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新たなる一歩

作者: 海原羅絃

 冬からバス通学で学校へ通うことになった僕はある日、一人の女の子を見かけた。

 黒くて、長くて、艶やかで、見ているだけで見惚れてしまいそうなほど、きれいな女の子だった。


 歳は僕と同じで、着ている服も、僕の通う高校と近場の制服かもしれない。

 そんな彼女はいつも、バスに乗ってすぐ右側にある座席が一つしかない椅子へと腰を掛ける。


 もしかしたらそこが彼女の定位置かもしれない。僕は彼女を見かけてから、そのきれいな顔、髪の毛、瞳が見えるような彼女とは真逆の席で、窓際へと座り始めた。

 そうするうちに自然と反対方向の景色を見ようとすると、視界に彼女が入る。


 彼女の表情に揺らぎはない。

 寧ろ、余裕を持っていると言ってもいい。いつ、バスが止まっていいと思えるくらいに。いつ、事故が起きても、迅速な対応ができると。


 バス通学を始めてから二週間。僕は火が連ねるうちに、彼女に対する思いが強くなっていった。

 残り少ない授業も身に入らぬまま、頭の中はそとからの景色を眺める彼女の姿がちらついている。

 授業どころではなくなっていた。


 名前も知らない。どの学校に行っているのかも知らない。彼女の事を知っている人も誰だかわからない。

 思い切って声をかけようか。

 それでも勇気が出てこなかった。

 自分が臆病だということが分かっていても、行動に移せない、それが僕の唯一の欠点ともいえることだった。


 友達に相談をしてみようとも思わない。気恥ずかしいし馬鹿にされるだけ無駄だとわかっている。けれど、行動に移せないのが、僕の唯一の欠点。


 ある日を境に、僕は彼女に声をかけようと決めた。拒絶されてもいい、自分の精いっぱいの事ができればいいだけ。それだけでも十分なことだ。


 三月五日。その日は僕の通う高校の卒業式だった。帰りが早かった僕は、すっかりバス通学に定着し、いつもの座席に座る。

 しかし、何か違和感があった。

 発車してから遠目で見ていた景色を変えようと反対側に目を移すとそこにいつもの最前列に座っている彼女の姿がなかった。


 今日だけは時間が違かったのか?

 いや、そんなことがあるわけない。

 いつも降りているバス停に着いたところで僕は運転手さんにこう聞いた。


 「いつもこの座席に座っている女の子は今日どうしたんですか?」

 運転手さんは知らないと思っていたけれど、案外普通そうな反応見せてくれたが、僕にとって、その反応に対する言葉の返事が、あまりにも意外すぎて思わずくちをぽかんとひらいてしまった。


 「ああ、そこに座っている彼女?確か今日付けでアメリカのほうに行ったとか言っていたな。なんでも、ここらじゃ偉い会社の社長の娘さんだったらしいな」


 驚いた。もちろん、ここにいなくなった理由も、彼女がどんな人なのかも。

 それでもさびしいとは思わなかった。

 でも、彼女が自分の夢のために、今日旅だったということを胸の中で切り開けたこと言僕は胸をほっと撫で下ろした。


 名前の知らないあの彼女の横顔。

 

 名前の知らない彼女のなびく黒い髪の毛。


 名前の知らない彼女の名前はなんだったのか。

 

 けれど、初めて目があったあの日、間違いなくあの笑顔は僕の頭上に舞い散る桜の花びらのように凛としていたに違いない。


 さて、今日から一年、彼女と会って一年、僕はいったいどんな人生の軌跡を刻んでいくのだろうか。

 僕は、息を大きくはいて、新たなる一歩を固いアスファルトの上に踏みつけた。


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