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約束

作者: えすゆう

彼が、出ていきました。


ちょっと間を置きたいかも。という手紙を残して。




携帯電話のアラームが寝室中に響いて、まだ起ききらない意識の中、ベッドサイドに置いたテーブルに手を伸ばした。

それを探し当てる前に手に当たったものがバタバタと床に落ちるのをなんとなく理解する。


けたたましくなり続ける携帯電話の停止ボタンを押し、目を開けた。

朝の金色の光がオレンジ色のカーテンをくぐって部屋を柔らかく照らしている。


起き上がって体を伸ばし、伸びきった所で力を抜く。気持ち良い、朝だな。

ベッドから降りるとテーブルに置いておいたはずの眼鏡やら読みかけの雑誌が床に落ちていて少し残念な気分になった。


彼が出ていって一週間。人の気配のない冷たいキッチンに入りコーヒーを入れる。

一週間前までは私の日課には入ってなかった。いつも起きたら彼がテレビを見ながらコーヒーを飲んでいて、今仕入れたばかりの芸能情報を私に自慢気に話す。テーブルにはちょうどよく冷めたコーヒーミルクが私に用意してあった。



熱々のコーヒーにミルクを入れてスプーンでくるくるとかき混ぜる。

ふとカレンダーを見ると日付に赤い丸がしてあって今日だと気付いたけど、まぁ、もう消えた予定。



久しぶりに妹に会いに行こうかな。

前会ったのはもう3ヶ月位前だったような。

メールを入れると「たまには私の家で」と返信が来た。


電車で行けば割りと近い距離。昼頃に出掛けることにして携帯電話を置いた。



約束。

出かけるときはどこにいくかわかるようにしておくこと。

この一週間彼とメールもしていない。


彼が出ていって最初に送ったメールに返信がなくて諦めた。


彼からのメールや連絡は一切なくて、少し、意外。

「好き?」女みたいな男の子だと思ってた。いつも私からの好きをねだった。


2つ年下だったから、私の中で彼の女っぽい所もなんとなく許せたし、年上ぶって強い女でいれるのが気持ちよかった。



掃除機を出して廊下から洗面所、キッチン、寝室、リビングと一気に掃除機をかけて、電源を切ると、ずっと耳を支配していた掃除機のやかましさが消えて、シンとする。

静寂に慣れると思い出したかのように遠くから洗濯機の回る音が耳に届いた。



一人暮らしをしていた頃を思い出す。休みの日は朝起きて、必ず一週間分の掃除と洗濯、夕方になったら近所のスーパーに適当に食材のまとめ買い。

夜中にビデオ屋にいって一人で映画を見て、適当な時間に寝る。


「ふふ」

そんなことを考えて、ちょっと可笑しいと思う。

二人で暮らしていてもあまり変わらない休日を過ごしていた。

ただ彼が横にいるだけ。


けど、別れちゃったら、また、彼が居ないことが当たり前に、なるのね。



トイレ掃除も、しなきゃ。

家事は分担。休日の掃除は私が家中を掃除機で綺麗にして、彼はトイレ掃除と玄関掃除。


私が料理をすれば、彼はお風呂を沸かして

彼がお皿を洗えば、私は洗濯物を畳む。



「良い彼氏だね」

友達はみんな、そう言った。

「年下だから」

当たり前だから。


それが、普通なの。



掃除を終わらせ、出掛ける準備を済ませるとちょうどお昼になった。



「お待たせいたしました」

綺麗に盛り付けられたサンドウィッチとカフェラテが運ばれて来て礼儀正しい店員さんがお辞儀をして下がっていく。


妹の家に行く前に昼食をとる。

駅の中にあるカフェは少し騒々しくて意外と落ち着く。 

ザワザワという擬音は凄いと思う。向かい合ってお喋りしてるお客さんはきっと私も理解できる言葉で話しているハズなのに、私に向かって話さない限り、その場にある他の音と混ざりあって私の耳にはザワザワという雑音にしかならない。



「好きっていって」

後ろから抱きついて来る時は決まってそう言った。

そういえば、最近は私が好きって言うばかりだった。



口に含んだカフェラテが熱くて、舌がピリピリする

今日は二人で出掛けるはずだった。

新しいカーテンとキッチンに置くテーブル。



彼が欲しいと言ったんだ。

彼が居なくなるのならもういらない。

私は必要だと思わなかったから。



サンドイッチを食べ終わる頃

冷めすぎたカフェラテを一気に飲んだ。

少しだけ苦くなっている気がした。



「いらっしゃい」

出迎えた妹の足元にしっかりとした足取りで歩けるようになった姪の姿があった。


「もうこんなに歩けるようになったの!?」

妹は姪を抱えあげると

「そうなの」

と笑った。妹の腕の中で甘える姪を見るとまだ赤ちゃんらしくて、少し安心した。


赤ちゃんを見ていると時間が経つのをリアルに感じて少し焦る。


「あ、お母さん達から野菜が沢山来たからあげる。」

リビングのソファから立ち上がった妹はキッチンの方へ向かった。

「え、私の所には来なかったよ」

「会うことがあったら分けてって言われた」

「えー。」

キッチンの方から少し大きめの声で

「どんくらいいるー?」と声がする。

「んー。……ちょっとでいいわ。電車で来たから。」

「迎えに来てもらったら?」

「うん、今日は無理…だから。」

「へー。けんか?」

スーパーの袋に少しだけ野菜をいれた妹がキッチンから戻ってくる。

「んん、ちょっと違うけど、そんなかんじ。」

何でもないという顔をして出された紅茶をすする。


「私もこの間、凄いムカついてさぁ!」

妹は、自分のことを話したがるのでよっぽどのことじゃなきゃ人の話に突っ込んで来ない。


今日は、ちょっと助かるかも。


妹の旦那の話や子供の話、最近のニュースの話をしていたら日が暮れた。



「じゃあ、またね。」

玄関先で野菜の入ったビニールを片手に、私は妹と姪に交互に手をふる。

妹は姪の手を持ち、バイバイと、振っていた。

「仲直りしてね。」

妹が姪をあやしながら言った。

驚いて妹と目を合わせると更に

「私、お姉ちゃんの彼氏さん、好きだからさ、面白いし。お姉ちゃんと彼氏さんが二人でいると、良い感じなの。」

「……うん。」

「……それだけ。気を付けて帰ってね。」

「ありがと。」


帰りの電車は帰宅ラッシュでだいぶ混んでいた。


電車から降りるともう辺りは真っ暗になっていた。携帯電話のディスプレイに目をやる

7時半。

今から帰るよ

新規作成のメール画面を開いて、すぐ、電源ボタンを押して携帯電話を鞄にしまった。


もらった野菜で、なに作ろう。

カレー、煮物、炊き込みご飯、お肉は多分まだ残ってるはず。

帰ったら何かしら作れるはずだからスーパーには寄らずに帰ろう。


けど、一人で夜を過ごすにはちょっと時間がありすぎるから、コンビニでお菓子を買おう。借りたDVDでまだ見てないものがある。

あれを見よう。



見慣れたアパートにたどり着く。

お隣さんからお味噌汁の匂いがする。たしかお隣も二人暮らしの夫婦かカップルだったな。



ドアの鍵を開ける。

手応えがなく、もともと開いていた事に気付く。


…もしかして。


急いで玄関を開けるとリビングから廊下に漏れる明かりがあった。


玄関には彼の靴。


早足で、廊下を歩き、リビングに入る。


「…おかえり」

「なんでいるの」

「ごめん」


あの灰色のパーカー、彼のお気に入り。

安いパーカーなのに私が買って帰ると着心地がいいと言ってよく着てた。


私は妹に貰った野菜をキッチンに持っていき、昂る感情を表に出さないようにしながら冷蔵庫の野菜室へ優しく入れた。


気まずそうな彼は話しかけるタイミングを見計らっているのかリビングのソファに座り不自然過ぎるくらい真っ直ぐにテレビを見ていた。


彼の座るソファの横を通りすぎ、洗濯物を取り込もうとカーテンを開くと、彼の「あ」と言う声が聞こえた。


振り向いて目を合わせると

「取り込んでおいた」と部屋の壁に引っかけられた洗濯物を指差して彼は言った。


「あっそ」

あんな目立つ洗濯物に気がつかなかった。


「別れたいの?」

カーテンを閉めながら、何でもない事のように聞いた。

彼がこっちを見ているのか、見ていないのかは分からなかった。

テレビの音が消えた。

彼が気まずそうに体を動かす度に服とソファが擦れる音がした。


沈黙が、痛かった。

喉の奥が揺れてる様な気がして、

彼が別れやすいようにいろんなこといってやりたいのに、声を出すと声が震えそうな気がした。

一瞬だけ見る事が出来た彼は目はあわなかったけど、泣きそうにも、年下にも、弱そうにも見えなかった。


「ばか。」沈黙に耐えきれず言葉がついてでる。

「うそつき。」

「嫌い。」

「ばか。」

「やだ。別れるの?」


震える声を押さえると涙が溢れて止まらなくなった。


滲む視界で彼を見るとただ私を見つめるだけだった。


そんな彼に腹が立った。

キレて真っ白になった頭で思っていた事をさけんだ。


「好きって言ったのはあんたじゃない!

ずっと一緒に居ようって言ったじゃん、うそつき!」


ソファから立ち上がる彼に気付いて咄嗟に近づいて腕を掴んだ。


「なにか、言ってよ。」

少し落ち着いた声で彼に言った。

なんで、何も言わないんだろう。

あんなにお喋りな彼なのに、弱気な所があるから別れるって言えないの?

そんなのズルい。

「別れたいなら…」

言い切る前に彼の腕の中に包まれた。


「な…に?」

「ごめん、ごめん!そんなに泣かれるなんて思わなかった!ごめん、好き。好きだょ。泣かないで。」


強く抱き締められる。背中も頭も子供をあやすように撫でられている。

「意味わかんない。」

本当に。

「俺が居なくて、寂しかった?」

少し考えて、素直に頷く。

頷くと更に強く抱き締められる。


「別れたくなったんじゃないの?」

と言うと彼が首を横に振った。


「別れない?」

そう言うと彼は頷いた。


「ばか。


掃除、私が全部やったんだから。

家事は分担っていったじゃない。

どこにいくかはお互いわかるようにって約束したじゃない。

コーヒーは私が入れたらいけないんじゃなかったの?

全部全部、あんたが言ったんじゃない。」


「うん。ごめん。」

ごめん。ごめん。と私はこの一週間で彼が言った約束で守れなかった事を言い連ねていくと彼はクスクスと笑いながら謝った。


「ごめん。俺が間違ってた。不安にさせてごめん。」


彼は、わたしの気持ちが分からなくなったと言ってまた謝った。

この一週間はホントに辛かったらしい。


私から「好きだよ」と言うと「俺も好きだ」と返してくれた。








寝室のカーテンが花の刺繍が入った白のカーテンに変わり、朝が少しだけ明るくなった。

起きて寝室を出るとコーヒーの香りが家中に広がっていて誘われるようにキッチンへ向かう。


彼のいるキッチンはなんだか温かく感じて心地いい。

正方形の形のテーブルを置いたキッチンは以前より少し狭くなったような気がするけど二人にはちょうどいい。

「おはよう」

「おはよ」

彼が座る正面の席にコーヒーミルクが置いてある。


椅子の上で体育座りをして、温かなコーヒーミルクを口に含む。


温かくて甘い。


丸めた体がほぐれてく。



「籍入れよっか」


まるで足りない砂糖をいれるかのような軽い口調。

だけど、嫌な気はしなくて、むしろ自然で、なんだか甘くて、目が合った彼はいつも通りで、こんな柔らかな彼との生活がずっと続いていくんだと、歳をとってもずっと一緒にいるんだと、そんなイメージがこんなにも簡単に湧く。その約束をしてくれるんだ。


と、考えていたら、ちょっとの涙と、「うん。」という言葉だけ、自然とこぼれ落ちた。

初投稿です。


最後まで読んで下さった方が

一人でも居てくれたなら

それだけで

満足です。


もっともっと楽しんで頂けるよう頑張ります。

ここまで、読んで下さり、ありがとうございました。


2012.03.16

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