三章①
詰め所の最上階。重厚で高級感あふれる机に乱雑に資料をばらまきながら坂城春麻は受話器を持つ手を持ち替えた。白い質素な受話器には坂城の汗でうっすらと濡れている。
収容所で電話と呼べる物は一台しかない。外部に情報を漏らさない為、情報を受信出来る機材はあれど送信出来る機材はない。唯一、詰め所の最上階に置かれた固定電話が外部との伝達手段だ。当然インターネット回線も存在しない。山奥に作られた収容所には電線はなく、地下にケーブルを敷いて電力を供給していた。電話線も同様だ。
「……はい、ええ。こちらの方も順調に。いえ、問題ありません」
短い言葉を坂城は受話器に向かって発する。どこか緊張した面もちで額には汗が滲んでいる。自分よりも目上の人物と会話しているようだ。
「……はい、資料ならこちらに届いています」
机に散らばった何枚かの紙を片手であさる。この資料は外部から届けられた物だ。月に何度か物資を運搬する為に収容所のゲートにトラックが来る。もちろん国が用意した物で内部情報が漏洩などという事にはならない。
坂城はその中の一枚を手に取り、見える位置まで持ち上げる。
「はい、二七五ですか。また随分と多い……いえ、大丈夫です」
必要以上に受話器を耳に押し付け、音が漏れないようにしているのが分かる。
一言二言言葉を交わした後、坂城はゆっくりと受話器を置いた。そして忌々しげに舌打ちすると机の上に足を置いて背もたれに腰を落とした。その反動で資料の何枚かが落ちるが坂城は気にしなかった。
ひらひらと舞い散る花びらのように紙はカーペットの上に落ちる。何枚かは裏返り、何枚かは表を向いている。
その中に少し皺の寄った紙がある。先ほど坂城が手に取った紙だ。名簿のようなその紙の上段には『搬入リスト』と表記されていた。




