≪始≫
もしも。
もしも目の前に、一と三百とが掛けられた天秤があったとしたならば。
三百を選べば一は失われ――一を選べば天秤ごと三百が、いや、世界が失われるとしたならば。
もしも。
もしもあなたがそんな選択を強いられたなら、一体、天秤のどちらの皿を選びますか。
もちろん三百のはずです。
では、それなら、一があなたの恋人で、三百があなたの知らない人間であったなら、あなたは三百を選べますか? その場合、世界が滅ぶとしても?
もしもの話です。
この女をこそ得めと思い、彼の子供なら産んでも良いと、それほどまでに思える恋人が目の前にいて、そして彼あるいは彼女が「一」であった場合、いったいあなたは、どちらを選びますか――――?
一を守って三百も助けてみせる、と、とある勇者は答えました。
女の子を助けてこそ勇者、と、またある勇者は答えます。
先の勇者は、当然の様に一を助けて魔王を滅ぼし、三百を――世界をすら、守ってしまいました。
後の勇者は、女の子を助け、そして愛の力で起死回生、なんだかんだで世界も救ってしまいました。
前者はいかにも真面目かつ熱血、勇者のイメージそのものであると言えるでしょう。後者はいかにもストーリー性のある勇者像です。また、像だけではなく、人々は、実際に勇者を求めました。
勇者は求められるものであり、求められるとそこには勇者がいるものでした。
でも。
と、ここで逆接の接続詞を使います。
ただ、ここから先の言葉は紡ぎません――少し脱線して、違う話をしましょう。
場所は二の世界デイリの国、夕暮れ村。
ここにも「一」と「三百」を天秤にかけた、一人の「勇者」が、存在するのです――