生からの電話があったと思う。帰宅すれば、母から先生が来たことをぼくにいった。

「わたしも先生に怒られたじゃないのよ、なぜ来させないのかと。明日は必ず行きなさいよ」

 とりあえず返事をした。だが夜は、ピンタはなかったが義父にまた怒られた。

 翌日。

「おはようございます」

 と、戸川の声。

「えっ!」

 ぼくはテレビを見ていたので意表を突かれた。まだ七時十分だ。

きょうも神社と決めていた。

 母は知っていたのか? 六時半ごろ出た義父はいない。

 ぼくはとっさに裏口へ行こうとしたら、母が通せんぼする。

「学校行きなさい、わざわざ先生が迎えに来たんだから」

「なんだ、知っていたじゃんか」

 泣きそうになった。母にだまされたようなもんだ。

「なにやってるんだ、行くぞ」

 戸川の声が響く。

 母から渋々かばんと水着を持たされた。玄関に行くといつもと違い笑顔で迎えている。

 なんだこの違いは、と思っていた。母がいるのといないのでは、こんなに変わるのか。

「行くぞ」

 といわれ、外へ出た。てっきり車かと思えば自転車だ。

 そして先生の荷台へ座り、嫌な腰に手を当てた。

「まったく世話のやけるやつだな」

 走り出すといつもの戸川先生になった。

教室に入ると、みんなが物珍しそうに見ていた。だれかがいった。

「きょうもプールあるぞ」

「また脱走すんなよ」

 みんなは笑ったが、ワタを見ると無表情だった。

 先生は職員室に戻ったが、チャイムが鳴ると現れた。朝の学級会はやらなく、ぼくは呼ばれ教壇の横へ立たされる。

「……プール場から逃げたときどこにいたか話せ」

 また尋問かと。でもこうなると思っていた。

 ドカンのなかにいたことや観察していたことをぼそぼそといった。

「もっと聞こえるように話せ」

 なぜみんなに伝えないとならない。迷惑を掛けたのはたしかだけれど、戸川だけに話せばいいのだと思った。

 尋問は続き、神社の裏に隠れていたことも小声で話す。

 しつこく聞く。

「神社の裏で一日なにしてた」

「寝たり、教科書読んだり……」

「けさもサボろうとしたのか?」

「……いえ」

「ほんとか、水泳あるのによ」

 こんな尋問だ。だんだんと涙が出てきたので早く終わってほしかった。最後にみんなに謝れ、というので、

「迷惑を掛けてすいません……」

 ぼくは泣きながら席に着いた。

 その日もプールがあった。警戒していたが、泳げない組はビート版のバタ足だった。戸川先生はぼくがまた脱走するかもしれない。先生は飛び込みをやれといわないし、珍しくぼくに近づかなかった。なんといっても出入り口が閉まっていた。脱走防止だろうけど、ぼくのためだけだ。

 その日の帰りの会のとき、先生は爆弾発言をした。

「明日から全員プールで二十五メートル泳いで帰ること」

 なぜそんなことをいう。明日はプールがない日というのに。

 これでは月曜から土曜まで毎日水泳だ。ぼくがどれだけ嫌なことかわかるはずだ。ぼくにプールを好きになれということか。そりは絶対むりだ。これでは体育がない日もプール、プール、プール。いますぐ学校が火事になってほしい。そう思ってもプール場は水であるし火事にならない。

 憂うつになって家に帰った。

 母はもう先生よりになってしまった。その夜、自分ひとりでどうサボるかと練り始めていた。

 翌日は学校に行った。神社やドカンは昨日話してしまったのでもう隠れることが出来なかった。

 学校に行くと、四人組の松島がよって来て、『きょうからつらいな』といってきた。松島とはそれほど友だちではないし、ぼくはただうなずくだけだった。四人は仲間みたいなものなのに、ぼくはなぜかその仲間意識がなかった。もしかして単独でいないと、戸川に伝えるかもしれないからだった。

 一時間目、二時間目が過ぎていく。だんだんと放課後に近づく。

 そして三時間目が終わったとき、そのプレッシャーに耐えられなくなった。ぼくは机から予定帳を出し、腹のシャツのなかに隠した。

「あっ、予定帳を忘れた」

 と横の女子に聞こえるようにつぶやいた。すかさず、

「ちょっととり行ってくる」

 というと、

「自分で先生にいいなよ」

 といっていたが、どんどん教室を離れた。ぼくが直接いうわけないだろう。

そして下駄箱まで走った。戸川先生に会ってはまずい。絶対追い掛けてくる。

きょうは体操着で忘れ物をとりに行くという感じが歩いているおばさんにわかると思う。

下駄箱に行くとくつを履き走った。もう汗が出ているがこれは冷や汗だ。

 正門を出たころチャイムが鳴った。また脱走をした。横の女子はほかの女子に伝え、ぼくの席を見た先生は『またかよ』と思うのかもしれなかった。でも先生がわるい。毎日プールといったからだ。

 ドカンも神社もダメだ。公園で時間を潰すしかないか、と。

 平日に小学生が堂々ブランコは変だ。記念碑と書いてある石がある。その裏がちょうどいい隠れ場だった。ちなみにここへよくダンボールに入った子犬、子猫を捨ててあるところ。ぼくも子犬を持って家に帰ったことがあった。でも飼えなかった。

昼のチャイムが鳴ったので昼だ。ずっと石の裏に座って隠れていた。人はそう通らないし、子供が公園にも来なかったのでよかった。

 三時ごろだと思ったとき帰ることにした。恵比寿公園から家はすぐだ。でも白い車がある。よく見るとカローラだ。それは、

「あっ、戸川だ」

 ぼくは慌ててきた道を走った。戸川が車で家に来たのだ。ということはプールはどうなったのか? そこが疑問だ。ぼくのせいで中止か。そうなると泳げない三人はぼくに感謝だろう。

 どこへ行こうかと思い体操着でうろうろしていた。

 辺りには下校の生徒も歩いている。学校は終わったので親友のワタの家に行くことにした。彼とは小学一年からの友だちで、『わたなべ』なので『ワタ』と読んでいた。ぼくのことははまじとはいわず、『ハマヤン』だった。ワタは色黒でハンサムなので女子に人気がある。でもぼくと同じく勉強はダメでテストをよく見せっこしていた。二十点、十五点など近い点数だったのも親友になった理由だ。二人で学区外のデパートへ行ったり、ゲームをするのだった。

 ワタの家に行くと、母はぼくを歓迎しすんなりと入れてくれた。

 ワタはぼくの事情など決して話さないのだ。

「ぼくの脱走後はどうなった、戸川は?」

「また浜崎が逃げたのか、しょうがねえな、といってたよ。そしてな、今度浜崎がいなくなったらすぐに報告するように、といっていた」

 クラスメートも敵にしたということだ。昭和時代、先生は神様みたいな存在で、みんないうことをよく聞いていた。いまではそんなことはなく、先生は弱い立場だろう。

「でもワタはいわないでしょ」

「いわないよ、おれもそんなプール好きじゃないし」

 といったけれど、十五メートルは泳げる。テスト以外、そこは負けていた。

「あいつは要注意だ、と戸川がいってたよ。でも脱走してどこにいた? ドカンはもうばれそうだし」

 ワタには隠れ場を話そうとしたとき、母が麦茶を持て来た。

 のどが渇いていたので助かった。十二番のゼッケンを外した体操着をなぜ着ているかいわれたので、笑ってごまかしたら出て行った。

「きょうは恵比寿公園の記念石の裏だ。捨て犬がいるとこ」

「あそこか、いろいろ考えてすげーなー」

 そんなことをワタにほめられて照れ笑いをしていた。もしワタが危機になれば、いろいろ隠れ場を考えることを思った。ワタも先生のことを嫌いだし、生徒と一緒にしたがうはずがない男だ。

 五時のチャイムが鳴ると、そろそろ帰らないとならない。本当はまだここにいたい。家に帰ればまず母に、そして義父に怒られる。そんなことを考えていたらワタがいった。

「明日学校サボるのか?」

「たぶんね。でも戸川が来るかもしれないから早く出るかも」

「あれもサボろうかな?」

「え、サボろうよ」

 と、ぼくはにやけていっていた。

「そうだな、一緒にサボろうか」

 となって、ワタの町内の歩道橋で待ち合わせとなり別れた。

 その後、母に当然怒られた。しかし六時ごろ、戸川先生がやって来た。

「明日はプールがあるけど、ビート板だから来いよ」

 と母の前だから優しくいった。

 ぼくはその変ぼうには頭が来る。こんなこともあって、とりあえずワタとサボるので普通に行くとうその返事をした。こんな戸川だ。明日を思い知れと、心で笑ってやった。夜も義父に怒られ、もうそれは慣れっこになっていたのかもしれない。それだけ困らせていた。


                               

                          つづく

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