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勿忘草の女神の章 第5節

 前回までのあらすじ。

 大陸全土を巻き込んだ大戦が終わりを迎えてから三年。四方を自然に囲まれたアナハイト領地では、病や傷を自らの血で癒す女神の伝説があった。

 そこへ現れた旅の傭兵、魔剣士ライファ。そして彼に助けられた少年アルゴン。

 アルゴンがライファの後を追う理由。それは行方知れずの令嬢ソフィアを探す協力であった。しかしライファはそれを断り、単身領主の居城である通称『教会砦』へと向かうのであった……。


 5


 何がなんだか分からなかった。

 いきなりやってきた野郎と眼が合った途端に意思が飛んじまった。

 気が付いたら一緒にいたこいつも同じようになってた。

 あれ、野郎って誰だ? 思い出せない。

 隣にいるこいつは誰だ? おもいだせない。

 オレはダレだ? オモイダセナイ。

 アタマノナカガカラッポニナッテイク……。

 



 教会砦。アナハイトの人々からそうと呼ばれているその場所は、美しく咲き誇る真紅の薔薇に囲まれた丘の上の小さな別世界であった。砦はその中心に聳え立ち、正門の真上に伸びる塔に設置させた巨大な釣り鐘は、日の光を浴びて神々しく鈍い輝きを放ちながらアナハイトを見守っていた。

 更に正面入口までの道にも薔薇が絡み付いた柵状のアーチが何本も連なるように建てられ、入口までの道のりを美しく彩っていた。

 まさにそこは、砦と呼ぶよりも女領主の居城という呼ぶべき佇まいであった。

 そんな豪華絢爛な砦を見上げながら、ライファはふと森の向こうの町で見た貴族の屋敷を思い出していた。同じ貴族でありながら、ここはまるで対照的で、それは単に領主とそれ以外の貴族以上の差を感じたのだ。対照的な物を見せ付けられ、理由も定かでない妙な不快感を覚えながら、ライファは薔薇のアーチを潜り入口の扉へと向かった。

 しかしそこには行手を塞ぐ見張りの兵士達。と呼ぶには余りにも柄の悪い門番が二人。扉の右左に槍を手にして立っていた。

 彼等の出で立ちは、まるで森でアルゴンを襲った悪漢達に雰囲気が酷似していた。つまりは奴等の仲間、自警団であると容易に想像できた。


「おい止まれ。なんだおめぇ? 何しに来た?」


 門番の一人がライファを見るなり気怠そうに呼び止めた。門番としての仕事に間違いはないのだろうが、言葉使いが些か乱暴で、いかにも教養の皆無を印象付けた。


「ここに来れば女神の奇跡を拝めると聞いたんだが?」


 ライファはアルゴンから聞いた話をそのままに、門番達にも分け隔てない笑顔でそう答えた。


「今その奇跡を拝める典礼の最中だ。典礼中の出入りは禁止されている。次の典礼は一週間後だ。分かったらさっさとどっか行け」


 飽く迄紳士的に振る舞うライファに対して、横柄な物言いの門番はそう吐き棄てると、ドンッと彼の肩を突き飛ばし、あまつさえ手にする槍で入口を塞いで見せた。

 肩を突き飛ばされたライファは一歩身を引いたが、皮肉そうに薄ら笑いながら触れられた肩を軽く手で払った。

 ライファの態度に、門番達の低過ぎる沸点は一瞬にして臨界点を超えた。もう頭で考える事はしなかった。恐らく憐れな事に出来ないのだろう。ただ粗末な御頭《おつむ》に命じられるがまま、侮辱《舐めた態度》に対する報復を行おうとした。


「そんな事言わず。……頼むよ」


 だがしかし、そんな報復よりも数倍早く、ライファは門番に鋭い視線を送りながら不敵な笑みを浮かべ、ただ一言そう告げた。

 すると横柄な態度を取った門番は、ライファからの視線を逸らせず、まるで吸い寄せられるかのようにじっと目と眼を合わせ続けた。

 その些か不自然な光景に、もう一人の門番が咄嗟に口を挟もうと身を乗り出した。だがそれをライファは視線を合わせたまま素早く腕を出して静止した。


「ああ、いいぞ。勝手に入ってくれ」


 突如視線を合わせていた門番の表情が緩み、先程とは真逆の事を言い出し道を開けた。


「おい! 何言ってんだ! いい訳ねぇだろ!」


 突拍子もないこの状況にもう一人の門番が慌てながら止めに入った。しかし透かさずライファが前に立ち塞がり、同じく彼の瞳を凝視し声を掛けた。


「相方もそう言っているんだ。いいだろ? 黙って通してくれ」


 ライファは視線を合わせながら爽やか笑顔でもう一人の門番に言った。するともう一人の門番も表情が緩み、力を失ったように肩を落とした。


「その通りだ。通っていい。オレ達が許可する」


「ありがとう。仕事頑張って」


 門番達は緩んだ表情を浮かべながら、入口の前から道を譲ると、気の抜けた様子で虚空を見ていた。そんな二人にライファは労いとばかりに肩を軽く叩くと入口の取手に手を掛けようとした。

 邪魔する者もういない。そのはずだった。だがライファの足は既《すんで》の所で歩みを止めた。

 徐に足元に視線を落とす。するとそこには何匹かの名前も知らぬ赤黒い色をした歪な形の蟲の死骸が転がっていた。ライファはそれを見下ろしながら、視線を砦の側面をなぞるように移した。

 するとそこには同じような歪な形をした蟲の死骸が積み重なるように無数に転がっていたのである。


 ……恐らくこの死骸達は砦を囲うように転がっている。

 

 ライファはそう直感した。それが意味する事を知りながら、彼は教会砦の入口を開け足を踏み入れた。

 その先で真っ先に目に飛び込んできたもの。それはまるで自然の風景を切り取ったかのような中庭と、その中心に建つ古ぼけた小さな教会であった。

 砦の中に教会。しかしアルゴンの話に出てきた巨大な女神像が中にあるよう立派な礼拝堂があるとは到底思えなかった。

 ライファは辺りを見渡しながら小さな教会へと近付いた。そしてある事に気付く。この砦はこの古ぼけた小さな教会を取り囲むように建てられていた。まるでこの教会を守るかのようにである。

 となるとこの古ぼけた小さな教会こそが、ここアナハイトにとってとても大切な象徴《シンボル》なのだろう。ライファはそう思った。

 それを物語るようにこの教会の外壁には、悠久の年月を刻むかのように地面から伸びた蔦の根が幾多にも折り重なり、屋根の上に小さな花畑を作っていた。

 ライファは辺りに目を向けながら、小さな教会の前まで進んだ。

 入口を開けようとしたが、強固な錠で閉ざされていた。無理矢理こじ開けるような無粋な真似は出来なかった。

 次に蔦の根が生い茂る外壁に手を当てながら、なぞるようにゆっくりと教会の裏まで歩いた。すると教会の裏手には立派な門があった。それはそれは巨大な女神像がいる礼拝堂はこの先だと言わんばかりの立派な門であった。

 だがそれよりも、ライファは自分が中庭に入った時からずっと向けられ続けている視線が気になった。

 そっと視線の先に顔を向ける。視線は礼拝堂のある立派な門の上部にある二階の窓から向けられていた。一瞬だけ人影が見えた。がその人影はライファの視線に気が付くと窓から離れて姿を消した。


 まったく、今日はやけに遠目から視線を向けられる妙な日だ……。


 そう思いながら、何者かの居場所を特定したライファは礼拝堂へと向かうのであった……。

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 本作品のEp1からEp34は以前別のアカウントにて公開した作品を再編集したものです。諸事情からこれからはこちらのアカウントにて投稿を続けていこうと思います。よろしくお願いします。


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